10.忘れていた欠点
「村の人の話ではこの辺に洞窟があるはずなんだが……」
「あっ! あれじゃないですか? シェイドさん」
俺たちはトリントの街を出発し、ゴブリン討伐依頼をした村に立ち寄り、今回の経緯を聞いた。
どうやら1ヶ月ほど前からゴブリンが出没し、その度村人が倒していたそうだ。
1、2匹程度なら村人でも対応できたが、またすぐに現れる、ということを繰り返していた。
不審に思い調べたところ、洞窟に住み着いているゴブリンを発見し、冒険者ギルドへ依頼したそうだ。
「ああ、たしかにここっぽいな」
「さっそく行きましょう!」
「まあ、待った待った」
「はい?」
やる気満々で、すぐにでも飛び込みたそうなエリスを俺は引き止めた。
「まず、ゴブリンについてはどれくらい理解してる?」
「ゴブリンですか? それは……女性に嫌われている魔物、ということですか?」
「まあ、そうなんだけどな。ゴブリンは魔物の中では弱い方だが、そこら辺はしっかり擦り合わせしておこう。万が一がないとは限らないし、俺たちはパーティーなんだしな」
「パーティー……そうですね、わかりました!」
俺は改めてエリスに、ゴブリンの特性についてレクチャーすることにした。
「ゴブリンってのは、基本的にそんなに強くない。個体としての力は村人でも倒せる程度だ。だが、群れになると話は別だ。数の暴力ってやつで、油断すると囲まれてあっという間にやられる」
「わかりました。では、洞窟の中では慎重に行動しないといけないんですね」
「その通りだ。ゴブリンは狡猾で、罠を仕掛けてくることもある。洞窟の中は薄暗くて視界が悪いが、ゴブリンは暗闇に強いから気をつけなければならない」
「任せてください。火魔法で周囲を照らしながら進みます」
「ああ、頼む」
エリスの頼もしい返事に、俺も自信を持って頷いた。
「あと、エリスがさっき言ったように女性から嫌われる理由だがな、まあ知ってるとは思うが奴らは別種族の女性を襲って子を産ませる。そうでないものに対しては非常に残忍だ。くれぐれも気をつけてくれ」
「はい、わかりました……!」
共通の認識を持つということは、仕事をする上では大切なことだからな。
その後、俺たちは慎重に洞窟の入り口に移動した。
洞窟の入口は大きく口を開け、内部は薄暗く、冷たい風が吹き出している。
気を引き締めて中に足を踏み入れると、エリスが魔法を発動した。
「――《フレイムライト》」
「おお、こりゃあ助かるな」
エリスの人差し指の先から小さな炎が灯り、その光が洞窟内を淡く照らし出す。
俺たちは確かめるようにゆっくりと洞窟の奥へと進んでいった。
「あまり大きくはないな。足下に注意して進もう」
「はい、シェイドさん」
エリスの《フレイムライト》があるとはいえ、洞窟内の足場はあまりよくないため、気をつけねば戦闘中にバランスを崩してしまう。
俺たちは足下に注意を払いながら、ゆっくりと進んでいった。
「シェイドさん……」
「ああ。エリス、戦闘準備だ」
「はいっ」
耳を澄ませながら進む俺たちの耳に、ヒタヒタと歩く足音が聞こえた。
間違いない、ゴブリンだ。
俺たちはそれ以上進まずに、ゴブリンが姿を現すのを待つ。
「――!」
「――《シャドウカッター》」
俺は影で創り出した円盤で、音もなくゴブリンの頭部を切断した。
《シャドウカッター》は勢いが衰えることなく、そのまま後ろの壁面を傷つけた。
「お見事です、シェイドさん」
「1匹ずつ来てくれればいいんだけどな。この先は数も多くなってくるだろうし、冷静に対処しよう」
「わかりました。そういえば、なぜ最近になって急に数が増えたんでしょう? 何か理由があるんでしょうか」
「そうだな……恐らく1番奥を確かめればわかるかもしれない。行ってみよう」
「わかりました」
俺たちはさらに奥へと足を踏み入れる。
洞窟は多少入り組んでいるものの、順調に奥へと進む。
すると――、
「グギェェエエエッ!!」
「? ゲッゲッ!」
角を曲がったところで5匹ほどのゴブリンたちと遭遇した。
こちらに気付いたゴブリンは、気味の悪い声を上げ、襲いかかってきた。
「少し多いな。エリス、後に下がってくれ!」
「は、はい!」
俺は一斉に向かってくるゴブリンに向かって、
「《シャドウクロー》ッ!」
胸の前で両手を交差させるように振った。
「グェ!?」
「ギャッ!?」
指先から何メートルも伸びた爪のようなそれは、飛び掛かろうとするゴブリンたちをバラバラに引き裂いた。
洞窟が狭いので、《シャドウリーパー》よりもこっちのほうが使いやすい。
俺たちは更に再び奥へと進む。
何度かゴブリンの襲撃はあったものの、難なく片付けていった。
「あれは……ゴブリンメイジとゴブリンジェネラルか……!」
やがて、洞窟の最奥部に辿り着くと、そこには2体の異様なゴブリンが立ちはだかっていた。
ゴブリンメイジは杖を持ち、邪悪な魔力を放っている。
ゴブリンジェネラルは大きな剣を構え、全身から戦意をみなぎらせていた。
「シェイドさん!」
「まずはジェネラルを先に倒す。『シャドウ』!」
俺の前に『シャドウ』が軽快に現れる。
「《モード:アシュラ》! さあ、お前の力を見せてくれ」
『シャドウ』は阿修羅のように腕が6本に増え、その手には影で創られた剣を持っている。
厨二っぽいスキルだが、実際それくらいの頃から考えていたものだ。
どれほどの強さか、楽しみでもある。
「あ、シェイドさん――!」
『シャドウ』がもう少しでゴブリンジェネラルに斬りかかろうとしたその時、俺たちは風で吹き飛ばされた。
「ぐあっ……!?」
「きゃっ!」
ゴロゴロと転がり、恐らく壁に激突する。
恐らくというのも、突風のせいでエリスの《フレイムライト》が消え、真っ暗闇になってしまったのだ。
これはきっと、あのゴブリンメイジの魔法だろう。
――あれ?
そこで俺はハッとした。
ゴブリンジェネラルの断末魔はおろか、叫び声が何も聞こえないことに。
「《フレイムライト》!」
「――あ」
ザシュッ、と嫌な音が俺の身体から聞こえる。
気付いたときには、ゴブリンジェネラルがもう目の前におり、俺を斬りつけようとしていた。
「ぐあぁ――ッッ!」
「シェイドさん――! 《フレイムアロー》!!」
ゴブリンジェネラルは、エリスの手元から放たれた炎の矢を難なく躱し、後ろに飛び退く。
「シェイドさん、大丈夫ですか!?」
「ぐっ、すまない。完全に俺のミスだ……!」
俺は、『シャドウマスター』であれば何でもできると思っていた。
だが、それは影があればの話だということを完全に忘れていた。
マスタークラスである『シャドウマスター』にも、欠点はあるのだ。
解放された能力に浮かれ、基本的なことすら忘れ、ピンチを招く。
いったいどの口が先輩面してエリスにアドバイスすると言うんだ……!
「エリス、まずはゴブリンメイジを先にやる」
「血が……シェイドさん、ここは一旦引いたほうが……」
「たしかに本来ならそうすべきかもしれないが、これは自分への戒めだ。このまま戦おう。ゴブリンジェネラルを抑えてくれるか?」
「っ! わかりましたっ! ――《アイスバインド》!!」
「グギギギ――ッ!」
エリスが唱えると、ゴブリンジェネラルの足下から氷の鎖が伸び、身体の自由を奪った。
「さすがだ、エリス。次は俺だな。――《シャドウ・モード:アシュラ》!!」
再度『シャドウ』が《モード:アシュラ》となって現れ、
「行けッ!」
ゴブリンメイジへ向かって走り出す。
「グゲーッ!!」
杖からまたしても突風を起こすが、
「《アースウォール》!」
エリスの起こした土の壁に阻まれ、灯りを消すことはできない。
そして――、
「グギャアァァァッッッ!?」
『シャドウ』が6本の剣で滅多斬りにして、ゴブリンメイジを倒した。
「グギガアァ――ッ!!」
《アイスバインド》で拘束されていたゴブリンジェネラルは、力ずくでそれを解いて咆哮を上げる。
「――遅い!」
だが、ゴブリンメイジを倒した『シャドウ』は、そのままゴブリンジェネラルの首をあっさりと刎ね、与えられた任務を完了させた。
「ふぅ、なんとか倒せたか……あっ」
「シェイドさん!」
あ、ヤバい。
戒めとかカッコつけてたが、思ったより血を流したみたいだ。
俺は気が抜けたせいで、その場に座り込んでしまった。
「すぐ治します! 《ヒール》!」
俺の身体を優しい光が包み込み、傷が癒されていく。
痛みが和らぎ、身体の調子が戻ってきた。
「ありがとう、エリス。君のおかげで助かったよ」
「いえ、シェイドさんが頑張ってくれたからです。お互い様です」
「そうか。いいコンビ、だな」
「ふふ、そうですね」
俺たちは互いに微笑み、《シャドウボックス》に倒したゴブリンたちを入れ、洞窟を後にするのだった。
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