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《短編》地図にない社

作者: 三條 凛花

 何度探しても、たどり着けない場所がある。





 大学1年生。4月上旬。日曜日。晴れ。

 引っ越したばかりの新しい街で、知り合ったばかりの映子と近所を散策していた。


 彼女は同じ大学に通っており、入学式で隣になったのがきっかけで連絡先を交換したのだ。


 隠れ家風のカフェや賑わう銭湯。おいしそうなお惣菜屋さん。昔ながらの専門店。

 歩いていける範囲内のいろんなところを見て回って、最後に足が向いたのは、小高い山の上にある神社だった。


 山といっても、15分ほどで頂上に着く高さだった。


 鬱蒼と茂る木々に囲まれた道。春のはじめの少しきりっとした空気の中を「どの授業を取る?」とか「サークルどうする?」とか、他愛もない話をしながら歩いていた。




 ややあって、分かれ道に出た。

 右も左も、どちらも同じように見えた。「左に行こうか」と言ったのは、私だったような気がする。


 そのまま進んでいくと、木の影が伸びるようにだんだんと暗くなり、小さな石がごろごろと転がる、舗装されていない道になってきた。


「戻る?」と映子が訊く。私は、ここまでずいぶん歩いてきたのに、戻るのがなんだかいやで、「せっかくだし行けるところまで行こうよ」と進んだ。





 そうしてたどり着いたのは、まるで打ち捨てられたような社だった。

 社といっていいのかもわからない。


 2体のお狐様の像が向き合うように立っていて、旗が何本かあり、地面にはびっしり生えたつくしのように、大小さまざまな石碑が建っていた。


 整然と並んでいるのではなく、倒れていたり、そうでなかったり、並び方にも秩序性はない。


 そして、そこで道が途切れていた。


「ここってガイドブックかなんかにも載ってた神社じゃなかったっけ?」


 映子が怪訝な顔をして言った。


「なんか……思ってたのと違うね」


 私たちは、神社を後にして帰ったのだった。


 その後、映子とは活動範囲(授業やサークル)がひとつも合わずに、気づくと疎遠になってしまった。





 ──三年後。


 地元から泊まりに来た友人にその話をした。

 夕方、銭湯から歩いて帰ってきたところだった。せっかく汗を流したのにじっとりと暑くて食欲が出ず、夕飯にさっぱりしたものを作っていた。


「でもね、そのあとまたその山に登ったとき、案内図を見ても、あの場所がどこにも載ってなかったんだよ」


 私は、鍋の水を切りながら言った。

 素麺を冷たくしめて、醤油や酢、コチュジャンなどを入れたたれで和える。キムチときゅうり、ミニトマト、ゆで卵を乗せて出す。

 ビビン麺風の素麺だ。


「いや、それどころか、そういう場所さえ見当たらなかったの。不思議だよねえ」


 高校で同じ部活に入っていた郁実は、怖い話が好きなのだ。


 私には霊感はないけれど、やはり、読み物としての怖い話が好きで気があった。

 今までのように、わくわくしてくれるかと思いきや、郁美の表情がぴりっと険しくなる。


「莉佳子、それちょっとやばいよ。狐でしょ? 狐と蛇はやばい」


「やばいってなに?」


「祟るっていう噂だよ」


 とたんに背筋にぞくりとしたものが走る。


「で、でもさ、これってもう三年くらい前の話なんだ。なんにも問題はないよ」


「……ならいいけど」


 不思議なことに、私のなかであの社が「怖い」という印象になったのは、郁美のその言葉を聞いてからだった。

 それまでは異様にも思える見た目に反して「不思議だったなあ」くらいの気持ちにしかならなかったのだ。


 その後、別な知人から、あの山で何人も人が亡くなっているのにという噂を耳にして、私の中ではさらに怖いという印象が残っていった。




 ──五年後。


 ある夏のことだった。

 私のお腹に子どもがいた。つわりがひどすぎて、三十分に一度は吐く生活で数日入院していた私は、久しぶりに自宅で眠った。


 体の違和感で目が覚めた。

 はりつけられたように、手足が動かない。


 私には霊感がない。

 そのうえ、非現実的なものを嫌う夫と生活してずいぶん経ったので「うわー、変な体勢だったのかな、気持ち悪いなあ」と間の抜けたことを考えていた。




 そのときだった、ぐんっと強い力で足を引っ張られたのは。


 私はひやりとした。

 動かないてのひらに、いっしょに寝ていた夫の腕と、反対側でまるまっているはずの猫の毛の感触を感じて、それが現実なのだと認識し、さらに鳥肌が立った。


 なんだこれは。


 パニックになった頭のなかで、まぶただけは、がんばれば動くような気がした。

 そして、引きずられ続けながらぐっと目を開けた。




 そこに居たのは女の人だった。


 顔は思い出せない。でも、とにかくよくテレビとかに出てくる、いわゆる”霊”の見た目をした女の人が私の足をつかんでいて、引っ張っているのだ。


 体は1mmも動いていないはずなのに、すでに何mも引きずられたような感覚があった。


 そして、私の体感では、もう、ベッドの縁ぎりぎりまで来ていて、あと少し引っ張られたらその「なにか」に”取られる”という直感があった。

 自分でもどうしてそう思ったのか、今でもわからない。


 そして、声が出ず、思考回路がぐちゃぐちゃになった頭のなかで「「「「助けて!!!」」」」と叫んだ。


 声はやはり出ず、猫も夫も起きなかった。





 一度は開けた目を、また力を入れてなんとかぐっと閉じた。


 すると真っ暗なはずのまぶたの裏側に、最初は点を落としたようにぽたりと。そこから波紋のようにじわじわと、景色が広がっていった。


 それは、あのとき見つけた、地図にない神社だった。


 次の瞬間、視界がぴかっと、雷でも浴びたかのように眩しくなって、脚に感じる強い力は消えていた。しばらく震えが止まらなかった。やがて、気を失うようにぱったりと眠りに落ちていた。






 私には霊感がない。

 あのときの恐怖も、やっぱり、夢だったんじゃないかという思いが強い。


 だって、そのできごとが起こる少し前まで、つわりでまったく起き上がれずに、ひたすら"洒落怖(洒落にならないくらい怖い話)"を読み漁っていたのだ。

 その影響だろうと思っていた。




 でも、無事に娘を出産した数年後。

 "見える人"の友人にこんなことを言われたのだ。



「莉佳子ちゃんは、お狐様に縁があるんだね」


 耳を疑った。


 あのときの神社のことを話してみたけれど、そうではなかった。

 地元の稲荷神社と、関西の有名な神社に縁があるのだそうだ。


 そして、悪いことではなくて、守られているらしい。


 地元の稲荷神社は名前さえ知らない場所だった。

 でももうひとつの場所は、友人と行ったときに道に迷ってしまい、日が落ちてからやっと出られたことを思い出してまたひやりとした。





 これを書くに当たって、もう一度あの神社を調べ直してみた。

 無いと思っていた稲荷神社の存在は、インターネットの力でかんたんに見つかった。


 でも、写真を見てみたら、それは似ているようで違ったのだ。お狐さまの像はないし、行き止まりでもない。




 たどり着けないあの場所がなんだったのか。私には今もわからない。


 でも、悪夢がもし現実だったとしたら。助けてくれたに違いないのだ。




実話を少し脚色して書きました。

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