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望郷の果てに  作者: 山脇和夫
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望郷の果て






俺は3日の間気を失っていた。


度重なる凶悪なシーンが俺の脳の活性を妨げていたようだ。


しかし、その眠りはバケツの冷水を浴びせられることによって、強制的に呼び戻された。


起きた所は、どこかの施設の独房のような簡素で暗い部屋の中だった。


「ふふふ・・・ようやく目覚めたかね?私は人民公安委員会のチャン・ゾルチェだ」


そいつは一緒に満州へ越境した人民解放委員と名乗った男だった。


まだ殴られた後頭部が痛む。


「君の罪状は明白だよ・・・これは君の部屋から押収したノートだ。わが人民をこんな妄言で批判し傷つけた。これは明らかに民族侮辱罪だし、反革命分子としての厳然たる証拠である」


「いや、そんな意味で書いたのではない。我等民族の行った罪を後世の人間に正確に伝えるために書いたものだ!民族を批判したり…」


「ええい、黙れ!!貴様のそういう態度が反革命的だというのだ。あらずんば我が首領、伝説的英雄であられるキムウィルソン革命同志をないがしろにし、自らを革命の英雄と名乗るなどもってのほか!第1級の国家反逆罪に等しい逆賊行為である!」


「俺は何もしていない!」・・・反論するのもむなしいが俺の危惧していたことが現実の問題として現れたのだ。


「貴様は俺をはめたのか!」


「はめた?これはキム首領様の慈悲深いお心だ・・・わが人民公安委員会は貴様を内偵していた。しかしキム首領様がお前に最後のチャンスをくださったのだ。それを貴様は反革命的な態度で殲滅戦に加わらないどころか批判までした。キム首領様も流石にがっかりされておられたよ・・・」


「俺の妻は!?ウジュンはどうなったのだ!?」


「一足先に強制収容所に送り込まれたよ・・・あそこでは半年もてば上等だろう。これもお前のせいだ!お前には簡単に死なれては困る・・・わが朝鮮民族を、あぁも馬鹿にした罪は民族全体で呪ってやる。いつまでも朝鮮民族の記憶に残るようにじっくりといたぶってやる。我等民族は受けた侮辱は1000年忘れないものだ!!」


最後の言葉を遠い昔聞いた・・・そう、時の大統領の言葉・・・これが我が朝鮮民族の姿なのだ・・・


それからの毎日は拷問に次ぐ拷問・・・


何かを聞き出すための拷問ではない。


ただ俺を憎しみから痛めつけるだけのリンチである。


生爪は剥がされ、手足にはくぎを打ちつけられた。


出血死しそうな時は体を縛り付け、麻酔もないまま治療された。


そして介抱すればまたリンチの繰り返しである。


死ぬこともかなわぬ地獄のような日々・・・


あぁ、こんな世界に来なければよかった。


興味半分で覗いてみようと思ったパラレルワールドの世界、もしかしたら英雄になれるかもしれないという甘い言葉に乗せられてうっかり渡ってしまった。


言葉でだけではなく、思いっきり日本人をいたぶってみたいという邪心が沸き起こったのかもしれない・・・そう、俺も朝鮮民族なのだ。そういう秘めた心を持っていたということなのだろう。




ほぼ2年に渡る拷問は流石に俺の体力も気力をも奪い去ったようだ。


ある静かな朝・・・


自分の心臓の鼓動が心の中から聞こえる・・・


弱弱しく打つ鼓動が少しづつ消えつつある・・・


あぁようやくこの地獄から解放されるんだな・・・


俺はそう思った。


静けさを破るドアの音・・・またいつものように俺をいたぶる奴らの入場だ。


しかしもう・・・もう今日を限りに苦しむことはないだろう。


いつもと違う俺の状態に拷問者は、チャンゾルチェを呼びに行った。


「遂に命が尽きるのだな・・・しかし朗報があるぞ、アンジュンチェよ。貴様は永遠に生きるのだ。貴様の亡骸はホルマリン漬けになって保存される。


そして民族の恨みの対象となって永遠に侮蔑を受け続けるのだ。」


俺は最後の力を振り絞って目を見開いた。


「もう・・言わないよ・・・」


チャンはどういう意味か分かりかねるように首を傾げた。


俺は永遠の眠りを得るために静かに目をつぶった。



























何だか目の前がまぶしい。


ここは天国なのか・・・


恐る恐る目を開けてみた。


俺を覗き込む女の姿が目に映った。


「先生!!大変です!40年も眠ったままの患者が目を開けました!先生~!」


白衣に身を固めた医者らしき男が飛び込んできた。


「先生!奇跡が起こりましたね!あんなに長く植物人間だった人が目を開くなんて・・・」


「アンさん、アンさん?気分はどうですか?しゃべれますか?」


ここはどこなのだ?


いったい俺は・・・


「俺はどうしたんだ?・・・」声を振り絞って尋ねた。


すると看護婦が


「アンさん、あなたはある街角のベンチで気を失って40年間も意識が戻らなかったんですよ~。もうだめかもってみんなあきらめていたんですが、意識以外はどこも悪いところがなくって・・・


でも本当に良かった~すっかりお年を召してしまったけど意識さえ戻ればお話も出来ますしね!」


俺はその覗き込んだ看護婦を見て心臓が破裂してしまうくらい驚いた。


彼女は若き日のパクウジュンだった。


見間違うはずもない・・・この40年間共に戦い、妻となった女だ。


「山脇君、悪いが薬を持ってきてくれないか?二階の私の部屋にあるから・・・あぁそれと・・・」


彼はウジュンに用事を言いつけた。


ウジュンが去ると医者は私の顔を覗き込んだ。


「アンジュンチェさん、私を覚えているかね?」


俺ははじめ思い出せなかったが、40年の昔に一度会ったのを思い出した。


「そう、私は次元官の伊藤です。戻ってきましたね、お帰りなさい。貴方にはお伝えしていないことが一つありました。このパラレルワールドへの旅、元の世界には戻れないのですが、死ぬ間際に少しの間だけ戻ることが出来るのです。見納めっていうやつですかね」


「お、俺は本当に向こうの世界に行ったのか?・・・なんだかとっても長い夢を見ていたような気がする」


「はい、貴方は間違いなくあちらの世界に行きましたよ。そしてとんでもない歴史を経験してこられた。貴方の知りたかったことは見つかりましたか?」


「ウジュンは・・・ウジュンは俺のことを知っているのか?」


医者は首を横に振った。


「彼女はこれから向こうの世界に、いや、貴方がいたこの世界の過去に旅立ちます。


そして若かりしあの日の貴方に出会うでしょう。」


TVのニュースの音声が臨時ニュースを伝えている




『臨時ニュースをお伝えします。日中の緊張状態が続き、両国は米韓軍も巻き込んだ軍事衝突の危機を迎えておりましたが、日本の護衛艦が先制攻撃を受け、


あたごが沈没、あきづき以下数隻が大損害を被った模様・・・今後全面的な戦争に広がる恐れがあります。日本自衛軍は第一種防衛体制を発令、日本全土にレベル5の防衛体制が引かれる模様です・・・」






「遂に始まってしまいました。もとはと言えば貴方の時代の大統領のせい・・・


でもそれだけではありませんよ・・・


貴方も同罪です。間違った教育を受けた身は同情に値しますが、貴方たちの反日感情が世論を大きく動かしたといっても過言ではありません。


日韓は近くて遠い国になってしまった・・・


反日教育は一利の利益もなかった・・・


結果はかくも恐ろしいことになりましたからね・・・


そう!貴方が40年間いたあちらの世界・・・あれからどうなるか知りたいでしょう?


歴史というのは自浄作用というか、たとえ亜流の歴史が出来たとしても長い年月をかけて


元に戻ろうとするものです。


私も何とか日韓が友好的な関係になれるかもと思いまして、歴史をいじくってしまいましたが、どうやら私の住んでいた未来でも友好どころか最悪の状態のままです。


要は日本に支配されてもされなくても同じ未来しかなかったということなのでしょう。


残念ですねぇ、我々は近しき歴史を持つ唯一の友のはずなのに・・・」




俺の心臓の音が弱弱しく消えつつある。


二度目の死だな・・・でもこちらの世界の方が心安らかに死んで行けそうだ。


俺はもう一度最後の力を振り絞って口を開けた。


「もう言わないよ・・・もう日本の悪口を言わないよ・・・」


「はい、しっかりお聞きしました」




ようやく俺にも平和な時がやってきた。










登場人物




アン・ジュンジェ


主人公 在日朝鮮人


幼いころからの反日教育を受けた青年。


過去に起きた日本人の残虐行為を心から憎んでいる青年だが、どこにでもいるごく普通の市民である






パク・ウシュン(山脇 澪)


40年未来の女性


日本人の父親を持つハーフ


かつての大統領を大叔母に持つが、日韓摩擦を心から憂いている。




伊藤博俊


遥か未来からやってきた時間を管理する次元官


伊藤博文の子孫






パクユンハ


革命家を名乗ってはいるが、ただのチンピラ。


非情に残忍な性格を持つ人物である。


常に強いものには媚び、弱い者は徹底的に痛めつける。






チャンゾルチェ


人民解放委員 人民公安委員でもある。


冷酷非情な男である。




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