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望郷の果てに  作者: 山脇和夫
4/5

狂気の世界






この頃、大韓帝国は首都をソウルから共産党本部のあるピョンヤンに移していた。


俺も革命義士のアジトがピョンヤンに移ったのを機会にこの地へやってきた。


俺は朝鮮民族の伝説的な英雄として祭り上げられているため、それなりの住居を与えられ、パクウジュンとひっそり平穏な暮らしを送っている。


思い返せばこの時期が俺にとって一番心安らぐ時期だったのかもしれない。


しかしそれも長くは続かなかったのだが…




1936年、ヨーロッパで世界大戦が勃発、41年には日本がアメリカと戦火を交える。


世界の情勢はあちらの世界と同じように推移している。


しかしここ朝鮮は日本統治の世界ではない。


独立を果たした・・・どこからの侵略も受けていない・・・・しかし世の中から見捨てられた世界の孤児であった。


誇り高き朝鮮民族など跡形もなかった。


国内は共産主義で安定してきたように見えるが、イデオロギーにおける粛清は戦争以上に凄惨きまわりない。


同民族同士が密告し合い殺し合うのだから・・・


粛清された総数は30万とも50万とも伝えられた。


しかしこんな時ほど伝説は創造しやすいものだ。


いつの頃からか勝者の間で『選民』という言葉が流行りだしたのだ。


『選ばれし者』という優越感・・・これが度を越して『ウリナラ思想』へと変化していく。


「あちらの世界でもウリナラ思想はこうやって捏造されていったのか・・・」


未来を知っている悲しさを実感する。


俺は最近こちらで起こった出来事、惨状などを書き留めるようになった。


我等民族の本当の姿を後世の人々に正確に伝授してゆくことも大切なのではないか・・・


あちらの世界での歴史の授業はとんでもない捏造であった。


あれでは反日運動も、教えられた出来事のどこまでが真実なのかもわからない。


それにウリナライズムのような誇大妄想を信じてしまうことも未来の若者たちのためには絶対に良くないという信念が芽生えてきたからだ。




ある時、パクユンハの下で手腕をふるっていたキムウィルソンがモスクワから帰国した。


ソヴィエト共産党本部よりその才覚を見いだされた彼はモスクワに呼ばれ、共産体制の伝授を受けてきたのだ。


彼はソヴィエトより朝鮮半島統治の指導者としての地位を授けられていた。


パクユンハとしては面白くない人事であったが背後にソヴィエトがついているとあらば、従わざるをえない。


なんていうことはない・・・朝鮮半島はあっさり共産主義国家となってしまったではないか・・・


国名も大韓帝国改め、朝鮮社会主義共和国と改名された。


あちらの世界での北朝鮮名が使われる・・・朝鮮戦争や38度線、大韓民国の名はもはや存在しない・・・


あちらの世界で垣間見た北朝鮮の恐怖政治が始まるかと思えば背筋が寒くなるが


少なくても今の地位があれば、そして共産党に睨まれることさえしなければ


何とかこのピョンヤン市民として生きていけるかもしれない・・・


もう野蛮な争いはたくさんだ!


俺はそう思った。


キムウィルソンはモスクワの威光を盾に次々と改革を行ってゆくが、そんな英雄には伝説が必要だ。


そして次々と超人的な伝説話が作られていった。


伝説の英雄・・・伝説になる人間は二人はいらないはずだ・・・


そう・・・俺も伝説の英雄として知られていたはずだ。


何とも言えない不安がその時俺を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 八




巨大帝国を巻き込んだ世界戦争はついに終盤を迎えてきたようだ。


ドイツ第三帝国はすでに滅び、イタリアのファシストも無残な最期を迎えた。


残るは日本帝国のみ。傀儡の満州帝国は北からソヴィエト、西から中国共産党軍、そして南から朝鮮民族解放軍の侵攻を受けて崩壊寸前の状態に来ていた。


日本満州軍は必至で防衛線を死守していたが津波のような怒涛の進撃に抵抗する術は持ちえなかった。


満州には満州人や日本人だけでなく朝鮮系、中国系、白系ロシア人など多民族が生活を共にしていたが、侵攻軍は民族の区別なく殲滅していった。


特にソヴィエト軍は共産体制を善しとしない白系ロシア人が満州に渡って生活していたが、共産軍から見たら政敵以外の何物でもない。


老若男女構わず殲滅させられていく。


それに終戦までに少しでも領土を獲得しようと、最前線には退却することを許されない囚人部隊まで構成されていた。


彼らは生きることを否定された者たちである・・・冥途の土産とばかりに残虐行為を繰り返しながら怒涛のごとくなだれ込んでくる。


満州市民は同じアジア人なら何とか受け入れてくれるのではないかと


一縷の望みを抱きながら、南へ避難していった。




満州での悲惨な状況が頻繁に聞き伝わってくるようになった頃、パクユンハが手下を連れてやってきた。


「アンさんよ、キム同志から直々の命令が下りやしたぜ。満州からの難民を阻止、殲滅せよとのお達しです。アンさんも革命同志として一隊を自ら率いて出撃せよとのことです」


「なに?俺も?」


「そう、あなたも・・・直々の命令だ」


最近パクは俺に敬意を表さなくなった・・・まぁいつの間にかキムウィルソンの手下となって汚れ仕事をするようになったので二君に使えずということなのだろう。


俺は、もう人殺しも革命もまっぴらと思っていたので、もうどうでもよかったことだ。


しかし何でそんな俺に命令を下したのだろう…


今この国ではキムウィルソンの命令に背くことは命取りになる。


仕方なく了解することにした。




秋風が冷たくなり始めるころ、俺はパクユンハはじめ十数人を引き連れて満州に越境した。


彼が連れてきた同志の中には、人民解放委員会だと名乗る、如何にも意地の悪そうな人物が混じっていた。


ほかの奴らも一癖も二癖もありそうな奴らばかりだ。


まるで野良犬のような目つきをして、一たび野に放そうものなら何をしでかすか分かったものではない。


出撃にあたってウジュンは、俺のための身づくろいをする中、何か悪い予感がすると仕切りに心配していた。


俺もなぜキム同志が俺を名指ししたのか引っかかる。


すでに初老になろうとしている身だ・・・何を今更とも思うのだが・・・




越境してしばらくすると寒村が現れた。


望遠鏡で覗いてみると子供がはしゃぎ回っているのが見て取れる。


そのうち女が井戸の水を汲もうと家から出てきた。


決して裕福な身なりではなかったがチマチョゴリを着ているところを見ると


明らかに朝鮮人のようだ。


「あれは満州の反革命分子のアジトである!同志諸君!今こそ革命の戦士として立ち上がる時である!いざ進め!!」


人民解放委員を名乗るその男は、ザッと立ち上がると皆の前で声を張り上げた。


すかさずパクユンハは、よし行くぞ!と先頭をきって走り出した。


「おい、待て、あいつらは朝鮮人じゃないか!俺たちの同胞だぞ!」


俺は人民解放委員に噛みついた。


彼はねっとりとした細い目をこちらに向けて


「奴らは朝鮮社会主義にたてをついて他国へ亡命した反革命分子である!我等革命の前には、殲滅しておくべき輩なのである!君はキムウィルソン同志の意に背こうとしているわけではないだろうな?」


高圧的な態度であった。




俺はふらつく足で村に向かった。


先に突撃をした同志らは家々に飛び込む。


悲鳴と怒鳴り声、そして立て続けに鳴る銃声!


一人の少年が家から飛び出してきたが、屋内から発射された銃弾で


もんどりうって斃れる。


またある家からは裸の女が飛び出してきたが、暴行され男が果てるとその場でめった刺しにされた。


反共産主義者か問いただすこともない一方的な惨殺だった。


これではただの殺し屋じゃないか…


あらかた殲滅し終わると同志たちが集まり始めたが、手に手に略奪した物品をぶら下げていた。


どいつも目が血走っている・・・・こいつらは鬼か!!俺は思った。


「おらぁ、腹へっちまたぁ何か食いましょうや」


一人の同志がおどけて言うと、他の同志たちも家に立ち戻り物色を始めた。


火をくべるもの、薪を探すもの、食い物を差し出すもの・・・


今まで修羅の世界があったことなど微塵も感じさせない態度・・・


「時化た村ですぜ・・・喰いもんなんてありゃしねぇ、これでも喰いやしょうや」


煮え立った鍋の中にゴロンと投げ込まれたものは、明らかに幼児とわかる切り取られた脚だった。


俺は思わず吐いてしまった。


同志たちの高笑い、そして旨そうに鍋をつつく手・・・


こいつら狂ってる!俺は体の震えが止まらなかった。




しかし・・・何と間の悪いことだろう・・・


笑い声と食べ物の匂いに引き寄せられるかのように一団の避難民と思われる人々の列が


この忌まわしき村に助けを求めてきたのだ。




それは日本の学徒の避難民だった。


教師の男性が3人、若い女性教諭も5人ほど含まれていたが後は小学生ほどの子供10数名と親らしき成人男女が数組だった。


校長と思われる初老の男がこちらに一礼すると話しかけてきた。


「私たちは日本の学徒です。奉天より疎開してきましたが、食べるものも底をつき体力も限界に近づきました。どうか、子供たちだけでも結構なので食べるものを少し分けていただけないでしょうか」と、深々と頭を下げた。


後ろに控える一団も皆頭を下げている。


人民解放委員が一歩まえにでて


「そうですか、それは大変でしたね・・・それ程いうなら、あななたちを我らの食い物にして差し上げましょう」


え?っという怪訝な表情を向けた校長の腹にナイフの刃が深々と差し込まれた。


悲鳴を上げ逃げ惑う日本人を、まるで野に放たれた猟犬のように同志たちが一斉に襲い始めた。逃げ惑う女たち、恐怖に駆られて片寄せ合う子供たち、男たちは棒や鍬を振り回し


同志らを追い払おうとする。


しかしそんな抵抗もむなしく、女は捕まり身ぐるみを剥がされ次々と凌辱されていく。


男性の中でも腕に覚えがあるのだろう・・荷物から木刀を引き抜くと正眼に構えた。


そして捕まえようとする同志をひらりとかわして眉間に一太刀、もんどりうって斃れる同志。


さらに数人に太刀を浴びせ怪我を負わせたが、背後から竹槍が男性の太ももを貫くと


がくりと片膝をついた。


数人の同志がここぞとばかりに数本の槍をその男性に突き立てた。


男性は口から血を吐きながら凄まじい形相を向けたが、眼の生気がすぅっと消えてガクリと腰を落とした。


一人の同志が前に出ると刀を振り上げ男性の頭を切り落とした。


ごろごろと地面を転がる頭部が俺の足元まで転がってきた。


屍は同志たちによって身ぐるみ剥がされたあげく金品を奪い取られ、最後に男性の一物を切り取ると高笑いしながら戦利品とでもいうように高らかに振り回した。




またある男性は滅多打ちに暴行された挙句生きたままナイフで腹を裂かれ、臓物を引きずり出され、全身が狂ったように痙攣を起こしている。


女性は全員全裸にされ、ことごとく犯されていた。


中にはよほど抵抗したのであろう、男が果てると矢張り生きたまま乳房を切り取られた。


悶絶する女の性器にやおらナイフを突き入れたかと思うと、一気に切り上げた。


ギャーという雄たけびを最後に動かなくなった。




家に隠れた女性が引きずり出されてきたかと思うと、裸にされ柱に縛り付けられた。


お腹が大きいところを見ると妊婦のようだ。


同志の一人がニヤニヤしながら近づくと陰部にナイフの刃を突き刺し、一気に切り上げたのだ。


ウォーととても人の叫びとつかない声を発して口から泡を吹きながら悶絶した。


裂かれた腹に手を突っ込んだその男は中をまさぐると胎児を掴み出した。


流石に周りにいた同志らはしかめっ面をしたが、その男は旨そうだと舌舐めずりすると


その胎児を煮えだった鍋に放り込んだ。




泣き叫ぶ子供たちはお互いの胴を縄で縛られ縦に一列で並ばされた。


二人の同志が、何やら賭けを始めたらしい。


二人は一列に並んだ子供たちの前後に槍を持って立ったかと思うと


ヤァ!とばかりに走りこみながら子供たちの腹に突き刺したのだ。


まさに串刺しであった!


俺は5人だ!俺は6人だから俺の勝ちだ!


何と、何人を串刺しにできるかの賭けであった。


串刺しにされた子供たちは柱の梁に吊るされた。


どいつもこいつも狂ってる・・・俺はそう思った。


こんな残酷なことが人間にできるのが不思議であったし、


今までも革命の名のもと、壮絶なシーンに出くわすことがあったが、これほどひどい場面は見たこともなかった。


いや、ある・・・。


俺は、ハタと思い出した・・・


このような惨劇・・・そうだ以前に見たことがある。


それは生身の人間ではなく蝋人形であったが…


あちらの世界で日本軍の悪行を後世まで忘れないようにと作られた戦争記念館の中で・・・


俺たちは子供のころから事あるごとに見せられ、日本への憎しみを募らせたものだ。


そう、あれは日本軍が朝鮮民族にした残虐行為ではない。


我が民族が日本人にした悪行だったのだ。


どんなに世の中が変わろうと、日本民族は残酷な奴らである・・・然るに我が朝鮮民族は残酷な行為に立ち向かったのだと信じていたかった。


しかし目の前に展開した光景は、まさに我が民族が自ら手を下して地獄絵図を作り出していた。


今わかった・・・俺たちは自分らがやってきたことを人のせいにして、罪を隠すために人を恨み続けていたのだ。


しかし・・・すべては遅かった・・・ここに気づくには深入りしすぎた。


「アン・ジュンチェ君、君は我々の革命に参加することなく反旗を翻した。私の命令に従わないということはキム同志にタテをついたも同然だ!人民解放委員の権限を持って君を逮捕する!」


我に返った俺を羽交い絞めにする者がいた・・・パクユンハだった。


俺ははめられたのだ!


俺がこの凶行に参加しないのを見込んで反乱分子として逮捕させる・・・


なるほど、伝説になる人間はひとり・・・キムウィルソンの冷ややかな顔が目に映る。


俺はいきなり後頭部を痛打されて気を失ってしまった。


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