共産の嵐,そして未来へ
五
あれから20年、瞬く間に歳月は流れアジア情勢はさらに緊迫度を増していた。
1932年、日本は清国最後の皇帝『溥儀』を皇帝に押し上げ満州国を建設した。
朝鮮を併合できなくても満州建国は果たせたということだ。
この20年は朝鮮の歴史でも問題の多かった時期ではなかっただろうか・・・
あちらの世界の朝鮮は・・・これはパクウジュンに教えてもらった内容ではあるが、
日本統治下にあって着実に国力をつけていったのだそうだ。
朝鮮人としてではなく日本人として、日本国内と何ら変わりないほどに近代化が進み
また、教育も満足のいく水準まで上がっていたという。
名前も強制的に日本名に変えさせられたり、日本語を強要されたり・・・俺はそういうように習ったが、パクウジュンはあちらの世界で、日本において朝鮮史を習ったおかげで随分と違う見解を持っていた。
彼女曰く、進んで朝鮮人が日本名を欲しがったこと(朝鮮名だと、ことさら中国人に馬鹿にされるため)、ハングル文字も李王朝時代には卑語として廃語になっていたものを
日本側が積極的に回復してくれていたこと、現に教科書も日本語とハングル語を一緒に覚えられるようなロゼッタストーン形式になっていた。
昔の俺だったら頭から否定するところだが、この時代に生き、現実に触れていれば
あちらの世界で如何にいい加減なことを習っていたかがよくわかる。
また、あれだけ排日で盛り上がっていた割に、親日派も少なからずの勢力があり
この20年のうちに日本に渡っていく者、日本勢力下の満州に越境するものが後を絶たなかった。
そんな難民を日本政府は積極的に取り入れたそうだ。
労働力確保という面もあるし、兵力増強の意味もあったかもしれない。
しかし朝鮮にいるよりは遥かに平和で安心な暮らしが出来るとあっては
人の流出を止めることはできなかった。
この朝鮮半島は、その間どうなっていたか・・・
一言でいうと、まったく昔に戻った・・・ということだ。
相変わらず、産業は芽生えず、人々の生活も困窮に拍車がかかっている。
俺たちの世界で習った、北朝鮮の貧困層の生活状況そのものだった。
朝鮮人同士がものを奪い合い、人々の心は荒みきっていた。
中国があれほどの侵略を受けているにもかかわらず、ここ朝鮮は外患に至っては、どの国の脅威も受けずにいた。
要は侵略に値しないくらい価値のない土地だということなのだろう。
日本でさえ、大韓帝国を見限った民は助けども国に援助の手は出さなかった。
大陸への架け橋を遼東半島に掛け直した・・・そんな所だろう。
まさに朝鮮半島は世界の孤児、時代の迷子となったようだ。
そんな中でも昔と違うのは革命気運に目覚めたことではないか。
李王朝からの脱却を図って革命を起こした民衆は李王を引きずり出し
恨みを晴らさんとばかり八つ裂きにした。
飽食を貪った両班たちも同罪だ。
朝鮮の血は一度火が付いたらとどまることを知らなかった。
この国には指導者というものがいない・・・
大きな勢力が幾つも出来き、お互いの足を引っ張り合うのがオチだった。
しかしこういう無政府状態には付け入るスキがあるものだ。
最近にわかに勢力を増してきたが、お隣中国では一大勢力となり中華民国政府を圧倒し始めている。それより早くロシア帝国は、その勢力に席巻されて帝政が崩壊して国を乗っ取った。
共産勢力である。
ここ朝鮮にも民衆の間に浸透し始めると、我が組織の義士も共産こそわれら革命の定義と
相乗りし始めた。
俺は名ばかりの首領・・・計画実行はパクユンハに任せきりになったが、彼も要は俺の名があればいいのだろう、好き勝手に革命の名のもとに暴れまわっていた。
そんな中、一人の若者がユンハの右腕となって働いているという。
キムウィルソン・・・奴だった。
共産の嵐は、瞬く間に朝鮮全土を席巻した。
何故なら無法地帯と化したこの国に、曲がりなりにも秩序をもたらしたからだ。
汚職や賄賂は堕落した資本主義かぶれということで、徹底的に粛清され略奪暴行も
反共産主義者のレッテルを張られ逮捕、強制労働へ送り込まれたからだ。
一種の恐怖政治体制がもたらした秩序だった。
パクユンハらはそんな政治体制に上手く潜り込み、手先として手を貸しているらしい。
俺はそんな中、パクウジュンを妻としてめとった。
すでにこちらの世界に来て30数年の月日が経っていた。
お互い熟年になり今更ながらの結婚だが、お互い孤独でいることの寂しさには勝てなかった。
ウジュンはこちら世界に来てからというもの、だんだん寡黙になってしまった。
俺はよく聞いたものだ・・・「こちらの世界に何で来ようと思ったんだ」ってね・・・
彼女は曖昧にはぐらかしてばかりいたが、夫婦になって緊張が和らいだせいだろう・・・
彼女の方から話をし始めた。
「ジュンチェ、私ね・・・実はあなたと同じあちらの世界の人間でもないの・・・貴方の世界から更に40年先の未来からやってきたのよ」
「え!・・・」俺は言葉が出なかった。
「次元官は、パラレルワールドは無限にあるといってたでしょ?」
「ああ・・・そういっていた気がする」
「歴史は過去に渡ったものが何らかの影響を及ぼさない限り変わらないわ・・・
つまり歴史は一本の線でつながっているの。だから歴史が変わらないように、細心の注意を払って不干渉でいなければならないの。
私がいた未来は・・・実は大変なことになってしまったの。
日本と韓国は、もう決して友好を持てない関係になってしまったわ。
その原因はジュンチェの時代にあったの・・・
彼女の度重なる日本批判、それに世界各地に建てた従軍慰安婦像、ハルピンの安重根の碑・・・
日韓関係は深い溝を作り、穏やかな日本人も反韓の人が急増していった・・・」
「もしかして大統領をやった、あの・・・」
「そうよ、彼女は私の大叔母・・・私ね、どうして彼女がこんな暴挙に走ったか、この目で見て確かめたくなったの。私の願いは程なく叶ったわ。貴方を送った次元官は更に遠い未来からやってきた人だけど、私を監視していたみたいなの・・・
なぜって?だって彼は未来の人よ・・・過去に起こったことはお見通しですもの。
私は過去に絶対干渉しないという約束の下、貴方の世界に送られた・・・
そして韓国の真実、そして大叔母の姿を日本で拝見したわ。」
「日本で?」
「そう、私は日本名『山脇 澪』父は日本人なの・・・
日本は穏やかな国よ・・・あの国に住んでみればよくわかる。
なんの思想にも宗教にも縛られていない、人々は自由に恋愛もできるし、表面上の階級もない。私の好きな所は、すべての人がというわけではないけれど日本人は人を思いやる心がある。
民族って、どんな歴史を綴ろうとアイデンティティはそれほど変わらないと思うの・・・
そんな優しい日本人が、韓国や中国人がわめき立てるような酷い仕打ちをしたとは思えない。
本当の真実は・・・そして韓国人が思うような凄惨な歴史は本当にあったのか・・・
これを確かめない限りは
私の答えは出ないと悟ったの。
そんな時、ある討論番組で貴方を見つけたわ」
「あの番組では俺以外にももっと過激な発言をしていた奴がいたと思うが・・・」
「パラレルワールドを渡るにはクリアしなければならないことがあるの。
その時代に、重要に関わった人物の血縁であることが条件なの。
貴方はあの安重根の子孫よ!私はそのことを知って貴方の力を借りて再度日韓併合の原因となった伊藤博文暗殺の現場に渡る決心をしたの。
「そう言うことだったのか・・・しかしそうだとしても伊藤博文は併合に積極的だったじゃないか・・・俺たちの時代では消極的だったんだろ?そうしたら別人だったということじゃないか」
「私は再度渡るに際して次元官に日韓併合さえなければ未来にあんな悲惨な日韓断絶にならなかったんじゃないかと力説したわ・・・
なんといっても次元官は更に未来から来ていて、その後の第二、第三の日韓戦争を見てきているの・・・
歴史に干渉することは許されない・・・しかし希望のない未来なんて・・・
彼もその事は憂慮していた・・・
そして禁を破る決心をしたわ。
私を渡らせる前に彼はもう少し過去に戻った。
そして伊藤博文が日韓併合に積極的になるよう工作したの・・・
そう、次元官の名は『伊藤 博俊』伊藤博文の子孫よ!」
「そうか・・・ようやく俺にもこの世界での出来事が理解できた。未来に起こる歴史を変えるタイミングが伊藤博文暗殺だったということなんだな」
「そう、そして歴史は変わった・・・日本に支配されない独立国となった韓国・・・
貴方の世界の若者も言ってたわよね、日帝支配を受けなければアメリカを上回る経済大国になっていたんじゃないかってね。でもそれはただの妄言だった事がよくわかった。
歴史を直視していないのは韓国人の方だった・・・
捏造に彩られた歴史は韓国の方だった・・・
この世界は本当に悲しすぎるわ」
ウジュンは涙ぐんだ。
俺はウジュンたちの時代に日韓の間でいったい何が起こったんだか知りたくなった。
ウジュンは語った・・・俺の時代に加熱し始めた日韓摩擦がとんでもない方向に進んで行くのを固唾をのんで聞き入った。
六
それは始め日中の間で起こった尖閣諸島領有問題が付け火となった。
中国が一方的に定義した領空識別圏は日本のそれと重なる部分がある。
そこで日本の軍用機が中国戦闘機に撃墜された。
日本は第一種防衛体制を取り軍艦を派遣、それに乗じた中国も空母をはじめとした主力戦艦を投入して一発触発の緊張状態になった。
日本の要請に応じてアメリカ第七艦隊も支援に向かい、同盟国の韓国も艦隊を同海域に派遣した。
いつ戦闘状態になるか分からないところだが、水面下では外交の話し合いが妥協点を見つけるために必死の努力が行われている。
事は寸での所で回避されるシナリオで終わるはずだったのだが・・・
緊張状態が極致に達しようとしたとき、数発の対艦ミサイルが韓国艦から発射されたのだ。
そしてそのミサイルは事もあろうか日本の護衛艦に対して発射され、イージス艦を含めた3隻が被弾、沈没するという大参事を起こしたのだ。
それを合図にするかのように、中国艦からも対艦ミサイルが発射され、日本も防戦をするも数艦が被弾たちまち炎に包まれた。
味方であるはずの韓国軍の奇襲は全く予想外で、支援に回っていたアメリカ軍も事態の収拾に手間どう。
とりあえず日米側は後退を余儀なくされたが、これを機に中韓に制裁攻撃をかけようとするアメリカを日本政府が必死に説き伏せたというのだ。
日本としてみればアジア三国のいざこざのためにアジア全体が戦場と化すのを何としても避けたいという意図がある。
この軍事衝突では一方的に日本が被害国となったわけだが、
事態は局地の偶発的な戦闘では終わらなかった。
なんと戦後の調査で韓国と中国の密約が発覚したのだ。
尖閣の中国領有を韓国が支援する・・・それに乗じて千年の恨み日本を軍事衝突で殲滅したいという思いを遂げるというものだった。
なんという稚拙な判断、いつまでも恨み続ける恨思想の根深さ・・・
中韓はここに来て同盟国として公けに日米を敵対国とすることを宣言、永遠の決別を公表した。
その年には正式に独島領有、次年には対馬占領、壱岐島を虎視眈々と狙い兵力を集中させているという。
朝鮮民族に点いた火は一層の過熱となり日本人の民族抹殺を国の基本方針として打ち立てた。
もとはと言えば代々大統領は反日を口にしないと政権そのものが成り立たない。
全世界的に行う反日ロビー活動は世界の失笑を買うものの全く気にもせず
世界で最も嫌われる民族と名指しされても益々反日を加速させた。
なぜこんな国になってしまったのだろう・・・その元凶は俺の世界で大統領として公然と侮蔑外交を行った人物だった。
それまでも日韓は微妙な立ち位置ではあったけれども、韓流ブームやアイドル歌手たち、アニメなどの交流があり、近しき国として文化交流が芽生えてきていたのだ。
それを政権維持という個人的は利害を優先させた指導者のエゴが未来においての日韓関係を最も遠い国へと追いやったのだ。
ウジュンの世界はここで終わるが、更に未来は次元官の言葉通り第二次第三次と日韓での本格的な戦いへと進んだようだ。
そう・・・あちらの世界ではいつ終わるともしれない壮絶な闘いの歴史が待っているのだ。
「私ね・・・日韓はどちらも両親の母国よ。いがみ合うなんて絶対に避けたい。
伊藤博文暗殺で韓国が併合されなければ・・・もしかしたら積年の恨みを朝鮮民族が感じなかったら・・・私はそれに掛けてみたかったの。
でもだめだった・・・少なくてもここ数十年の歩みは併合時代の方がマシだった・・・
私・・・この世界がとっても怖い・・・」
ウジュンは肩を震わせて泣き崩れた。
俺はそんな彼女をそっと抱いてあげることしかできなかった。
俺の手で、ウジュンが悲しむこんな世界を作るきっかけを作ってしまったんだ。
胸が張り裂ける思いを感じぜずにはいられなかった。