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望郷の果てに  作者: 山脇和夫
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民族の血




犯行が行われてから三日三晩、ずっと夢を見ていたように思う。


ここは本当にパラレルワールドなのだろうか…


もしかしたら本当にただの夢だったんだろうか…


しかしそんな思いも耳にはっきり残る銃弾三発の音にいやが上にも


現実の出来事であったことに引き戻された。


「ようやく疲れがとれましたか?アンジュンジェ義士。我々は貴方を英雄として、また我々の首領としてお迎えします!貴方の伝説的な活躍は、このパクウジュンから聞いております!」


どうやら私がこちらに渡ってくる前に、パクウジュンがあることないこと俺の手柄として伝説を作っていたようだ。


自分でも笑ってしまったのは、私の祖先は大王世宗で、俺はその生まれ変わりなのだとか・・・


そういえば向こうの世界でも北朝鮮のキムウィルソン、ジョンイル親子の伝説話にはあきれる思いがしたっけ…


朝鮮人の伝説好き・・・捏造?まさか・・・脳裏から強制的に打ち消した。




それから数週間が過ぎた。


心の傷が癒えた俺は日本人を朝鮮から叩き出すために、ありとあらゆることを計画した。


日本人が建てた家も、路面電車も、日本人が書いた書物までも俺の恨みの対象となった。


俺は有頂天だった!


なんせ、ここではこんな恨みの晴らし方をしたいと思ったことを何でもできるのだから!


しかも革命の同志は皆な解放の義士と名乗って排日運動を善だと思っているのだから


ますます過激になってきている。


そんな奴らと、次の計画を練るのがすごく楽しかった。




革命の同志にパク・ユンハという人物がいる。


奴は俺が来るまで、ここのリーダー的な存在であったが


目つきの座り方が半端ではない。


はじめはそれが頼もしく見えたものだが、たまに垣間見える残忍な顔が心に残った。


その彼が仲間とフラッと居なくなった時は、決まって日本人に対する残虐行為が新聞を賑わせたものだ。、


所在を問うてもニヤリと笑うだけだが何とも言えぬ残忍な笑顔にはそれ以上の追及を許さない凄みがあった。




パクウジュンは俺の世話係ということでいつも傍にいたが、あちらの世界での話も出来るので何かと都合がよかった。


しかし最近彼女の様子が荒みがちな気がして気になる。


「パクウジュン、最近浮かないようだが・・・」


「・・・・先日、ショッキングなことがあったの・・・人買いを見たわ。嫌がる両親から無理矢理娘を引きはがして小金を親に投げつけていた・・・」


「日本人め!」


日本人による強制連行!従軍慰安婦!


俺の脳裏には、あちらの世界での重大な問題だった決定的証拠をつかんだ!っと思ったのだが・・・


「その男、朝鮮人だったわ・・・私、その男の後をつけていったの・・・そうしたら日本軍の駐屯地に女を引き渡そうとしたわ。」


「日本の奴らが女を買ったと・・・」


「いいえ、その逆よ。日本兵はその人買いを殴りつけ、女たちを解放したの」


「なんだって!きっと何かの間違いだ。日本人の中にはそんな偽善者もいるかもしれないが、大方は悪人だよ。よし、その人買いを捕まえて真相を話させよう。


きっと日本の奴らにやとわれて仕方なくやっているに違いないんだ!」




それから一週間ほど、パクユンハと数人の義士を連れて街中を探し回った。


そして凝りもせず人買いを行っている現場に遭遇したのである。


俺はその人買いを締め上げた!


どこの日本人に雇われたのだと!・・・


そいつは他の街からの流れ者で、ただ金のためにこの街の女子を物色していた。


当初は日本の軍人に売り渡そうとしたが、日本軍は軍律が厳しく全く話にならないどころか、人でなしと何度も殴られたそうだ。


なので、ほとんどの女は朝鮮人が経営するキーセンに売るか、中国人に売り渡したというのだ。


俺は頭に血が上った!


「この恥知らず!朝鮮民族の泥汚し!」何度も何度もこの人買いを殴りつけた。


しかし、買い付けに失敗した家の中から女の悲鳴が・・・


中を覗くと我が義士の数人が女を取り囲み凌辱を始めているではないか!!


「お前ら何してる!!」


「いつものことだよ・・こいつらは今日の戦利品だよ・・・へへへ」


俺は何がどうなっているのが錯乱した。


そこへパクユンハが俺を制して仁王立ちになると義士に対してあっちへ行けとばかり


顎をしゃくった。


義士は逆らうことなくその場を立ち去ろうとしたが、俺ははっきりと聞いた・・・


パクヨンハの「今日はやめとけ」という小声とほくそ笑みを・・・。




その夜、義士たちを集め、我々の目的と規律の確認をした。


しかし彼らの忠誠はパクユンハに向けられているような気がする・・・


俺にはパクウジュンの心配げな顔だけが向けられていた。













年が明けて1910年を迎えた。


あちらの世界では日韓併合が行われ、


大韓帝国が消滅する屈辱の年である。


しかしこちらの世界は、俺たちが教えられた韓国史と違う道を歩み始めた。




日系新聞には日韓併合の急先鋒、伊藤博文が暗殺されたことによって併合は百害あって一利なしの気運が広がり、野蛮な朝鮮は見捨ててしまえとの声が大きくなっているという。


事実、事件後の朝鮮の排日はすさまじく、日系企業への略奪や破壊、日系人への暴行も毎日のように起きるようなったのも世論を動かしているようだ。


日本が朝鮮半島の利権を放棄して後退せざる負えなくなったのも伊藤博文暗殺がきっかけだったのだが、あちらの世界でも彼は誅殺されている。


なぜ事件後の経過が違うのか俺にはその時わからなかった。


ある時同志のパクウジュンに問いてみたことがある。


彼女は向こうの世界も知っている文字通りの腹心なのだから。


パクの答えはこうだった。


「あちらの世界の伊藤は日韓併合には否定的だったらしいわ・・・百害あって一利なしは


彼の主張だったらしいもの・・・


しかしこちらの世界の伊藤は日韓併合に肯定的、しかも一日も早くと主張していた人物なの・・・その人間が朝鮮人によって殺害されたとあれば、併合派も口を閉ざさざる負えないでしょうね!


日韓併合はとん挫したのよ!まさに貴方のおかげで忌まわしい歴史を払しょくできるのではないかしら」


「しかし、こうもあっけなく日韓併合という忌まわしい歴史が消えてしまうとは…どうもしっくりこないのだが・・・」




朝鮮半島は日本にとって大陸に掛けた梯子のような存在だった。


大陸、とくに満州地域を走る日本のシベリア鉄道へ至る大動脈だった朝鮮半島・・・


ここを失うことは経済的には大陸の利権の喪失につながる恐れがあるし、軍事的には


朝鮮半島が敵国に渡れば、日本本国が直接最前線になりうる。


それらの理由から、朝鮮半島を日本の手中に治めておくことは、日本の存亡事項でもあったのだ。


ただ、それにも条件がある。


朝鮮人民の理解と協力がなければ、日韓併合を断行しても手中に内敵を招き入れているようなものである。


まさに百害あって一利もなし・・・


過剰な排日には流石に日本も見捨てる覚悟をした。


日本議会は多くの反対を押し切って朝鮮半島からの全面撤退を議決した。




朝鮮民族はついに自由と独立を手に入れたのだ!


国中は歓喜にあふれた!


そして俺は朝鮮民族の英雄となったが・・・










この時代はめまぐるしく世界情勢が変わってゆく・・・


翌年の1911年にはついにお隣の大国『清』が倒れ、孫文の中華民国が立国した。


しかし内情は軍閥の闊歩する分裂状態で、国の体をなしていなかった。


そこに西洋の列強が争って植民地の争奪戦を繰り返している。


朝鮮半島を手放した日本は日露戦争で獲得した遼東半島を新たな大陸への足掛かりとして


満州地方に利権を伸ばしている。


いずれはあちらの世界と同様、満州国という傀儡国家を樹立することだろう…


ここアジアの地は毎日のように浸食される列強の力で、版図の色が塗り替えられていくのが現状だった。




我が独立を果たした大韓帝国はどうか・・・


日本が去ってからというもの、日本の助成金が全く入らなくなり完全に国家としての体を取り得なくなってしまった。


目立った産業もなく貿易相手国もない。


そして最大の元凶は、両班ヤンバンという支配階級がまた頭を持ち上げてきたことだ。


李氏王朝時代からある支配制度でも最上級にあたる奴ら・・・


彼らは自ら働くことは全くしないどころか、働く人を賊民として人間扱いをしていなかった。


そして物が入用になれば、部下を使い、近隣の領民を襲って略奪の限りを尽くした。


国全体が略奪者と略奪されるものとに分かれていた。


少なくても日本人が朝鮮を支配していた時は、こうした身分制度の廃止、それに伴って賊民にも市民権が与えられ、ある程度の生活が保障されていたのだ。


街も近代化され、それまでの草と泥でできた賊民の家は木造や鉄筋に代わり、


ぬかるんで歩くこともままならない道は、しっかり固められ場所によっては舗装もなされ、


歩くだけしか移動手段のなかったものが、路面電車は轢かれ鉄道が走った。


灌漑事業が農地を増やし、ダムが洪水の被害をなくした。


街はインフラ整備により、一気に近代化が進み、人々の衣装も艶やかに華やいだものとなった。


しかし今はどうだ…


特権階級の両班らには、市民に対しての施しを考える者はいない。


必然、管理者のいなくなった公共物は荒れ放題になり、せっかく出来上がった下水道施設や電気のインフラも途絶えがちになり、市民の生活は完全に後戻りを始めている。




何かが狂ってる・・・


俺は朝鮮民族の独立のために戦い、そして勝ち取った。


それなのに何で国民は働かない?!


何で政府は何もしない?!


艶やかな李王朝、国民と親しく交わる誇り高き両班らに、この国民の惨状は写らないのか!


俺たち革命家はそんな李王朝に対して直訴をして・・・


激しく憤る俺を見て、ある義士が不思議そうな顔をして俺に尋ねた。


「アンジュンジェ首領さんよ、あんたぁ~どこぞの外国で修業なさったんですかい?


今の現状って・・・そりゃ、昔からこうだっただけですよ・・・昔とちっとも変らない・・・


わしの親兄弟は両班らに皆殺しにされたんでさぁ・・・うちはただでさえ貧乏だったのに、ある時両班がやってきて金を出せと・・・なけなしの金を全部取られた挙句、これじゃ足らんと父っちゃんは金を出すまで拷問され、ついに殴り殺されちまっただ。


そんだけじゃねぇよ・・・ねぇちゃんやかかさんはその場で犯されて、あげく売り飛ばされちまった。俺はまだ小さかったから一発蹴り倒されただけで済んだが、それからは乞食生活だったんでさぁ」


俺は言葉に詰まった・・・


すると義士の中で年長の者が口を開いた。


「首領はまだ若いから知らぬとは思うが、李王は本当に酷いお方じゃよ。わしが若い頃、突然役人がやってきてな・・・うちの兄弟は皆な役人に連れ出された。


この国は貧しい上に目立った産業がない・・・しかし清国の属国として生きながらえるためには朝貢をせにぁならん。若くて美しい女子は皇帝の女官に、そして男は奴隷か宦官として差し出した。つまり朝貢の貢物は人だったということじゃ。


わしも危うく宦官として大事なところを切り落とされるところじゃったが


すきを見て逃げ出した・・・しかしその腹いせに両親は拷問のあげく命を奪われてしまった。それだけじゃない・・・姉は器量が悪かったせいで李王に差し出されたが、王に喰われちまったという話じゃ…そう、宮廷では人食いも行われていたそうじゃ・・・


この国は腐りきっておるよ・・・義士であるわしが言うのもなんじゃが、日本人がそんな両班や皇帝を追い出してくれたおかげで、随分とわしらの生活も豊かにもなり、死への不安もなくなったんじゃ・・・


奴らはとにかく法の下には厳格な民族じゃ・・・何でも型にはめて規則に従わせるのは鼻持ちならないが、それでも野蛮な行為は取り締われ、まるで乞食のようなボロ服しか着れなかったものがまともな恰好ができ、戸籍や名前をもらって人として生きられるようになった。


特に女は卑民としておっぱい丸出しを強制されていたが、日本人が来てからはそんなことはない・・・まるで西洋の貴婦人のような艶やかな服を着れるようになった。」


パクユンハがしたり顔で俺を覗き込んだ。


「なぁアン首領さんよ、あんた理想的な民族解放を考えているようだが、


排日は言わばうっぷん晴らしのようなもんですよ。


この国には正義なんていうもんは存在しない。


やるかやられるか・・・奪われたら何倍にして奪い返す。奪う時は根こそぎ奪う・・・


これが我等の、民族の血というもんです」






おれがあちらの世界で習った崇高で誇り高き朝鮮民族・・・


すべての民族の上に立つ最優良人種


初めて文明開化した人類発祥の起源としての朝鮮人


華やかで文明に満ちた李王朝と心優しい両班たち・・・




これらは皆な嘘だというのか!


俺がドラマで見ていた宮廷生活は捏造だというのか・・・


パクウジュンは泣き崩れていた。


彼女も俺同様、自分の心と葛藤しているに違いない。


うなだれる俺を見下ろすようにパクユンハが口を開いた。


「いたぶる日本人がいなくなったんで手持ちぶたさだったんですよ・・・


今度は両班狩りでもしましょうや・・・市民の生活を守る意味でもね。


両班には俺も恨みがある。徹底的に!さ、革命ごっこの再開だぁ」


パクユンハは高笑いを上げながら仲間を引き連れてアジトを出ていった。




パラレルワールドに落ちた世界で垣間見る世界は、

アンジュンチェが想像していた時代とは大きく異なっていた。

理想とかけ離れた現実に苦しむアン…

アンは自分を見失いかける。

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