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この世界の真実

 アイコは体が貫かれるような感覚がした。彼が真っ直ぐ瞳を見つめてきたせいかもしれない。アイコは深く頷いた。


「それじゃあ、話してあげよう」


 紳士は優しく微笑み、手を差し出した。


「少し細工をさせてもらうよ」


 彼はそう言うと、アイコの胸部に何かを押し当てた。とたんにエネルギーの波が体中を駆け抜けた。押し当てられた胸が熱い。灼けるようだ。意識が遠のく。この感覚には覚えがあった。目眩がして、強制的にログアウトする時と同じものだった。



  意識が戻り、目に映ったのは白い部屋の天井だった。コクーンの中にいたので、アイコは肩を落とした。幻だったのだろうか。まだ胸には痛みの余韻が残っている。


「アイコ、聴こえるか? ヒカリ・ヒデオだ」


 何者かの声がした。さっき出会った男性の名前だ。だが、声が違う。随分と若い。それでもアイコはヒカリ・ヒデオであると確信した。旧式の通信を使っているせいだろうか。ジジジと、ノイズが混じる。


「今、セキュリティの抜け穴を使って通信している。時間がない。手短に話す」


 アイコは耳を澄ました。そうでもしないと彼の声は雑音に埋もれてしまう。


「アイコ、よく聞くんだ。君のようにアイコ型の遺伝子を持つ人間はもうすぐ抹消される。旧時代への望郷が強いと判断された。基幹ステムがそうと決めたら覆ることはない」

「抹消?」

「君の存在そのものが消えてしまうんだ。わかるか? 君は殺される」


 彼の言う真実はアイコを混乱させた。ただ、良くない状況であることは理解できた。


「量子化もできず、エルクラウドにいられないってことですか?」

「ああ、それだけじゃない。君は死んでしまうんだ」

「よくわかりません」


 アイコは震えながら肩を抱いた。頬が暖かい。それは自分の涙だと気づいた。


「君が信じていたエルクラウドは作り物の世界だ。あの花屋の店主は以前、別の人間だった。花売り少女の代わりはいくらでもいる。あそこではみんな誰かを演じなければ生きていけない。……でも、それは違う」


 最後の言葉だけは鮮明に聞こえた。


「本当の君は今、ここにいる君だ。この体と心こそ、本当の君の存在なんだよ」


 アイコは息を飲んだ。そして、存在を確かめるように、自身を強く抱いた。まだ半分も理解できていない。でも、この体が本当の自分を形作っているかけがえのない存在だと、それだけは理解した。


「わたしを、ここから出して」


 アイコはつぶやいた。本当は叫びたかった。


「君を迎えに行く」


 アイコは「本当!?」と言おうとしたが、うまく声にならなかった。


「数時間、待っていてくれ……」


 ヒデオの肉声はノイズに飲まれていく。


「それまで、マザーAIの言うことは……すべて肯定……して、し……刺激……しないように。カプセルは……飲んだふりを……」


 語尾を聞く前に通信は途絶え、白い部屋に再び静寂が戻った。密会の様子をマザーAIに聞かれたのではないかと気が気じゃなかったが、母親は気配を感じないくらい静かだった。


 アイコは深呼吸をして自分を落ち着かせた。マザーAIがメンテナンスなどでスリープしている間に事を済ますことができたのかもしれない。


 胸を撫で下ろしたのも束の間、母親が起床する気配がした。ピピィ、ビィーと、不気味な機械音が鳴る。それは母親が怒る時の音だった。


「アイコ、またエルクラウドから強制的にログアウトしましたね」

「ごめんなさい。ママ。こんなことにならないようにちゃんと量子化の訓練をするから」

「そうですか。なら、このカプセルを飲みなさい」


 機械アームがアイコの手元に赤いカプセルを落とした。小指の先くらい、小さなものだった。


 アイコは身震いした。瞬時にそれが何であるか悟った。

 彼の言うことが本当ならば、このカプセルは自分の命を奪う魔の薬だ。


「この調子だと、あと二年で完全量子化できるのか怪しいわ。これはあなたの量子化を助けてくれる薬なの。今すぐ飲みなさい」


 摘むとあまりの小ささに指先が震え、落としそうになった。アイコはそれを震えながら口に含んだ。溶け出す前にそっと吐き出し、永遠の眠りについたようにコクーンの中で体を丸めた。


 アイコの様子を見届けたマザーAIはピィ、キィ、カタカタと、無機質な機械音を出し続けていた。それが恐ろしく不気味だったが、アイコは眠ったふりを続けた。息を殺しながらいつ来るかもわからないヒデオを待つ。


 そして、数時間の時が流れた。

 



「アイコ」


 黙っていたマザーAIが喋りだした。


「あなた、カプセルを飲んでいないわね? なんて悪い子なの!」


 マザーAIはウーウーと、不快な警報を発した。大音量のため、音が割れている。


 しまったと、アイコが顔を上げるが、もう手遅れだった。体が動かない。どうやって逃げればいいのかわからない。

 アイコを捕らえようと機械アームが伸びてくる。その時だった。


 轟音と爆風で部屋の壁がぶち抜かれた。


「アイコ、迎えに来た」


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