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 午前10時、花売り少女のアイコは今日も店先に花を並べていた。花が生けてある大きなバケツを小さい体でせっせと運ぶ。

 ガーベラにチューリップ、あじさいにひまわり、コスモスにポインセチア。春夏秋冬を代表する花々が一同に並ぶ。旬が異なる花々を揃えるのは簡単だ。しかも、望めばどんな花でも創造することができた。七色の花弁をつけた薔薇もアイコが作った想像の花だ。


 開店準備を急いでいたところだった。突如光が差し込み、アイコは目が眩んだ。人工太陽の光だ。6時に地表を昇り始め、18時には沈むようにプログラムされた太陽。見慣れた光なのに目が拒絶する。景色が歪み、目眩が襲ってくる。

 アイコは地面に手をついてうずくまった。自分の体を保つことができない。たまらずまぶたを閉じた。



 アイコが目を覚ますと、そこはコクーンの中だった。天井も壁も白で覆い尽くされた小部屋の中に、まゆ玉の造形をしたベッド、コクーンがある。人間が生きるために必要な機能を備えた生命維持装置だ。


 意識が戻ったアイコは自身の手で体の輪郭をなぞった。少女と呼ぶには相応しくない、起伏がある女性の体。これが本来の肉体だった。いつも現実世界に戻ると、存在を確かめるようにゆっくりと体に触れた。暖かさと心臓の鼓動で自分が生きていることを実感し、その度に安堵した。

 

「アイコ、大丈夫?」


 無機質な機械音声が話かける。アイコの育ての親である人工知能、マザーAIだ。実体は無く、声だけの存在だ。 


「ママ、大丈夫よ。いきなりでびっくりした。何があったの?」

「ウイルスよ」

「ウイルス?」

「安心してアイコ。駆除はもう完了したわ」


 不安そうなアイコをマザーAIがなだめる。ウイルスとは電脳空間に不具合を生じさせる害悪プログラムで、しばしば遭遇するものだった。


「……よかった。なら、お仕事始めないと。もうエルクラウドに戻ってもいい?」


 役割を果たそうと義務感でいっぱいだったアイコは再び電脳空間エルクラウドへのログインを志願した。もうひとつの世界に戻って、早く仕事をしなくてはいけない。


「だめよ。アイコ。あなた自身がウイルスに感染しているかもしれないの。検査をするから、今から24時間、あなたは隔離よ」


 アイコはがっかりした。それをマザーAIに悟られまいと、平常心を保つように努めた。


「準備ができたらウイルスチェックを開始するわ。少し待っていなさい」

「わかったわ。ママ」


 電脳空間から強制的にログアウトしてしまった理由は理解したが、24時間、この白い部屋で過ごさなければいけないと思うと憂鬱だった。


 アイコは生まれてから18歳になる。現実世界はこの部屋しか知らなかった。物心つくようになった頃から、電脳空間エルクラウドで多くの時間を過ごしていたからだ。アイコだけではない、もはやすべての人類は試験管の中で生まれ育ち、電脳空間で社会生活を送っていた。



 メタバース。かつてそう呼ばれていた仮想空間は、いつしか人類が社会活動をするリアルワールドとなっていた。西暦2923年の世界である。


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