僕の婚約者は破天荒すぎる…まあ、それも可愛いが
婚約破棄をされた女性を庇うのが未来の妹と弟だったら面白いなと思って。
「ヒルデ・クライマー。お前との婚約を解消する!!」
「なら、お義姉さまは第二王子の婚約者であるこのリリアン・レイスがもらい受けます!!」
第一王子。……一応、僕の兄の宣言に間髪置かずに宣言するのは第二王子の婚約者。
つまり、僕の婚約者だ。
「「「………」」」
会場に沈黙が流れる。
誰も何を言えばいいのか分からない状態で冷静に今の状態を思い出してみよう。
本日は卒業式典の記念パーティーが行われるとの事で卒業生と在校生はそれぞれのパートナーと同伴で、家族を招待しての大掛かりなお祝いが行われている。
当然、在校生である僕ことシュタインは愛する婚約者であるリリアンを伴って参加したが、卒業生である兄のマーカスは婚約者であるヒルデお義姉さまを伴わず、サテラン家男爵令嬢を伴っていた。
「お義姉さまを置いて何を考えているのかしらっ!! 信じられないっ!!」
リリアンは憤慨していた。
「多少の火遊びは許容しますわっ!! でも、それで婚約者を蔑ろにするのはどういうおつもりなんでしょうっ!!」
兄がヒルデお義姉さまを蔑ろにして、男爵令嬢を連れているというのは話を聞いていた。その都度、お義姉さまが注意をしている事も。
だが、その注意を兄は全く聞く耳を持たなかった事も。
その男爵令嬢だが、実は兄に気に入られる以前はこちらに近付いてきてお近付きになろうとする態度がありありと出ていて、無視していたのだ。
こっちが何も言っていないのにくっついてこようとしてきて、側近がさりげなく間に入ってくれたので事なきを得た事が多く。何度も注意したが、
『もう♡ シュタインさまったら照れなくていいのに♡』
と理解不能の事を告げて、身体をくねくねしていた。そのたびに揺れる胸を強調したいようだが、正直これみよがしに見せられる物に興味は湧かない。
しばらくしてこっちに来なくなったから忘れていたのだが、兄をターゲットに変えていたようだ。
兄と兄の側近が男爵令嬢を大切にするさまを見て、
「大丈夫ですか? お義姉さま」
と心配になったリリアンが上級生のクラスまで様子を見に行くこともしばしばで、一人で行かせるのが心配だったので当然付いていく事にした。
「大丈夫です。リリアンさま。心配してくださってありがとうございます」
「お義姉さま。さまは要りませんって、わたくしとお義姉さまは義理の姉妹になるのですから」
拳を握って力説をするリリアンに困ったように首を傾げるヒルデお義姉さま。
「そうですよ」
詰め寄りすぎて困っていると伝えるようにそっとリリアンの肩に手を持っていき、
「ぼくとリリアンは兄上とヒルデお義姉さまを支えるつもりなんですから」
まだ正式な王位継承者は決まっていない。父上が決めてくだされば一発だが、迷っているのかまだ決まっていないために兄派とぼく派に分かれての派閥が出来ている状態だ。
迷っている一番大きな理由はどちらも側室の子供だからという事だろう。
妃殿下に子はおらず、後継者を必要とするために妃殿下直々に側室を見つけて二人の女性が側室として上がった。
それが兄の母と僕の母だ。
同じ側室同士ならば生まれた方が先の兄が王位を継ぐのは当然だと思っているので次期王になる兄とその妃になるヒルデお義姉さまを支えていこうと話をするほどなのだ。
だが、ヒルデお義姉さまは不思議そうに黒檀のような目をぱちくりさせて、
「まだ、決まっていませんよ。それに、リリアンさまのお家であるレイス家は宰相の」
「何を言っているんですかっ!! それを言うのならお義姉さまは貿易に力を入れているクライマー領のお家ではありませんかっ!! それにクライマー家のヒルデお義姉さまは才女で有名でお妃になられたらきっともっと国が栄えるでしょう」
「リリアン。声が大きくなっているよ。でも、実際そうですね」
ヒルデお義姉さまが領内で試したいと言われた商品が人気の品になり、どんどんクライマー領を豊かにしていっている。
その資金も民に還元されているからこそ益々発展しているのだ。
「お義姉さまと一緒に妃教育を受けているとお義姉さまの知識に驚かされます。わたくしはお妃さまに教えてもらっているのになかなか身に付かなくて」
しょぼん
落ち込んでいるリリアンを慰めるように、
「リリアンさまは努力家で、好奇心が旺盛なので、妃教育で気になった事は直接見に行かれるほどの積極性があります。そこが羨ましいですわ」
くすっ
優しく微笑むヒルデお義姉さまを見て、
「じゃあ、お互い助け合いましょう!!」
と手をガシッと掴んで宣言するリリアンは可愛いが。
「そろそろ手を離してくれないと、僕が焼きもちを焼いてしまうよ」
とそっと引き離す。
くすくすっ
「仲がよろしいですね」
ヒルデお義姉さまが楽しげに微笑むのを。
「はい。勿論ですっ!!」
と誇らしげにリリアンは満面の笑みを浮かべていた。
その時はまだ修正可能だと信じていたのだが。
「第一、何でお義姉さまとの婚約破棄をここで宣言する必要があるのですかっ!! 理由をしっかり述べてください」
リリアンがヒルデお義姉さまを守るように前に立って詰問する。
「理由だと!! そんなのそこのヒルデがベルの有らぬ噂を流して、冷遇してきたからだ」
「何をご冗談をそこのサテラン男爵令嬢がマーカス殿下に媚びを売って淑女にあるまじき態度な事は事実でございましょう」
どこが間違ってますか。
リリアンの詰め寄るような理攻めに、
「確かにそうですね。サテラン男爵令嬢はぼくの側近に阻まれていましたが、ぼくにも近付こうとしていましたし」
事実なのでしっかり告げておく。リリアン一人で反論させるわけにはいかないし。
(あとで騒ぎを起こしてと父上に何か言われるだろうな)
本当はここで穏便に終わらせたいが、リリアンが土俵に上がってしまったから無理だろう。
まあ、それなら。
「そう言えば、サテラン男爵令嬢はセルゲイ将軍のご子息とも。フェルメール枢機卿のご子息とも仲良かったみたいですね」
にこやかに側近に調べさせた事を告げておく。
「何が言いたい?」
「いえ、特には」
言外に淑女としての態度がなっていないと告げているのだが、さすがに理解したようだ。
「で、他には何が?」
婚約破棄するのであれば他に理由がありますよね。
「ヒルデがベルの持ち物を壊したと報告があったぞ」
「それはいつなんですか? 壊したのを目撃した方がいるのでしょうか。まさか、壊れた物だけを見て犯人だと決めつけたとか」
「だ、だって、見たって人が」
ずっと黙って兄にくっついていたサテラン男爵令嬢が泣きそうな顔で助けを求めるようにより兄にべったりとくっつく。
「それはいつですか?」
「12月の18日だ!!」
12月18日。
何かに気付いたリリアンが口を開く前にそっと止めて、
「時間は何時ですか。兄上?」
「昼過ぎだ!! 皆が昼食をしに出て行った間に教室に忍び込んで」
思い出したように泣き出すサテラン男爵令嬢を兄が慰めるように抱きしめる。
だが、
「それは違いますね。だって、12月は朝の授業を終えたお義姉さまとわたくしはすぐにお妃さまのところに向かいましたし」
「ええ。二人でチャイムが鳴ってすぐに出ていきましたね」
昼まで居ませんと二人そろって告げると。
「そんなわけない。確かに目撃証言が」
「ならば妃殿下にお確かめになればいいと思いますが」
彼女ならしっかり教えてくれるだろう。
「どっちにしても。お前のような女は妃としてふさわしくない」
言うだけ言って去っていくのを見て。
「………許せません」
「じゃあ、どうする?」
可愛い可愛い未来の妻に尋ねる。
「とりあえず、お義姉さまをシュタイン様の第二夫人として」
「それ実行に移したら怒るからね」
にこやかに告げるとリリアンがわずかに目を逸らして、
「じゃあ、お義姉さま。わたくしの妹になりませんか?」
「妹?」
ヒルデお義姉さまは首を傾げていたが、
「リリアンさまの弟君と婚姻しろとおっしゃりますか?」
「はいっ!! 幸いにも弟には婚約者が居ませんから」
それはいいアイディアだな。と言うかリリアン、ヒルデお義姉さまを家族にしたくて必死だね。
(将来設定とは大きく異なってしまうが仕方ないか)
これからの事を考えて顔に出さないが困ったものだと思った。
それからあれよあれよという感じで進んでいった。
クライマー家のヒルデお義姉さまとの婚約と宰相の娘であるリリアンの婚約。それで兄と僕の立場は釣り合いが取れていた。
どちらが後継者になってもおかしくないくらいに。
だが、兄はその自分を王位継承者にしてくれる存在を自ら手放した。
手放した事でもともとリリアンと婚約している僕が有利に働いて、リリアンはお義姉さまと改めて義妹になる事で天秤が大きくこっちに傾いたのだ。
兄は騒動を起こしたと廃嫡され、サテラン男爵令嬢は『乙女ゲームなのにこんなのおかしいっ!!』と意味不明な事を叫んでいたそうだ。
その二人は監視付きで庶民として暮らしている。監視が付いているのは良からぬものが近づいて利用する可能性があるからだ。
監視があるのなら庶民ではないか。
(はあ、王になるつもりはなかったけど、まあ、頑張るか)
それよりも。
「ねえ、リリアン」
ずっと考え事をして手が止まっているリリアンに声を掛ける。
王位を正式に継ぐ事になったからそのお披露目と結婚式の打ち合わせに来たのだが、リリアンがどこかぼんやりしている。
「何考えているの?」
「………」
リリアンは答えない。
「ねえ、リリアン?」
教えて。
「………シュタインさま。良かったんですか?」
心配そうにこちらを見詰め。
「未来の妃はわたくしよりもヒルデお義姉さまの方が相応しいです。それに、スレンダーの美人で、烏の濡れ羽色のような綺麗な黒髪に黒檀のような瞳で……わたくしの人参みたいな赤い髪と苔みたいな緑の目
の平凡な顔立ちと比べると」
自分に自信がないと今更告げるさまを見て。
「そういえば言っていなかったね」
そっと腕を伸ばして膝上に座らせる。
慌てて暴れようとするのを両腕で閉じ込めて。
「僕はね。君の破天荒なところを気に入っているんだ」
気になったものは猪突猛進で調べに行ってしまう事。
「覚えてる? はじめてお茶会をした日を」
「お…覚えてます……」
妃殿下主催のお茶会。
そこで出されている茶葉とお茶菓子がどんな風に作られるのか興味を示して、お茶畑と麦畑まで見学に行ったと僕とヒルデお義姉さまに語ってくれた。
その楽しげにしゃべる様子。それからも興味があると調べに行ってしまうのでそこからいろいろ教わった。
ヒルデお義姉さまの提案もリリアンの話を聞いて思いついた事が多かった。
だから。
「僕はリリアンのそういうところが可愛くて好きだよ」
困った騒動を起こしてしまうだろうけど、頑張ってフォローするのも夫の役目だと譲るつもりはなかった。
耳元で囁いたからかリリアンは顔を真っ赤にして下を向いてしまう。フルフル震えているのも可愛いなと復帰するのを傍で待つことにした。
実は乙女ゲームで攻略キャラと悪役令嬢ポジだったが、リリアンの性格が乙女ゲームと違い過ぎて、影響された。
当初は第二夫人にしようと本気で思った。