テント布団
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
おう、つぶらや。お前、自分の寝相の良さには自信あるか?
いやあ、俺は全然だめだね。目が覚めたら、布団を蹴上げて、寝間着脱げかけて、腹丸出しで寝てることがほとんどだ。おかげで寝起きは腹が冷えて、トイレに駆けこむことも多いんだけどな。ははは。
しかしよう、布団を蹴散らし、あられもない格好へ身をやつすばかりが、寝相の悪さとは限らない。むしろ、たいしたことないと思われる、ささいな違いこそ、かえって注意するべきことかもしれないぜ。
寝相に関して、晩酌のさかなに親父が教えてくれたことがあってな。お前も聞いてみないか?
起きた時、布団がテントを作っているとこ、お前は見たことあるか?
――おいおいおい、なんだその蔑んだ目は? 男にそんな目で見られても、たぎらんぞ俺は。
お、ああ、はいはい。「たぎって」テント作ったと思ってんのか? 作家センセイはお下品だねえ。そんなポン刀みてえなごりっぱ様をお持ちなら、ぜひお目にかかりたいもんだ。
話が逸れたな。
実際には、あおむけ状態から、足を「く」の字に曲げて布団を盛り上げちまった感じさ。
結構多いみたいだぜ? この姿勢になる人。まあ起きるときというより、寝ているときの方がよく確認されるようだがな。
夢を見ている最中によ、唐突に崖から落ちることになって、はっと目が覚める……なんて経験はないか? あれな、このテント作っている場合に、よく起こるんだよ。
足をくの字に曲げていると、足の裏が敷布団にくっつく形になるだろ? あれが「地に足をつけている」感覚を体に与えてくれるんだ。その足がな、ふとした拍子にテントを崩して、ストンと落ちちまう。
そうなると足の裏は布団を離れ、投げ出された状態に戻る。そいつが夢に反映されて、崖を落ちるものに変わっちまうんだとか。そして十中八九、寝ている当人はその瞬間に目を覚ます。
親父自身、小さいころから何度もそんな経験があったそうだ。
ただでさえ布団へ横になると、意識のあるうちからひざを曲げて、テントを作り出しちまう。どうも成長期を迎えているせいなのか、足を伸ばしきっていると、足裏から冷たい冷気が流れ込んでくる感触があったからだ。布団の長さが、足りなくなっているのかもしれなかった。
それ以上に、当時の親父は怪談話が苦手でな。少し前に「三本足のリカちゃん人形」の話を聞いてから、すっかり震えあがっていた。
かつての持ち主によって、誤って壊されてしまったとき、リカちゃんは足を一本無くしてしまい、それがもとで捨てられてしまったという。
やがて現れる、新しい持ち主に出会うために、リカちゃんはゴミとして始末される運命から逃げ、足を求め続けているという。
無くしてしまった一本に加え、もう一本。いつまた足を無くしてしまってもいいように、代えの一本を胴体から生やすようにしている。そしてどれかにガタがくるたび、その一本を捨て、新たな足を求めるんだ。
そしてその足は人間から奪うこともあり、特に寝ているとき、布団からはみ出ている足は、リカちゃん人形のターゲットになる……といったものだな。
――足を出していたら、リカちゃん人形に狙われる……!
そう恐れた親父は、次第次第に足を布団の中へとひっこめることになり、結果として件のテントを作っていた、というわけさ。
自分がリカちゃん人形に狙われている。親父にはそう思わせる確信があった。
夜、布団に入って明かりを消し、しばらく経つと、蚊のような羽音がするとともに、キーンとした耳鳴りが襲ってくるときがあるんだ。
しかし起き上がって明かりをつけ、部屋中を見回しても、羽虫の姿は見られない。殺虫剤を撒いても、状況は改善せず。明かりを消すと再び、件の音がやってくるのだとか。
そうなると、親父はほとんど寝付けなくてな。ひたすら足を布団の外へ出さないため、あのテント状にひざを曲げ、眠ることなく、意識して状態を保ち続けていたんだ。
そうして朝を迎えると、ペン立てにしまっていたペンが机の上に転がっていたり、リュックの閉じたチャックが、開いていたりすることがあったらしい。
戸締りはしっかり行っているのに、このザマだ。
――確実に狙われている。
これまでは、数日に一度だったのが、その年の2月に入ってからは、毎日のようにやってきて、すでに親父は昼間にうたたねしても足りないくらいの、寝不足に襲われていたらしい。
自分の気が抜けるときが、自分の足に別れを告げるとき。二度と飛んだり、走ったりできなくなるんだぞ、と自分を叱って、夜を徹して足の面倒を見ようとするも、ついにある日、押し寄せる眠気に勝てず、うとうとまどろんでしまったんだ。
銭湯に浸かっていた夢が、瞬時に大口を開けた谷底へ、落ち行くものへと変化する。
はっと目覚めたときには、自室の天井が視界へ飛び込んでくるとともに、ずたんとすぐ近くから音がたった。
自分の膝裏が、敷布団を叩いた音だ。やや遅れて、自分の足の裏を刺激する、かすかな冷風。くの字のテントが崩れたことを意味していた。
そしてその膝裏なのだけど、妙に生暖かい。痛みがあまりないから、血が出ているとは考えづらく、どちらかというとおねしょなどで濡らした感に近かった。もちろん、ひざからしょんべんが出るはずないが。
明かりをつけ、布団を引っぺがした親父の目に飛び込んできたもの。
それは両膝裏の敷布団を汚す、緑色の小さな水たまりの数々だった。ひとつひとつは、蚊を叩き潰したときにできるものと、大差ないサイズ。しかしよくよく見てみると、その水たまりの近くに、虫の糞らしき塊がいくつか落ちている。
だが、顔を近づけてみるとそれが糞なんかじゃなく、極小サイズの鍋や、寝袋に思えたんだ。ドールハウスなんかに使われるものより、更に小さい。爪の先にも及ばないほどながら、しっかりそうだと判別できるほどの細工。
ひょっとして、あの時に親父の部屋へ来ていたのはリカちゃん人形じゃなく、新天地とみなして探検していた、ごく小さな探検家たちだったのかも。そいつらが、自分の足が作る布団のテントを、休息の場にしていたんじゃなかろうか。
親父はいまでもそう思っているそうなのさ。