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白く染まる景色

作者: 立花

 窓の外を見ると、雪がちらついていた。昨日は大雪が降ったため、すでに地面には雪が厚く積もっている。この地域は雪が降ること自体は珍しくないが、十二月中旬にここまで降るのは久しぶりだった。窓の外側では雪の日独特の静寂が広がっているに違いない。


 教室の中は心無しかいつもより賑やかに感じた。生徒らの話し声でお昼の放送がいつもより聞こえづらく感じる。今は来週の月曜日に二学期終業式を控えた、金曜日の昼休み。午後の二つの授業を乗り越えればもう冬休みと言っても過言ではない。生徒たちに浮かれるなという方が無理だろう。


 花織は一人で窓際の自分の席に座っていた。先ほどまで数人の女子で一緒に弁当を食べていたが、食べ終わってしまえばそれ以上その場にいることはしなかった。四月こそ頑張って友人を作ろうと、休み時間は積極的に輪の中に入っていったりもしたが、いつしかそんなことはしなくなっていた。


 これでも自分は人付き合いが上手い方だと思う。現に今でも毎日弁当を一緒に食べる友人はいる。当たり障りのない会話を繋ぐこともできる。ただ、休み時間にダラダラとどうでもいい話をするような、気がピタリと合う友人をこのクラスで作ることはできないでいた。


 こうして一人でいると、どうしても去年のことを思い出してしまう。一年生だった去年のクラスは、毎日が本当に楽しかった。一番仲の良かった親友を含む、いつも一緒に行動していた四人組のメンバーは皆クラスがバラバラになってしまった。確か去年の今頃は、冬休みに一緒に遊びに行く約束をして盛り上がっていたはずだ。去年は暖冬だったから、こんなに雪は降っていなかった。


 あの頃に戻りたい。そんなことを思っても仕方ないのだけれど。


「これ、違う? 落ちてた」


 急に声を掛けられて、我に返る。横を見ると同じクラスの直人が立っていた。その手の上には見覚えのある消しゴムが乗っている。


「あ、私のだ。ありがとう」


 お礼を言って消しゴムを受け取ると直人は無言のまま歩いて行き、花織の二つ前の席に座った。直人と花織の間の席には誰も座っていなかったので、前を向くと学ランを着たその背中が目に入る。


 直人は物静かな性格だ。基本的に一人で行動しており、休み時間に誰かとつるんでいる姿を見たことがない。クラスの中で誰と仲がいいかと聞かれても、正直分からない。


 きっと人とコミュニケーションを取るのが苦手なんだろう、と思う。だから消しゴムを拾ってくれたことにはもちろん感謝しているが、どちらかというと驚きの気持ちが勝っていた。


 こんなこと思ってはいけないかもしれないけれど、直人に比べたら自分はましだと思ってしまう。今はこうして一人で座っているけれど、移動教室の時とか、班決めの時とか、少なくともそういう時に自分は一人ぼっちになることはほぼない。


 そのままなんとなく直人の背中を眺めていると、それまで下を向いて勉強か何かしていたであろう彼の頭が上がった。正確に言うと斜め上を見上げているようだった。どうやら黒板の上の校内放送用のスピーカーを見ているらしい。


 微かに直人の肩が揺れたような気がした。その表情は後ろからは全く見えないが、なぜか花織には彼が笑っているように思えた。


 どうしたのかと思っていると、聞き馴染みのあるメロディーが耳に入ってきた。お昼の放送として曲がかかっているらしい。


 その曲は、約十五年前、ちょうど花織が生まれた頃に発表された古いものだった。しかし花織でもサビを口ずさめるくらい、大ヒットした有名な曲である。しっとりとしたメロディーに、ちょっぴり切ない歌詞を乗せたラブソング。


 直人の肩が揺れた理由が分かった気がして、花織は思わず窓の外を見る。相変わらず雪が降っており、校庭は真っ白に染まっていた。木々の枝にも雪が積もって、何の飾りもないシンプルなクリスマスツリーのように見える。


 ただ、これは決してクリスマスソングなどではない。この曲は、夏を歌ったラブソングだ。


 あれだけ賑やかだと思っていたクラスメイトの話し声が一気に遠く感じて、ボーカルの歌声が脳内に響く。あまりにも季節外れな歌詞に、花織は心の中で苦笑する。恐らく二つ前の席に座る彼も同じことを考えているのだろう。


 それでもこの雪景色を見ながら、脳内に響くメロディーに、歌詞に、歌声に、不思議な心地良さを感じている自分がいた。


 そっと前を向くと、直人も窓の外を見つめていた。この騒がしい教室の中で、季節外れのこの歌にわざわざ耳を傾ける物好きは、自分たち以外にまずいないだろう。


 その横顔と、降りしきる雪と、切なく響く歌声に、花織は今までに見たことのない景色を覗いた気がした。

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