#11-1
「あれが調理実習室。1年でしかやらないから来ないと思うけど」
「そうなんだ。なにを作ったの?」
「マフィン。それを好きな男子に渡すのが流行ってた」
「へぇ…。現実でもあるんだね」
そういうのって創作の世界でしかないと思っていたよ
「フィクション脳なの」
「小説が好きでね。それより、案内なんて面倒なことごめんね」
「仕方ない、クラスに友達いないんだから。どうせ誰かは日直なんだし、担任が思い付きで言った日に日直だったからって恨んだりしないから安心して」
恨むなんて言葉が出て来るとまでは思わなかったよ
無視して先の言葉だけ拾おう
「グサッっとくる一言だね」
「作ろうと思えば作れそうなのに、どうして?」
そう言ってくれるのは嬉しいけど、実際そうでもない
「すごく大きな鞄にぎゅうぎゅうに入れたって、下の方に詰めたモノのことなんて忘れているよ。ただ荷物が増えるだけ。だから最低限を持って、それを大切にして、ゆっくり歩いて生きたいんだ」
「なんとなく分かる。友達の友達とか知らんって思う」
「そうだね。友達は大切だし大切にしたいけど、その人が大切にしている人や物まで大切には出来ない」
場面によってはそれを優先しなくちゃいけないのかもしれない
けれど基本的に「その気持ちを尊重している」というスタンスで、ずっとありたい
「うん」
「やめて…!」
遠くの声な気がするのに、妙に鮮明に聞こえた
「…倉科さん」
「なんで?アイツのことは好きじゃないんだよね?」
「この辺りだけ何故だか体育館裏の声がすごく聞こえる。案内する」
走り出した足をすぐに止めて振り返る
僕が走り出さなかったからだ
「どうしたの」
「僕は行けない」
「どうして」
「男子もバスケ部だよ。僕が助けたことを広められたら倉科さんが…」
いや、でも振られて迫って
それでも断られたことを広めるだろうか
違う
なにも本当のことを言うとは限らない
「…部活内でいじめでも?」
「今は軽い悪戯程度だよ。でも、いつ状況が最悪に陥っても変じゃない」
「だから行かないのは倉科さんのため」
「正直に言うと、僕のためな気がする。女の子たち独特の世界はよく分からないけど、相手の男子の気持ちなら想像出来ないことはない。倉科さんと男子の話し、どっちを信じるかと聞かれたら、恐らく大多数は男子」
多少捻じ曲げられるくらいならまだ良い
だけど、もし、逆の立場にされたらどうなる?
僕は誰からの信頼もない
詰んでいる
「分かった。綺麗事を言わないなら私が助けに行く」
「どうやって…」
「猫を追いかけるフリでもして遠くから目撃。先生を呼んでくると呼びかける。今井くんとは別れた後ってことにする。猫を追いかけるだけならまだしも、案内を放棄して猫を追いかけたのは流石に嫌だから」
走り出した背中にぽつりと呟いた
「なにかで武装して自分を守っている。武装の隙間から見えるのは、本当は弱い心か譲れない信念か」




