#10-3
「っ…っぜぇ…せ、セーフ…!」
久々に運動したら疲れて寝坊とかカッコ悪っ
朝練に参加どころか遅刻ギリギリ…ん?
ボールの音…?
「倉科さん…こんな時間にひとりで…なにしてるの?」
体育館には沢山のボールが転がっている
それにまだ制服に着替えていない
この時間にこんな状態じゃ間に合わない
「いや、練習に決まってるよね。ホームルームに間に合わないだろうし、片付けるから着替えて来なよ」
「大丈夫。ありがとう」
視線が僕の入った扉とは別の扉へちらりと向く
どうやらそこで様子を見ている人物がいるらしい
「…昨日一緒に帰っていた女の子は?」
「いつも朝練には参加しない。それだけ。…それだけだよ」
「そっか。休みじゃないなら、今日3人で帰ろうよ」
「え?」
朝練に参加しない理由を僕がどうこう言うのは間違っている
でももっと間違っているのは、妬んで嫌がらせをすることだ
「辞めなかったのは、あの子のおかげなんじゃない?だから僕がまた始められるのは間接的にあの子のおかげだよ。お礼くらい言わないとね」
こんな建前、受け入れる方がどうかしている
でも倉科さんは断らない
「…なんで」
「あの子に視線を向けるときだけあの頃ボールを追うような目だから」
「分かった。言っておく」
「よろしくね。じゃあまた部活で」
***
下校時間の5分前を知らせるチャイムが鳴る
「わっ…!」
分かりやすく足に引っかけられて転びそうな女の子を抱き留める
「大丈夫?」
「あ、ありがとう…」
「あ、倉科さんの」
友達にまで嫌がらせとか暇なの
「え?あ…もしかして「消しゴムくん」?」
「なにそれ?」
「夏生!」
「あ、不味かったかな…ごめん」
あのときのことかな…
まだそんなこと覚えているんだ
「なんのこと?アタシは転びそうになったのが心配だっただけ」
「そっか、ありがとう」
「別に。それより、彼が昼に話した今井くん」
「私は澤田夏生。よろしくね」
「うん、よろしくね」
倉科さんと帰るには理由がいるだろうから、悪いけど澤田さんを利用させてもらった
でも、ちゃんと事情を聞いて僕になんとか出来るのかな
不安
「帰ろうか」
「そうだね」
「…ところで、さっきの「消しゴムくん」って」
「き、気にしないでっ」
「それは無理だよ」
あれ…?
倉科さん、顔が赤い?
どうしたんだろう
「なんで…」
「だって、掃除中に箒と消しゴムで野球ごっこしていた子の打った消しゴムが僕に当たったときの話だよね?そんな恥ずかしい話皆にしていたら恥ずかしいよ」
「…大丈夫、夏生にしか話してないから」
返答が遅いってことは嘘なのかな?!
「あまり言わないでよ…?」
「言わない言わない」
2回言った!
澤田さんはなんで笑ってるの
「じゃあ私はここで」
「うん、また明日」
「また明日ね、澤田さん」
小さく手を振り合って別の道を歩き出す
「…ねぇ、少し話さない?」
「うん」
「いらっしゃいませー」
僕と視線を合わせなくても良いからだろう
カウンター席へ颯爽と座った
そして前を向いたまま、なにも言わない
「嫌がらせのこと、軽く男子に聞いたよ。1年の頃からレギュラーなんだってね。それで成績優秀。これは、ただの誤解?それとも…いや、それはないか」
「そう、誤解。テスト返却の度に遅刻するんだから、そろそろ気付いても良いと思うんだけど」
「誤解の理由は分からないの?」
「知らない。それだけなら別に困らないし。ただ、おかげで告白とかされる。それが妬みに繋がってるんだろうね」
「誰か恋人を作れば良いんじゃない?」
つい口から出ていた
彼女がそんな人ではないと知っていたのに
「――って言われない?」
「バスケに集中したい。それに、誰でも良いなんて相手に失礼でしょ。って返すよ」
「そうだね」
「それと――」
このカフェに入って初めて倉科さんが僕を見た
「1年のときからレギュラーなのは実力。逃げたら噂を認めたことになる。アタシは悪いことなんてしてないんだから、逃げない。これからもコートに立つ。だから助けようなんて思わないで」
どんな噂かは聞かなくても想像出来た
顧問と恋仲だとか男バスの部長に取り入って口添えしてもらったとか、そういうことだろう
「女の子のいざこざに男子が首を突っ込むと暗転するだろうからね。そう言うならなにもしないよ」
「じゃあ助けてって言ったらどうするつもりだった?」
「言わないと思っていたよ。でもそうだな――やっぱり、恋人のフリをするくらいしか思いつかないよ。あ、もうひとつあった。一緒に補習を受けて倉科さんが成績優秀でないと周知させる」
どちらも対処療法で、大した効果は期待出来ないかもしれない
でもきっと、なにもしないよりは事態が好転する可能性があるだけマシだろう
「相手が昔の知り合いだとドラマチックかもね」
「え?」
「ずっと好きだった。離れ離れになっても、お互い好きだった。再会して付き合った。ハッピーエンド。ほら、ドラマチック」
「ハッピーエンドなら、そんな苦しそうな顔しないでよ」
やっぱり話しを聞くべきじゃなかったのかもしれない
強く生きようとしていた倉科さんのなにかが壊れてゆく
そんな気がする
「…兎に角、大丈夫だから」
僕はその言葉を盲目的に信じるしかなかった




