メモ帳
とわ
愛してる。
軽く涼しげな女の声が響く。
あいつに出会ったのはいつだったか。
暑い夏の暮。
せみの声が響く夕闇の中、白いワンピースのシルエットに黒い帽子。
道端にぼーっと突っ立てるもんだから不気味で存在が際立っていた。
最初は何も思わなかった。が、会社からの帰り道にいつもいる。
毎回同じ場所にいるもんだからもしかして地縛霊なんじゃないかと思った。
服装も同じに見える。
俺以外の人に見えているかはわからない。
人通りの少ない住宅街だ。気味は悪いが突っ立ってるだけ。
遠回りするのも面倒なので気にしないふりして通り過ぎてた。
あの日はきっと厄日だったと思う。
帰り道、いつもの場所で、だが、女はうずくまって倒れてる。
キョドッてあたりを見渡すが俺しかいない。
恐る恐る声をかけた。
「大丈夫ですか?」
弱々しい音が出る。自分が情けない。
反応がないので声を大きくする。
「大丈夫ですか?」
反応なし。こういう時って揺すっちゃダメなんだか?
脈を確認しようと手を伸ばす。女に触れた瞬間。
バチッと静電気がはしり
目があった。そして引き込まれた。
「え?」
刹那の空白、一瞬意識が途切れた気がした後、
最初に気づいたのは肌寒さ。うだる暑さは遠く涼しい空気が肌を撫でた。
「は??」
慌てて立ち上がり周囲を見渡す。
四方に木が立ち並ぶ。奥は霧が霞んで見えない。
足元から枯葉の音がたつ。森だ。おそらく深い。
「えーーー????」
わけわかめ。
目があって意識がきれたら森にいる。
葉擦れの音に目をやると
倒れてた女が起き上がりその場に座って俺を見ていた。
「fd sell yzews tlasyu 」
「おう...」
なんて?音は聞こえるが意味がわからない。
涼しく耳に心地いい声だが葉がかすれるような音だ。
何語かわからないがひとまず彼女は無事らしい。
「...大丈夫ですか?...アーユーオーケー?」
言葉が通じるかわからないが一応確認しておく。
彼女は何も言わず手を差し出した。
起こしてくれって事だろうか?引き起こそうと手をとる。
「...っ!?」
頭に映像が流れ込んでくる。彼女の感情?記憶?
驚いてバッと手を離し、後ずさって彼女を見る。
なんなんだ?
俺はごめんだ。
俺は普通に生きて普通に死ぬ。
仕事も任される事が増えてやりがいがあるし、
施設で面倒見てくれた先生に恩返しだってしてない。
「っ!」
声を出そうとして気づく。体がうまく動かせない。
こいつから流れてきたメモリは処理できない。
理解できないがただ恐ろしい。
手足が痺れたような感覚。心臓の鼓動が響く。
なぜ目を合わせてしまったのか、振り返って逃げるべきだ。
女が目をふせた。途端にフッと力が抜ける。
仰向けに崩れた体を湿った地面がうけとめる。
痛い。灰色の空だ。
まぶたさえ動かせない。
かさり、かさりとこちらに向かう葉擦れの音。
一歩一歩に近ずいてくる。
そばにしゃがむ気配がした。
優しげに俺の頬を撫で、そっと固定して
覗き込んでくる。目があった。
愛してる。
途切れる意識の中思う。
気にかけるんじゃなかった。
状態なんて気にせずに救急車呼んでほっとけば。
これは夢だ。白昼夢だ。
こいつの伝えてくる愛なんてごめんだ。
永遠に一緒にだなんて。そんなものありはしないのに。