パラダイス・ロスト
聖堂の様な建物の一室。長い机と幾つもの椅子が並べられ、机の上には蝋燭と、料理や飲み物が置かれている。
椅子には十数人程の人が座り、各々が自由に寛いでいた。
「さて、お待たせしましたね、皆さん」
漆黒のドレスを着た少女、ミノスが両脇に別の少女を引き連れて現れ、席に着いた。
「此れで手数は揃い、いよいよ我々の悲願を叶える時が訪れました」
机の上に両足を組んで腰掛ける少女が口を開いた。あのメルカートで寥達を襲った少女だ。
「何でも良いけど、退屈だから早く終わりにしてくれない? 私にとっては何だって構わないのよね」
「大丈夫。貴女の期待は裏切らない様に、マリティアが手配してくれている筈よ」
名前を呼ばれたクリーム色の髪と黄色い瞳をした少女は、マグカップに入った、ホットチョコレートを一口啜り、答える。
「既に敵の主力を含む、全体戦力の半数以上は撃破済み。後は大々的に宣伝を行って民衆の不満を煽り、大規模なデモを起こさせる。完璧なタイミングだわ」
少女は当たり前の様に淡々と告げると、目を閉じてもう一度ホットチョコレートを啜る。
「其処で貴女達"七罪"にデモの手伝いをして貰いたいのよ」
ミノスが告げると、各々が違った反応をする少女達の姿が有った。
「フフフ……此れでまた支配域を拡大出来るわ。何れこの世の全ては私の手に……」
白銀の髪に橙色の瞳をした少女は満足気な笑みを浮かべ、紅茶を啜る。
「え~面倒臭いなぁ。シェリル頼んだよー」
無造作に伸ばしたボサボサの長い灰色の髪と緑色の瞳をして、眼鏡を掛けた少女は隣に立っているスーツ姿の女性に声を掛けた。
「了解しました」
女性は淡々と了承する。
そして、ミノスは席を立つと改めて宣言した。
「全ての人々の"自由"の為、我らは改めてここに誓おう。必ずや全てを解放すると!」
拍手喝采とは成らなかったが、遂にその闇が動き出した……。
ー同時刻、中央学園ー
「どうしたの寥? 貴方の力はそんなもんじゃないでしょ!」
既に何度も彼女に吹き飛ばされ、全身が痛みながらも寥は立ち上がる。
「勿論、まだ打ち込みが足りないよフレデリカ!」
「良く言ったわ! なら、見せてあげる。私の本気を!」
寥とフレデリカは訓練に励んでいた。勿論フレデリカは最初から、タービュランスを発現している。
そして、全身に風を纏い、学園2位の刀矢に連撃を喰らわせた、奥義を発動する。
「行くわよ! 奥義、『ストリーム・レイン!』」
フレデリカの姿が消え、寥は目を閉じた。
(彼女の能力は風を利用したものだ。つまり彼女が動けば気流に変化が現れる……)
寥は何度も打ち込まれている内に、彼女の能力の特性に気付いたのだ。
ふわりと僅かな風の変化を感じ、素早くサイドステップして初撃を躱す。
「嘘!?」
フレデリカは初撃が外れた事に唖然とした。
その後何度も寥に突っ込むが、全てを避けられてしまうフレデリカ。
「どうして!? どうして当たらないの!?」
「君のその武器の特性は見破ったよ!」
今度は寥が素早い連撃で彼女を攻め立てて行く。
防戦一方になった彼女は、迫り来る刃を捌く事しか出来なかった。
そして寥は彼女の背後に素早く回り込み、剣を振りかぶって、一撃を与えた。
「ぐっ!」
フレデリカは遂に膝を着いた。
「せっ……成長したじゃない……寥」
寥は彼女の手をとって立ち上がるのを補助した。
「一体……どういうトリックなの?」
彼女は疲労と痛みで少しだけ、顔をしかめながら訊ねる。
「君のタービュランスは風を利用した能力だからね。僅な気流の乱れで居場所を捕捉出来る様になったんだ。何度も打ち込まれている内にね」
寥が告げるとフレデリカは笑った。
「ふふ、もう弱点を見抜かれてたのね。貴方の成長の早さには驚かされるわ」
能力者相手にも立ち回れる様になって来た事が嬉しく、寥も笑う。
「フレデリカが何度も打ちのめしてくれたお陰で分かったんだ。ありがとう」
「何それ? 皮肉?」
フレデリカは冗談と分かっている為、笑いながら返した。
お互い親友の様にすっかり打ち解けあった2人は、端から見たらまるで付き合っている様に見えた。
「ほぅ。お前にも立派なボーイフレンドが居たとは驚きだ」
同じく訓練をしに来た刀矢が、この間のお返しと言わんばかりに言う。
フレデリカは赤面して慌てふためいた。
「一応言っとくけど、そんなんじゃないから! 教導役がクラスメイトを指導するのは当たり前の事でしょ!」
「冗談に決まっているだろう。いつぞやのお返しだ」
刀矢が冷静に返す。寥は話に付いて行けずに呆気らかんとしていた。
「まったく! からかわないでよ!」
フレデリカは両腕を組んで、目を閉じて外方を向く。
「あっ! ヤッホーお兄さん! 久しぶり!」
常にテンションの高い少女エリンがやって来た。
「久しぶりだね。これから訓練するの?」
「そう! 久しぶりに先生が訓練してくれるんだ~」
エリンはえへへ~と笑みを浮かべる。相当嬉しい見たいだ。
そこに勝太と美華もやって来た。
「やっぱりここに来てたか。んで、進捗の方はどうだ寥?」
「大分慣れて来たよ。何時までも助けられっぱなしは嫌だからね」
そして、勝太は珍しく真面目な顔になり、独り言の様に呟いた。
「正直あの一件以来、止めちった奴も多いからなぁ……」
そう、学園のツートップが無惨に打ちのめされ、その恐怖心から辞退してしまった生徒が多いのだ。
特に中央学園は新規入学生が最初に入学する学園でもある為、理想と現実の差から諦めてしまう者も多かった。
今や此処にいる6名と、数十人の生徒が残っている程度だ。そして彼らも自主的な訓練に励まず、座学をして戦闘を避けている。
「まぁ、無理も無いよな。あんなもの見せ付けられたらさ」
勝太は少し寂しがっていたが、自身の"戦う理由"の為に、在籍する道を選んだ。
美華も同じく決意を固め、戦う事を選んだのだ。
「先生! 早く訓練しようよ! ボク待ちくたびれたよ~」
そんな暗くなった雰囲気を物ともせず、自己主張をするエリン。彼女のお陰で場の空気は明るさを取り戻し、各々が訓練を取り組み始めた。
暫く訓練を繰り返し、休憩に入る各自。飲み物を飲みながら、雑談を交わしていた。
「相変わらず先生は強いなぁ~。って事はお姉さんはもっと強いの!?」
目を輝かせながらフレデリカを見つめるエリン。
「それは戦って見ない事には何とも……」
「じゃあじゃあ、後で相手してよ! お願~い」
フレデリカは困惑した顔で答える。
「良いわよ。但し全力で行くから覚悟してね!」
「ヤッタ☆ また楽しめそうだ!」
今にも跳び跳ねそうな勢いで喜ぶエリン。
彼女と1度闘った事のある寥は、あのたまに見せる冷酷な表情を思い出し、身震いした。
「ん? どうした寥? 便所か?」
そんな様子の寥を見て勝太は然り気無く訊ねる。
「いや、ちょっとね……。でも行っとこうかな」
「なら俺も付き合うぜ。丁度したかったんだよな」
そう言って2人はトイレへと向かった。
一方、ジュースを飲み終えたフレデリカは、ボトルをゴミ箱に捨てた後、シュミレータールームへエリンと共に入った。
「これは面白い物が見れそうだな」
刀矢が呟くと、美華は興味津々と2人の様子を見つめる。
フレデリカは深呼吸をして意識を高める。そして翡翠色の光に包まれ、タービュランスを顕現する。
「わーお! それが噂の幻創天装だね☆ 見るのは初めてだよ~」
エリンはそれがどんな物か知ってか知らずか、臆する事無くテンションを上げる。
そしてエリンは、背負っていた大剣を片手で取り出し、そのまま立ち尽くす。
やがて試合開始を告げるブザーが鳴り響くと同時に、両者の姿が消える。
「えっ!?」
美華は初めて見る光景に驚愕した。
ルーム内では互いの姿など見えず、激しい火花だけが散っている様にしか見えなかった。
「刀矢先生には見えているんですか?」
「ああ、辛うじてな……」
美華の純粋な質問に真剣な顔をして答える。
(エリンの奴、相手に合わせてるのか?)
刀矢は自分と戦っている時よりも、より素早く、より鋭い太刀筋のエリンを見て、自分との戦いより本気を出している事を悟る。
(何この子!? タービュランスに生身で付いて来るなんて!)
互いに武器が弾き合う反動を利用して距離を離し、再度突撃する戦法を執っている。
フレデリカは趣向を変えてみる事にした。
『ウィンド・カノン!』
フレデリカは距離を離した後、再度接近するのでは無く、風の砲弾を放った。
「ふふ~ん、さすがお姉さん」
しかし、エリンは空中で身体を捻り、上手く躱した。
「そこは予想済みよ」
フレデリカは一瞬で飛翔し、エリンへ突撃する。
『ゲイル・ヴォルテックス!』
まだエリンが砲弾を躱している最中に攻撃を仕掛ける。
丁度背中から一撃を喰らわせる事に成功し、大きく吹き飛んだエリンは、そのまま天井に勢い良く激突し、やがて落下してくる。
フレデリカはその隙も逃さず、踵落としをお見舞いし、床に大穴を穿った。
しかし、エリンは尚も立ち上がり、大剣を床に突き立てて杖代わりにし、何とか立っている。
「あぅ~頭がクラクラするよ~」
天井や床に頭部を強打した事によって、脳震盪を引き起こしている様だ。
フレデリカは床に着地し、エリンの様子を見守る。
「うぅ……目がまわる~。気持ち悪いよぉ……」
「あの、大丈夫?」
フレデリカはそっと近付く。
「うっ……もうダメだぁ……ウェェ……」
エリンはそのまま嘔吐してしまい、吐瀉物を床に撒き散らす。
「ああ、本当にごめんなさい!」
フレデリカは慌てて駆け寄り、彼女を支える。
「良いんだよ……お姉さん。これで良いんだ……」
急に人が変わった様に低い声で告げるエリン。
「これが戦場だったらボクは死んでる……」
一呼吸置いて、エリンが口を開く。
「それにしても……お姉さん強いね……油断しちゃったなぁ……」
普段の声のトーンに戻ってはいるが、何処か弱々しく、涙目を浮かべていた。
フレデリカは彼女を肩で支えて歩き、シュミレータールームを後にした。そして、彼女をベンチに寝かせて休ませる。
「ありがとう……お姉さん……」
「いえ、こっちこそごめんなさい!苦しいわよね?」
しかし、エリンはえへへと笑い誤魔化す。
そこへトイレに行っていた2人が帰って来た。
「えっ!? エリン!?」
寥が驚き彼女に近付く。
「やぁ、お兄さん……。ボク負けちゃった……」
「じゃあ、フレデリカがエリンを?」
「まぁ、ちょっとやり過ぎちゃったんだけど……」
フレデリカはばつが悪そうに俯く。
「凄いじゃないか! 僕なんて一方的にやられちゃったよ……」
寥が言うとフレデリカは、今の寥なら勝てるかも知れないと述べる。
「ボクをあんまり甘く見てると、痛い目に遭うんだからね!」
寥はその言葉で、やはりあの時の表情を思い出し、強張る。
エリンの体調が良くなった所で、各自片付けをして其々の寮へと戻る6人。
「じゃあ、また明日ね」
「うん、またね」
寥とフレデリカは挨拶を交わし、他の4人も其々挨拶を交わす。
自室へ戻った寥と勝太は、ベッドに横になる。
「疲れた~」
ほぼ2人同時に告げて、寛ぐ。
「なぁ寥! ぶっちゃけどうなんだよ?」
「えっ? 何が?」
いきなり質問されて驚く寥。勝太はニヤニヤ笑いながら続ける。
「決まってんだろ! フレデリカの事だよ!」
「彼女がどうかしたの?」
寥は質問の意図が読めておらず、首を傾げる。
「あー分かったよ! じゃあ、単刀直入に聞くけどさ、フレデリカの事どう思ってるんだ?」
「どうって……頼りになるし、今は良い友達って感じかな?向こうはどう思ってるか知らないけど……」
勝太はつまらなそうな顔をして、がっかりする。
「なんだー、てっきりアイツの事好きなのかと思ってたぜ」
「えっ!? 何でそうなるのさ!」
寥は予想外の返答に驚き、呆気にとられる。
「いやー、何か良い感じじゃん2人。何か有ったのかと思ってさ」
「ただ打ち解けただけだよ。互いに理解し合ったと言うか」
成る程ね、と納得した様に頷く勝太。逆に寥は質問を返す。
「じゃあ逆に聞くけど、勝太は美華の事どう思ってるの?幼馴染み何でしょ?」
其れを聞かれて明らかに動揺する勝太。
「べっ、別にただの幼馴染みだよ……」
「その反応だと好意はあるんだね」
「お前、案外天然そうに見えて鋭い奴だよな……」
勝太は痛い所を突かれた様で、焦り出した。
「まぁ、正直言えば小学の時から片想いしてるよ……」
だが、勝太は性格の割には意外と小心者らしく、中々想いを伝えられ無いそうだ。
「その内、刀矢辺りの事好きになっちゃったりしないかな?」
「止めろよ! そう言う冷やかしは! 此方は真剣に悩んでんだから!」
ごめんごめんと謝る寥。
勝太は気分転換の為に、部屋に備え付けられているテレビを点ける。
丁度バラエティー番組がやっていて、良い気晴らしになった。
その時、画面にノイズが走り映像が切り替わる。
テレビだけで無く、置いてあったスマートフォンにも同じ映像が映し出される。
其処には1人の少女の姿があった。
「全世界の皆さん、こんばんわ。番組の途中ですが此処で大事なお話があります」
少女は不敵な笑みを浮かべ続ける。
「私の名前はミノス。パラダイス・ロストと言う組織を創設した者です」
寥も勝太も真剣な表情で画面を見つめる。
「さて、本題ですが、皆さんは感じた事は有りませんか? 何故自分だけが苦しむのか、他人との差は何かと」
「自分だけが苦しまねば成らない理由は何か、仕事をしなければ行けないのは何故か?」
少女、ミノスはまるで洗脳するかの様に訴え掛けて行く。
「安い賃金で扱き使われ、死ぬ気で働き、食い付き生きていく。上に立つものはその逆で楽をする」
「とある国では貧富の差が大きく、またとある国では武力による独裁政権が敷かれている。何とも理不尽で不条理な世界」
「だからこそ我々パラダイス・ロストは、人類の完全なる"自由化"を掲げ、救いの手を差し伸べる。あなたは決して1人では無い。我々と共に抗おう、この世界に!」
「故に我々はここに誓う! 法も秩序も無く真に自由に暮らせる世界を創ると! 力無き者には力を与え、その内に抑圧された感情を解き放ち、世界に抗う為の一員として迎え入れると!」
ミノスは縛り付けて動けなく成っている、独裁政権を行っていた国の首相を映し、手にした大鎌で首を刎ねる。
「さぁ! 全世界の人々よ! 我らと共に戦おう! この世の理不尽に! 不条理に! 罪には罰を! 悪には裁きを! 抑圧には解放を!」
其処で映像は消え、元の番組に戻った。
"パラダイス・ロスト"、倒すべき敵が遂に自ら姿を現した。
寥達6人と聖組織は、遂に黒幕との戦いへと身を投じる事となった。