訪れた休日
なんとか身体が動ける様に成るまで体力を取り戻した寥。
その後、授業が終わり勝太と共に自室へと戻った。
「お? 明日から休みじゃん!」
「休み?」
この学園も暦通りに運営されており、普通に土日や祝日は休みとなる。
休みの間は特に行動の制限はされておらず、他の学園へ行く事や、商業施設が多く集まる人工島、通称"メルカート"へ行く事等が可能である。
このメルカートは多くの人々が集まる場所でもあり、一般の人間も買い物や食事を楽しんだりしているそうだ。
「なぁ寥! 明日暇なら遊びに行こうぜ! お互いの親交を深める為にもさ!」
早速、勝太の方から誘われる寥。特に予定は無かったので快く承諾した。
「ウチの奴ら、休日は大体メルカートに行ってるぜ。せっかくの休みまで学園に居たくねぇもん」
「まぁね。分からなくも無いかな……」
確かに、散々訓練で痛め付けられた学園に休日までいると、ノイローゼに成りそうだ。
寥は軽く出掛ける準備をして、早めに寝る事にした。
翌日、昨日の約束通り勝太と共にメルカートへと向かう電車の出る駅へと向かう。
其処は既に多くの学生で賑わっており、勝太の言う通り殆どの学生が遊びに行く様だ。
電車が到着し、早速乗り込み目的地へと向かう2人。
電車は最新式のリニアモーターカーで、ものの数分で学園から離れた所にあるメルカートに着いた。
其処は如何にも大型ショッピングモールと言った施設が建ち並ぶ島で、田舎育ちの寥にとっては衝撃的な光景だった。
「凄い! 色んな物が有るんだね!」
「寥は田舎の出身だったけか。じゃあ驚くのも無理無いよなぁ」
取り敢えず2人で色々な施設を歩き周り、お勧めの店や絶景スポット何かを紹介して貰う。
流石に歩いたのでお腹も空いてきた2人は、飲食店へ向かう事に。
その時だった。勝太が1人の少女を見つけ声を掛ける。
「おーい美華! 美華も来てたのか!」
自分の名前を呼ばれ、驚き此方を振り返る少女。
見た目はとても大人しく、何処か儚げな印象すら与える容姿をしていた。
「勝太? 奇遇だね」
少女は此方へと歩み寄り静かに微笑む。
「あぁ俺の幼馴染みで速水 美華って言うんだ。ウチとは別のクラスに所属してるんだ」
勝太に紹介された少女、美華は改めてお辞儀をして名を名乗った。
「んで、こいつは遂最近入学して来た俺のルームメイトの七瀬 寥だ」
「七瀬!? あの七瀬さんですか!?」
少女は凄く驚いた。初めて会う人は皆同じ反応をする。
「始めまして、七瀬 寥です。よろしくね」
寥は美華に挨拶を返した。
「なぁ美華。俺達これから飯食いに行くんだけど、良かったら一緒にどうだ? 奢ってやるからよ」
「えっ? 良いの? 私も丁度お腹空いてて……ありがとう勝太」
美華は嬉しそうに微笑んだ。
そして、3人でレストランに入り、案内された席に座る。
メニューを見ると何れも美味しそうだった。
色々迷ったが、3人共注文を済ませ料理が来るのを待つ。
その間、寥は此処に来る迄の経緯を話し、2人に説明した。
「そんな事が有ったのかよ。つか何者何だそいつら?」
「僕にも分からない。でも2回も命を狙って来た事は確かだ」
「七瀬さんの血は敵にとって、其処まで厄介な物なのでしょうね」
此処に来る前に謎の男達に狙われフレデリカに助けられた話をする寥。世界中で起こっている暴動と関係がある筈だと寥は考えていた。
「しっかし、仮に組織絡みで暴動起こさせて居たとして、一体何が目的何だろうな?」
「単に世の中を滅茶苦茶にしたいだけ何じゃ無いかな? 悪い奴の考えそうな事じゃない?」
そうこう話している内にウェイトレスが料理を運んで来た。
3人はペコペコになったお腹を満たす為に、早速料理を食べ始めた。
「うーん、やっぱり美味いな此処の料理は」
「こう言う食事は初めてだから、凄く美味しいよ!」
寥は生まれて初めて食べたレストランの料理に心の底から感動していた。
「デザートも美味しいんですよ。女子達の間で流行ってるんです」
美華が寥に補足説明をする。せっかくなのでデザートも頼む事にした。
そうして、夢中になって食べている内に、あっという間に完食してしまった。
3人は食事を終え、会計を済まし店を後にする。
「美華はこれからどうする? 特に無ければ一緒に行動しないか?」
「そうしようかな。奢って貰って終わりってのも何か失礼だし」
此処からは3人一緒に行動する事に成った。
美華の希望でアクセサリーショップに立ち寄る3人。
寥は自分が場違いな所に居る様な気がして少し恥ずかしかった。
一通り買い物を済ませて店を出る美華。そして、再び歩き出す3人。
「ごめん、もう1つ我が儘言っても言いかな?」
美華が2人の顔を見て申し訳無さそうに言う。
「別に構わないけど? 今度は何処に行くの?」
「ちょっとお手洗いに行きたくなっちゃって……」
流石に其れは断れない為、近くの手洗いを探して向かう3人。
「ごめん、ちょっと待っててね」
寥も勝太も大丈夫だったので、美華だけが手洗いへと入って行った。
「女子は大変だよなぁ。男よりトイレ近いからさ」
「えっ!? そうなの!?」
「何だ知らないのか?確かにお前、余り興味無さそうだもんな」
勝太が何を言ってるのか分からない寥は少し考えたが、答えは出て来なかった。
「大した事じゃないから気にすんなって」
勝太は寥の肩を軽く叩き、ケラケラと笑う。
「げっ……貴方達も此処に来てたのね」
声がする方を振り返ると其処にはフレデリカが立っていた。
私服姿の彼女は気品の漂うお嬢様の様な雰囲気をしていた。
「ほへー流石学園トップのフレデリカさん。私服のセンスも一流だなぁ」
勝太が軽口で皮肉を言う様に言った。
「はぁ? 何それ? 茶化さないでくれる?」
フレデリカは機嫌が悪そうに言い返す。
「フレデリカって学園トップだったんだ」
道理で彼処まで強い訳だ。大した武術も極めて居ない寥では勝てる相手では無いと理解した。
「其れがどうかしたの? 学園のトップだって言っても、聖組織本隊に編成される位強く成らなきゃ意味無いのよ」
フレデリカは2人の横を通り抜け様にそう言い放ち、そのまま手洗いへと入って行った。
そして、フレデリカと入れ替わる様に美華が戻って来た。
「ごめん、ありがとう。ちょっとジュース飲み過ぎちゃったみたい」
美華は照れ隠しする様にやや俯きながら微笑し、答えた。
3人は再び施設を巡る事にして歩き出した。
「しっかし、本当に広い施設だよな。1日じゃ周り切れないぜ」
「でもその方が楽しいから良いんじゃないかな」
寥は初めての体験にワクワクしながら答えた。
3人が巡り歩いていると、何処からか女性の悲鳴が聞こえた。
3人は急ぎ声が聞こえた方へ向かう。
すると其処には無数の黒い針の様な物で串刺しにされた子供の死体と、その母親らしき女性が泣きながら膝を着いていた。
そして、その前に黒髪でツーサイドアップの髪型をして、制服の上から先端がギザギザに尖った漆黒のマントを羽織った少女が立っていた。
「何て事を……何て事をするんですか……内の子が何をしたと……」
「は? 何をした? 泣き喚いて五月蝿いから、黙れって言ったのに黙んなかったからよ」
少女はさも当たり前の様に告げる。
「他の皆は私の言う事を聞いてくれたもの。レストランの順番待ちも、トイレの順番待ちもお願いしたら譲ってくれたわ」
そして少女は子供の死体を見下し更に続ける。
「だけど其処の餓鬼は私が黙れと言っても黙らなかった。私に逆らったその"罪"を、その身を以て償わせただけよ」
「子供が泣くのは仕方が無い事でしょ!」
母親が少女に抗議する。
「はぁ? 何それ? そんな物私には関係無いわ。あんたも目障りだから消えてくんない?」
少女が手を翳すとマントが槍の様に変化し、女性を串刺しにした。
「あはははははは! 無様だわ! 力も無いくせに強がるからそう成るのよ!」
余りの理不尽さ、傲慢さに寥は苛立ちを隠せなかった。
「お嬢さんや、その辺で勘弁してくれないかい?」
近くに居た老人が少女を宥める様に、穏やかな口調で言った。
しかし、其れは逆効果だった。
少女のマントが鋏の刃の様に変化し、老人の首元に突き付けられた。
「老害風情が何様のつもり? 私達若者様の納めた年金で延命してるだけの死に損ないの分際で、その恩を仇で返そうっての?」
「けっ……決してそう言う訳……」
「黙れ。存在そのものが邪魔なのよ」
少女は刃を交差させ、老人の首元を斬り裂いた。
「ふふふ、今日は気分が良いわ」
余りの惨状に野次馬達も身動きが執れなかった。
そんな無防備な少女に勝太はライフル型聖印武装で弾丸を撃ち込む。
しかし、少女は即座に反応してマントで其れを防いだ。
「チッ、せっかくの気分が台無しだわ」
勝太は続け様にライフル弾を撃ち込む。
「あはは! そんな模造品が効くと思ってるの?」
少女は地面にマントを突き刺し、勝太の足下から黒い無数の槍を突き出す。
少女に狙いを定めていた勝太は反応が遅れ、全身を貫かれた。
「勝太!」
美華が泣き出しそうな表情で口元を手で抑え、勝太に歩み寄る。
「駄目だ近付いたら君まで……」
寥が静止するのとほぼ同時に少女はニヤリと笑みを浮かべ、無数の針で美華の全身を刺した。
「うぐっ……痛い、痛い……」
「ふふふ。敢えて痛みだけ与えるのも悪く無いわね」
美華は泣きながら痛みに耐えている。そうしている間にも針の数を一本ずつ増やし、更に追い詰めて行く。
「痛い痛い! もう止めて!」
泣き叫ぶ美華の声を聞いた寥は、内側から込み上げる感情を抑え切れなくなり、少女に向かって行った。
「いい加減にしろ! この殺人鬼!」
だが寥の剣も易々とマントに防がれてしまう。
「おやおや? 誰かと思えば七瀬さんじゃない。何時ぞやはウチの役立たず共が世話に成ったわね」
「て事は、あれはお前の差し金か!」
寥はマントに弾き返され、大きく吹き飛ばされた。
「ご明察。貴方を殺す様に指示されたんだけど、部下が功績を挙げたいって言うからわざわざ譲ってあげたのに、あの様とはね」
少女は態とらしい身振り手振りをしながら答える。
その隙に寥は素早く態勢を立て直し、再び少女と向かい合う。
「でもでもー、此処で貴方を殺せば結果として任務完了って事に成るわね。ついてるわー私」
「あぁ、殺せればの話だけどね!」
寥は態勢を低く保ち少女に向かって走り出す。
(フレデリカとの訓練を思い出せ。あれは彼女のレイピアよりも遅い)
案の定攻撃を掻い潜り、少女の側まで近付く寥。
(このままなら行ける!)
寥は剣を降り翳し敢えて防御させ、その隙に足下へ滑り込み、腹部に蹴りを入れる。
筈だった。少女は寥の足を素手で掴み、その間にマントの先端を無数に枝分かれさせて棘を作り出し、アイアン・メイデンの様に寥を挟み込んだ。
「惜しかったわね。でもね、これが現実なのよ」
少女がマントを開くと、全身に刺し傷を負って血塗れになった寥が床に倒れた。
そして少女はギロチンの刃の様にマントを変化させ、振り上げた。
「さようなら。無力な末裔さん」
刃が振り下ろされる瞬間、音速を越える何かが少女を吹き飛ばし、壁に激突させた。
「ちょっと、しっかりしなさいよ寥!」
現れたのは幻創天装タービュランスを装備したフレデリカだった。
「フレ……デリカ……?」
「黙って! 止血するから!」
フレデリカは急ぎハンカチを取り出し、出血の酷い箇所に押し当てて行く。
一方の勝太達の方は別のクラスの教導役、刀矢が救出に当たっていた。
「あーあー、揃いも揃って聖組織にも成れない落ちこぼれ共がイキッちゃって」
少女は何事も無かったかの様に此方へと歩み寄る。
「マジでイラつくんだけど。私の気分を害した"罪"。その身を以て償いなさい」
少女は一斉にマントを槍の様に伸ばし、其れを更に枝分かれさせ、無数の針を射出する。
フレデリカは天井付近まで飛翔して躱し、そのまま天井を蹴って音速で少女に飛び込む。
「だから無駄だと……」
だが目の前で急停止し、素早く背後に回ってその勢いを利用して回し蹴りをお見舞いする。
背後から蹴り飛ばされた少女は大きく蹌踉めき、その隙に刀矢が一気に間合いを詰め、抜刀する。
「秘剣、『彼岸桜』」
無防備な少女を無数の斬撃が取り囲み、切り刻む。
少女のマントの先端はボロボロになり、髪も数本切れて床に落ちた。
「よくも……私の髪を! 許さない! 許さない! 許さない!」
少女は激昂し、地団駄を踏む。
「お前達の様な出来損ないの分際が私の髪を切った! その"罪"も合わせて償わせてやる!」
少女のマントがボロボロになったのは決して刀矢の斬撃による物では無かった。寧ろその逆で、マントを細かな刃に変えてあの斬撃を相殺していたのだ。
少女が腕を交差させるとマントは元の形状に戻り、フレデリカと刀矢を同時に狙う。
複雑に絡み合った黒い帯の様なマントが更に細かく枝分かれして、黒い蕀となって2人を襲う。
「きゃぁぁぁ!」
「くそっ!」
流石の2人もあまりに細か過ぎる攻撃に対して避ける事が出来ず、防いだとしてもあらゆる方向から迫り来る攻撃を捌き切る事など不可能だった。
そして、そのまま2人を蕀で締め上げる。
「さぁ、報いなさい、詫びなさい、懺悔なさい、謝罪なさい、改悛なさい、神に祈り、赦しを乞いなさい、そして償いなさい、己の犯したその"罪"を、"罪"を"罪"を"罪"を!」
少女は一呼吸置いてから静かに呟いた。
「ペッカトール・エクスピアティオ」
少女が呟くと黒い蕀は砕け散り、2人は全身を八つ裂きにされて、大量の血飛沫を撒き散らして床に落ちた。
少女はマントの形状を元に戻し、その場を去る。
残されたのは悍ましく横たわる、5人の姿だけだった……。