学園生活の始まり
学園長壮真より世界の惨状を知った寥は、胸中で闘志を燃え上がらせていた。
(必ず……必ず僕が食い止めてみせる!)
フレデリカは寥の目付きが変わった事に内心驚いたものの、直ぐに平常に戻った。
「あれを見て怯えて逃げ出すかと思ったけど、流石に其れは無かったわね」
相変わらず冷たい態度で寥に接するフレデリカ。
「勿論です。寧ろ絶対に止めなきゃ駄目だと思いました」
「あっそ」
寥の意気込みを再度素っ気ない態度で返し、彼女は学生寮の方へと向かって歩き出した。
「指導は明日からよ。今日はもう疲れたでしょう?私物は部屋に送ってあるから、ゆっくり休みなさい」
そう言って部屋の鍵を投げ渡す。
寥は慌てて受け取り、鍵に書かれた番号の部屋を目指した。
ただ、初めて来た場所だけに構造が分からず散々迷って漸く自室に辿り着いた。
鍵を差し込んで解錠し、部屋の扉を開けると1人の青年がベッドに横になり、漫画を読んでいた。
「お? 新しいルームメイトさんかい?」
青年が寥に気付き、身体を起こしてそちらを見る。
「はい。七瀬寥です。よろしくお願いします」
「そんなに畏まんなくたって……て七瀬!?」
青年は飛び上がり、寥のまえまでやって来た。
「七瀬って、あの七瀬だよな? マジかよ!」
青年は嬉しそうに寥の手を握りブンブンと振り回す。
「俺は新井 勝太。宜しくな」
寥は挨拶を返し、自分の私物が置かれたベッドに腰掛け、私物の整理を始めた。
「でもあの七瀬の血族が来たんなら、無敵だな!何せ英雄の血族だもんな!」
「僕は兄ほど強くは無いですよ」
寥は微笑しながら応える。
「敬語じゃなくても良いぜ。同い年なんだしさ」
気さくなルームメイト、勝太のおかげで少しだけ緊張が和らいだ寥は、今までの疲れが一気に表れ、ベッドに倒れ込んでしまった。
「おい、大丈夫かよ!?」
「気にしないで良いよ。色々遭って疲れただけだから……」
寥はそのまま深い眠りへと誘われ、意識が遠退いて行った……。
教会の様な建物の中にある薄暗い一室。
其処で2人の少女が話をしていた。
「ごめんリーダー。ターゲットには逃げられちゃった」
少女は手をヒラヒラとさせながら、軽いノリで執務机に座るもう1人の少女に告げた。
「いいえ、問題無いわヴァナ。寧ろターゲットの居場所を固定出来ただけでも上々よ」
そう言ってマグカップに入ったホットチョコレートを一口啜る。
「さて、此処からどうしましょうかね……」
執務机に座る少女は不敵な笑みを浮かべ、地図を広げて何かを書き込み始めた。
翌朝、寥は寝落ちしてしまった事に慌てて起き上がり、部屋に備え付けられたシャワーを浴びて支給された制服に着替えた。そして、学園へと登校する。
この学園の制度は珍しく、始めに学園長が生徒を指導し、その中から優秀な人材を教導役、分かりやすく言えば教師としてクラスを管理するシステムに成っている。
寥が入学する前に教導役は既に決まっており、昨日の話通り、寥はフレデリカの担当するクラスへ入る事と成った。
そして、漸く辿り着いた教室に入るとフレデリカが教卓に立ち、複数の生徒が既に席に着いていた。
「さて皆、今日から新しく共に切磋琢磨する事になった七瀬寥君よ。仲良くしてあげてね」
フレデリカが紹介を終えると、教室中がざわめきだした。
「七瀬って凄くない?」
「良いなぁ英雄の血族って」
「だもん特待生で入れる訳だよなぁ」
あんまり教室が騒ぎだした為、フレデリカが一喝すると教室は静まりかえった。
寥はフレデリカの指示で空いている席に座ると、授業が始まった。
「彼はまだ素人だから、もう一度基礎から復習するわね」
そう言うとフレデリカはモニターに何かを書き込み始めた。
其処には大きく5つの円が描かれ、中に文字を描いて行く。
「先ず私達の戦闘方法は大きく分けて2つ。能力者か非能力者によって分けられる」
先程の円を大きな枠組みで囲み、更に2つのグループに分けた。
「先ず能力者の方から説明するわね。能力者の戦闘方法は2つ。能力者自身の能力による物と、能力者が造り出した武装"幻創天装"による物。この2つに限るわ」
この学園に来る際、寥が見たフレデリカの"タービュランス"はこの"幻創天装"と呼ばれる物だと理解した。
「次に非能力者による戦闘方法を説明するわね」
フレデリカは教卓の中から機械の様な剣を取り出した。そして何かを起動し、刃を展開する。
「此れは研究開発に長けた"ヴィッセンシャフト学園"が開発した対能力者用携帯兵器、通称"聖印武装"。非能力者は基本的に此れを用いて戦闘する事になるわ」
聖印武装は様々な種類があり、使用者に適した物を使用する事が出来るそうだ。
「そして、残りの2つだけれど……此れは少々特殊だから基本的には扱えない物だと思っておいてくれて構わないわ」
1つは魔術による戦闘方法。攻撃から防御、支援まで幅広い活躍が見込めるが、扱う為には魔導適性が必要な為、基本的に扱える人物は希少な存在だと言われている。
もう1つは"魔装"と呼ばれる物による戦闘方法で、魔術が栄えていたと云われる古の時代の技術で造り出された特殊な武装らしい。
現代の技術では復元不可能であり、使用にも適性があるらしく、フレデリカも本物は見た事が無い様だ。
後は、強いて言えば己の肉体を用いた体術による戦闘も可能ではあるらしい。事実、其れを専門に学ぶ学園が存在する程だ。だが、当然と言えば当然だが、リスクが高く能力者相手には推奨されていない。
「まぁ、ざっとこんな所かしらね。次の授業で実際に模擬戦を行うから、それで体感して見るのが一番早いわね」
そう言うと休憩時間に入り、皆が席を立った。
「同じクラスだったんだな寥!」
突如後ろから声を掛けられ、振り向くと勝太が居た。
「良かったなー、フレデリカのクラスで。何でももう1つの方は結構ハードだって噂だぜ」
フレデリカでも緩い方なのだとすると、どれだけ辛辣なのか考えるだけで恐ろしい。
「つっても、模擬戦のフレデリカはかなり厳しいから、気を付けろよ」
恐怖心に更に拍車を掛ける様に軽口で言う勝太。せめてそう言うのは伏せていて欲しいと思うのだった。
そして休憩時間が終わり、大きな倉庫の様な建物へと集まる生徒達。
其処は巨大なシュミレータールームとなっており、映像を投影する事により、様々な状況を作り出す事ができる、最新の訓練施設と成っている。
「僕の場合は此れを使えば良いのかな?」
寥は先程説明を受けた聖印武装の内の1つ、ブロードソード型の物を装備した。
元々剣術を習っていた為、多少は扱えると考えた為だ。
だが、やはり実際に持って見ると木刀との重さの違いに驚かされる。
寥はシュミレーターの中へ入り、フレデリカと向かい合う。
「貴方は非能力者だから、同じ条件で訓練してあげるわ」
そう言うとフレデリカは細身のレイピア型の聖印武装を装備した。
寥は剣を正眼に構え、相手の出方を伺う。
「成る程。ど素人って訳では無いようね」
システムアナウンスが試合開始の合図を告げ、模擬戦が始まった。
「でも前も言った通り手加減なんてしないから」
そう言った瞬間、既に眼前に彼女の切っ先が迫っていた。
寥は瞬時に剣で攻撃を防ぐが、レイピアによる素早い連撃に次第に圧され始める。
(これじゃあ前と同じだ……。何か打開策を……)
「ほら集中力が散漫してるわよ」
レイピアの切っ先で剣を掬い上げる様に弾かれ、無防備になる寥。
其処に素早い蹴りを受けて床に倒れ込むと同時に、胸に切っ先を押し当てられた。
「此れが戦場だったら貴方は死んでたわね」
フレデリカはレイピアを腰にしまい、アナウンスが試合終了を告げる。
戦闘時間は僅か30秒程で、余りにも早かった。
「もう一度……もう一度やらせて下さい!」
寥はフレデリカに頭を下げて頼み込む。
「別に良いけど、結果は変わらないと思うわよ」
そして再度試合が始まる。
フレデリカは今度は一歩も動かずに、此方の出方を伺っている。
寥は成るべく姿勢を低くして素早く近付き、剣を斬り上げた。
しかし、瞬く間にレイピアで弾かれてしまう。
今度は蹌踉けた反動を利用して、回転斬りに移行する。
フレデリカはそれすら容易く防ぎ、素早い二連撃で剣を弾き飛ばす。
そして得意の回し蹴りを食らい、壁に叩き付けられる。
「七瀬の血族って言ってもこんな程度だなんて。本当、期待外れも良いところね」
再度立ち上がろうとする寥を更に蹴り飛ばし、段々と苛立ちを見せるフレデリカ。
「何でなの……何で貴方見たいな人が特待生で入学出来るのよ!」
寥は何も言い返せ無かった。
「私達はね、血も滲む努力で試験を通過して此処まで来たのに、何で貴方は七瀬の血族ってだけで担ぎ上げられて!」
寥はフレデリカの言う通りだと思った。自分は其処まで何かに特化してる訳でも無ければ、能力者ですら無い。なのに特待生として迎え入れられた。努力して入学した人達からすれば、確かに疎ましい存在だと思われても仕方が無い。
けれど、同時に皆が自分を寥では無く、"七瀬"と言う目だけで見てくる事にも内心嫌気がさしていた。
「貴女もなんですね……フレデリカさん……」
寥は再び剣を握り立ち上がる。
「貴女が何故、僕に辛辣な態度を執るのか……漸く理解出来ました……」
寥は剣を正眼に構えてフレデリカを睨む。
「でも僕にだって言いたい事は有ります……」
剣を握る手に力が入り、寥は再び飛び出した。
「僕は僕なんです! 七瀬の血族かも知れないけれど、僕は歴とした"個人"なんです!」
先程迄とはまるで速さの異なる斬り込みに一瞬たじろぐフレデリカ。彼女も咄嗟にレイピアを取り、攻撃を防ぐ。
「だから僕を七瀬 寥個人としてちゃんと見て下さい! 僕は僕自身何だ!」
フレデリカと鍔迫合い、互いの意志をぶつけ合う2人。
「貴女が納得行かないなら、納得させる迄強く成ってやる! そうして僕を個人として認めさせてやる!」
だが、現実は甘く無い。どれだけ強気な発言で自分を鼓舞しても、力量の差は埋められ無かった。
結局、散々打ちのめされて立ち上がる事も出来無くなった。
「ふん、口程にも無いわね。でも貴方の事……少しだけ誤解してたわ。その事は謝るわね」
他の生徒に運ばれて休憩室で横たわる寥。自分の無力さが悔しくて仕方が無かった。
「大丈夫か寥? でもすげぇな!フレデリカ相手にあんなに保った奴初めてだぜ!」
慌てて駆け込んで来た勝太が寥を激励するが、その返事すら出来ない程に疲弊していた。
(もっと……もっと強くならなきゃ……)
内心でそう呟き、意識が途切れた。
「フレデリカ、そっちの特待生の様子はどうなんだ?」
学園の棟同士を結ぶ橋の上で、同じ教導役の青年、風見 刀矢が静かに告げた。
「今の状態じゃ話に成らないわね。ただ成長性は高い方かも知れないわね」
そう言い返して缶ジュースを飲む。
「そうか……互いに苦労するな。此方も問題児が1人居てな……」
髪を掻きながらそう告げる刀矢。
「戦闘能力に問題は無いんだが、性格に難有りだな。少し落ち着きが無さ過ぎる」
その様子はまるで戦闘狂の様だと告げた。
「まぁ、互いに頑張りましょう。今度の選出で聖組織本隊へ選ばれ無ければ成らない訳だし」
「そうだな。俺も本隊で成すべき事があるからな」
互いに言葉を交わして其々の棟へと歩み出した。