未踏の地へ
寥は学園側が用意した輸送ヘリコプターへと乗り込み、学園へと向けて出発した。
やっと兄と同じ様に成れる第一歩を踏み出せる。そう考えると胸がワクワクして、少しテンションが上がり出す寥。
「言っとくけど、遠足とか旅行じゃないんだからね。余り期待し過ぎると後悔するわよ」
そんな寥に釘を差すかの様に告げるフレデリカを他所に、寥は窓の外の景色を眺めていた。
何処までも続く水平線が美しく輝きを放ち、先程迄の出来事がまるで嘘の様に、2人を乗せた機体は穏やかに目的地へと向かって行く。
だが、そんな穏やかな状況は突如鳴り響きだした喧しいアラートによって書き消された。
「一体何事?」
フレデリカは急ぎパイロットに訪ねる。
「ミサイルアラートです! でも一体何処から……」
この機体に搭載されている広域化レーダーには既存のステルス戦闘機のデータが入力されており、表示される様に改修が行われている。
「つまり、全く新しいステルス機でも用意してるって訳?」
フレデリカは冷静に答えた。
「ミサイルは6時方向から接近中! フレアを放出します!」
ヘリコプターはフレアを散布し、ミサイルの軌道を反らした。
「6時方向……ね。ずっとつけられてたって訳ね」
一旦静まったアラートが再度鳴り響き、再びミサイルを探知した。
「3時方向から9時方向へ、180°包囲されてます!」
寥には何が起こっているのか理解が出来なかった。
「恐らく目的は貴方ね。連中はどう有っても貴方を殺害したいらしいわね」
慌てふためく寥を他所に只冷静に告げるフレデリカ。
彼女はゴーグルを掛けて輸送機の扉を開けた。
「どうするつもり何ですか?」
「良いから、其処で大人しくしてなさい」
フレデリカはそう言い放って大空へと飛び出した。
「駆けろ"タービュランス"!」
彼女の言葉に呼応する様に、両手足に装甲が形成され、まるで彼女自身が戦闘機で有るかの様に飛翔した。
そして次々と飛来するミサイルを破壊して行くフレデリカ。その速さは音速の域に達し、寥にはただ、翡翠色の軌跡が尾を引いているだけにしか見えなかった。
数十を超える数のミサイルをものの数秒で破壊し終えた彼女は、輸送機へと戻って来た。
「ざっとこんな物かしらね」
何事も無かったかの様に平然と戻って来た彼女は、ゴーグルを外し髪型を整える。
「何呆けた面してるの? これ位普通よ」
先程の光景に圧倒された寥を見て、さも当たり前の様に答えるフレデリカ。
彼女は扉を閉めパイロットに確認を執った。
「現在の状況は?」
「はっ! 先程の掃射で最後の様です!」
その報告を聞いて、武装を解除し席に着くフレデリカ。
その顔は面倒事に巻き込まれたと言わんばかりに不機嫌だった。
「凄いですね! さっきのは何ですか?」
そんな彼女の気も知れず、疑問を投げ掛ける寥。
「詳しい事は学園に着いてから説明するから、今は黙ってて」
そんな寥を辛辣にあしらうフレデリカ。
そして、互いに無言になり、暫しの静寂が続いた。
其処から更に数十分程飛行すると、奥に建物の密集した島が見えて来た。
其れは巨大な人工島であり、複数の島を橋で繋いだ様な姿をしていた。
その中央に、一際巨大な建物が建てられた島が有り、他の島はこの島を取り囲む様な形に配置されている。
「此処は嘗て"あの"能力者が消し去った大陸が存在して居た所よ」
"あの"能力者とはメアリー=スーで有ることは寥でも容易に想像出来た。
「だから人類は其れに抗い、再びあの災いを起こさないと誓い、此処に人工島を建てて、対能力犯罪者の育成機関を創設したの」
説明を聞いている内にヘリコプターは目的地へと着き、着陸した。
そして、扉を開ける寥。その瞬間目の前に広がる光景に圧倒された。
西洋の学園の様なデザインをした建物が複数建てられ、その奥に巨大な城の様な建造物が建てられていた。
寥は極東の島の更に端の方にある離島で暮らしていた為、この様な光景は見た事が無かった。
「この人工島群を私達は"セントラルアーク"と呼んでいるわ」
寥はフレデリカに案内され、建物内を見て回る。
「そして、今私達が居るのが7つある学園の1つ、聖十字中央学園よ」
とても規模が大きく、何棟もの建物が建てられている学園だった。
「学園は全寮制だから、建物の殆どは学生寮よ」
その建物群を更に奥に進み、一際大きな建物へ入り、エレベーターで最上階へと上がる2人。
そして学園長室の前へと辿り着く。
「フレデリカです。学園長"彼"を連れて参りました」
扉をノックしてそう告げる彼女。すると中から返事が聞こえ、中へと入る2人。
中に居たのは細身で高身長の男性であり、穏やかな表情で2人を出迎えた。
「やぁ、初めまして七瀬君。ようこそ我が学園へ。ここ聖十字中央学園長の飾槙 壮真だ」
寥は挨拶を返し、対面する様にソファに腰掛けた。
「フレデリカ君も長旅ご苦労だったね」
フレデリカはお構い無くと言った表情で返事をし、同じ様にソファに座る。
「さて、先ずは私達の要求に応えてくれた事に感謝を申し上げるよ」
「いえ、こちらこそお招き頂き感謝します」
互いに感謝の言葉を交わすと壮真は手を組み話始める。
「さて、君を招き入れた理由は他でも無い、君が"七瀬"の血を引く者だからだ」
その辺りは寥も察していた。未知の集団があらゆる方法で自身を殺害しに掛かって来たのだから。
「其処で我々は君を育て上げ、今起きている状況の打破を計画している」
「今起きている状況……?」
壮真がリモコンのスイッチを押すと、部屋の電気が消えて窓のシャッターが閉まり、モニターが表示された。
「此れを見てくれ」
其処には世界各地の映像が映し出されていた。
しかし、その何れもが街中で暴動が起き、警察の上位機関である「国家警備局」の機動部隊と交戦を繰り広げているものだった。
「これは……」
「此れが今私達が直面している問題だ。 何者かが犯罪者及び民間人を扇動し、各地で暴動を起こさせている」
更に街中では強盗や殺人、強姦や囚人の脱獄等も多発しているようだ。
「国家警備局を以てしても食い止められない以上、何らかの形で能力者が関わっている事は明らかだ。其処で聖組織に出撃要請が出された訳だ」
「今はその人員の育成、及び選出に専念している所って事よ」
其処で寥に白羽の矢が立てられたと言う訳だ。
「だが先ずは正体不明の敵の全容を探る事が先決だと考え、その間に育成と編成を行う様に決定された」
一通り説明を終えた壮真はもう一度スイッチを押し、部屋の明かりを点けた。
「過酷な戦いになる事は百も承知だが、其れを承諾した上で我々に賛同してくれた事に改めてお礼を申し上げるよ」
壮真は立ち上がり、寥に頭を下げた。
寥も急ぎ立ち上がり、同じ様に頭を下げる。
「大まかな説明は以上だ。戦闘に関してはフレデリカ君から指導をして貰ってくれ」
「がっ、学園長! 私のクラスに入れるんですか!?」
彼女の言葉に頼んだよと言わんばかりに微笑み返す壮真。フレデリカは溜息を吐き、2人は部屋を後にした。
「言っとくけど情けなんて掛けないから、死ぬ気で着いて来なさいよ」
寥にとって新たな生活が始まりを告げた。
其れが吉と出るか凶と出るかは分からないが、此れは自身が選んだ道であり、何より憧れの舞台に漸く立てたのだ。
寥は此れから待ち受けるであろう、様々な困難への始まりへと、また一歩前進した。