破壊の化身
神代学園の代表生徒達は、大都市で起こっていると言うデモを食い止める為に現地へと赴く。
車で走る事凡そ40分。現地へ着いた彼女らが目にしたのは、まさに軍隊とデモ隊が交戦している真っ最中だった。軍隊は装甲車や攻撃ヘリを使って、デモ隊を一掃していく。
「何をしてるんですか!? あの人達は民間人何ですよ!」
刀花が急ぎ軍の1人に駆け寄り、止める様指示を出す。だが、軍人は笑いながら刀花に言い返した。
「これはW.G.F.からの指示なんだよ嬢ちゃん。アイツらは最早、人じゃないから駆逐しろってさ」
通常は注意勧告を行った後、催涙弾による鎮圧。最終手段として武力行使にでる筈だ。
「ちゃんと手順は踏んで有るんですか?」
「手順? あぁ嬢ちゃん極東の出身か。道理で甘ちゃんな訳だ。ウチらのやり方は最初から武力弾圧なんだよ」
刀花は内心苛立ちを隠せなかった。人の命を何だと思っているのかと。今すぐにでもこの男の首を刎ねてやりたい所だが、任務柄彼らを守る為に派遣されて来たのだから、ここは気を落ち着かせる為に一呼吸置いた。
次々と倒れて行く民間人達を庇うかの様に1人の少女が降り立った。その少女は短めの黒髪に、血の様に赤黒い瞳をしていた。スーツの様な衣装を着用し、非常に冷めた表情で此方を見つめる。
「チッ……面倒事を増やしやがって……」
少女が手を翳すと漆黒の剣が顕現した。そして少女は剣の柄の部分にある棘の様な突起を思いっきり握り、自身の血を剣に流して行く。すると剣は赤く発光し、赤熱したかの様に蒸気と陽炎を揺らめかせる。
『スティージュ』
少女はそう告げて、剣を逆手に構え直す。そして、力を込めて地面に擦り付けながら振り上げた。
『赤き閃光』
まるで血の様に赤黒い閃光が地面を抉りながら迫り、装甲車部隊を軽々と破壊した。遂、先程まで刀花と話していた男も消し飛ばされ、刀花は内心良い気味だと思っていた。
次に攻撃ヘリ部隊が空対地ミサイルやロケット弾を一斉掃射し、少女に集中放火を浴びせる。激しい爆発と煙によって少女の姿は見えなくなった。
様子を見守る刀花達、だが立ち上る土煙の中から赤い光が煌めいたかと思った途端、それは瞬く間に閃光に変わり、上空を薙ぎ払う。ヘリ部隊も瞬時に破壊され、次々に墜落していく。
そして土煙の中から現れた少女は刀花達を見つめ、淡々と告げる。
「私はイラ。お前達も私の邪魔をするのか?」
鋭い眼光でただ睨まれているだけで、少女イラの持つ破格の力の片鱗を感じ取る刀花。
「生憎それが任務だからね。立ち塞がるなら倒すまでよ」
「チッ……次から次へと面倒事を増やしやがる」
イラは怠そうに悪態を吐き、再び漆黒の剣、『スティージュ』を構える。
「そう言う事なら容赦はしない……。生憎こっちも、売られた喧嘩は絶対買う主義なものでな」
そう告げるとイラはスティージュを地面に叩き付け、引き摺りながら、此方へと歩み寄る。ギリギリと金属音を立てながら、火花を散らしつつ漆黒の刃が迫る。
「各自何時も通りの編隊を組んで、連携して倒すわよ」
刀花は静かに告げて、自身から斬り込んで行った。
「力を貸して、『菊花』」
刀花が呟くと、身の丈程は有ろうかと言う長い刀身を持つ太刀が現れた。これこそが彼女の幻創天装だ。彼女が鞘から刀を引き抜くと、菊の如く黄色い刀身を持つ刀が露になる。
そして、イラの懐迄、常人では捉えられ無い速度で踏み込み、刀を振り上げる。イラも引き摺っていた剣を振り上げ、互いの刃が鍔迫合い、甲高い金属音と共に激しい火花を散らす。
「何故邪魔をする? これは民衆の望んだ結論だ。貴様らの正義とは一体何処にある?」
刀花はその言葉に一瞬迷いが生じ、力の弱まった所を弾き返され、強力な蹴りを入れられる刀花。刀を突き刺し、何とか態勢を保つ。だが、内臓器官への攻撃を諸に受けてしまった為、吐き気を催す。
「うぅっ……この程度で……」
そんな刀花の頭上を式神が数枚飛んで行き、イラを囲む。
「氷結符、『冰枷』!」
背後に控えて居た霊娜が告げると、式神は氷の塊と成って、イラの両手足に纏わり付き、彼女の行動を制限する。
「刀花ちゃん、無理せんで下がっとき」
攸が壁に沿って走り抜け、短刀を両手に構える。
(今しかチャンスは無い……喉元掻き斬って終わりにしたるわ!)
攸は壁を蹴り、素早く身動きが執れなくなっているイラの元へと飛び込み、その喉を斬る為に短刀を振り上げる。
「あああああ……!」
突如イラが雄叫びの様に声を張り上げて叫び、自信に纏わり付く氷塊を砕き、左手で攸を掴み、強引に投げ飛ばす。その後、全身から赤い雷を迸らせ、赤黒いオーラを纏う。
「クソッ! 黙ってれば調子に乗りやがって!」
イラは更に口調が荒くなり、先程迄の冷静さなど当に消え失せていた。
一方、投げ飛ばされた攸はビルの壁に大穴を穿ち、かなりの深傷を負わされた様だ。
(ただ投げただけであの威力!? 一体何者なの?)
刀花は漸く呼吸を落ち着かせ、再度刀を上段に構える。そして、一気に近付きイラの回りを素早く数回斬り込む。
「一の型、『鎌鼬』」
彼女は斬り込んだ後に納刀し、イラの方を見る。すると彼女の斬撃が空気中に固定されていた。これこそが彼女の持つ『菊花』の能力、"斬撃の固定化"だ。
その配置は見事で、僅かでも動けば全身が斬り刻まれる様に配置されていた。
だが、イラはお構い無くそれを強引に突破し、全身に傷を負いながらも斬撃の檻を抜け出す。
必然的にスティージュに血が伝い、再び赤熱化する漆黒の剣。其れを大きく右から左へと横に振り、前方を赤黒い閃光で薙ぎ払う。
『鮮血の閃刃!』
その斬撃は無数に聳え建つ何棟もの高層ビル群を横薙ぎの一閃だけで倒壊させた。明らかに刀花を狙った物では無く、ただ辺りを破壊しただけだ。
霊娜は式神を数枚並べて円形に陣を組み、霊力を収束させて行く。
「破魔符、『邪気滅懺』!」
イラとは対称的に蒼白い閃光が放たれ、彼女を狙う。イラは其れを迎え撃つ様に剣を振りかぶる。
『乖離滅裂!』
一際巨大な赤黒い閃光が、霊娜の放った閃光と衝突し、凄まじい衝撃波を生む。衝撃波は周辺のビルの窓を割り、硝子の破片がガシャガシャと音を立てて地面に散らばった。
互いに拮抗した2つの閃光は共に消滅し、爆発する。爆煙の中からは互いに無傷な2人の姿が現れた。刀花はその隙を逃さず、背後から斬り込む。
イラは素早く反応して剣で防ぎ、互いに斬り込んでは弾き返され、何度も打ち合う。刀花の太刀筋は常人では捉え切れない程素早く、鋭い。
だが、イラはそれに反応して確実に弾き返して行く。
「チッ! 揃いも揃って、ちょこまか鬱陶しいんだよ! とっとと、くたばりやがれ!」
イラは更に力を込めて大きく剣を振り上げ、刀花を弾き飛ばす。だが、刀花は空中で態勢を立て直し、納刀する。
「二の型、『大蛇』!」
彼女が納刀すると、先程迄まで斬り込んでいた斬撃が、固定化能力によって再び現れ、イラを幾百の斬撃が襲う。
不意に現れた斬撃には流石に対処出来ず、全身を切り刻まれるイラ。身体中に出来た無数の傷から、血が流れて行く。
「ああ……そうかよ! 小賢しい真似ばっかしやがって!」
イラは、流れ落ちる血によって赤熱化した剣を地面に突き刺し、周辺に赤黒いフィールドを形成する。
『灼熱の沼!』
途端そのフィールドは煮えたぎる沼の様に変わり、周辺の物を飲み込んで行く。そして、イラ自身もその沼の中へと飲み込まれて行く。
「クズ共が! 面倒だから、纏めてぶっ殺してヤるよ!!」
イラが煮えたぎる沼に飲み込まれてから数秒程経った後、巨大な飛沫をあげて2本の角と翼を生やしたイラが現れた。手にしていた剣は最早無く、一度溶けて彼女の両腕に爪の様に固着していた。その姿は最早、悪魔そのものの様だった。
『憤怒の角!』
イラが叫ぶと周辺の沼が火山の様に吹き上がり、巨大な爆発を起こす。 それは一瞬の内に周辺のビル群を薙ぎ倒し、更地へと変えてしまった。
「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"……」
イラは瞬時に近くに居た刀花とうかに飛び掛かる。その速度は先程の何倍も速く、流石さすがの刀花とうかも反応出来なかった。
「えっ!?」
イラはそのまま刀花を腕で掴み上げ、何度も出鱈目に叩き付ける。周囲の地面は最早大穴だらけだった。
其処へ攸が背後から忍びより、短刀で幾度か斬り付けるが、翼が思っていたよりも硬く、傷を付けられ無かった。
「んなチートな……!」
そのまま刀花を投げ捨て、翼で攸を吹き飛ばす。そして、標的を残ったら霊娜に絞ったイラは漆黒の爪を赤熱化させ、彼女に迫る。
霊娜は平常心を保ちつつ、無数の式神を放って漂わせる。そして、五芒星を描き其々の式神から複数の閃光を放つ。
「禁忌符、『煌陽天照』!」
太陽の光にも似た無数に輝く光の帯は、迫り来る悪魔を迎え撃つ。
「ウガア"ァ"ァ"ァ"……」
これはかなり効いた様で大きく蹌踉けるイラ。其処へ復帰した2人が合流する。
「何て……化け物なの……」
「せやな……あないなモン、初めてやわ……」
刀花は瞳を閉じ、精神を統一する。大きく深呼吸をし、雑念を払う。そして、呟いた。
「ごめんなさい。本調子が出せなくて。でも、此処から巻き返すわ!」
瞳を開き、斬るべき相手をただ一点に見つめ、静かに鞘から刀を抜く。
「風見家次期当主の名に掛けて、必ずアイツを葬る事を誓う!」
刀花の目付きが変わり、鋭い眼差しをイラへと向ける。そんなものはお構い無しと突撃して来るイラ。
刀花は鞘を投げ捨て、正眼の構えで敵を見据え、感覚を研ぎ澄ます。そして、あらゆる雑念や思考を排除し、無の境地へと至る。
其処そこに大きく振り上げた、イラの赤熱化した爪が迫る。それをギリギリ迄まで惹き付けて、刀花が踏み込んだ。
「風見流秘伝奥義、『鏡花水月』!」
それは究極のカウンター技だった。相手の攻撃を極限まで惹ひき付けてからの素早い連撃。固定化された斬撃に回避する術は無く、敵は無惨に斬り刻まれるのみとなる。まるで、空間そのものを引き裂くが如く、無数の斬撃が絡み合い、敵を囲み残滅する。
ある種の賭けの様な技だが、卓越した剣術を持つ刀花にとっては不可能では無い事だと言える。ただ、それでも今回ばかりは、かなりギリギリの駆け引きだったと言えよう。
「成る程……それでも任務を全うするか……ははは……」
冷静さを取り戻したイラは笑いながら告げる。
「ならばこの不条理な世界……お前達が正してみせろ……!」
そう告げるとイラは煮えたぎる血の沼の中に溶けて行き息絶えた。
(私が迷っていたせいで、仲間に損害を出してしまった……。刀矢の事言えないわね……)
刀花は胸中で呟くと、仲間と共に静かにその場を後にした。




