5、他国からの勧誘
次の日。
わたくしは珍しく奥様に呼びつけられていました。
「失礼いたします奥様。イザベラでございます」
「いいわ。入って頂戴」
奥様の私室に入りますと、中では奥様とお嬢様のマーシャ様がちょうどご一緒にお茶をされているところでした。
他にも、奥様付き、マーシャ様付きのそれぞれの侍女がおります。
「貴女に聞きたいことがあって呼んだのだけれど、答えられる範囲で答えて頂戴」
「はい、なんなりと奥様」
「まず、貴女、レオナール様のことをどう思っていて?」
「はっ?」
途端にマーシャ様が飲んでいたお茶を吹き出しそうになり、ごほごほと咳き込まれます。
「お母様!? イザベラさんに聞きたいことってそれ?」
「あらマーシャ、咳は大丈夫?」
「わたくしのことはいいんですわよ。とにかくお母様、使用人の色恋にまで口を出すのはさすがに野暮じゃなくって?」
マーシャお嬢様は今年で十六。
今は帝都にある学園に通われております。
平日は帝都の寮から通っておられますが、こうして週末はわざわざご実家のこの城に戻ってこられているのでした。
レオナール様がこの城に到着されたときは、お嬢様はまだ帝都にいらっしゃったので、わたくしが求婚されたことをお知りになったのは、おそらくこの城に戻られてからでしょう。
なんとも居心地が悪く、わたくしは次に奥様からの質問がされるまで黙っておりました。
「いいえ、マーシャ。これはゆくゆくは我がエングラッド家にかかわるお話なの。使用人の心づもりを聞いておくのも、女主人としての務めよ。それで? 今はどう思っているのかしら、イザベラ」
「はい……おそれながら。お断りしたいという思いに変わりはございません」
「それは、本当?」
「本当です」
奥様はふうとため息をつかれると、一口また紅茶を飲まれました。
「断らなくては、という強迫観念に囚われているのではなくて?」
「強迫、観念……ですか?」
「わたくしは、あの方の求婚を受けるかどうかなんて聞いていないわ。あくまでどう思っているか……つまり好きになったのかと、それだけを聞いているのよ」
「好きに……」
わたくしは瞬間、体中が熱くなってしまいました。
否定したいのですが、心臓が早鐘を打つばかりでろくな言葉が出てきません。
そんなわたくしを見て、奥様は何か納得したような顔つきになられました。
「ああ、やはりそうなのね……」
「お母様?」
「見てわからないの、マーシャ。あの真っ赤なお顔。もはや弁明はいらないと思うわ」
「えっ? ああ。あらあら……」
マーシャお嬢様も、二人の侍女たちもわたくしを見て、なにやらにやにやとしています。
心外です。
わたくしがどう思っているかなんて、まだ口にはしていないのに。そのように見透かしたような態度をとられると、どうにも悔しくなります。
奥様も奥様です。
「ふうん、なるほどね。たしかにわたくしも、先ほどレオナール叔父様を初めて拝見しましたけれど。お父様に似て、とても端正なお顔立ちをされてましたわね。イザベラさんが心を奪われてしまうのもしかたがないですわ」
「わたくしが問いただしたかったことはそれだけではないのよ、マーシャ。イザベラのその思いを踏まえたうえで、さらに聞いておきたいことがあるの」
「な、なんでしょうか、奥様」
わたくしはごくりと生唾を飲み込みます。
「その前に……。近く、各国で大きな動きがあるの」
「大きな動き、ですか?」
「ええ。魔王が討伐された今、次なる脅威は、その魔王を倒した英雄たちになるのよ」
「え……?」
「魔王討伐には、もともと各国の精鋭の戦士たちが派遣されていたの。そしてたまたま倒すことまでできたのが、うちの国の戦士たちだったってわけ。各国の戦士たちはすなわち、その国の軍事力ってことよ。……魔王なき今、彼らをどれだけ保有できるかが、今後の争点になっていくわ」
「そんな……」
ということは、レオナール様はこれから国同士の奪い合いに巻き込まれていく……?
「そうなると、あとはもう時間の問題ね。レオナール様が王都にいらしたときはそういう火の粉はかからなかったようだけれど……ここは奇しくも辺境の村。いつそうした勧誘がくるとも限らないわ」
「そんな、レオナール様が」
「そこでよ? わたくしがもうひとつ聞きたかったことなのだけれど」
「はい、奥様」
「貴女、そうなったときにあの方をひきとめられる?」
「えっ、わ、わたくしが、ですか……?」
どうしてわたくしが?
そんな畏れ多いことを、一介のメイドであるわたくしがお頼みできるわけもないのに。
「僭越ですが……そのようなこと、わたくしにはできかねます。奥様」
「別に貴女に『引き止め役』のようなものをやってほしいわけではないのよ。たしかにあの方がいた方が、なにかと侵略の抑止力にはなるでしょう。でも、そういうことではなくて、あの方がこの地を離れ、国を離れ、ということになったとき……貴女は笑って見送ることができるのかってこと」
「笑って……」
「それ、よく考えておきなさいね、イザベラ」
「……」
「最後は自分の心に素直にならないと、後悔するわよ。わたくしは、使用人たちには常に幸せでいてほしいの」
「奥様……」
わたくしは深々とお辞儀をすると、いただいた言葉を胸に部屋を辞しました。
そして、その日のうちにレオナール様に各国からスカウトの書状が届いたことを知ったのです。




