4、似た者同士
「さて。どこから、何の話をしようか」
そうつぶやきながらも、レオナール様は長めの前髪が顔にかかるのを片手で押さえつけておられました。
わたくしはその色気のあるしぐさに、胸の鼓動が高まっていくのをひしひしと感じます。
いけません。いけません。
平常心。平常心……。
レオナール様の方をあまり見ないようにして深呼吸をします。
「そうだな……。では、今日あったことを話そう。私が、北の森の木々をなぎ払ったというのは、イザベラ殿の耳にも入ったかな」
「あ、はい。それはもう、すぐに……」
「そうか。だがそれは正確には違う。なぎ払ったのは、城から谷を見渡しやすい一帯だけだった。すべての森の木々を倒したわけではない。だが最初に城に報告に行った騎士団の者が、兄上にそう伝えてしまったようなのだ」
「そうだったのですか」
レオナール様をそうっと見ると、今は遠く城壁の向こう、北の空を眺めておられました。
「私の行いを、恐ろしく思うか?」
「え?」
「あまりに強大な力があると、それをひどく恐れる者がいる。貴女も、そう思われたのかと……」
「いえ。わたくしは、別に」
それは正直なわたくしの感想でした。
尊敬はすれど、恐れるといったことはありません。そうお伝えすると、レオナール様はやさしく微笑まれました。
「ふっ、そうか。やはり貴女は素晴らしい。魔王を倒し、いつのまにか四十を迎えた私だが……こんな素敵な女性に出会えるとは奇跡だな。神に感謝せねばならん」
「そんな、大げさです」
「大げさではない。そういえば、私とイザベラ殿はちょうど同い年だそうだな。これも偶然といえば偶然か。口に出すと恥ずかしいが……運命を感じる」
「運命、だなんて……。何度も申し上げますが、わたくしはレオナール様のご寵愛をいただく資格など、ないと思っております。ですので……」
そうおずおずとお伝えすると、レオナール様は今度は苦笑いをされました
「まったく、貴女は手ごわいな」
そう言って、膝の上に載せていたわたくしの手に、ご自身の手を重ねられます。
「えっ?」
「だが……まるで脈がないというわけでもなさそうだ。違うか?」
「あ、あの。レオナール様」
「自惚れかもしれんが。イザベラ殿」
「は、はい」
「私は、残りの人生をともに歩んでくれる者をずっと探していた。そして、貴女の目を見て……決めたのだ。貴女の目は、己の人生をただひたすら職務のみに捧げてきた、そういう者の目だった。それは私と、同じだ」
レオナール様と……?
まるで違う、と思いますが……。
レオナール様は人類の脅威である魔王をその手で倒したお方。そして、ものすごい力をお持ちの方。
一方のわたくしは、ただのメイドです。
そして、なんら変わった能力も持ちあわせてはおりません。
首をいっこうに縦にふらないわたくしに、レオナール様はまたそっと微笑まれました。
「献身、というのは……はたから見れば美しいものだ。しかし、私はもう大きな役目を終え、そうしていく日々に飽きた。これからは誰かのためではなく、自分のために生きようと思った。その隣に貴女がいてくれたらどんなに良いかと思っている」
「畏れ多いことです。レオナール様」
「ははっ。とにかく、これは私のわがままだ。それに無理に付き合ってほしいとは言わない。だが、こうしてたまに好意を伝えるぐらいは許してほしい」
「好意……」
重ねられた手が、今度はしっかりと握られます。
わたくしはどうしようと焦りました。
しかし、どんどんレオナール様のお顔が近づき……そしてついに、口づけをされてしまいました。
「~~~っ!」
「……おやすみ、イザベラ殿。また明日の夜ここへ来よう」
何も考えられませんでした。
生まれて初めて、殿方から口づけをされてしまいました。
それも、旦那様の弟君に。
心の臓が狂ったように暴れております。
あまりにどきどきしすぎて、耳鳴りまでしてくる始末でした。
「え、え……? レオナール様、さっきなんとおっしゃって……?」
もう思い出せません。
あの瞬間、頭が真っ白になってしまったのです。
わたくしは熱くなり過ぎた顔を手であおぎながら、大急ぎで私室まで戻ったのでした。
寝る支度をして、ベッドに入りますと、先ほどの口づけのことが思い出されます。
レオナール様の、彫りの深いお顔立ち。
色気のある目元。
そして……柔らかでいい匂いのする唇。
「あああああ……っ!」
枕に顔を押し付けて、叫びだしたいのを必死でこらえます。
これが、これが、世の恋人たちがするという口づけなのでしょうか。
あまりのできごとに、わたくしは一瞬もじっとしていられなくなってしまいました。
ごろごろと掛け布の中で転げまわります。
「あ、明日からどんな顔をして仕事を……それとレオナール様にお会いしたらどうしたらいいのでしょう……!」
わたくしはもともとあまり要領の良い人間ではありませんでした。
下っ端メイドだったころはよく上司に叱られたものです。
考え事をしながら作業をするな。目の前のことに集中しろ。それが終わってから先のことを考えろ、と。
自分がこんな風になってしまうなど、想像もしていませんでした。
いえ、なんとなくこうなる予感があったから、わたくしはレオナール様を拒絶していたのかもしれません。
もともと使用人が結婚してはいけないなどというルールは、この城には存在していなかったのでした。
自らに独身でいるべきと枷をかけたのは、このわたくし。
仕事と恋愛は両立できない、まともにご奉公しつづけるためには独り身でいたほうがよい。そう思っていただけなのでした。
「それにしても……レオナール様がわたくしのことをあんな風に思ってらっしゃったなんて……」
初めは美しいと評価してくださいました。
しかし、わたくしの髪の色はどう見てもくすんだ茶色。髪形はきつくサイドを編み込んだオーソドックスな団子頭で、化粧も申し訳程度にしかしておらず……なぜああ言われたのかがずっと疑問のままでした。
しかし、全体の見た目ではなく……わたくしの「目」を見てそう思ってくださっていたなんて。
しかも同じ境遇だと見抜いて……。
「全然、違いますのに。レオナール様……」
もったいないお言葉に、今も胸が震えます。
あの方は、いままで何と戦ってきたのでしょう。
きっと、それは魔王だけではなかったはずです。
世間の目。
たくさんの称賛の陰に、当然、畏怖もあったでしょう。
わたくしは幸いにも、あの方にそのような気持ちは抱きませんでした。
魔王討伐のために組織された他のパーティの方々も、もしかしたら皆、そういった孤独を抱えているのかもしれません。
強すぎるが故の、集団からの孤立。
レオナール様は、たまたま身を寄せられるご実家がありました。
しかし、そこも一歩間違えば今日のようなできことによって、たやすく人々の印象は変わってしまうのです。
「レオナール様……」
そんな方がわたくしを求めてくださった。
その意味を、わたくしはもう少し深く考えねばならないと思いました。