2、わたくしは堅物と呼ばれるような女です
「どうして……どうしてこんなことになったのでしょう」
気が動転しすぎたわたくしは、少し休憩をとるために私室に戻ってきておりました。
皆は、旦那様たちの昼食の準備をするために、すでに動きはじめております。
わたくしは女性使用人たちの人事と、各部屋の管理、食器やリネン類の管理などを任されておりますので、旦那様たちとの接点はほぼないのでした。
今はきっと、レオナール様は旦那様たちとご歓談中でしょう。
いったい何を話されていることやら。
やれやれと腰を上げて、食器庫へと向かいます。
そこにはすでに数名のメイドたちが待機しておりました。
「あ、イザベラさん!」
「すみません。待たせてしまいましたね」
「いえ。あんなことがあったのですから、もう少しお休みになられては?」
「もう大丈夫です。それに、昼食の時間は待ってはくれないでしょう」
食器庫の鍵を開けて、中にある銀食器を人数分出します。
そしてメイドたちにすぐさま厨房へ運ぶよう手配しました。
もう一度鍵をかけて、わたくしは今度は裏庭へと向かいます。
そこは洗濯場になっており、物干し用のひもに吊るされたシーツ類や衣類が風にはためいていました。
それらの傷み具合を念入りにチェックします。
旦那さまや奥様、お嬢様方のシーツは、少しでも肌触りが悪くなれば使用人たちに払い下げられます。
使用人たち用のシーツも、さらに傷みが激しくなれば、掃除などで使うウェスにします。
「あとは皆の服ですね……」
旦那様方の服は専門業者に出していますが、使用人たちのものはすべてここで洗濯されます。
午前の制服と午後の制服。
午前の制服は掃除などを主にしている服なので、多少汚れが目立っていても見逃します。
しかし、午後の制服にひどい汚れや傷みがある場合はすぐに廃棄することになっていました。
なぜならその制服のままでお客様の前に出ることはできないからです。
使用人たちが美しくあることは、主人のステータス。
わたくしには、それを維持する役目がありました。
そうして明るい日の下で確認作業をしていると、騎士団の方々が歩いてくるのが見えました。
「いやあ、さっきの一幕は見ものだったな」
「ああ。まさかあのお方が突然求婚するなんてな。思ってもみなかったぜ」
先ほどのレオナール様のことでしょうか。
わたくしも一応関係していたので、シーツの裏に隠れておきます。
「しっかし、よりにもよってあの堅物メイド長とはな。魔王を討伐されたすごい方だとはいえ、レオナール様も見る目がないよなあ」
「ああ。若いメイドならまだしも……なんだってあんな年増を」
こういう風に思われているだろうことは、ある程度自覚しておりました。
騎士団の方のみならず、使用人たちの間でも「堅物メイド長」などと陰で言われているのを聞いたことがあったからです。
たしかに、少しでも不真面目な方がいればいつでもすぐに注意していました。
ただそれは、すべて旦那さまや奥様、お嬢様方に快適な暮らしをしていただきたい一心からです。
その思いが強すぎて、周りからはよく煙たがられていました。
でも、嫌な役回りはわたくし一人が背負えばいい。
それで旦那様たちが良い思いをするのであれば、それでいいと思っていたのです。
しかし、わたくしのことで、レオナール様まで悪く言われてしまうのは……。
「おい、お前たち。今のは少し聞き捨てならないな」
「え?」
「れ、レオナール様!」
騎士団の二人の前に、なんと件のレオナール様が現れました。
どうしてここにおられるのでしょうか。
今は旦那様方と昼食をとられているはずなのに。
見ればすでに鎧を外されて、貴族らしい服装になっておられます。
「もう一度さっきのことを言ってみてくれないか? 誰が見る目がないと?」
「え、いえ……」
「別に、そんな……」
「あと、いったい誰のことを年増だなどと言ったんだ? まさかイザベラ殿のことか? 彼女は共にこの城で働く同僚だろう。どうしてそんなことを言う」
「えっと、その……も、申し訳ありません」
「あまりに衝撃的なことが起こりましたので思わず……。どうか、お許し下さい」
一気にしゅんとなった二人に、レオナール様はため息をつかれました。
「それは、私に言われても困る。どうせならイザベラ殿本人に言ってくれないか。なあ、イザベラ殿?」
「ひゃっ?」
こちらを振り返りつつ言われたものですから、わたくしは目の玉がひっくりかえるほど驚きました。
え、いつから?
どうしてわたくしがここにいるとわかったのでしょう。
騎士団のお二人も、わたくしがずっと近くにいたと気付いて顔を青くされています。
「あ、いえ……もう結構でございます。レオナール様にたしなめていただきましたので、お二人には別に……」
「いいや、こういうのははっきりしないと駄目だ。おい、二人とも!」
「は、はい。申し訳ございませんでしたイザベラさん」
「俺も……失礼なことを言いました。申し訳ございませんでした」
わたくしはいまだ戸惑っておりましたが、素直にその謝罪を受け入れることにしました。
二人が去った後、残られたレオナール様にわたくしはお礼を言います。
「あの、ありがとうございました、レオナール様……」
「余計なこと、だったかな?」
「いいえ、彼らにきちんと謝ってもらえたので胸がすきました」
「そうか」
それだけ言って、レオナール様は去っていこうとなさいました。
わたくしが先ほどきっぱりと断ったので、それ以上の会話をご遠慮なさったのでしょう。
わたくしも、そのままお見送りするだけで良かったのですが。
気づけばまたお声をかけてしまっていました。
「あ、あのっ。どうしてこちらに? 昼食はもうとられたのですか?」
振り返ったレオナール様は、目を見開かれると、すぐにこちらに戻ってこられました。
「いや、まだだ。食事の準備が終わるまで、少し用を足しに……と、失礼」
「そ、そうでしたか……」
「ああ、あとついでに城内を見回っていた。二十五年ぶりの実家だが、変わらないな。変わったのは人だけだ」
「人?」
「ああ。私が憶えている使用人は、もうわずかしか残っていなかった。寂しいものだ……」
「……」
わたくしの前任者であるメイド長は、ご高齢になられたためにご実家の村に戻られたのでした。
その他にも、レオナール様がおられなかった二十五年の間に、たくさんの使用人たちがこの城を去っています。
「しかし、私は嬉しくも思っている」
「え?」
「新たに、貴女のような人も入ってくれたのだからな」
「レオナール様……」
「そういえば、兄上たちに聞いたぞ。イザベラ殿の人となりを。とても働き者で、この家に尽くしてくれていると。兄上たちはそんな貴女を絶賛していた」
「そ、そんな……お恥ずかしい。わたくしはそんな褒められるような者ではありません。先ほどのように、他の使用人たちからも堅物などと呼ばれているような女です」
いったいどのような紹介をされたのでしょう。
あとで旦那様や奥様にお尋ねしなくてはなりませんね。
わたくしはこの役職に就いてから、まだ十年ほどしか経っておりません。そのためまだまだ未熟なメイド長なのです。
ですから……このように持ち上げられては、身の置きどころがなくなってしまいます。
けれど、レオナール様はそんなわたくしを、どこか楽し気に見つめられるのでした。
「先ほどはいきなりあんなことを言ってすまなかった……。まだお互いのこともよく知らないのに、いささか性急すぎたな。兄上たちにもそう言われた。もう少しゆっくりことを構えようと思う」
「え、ええと、それは……?」
「これからも、貴女にアプローチをするということだ」
「ええっ?」
「ああそれと、いろいろと話したら兄上たちにも了解を得られた。あとはイザベラ殿の気持ち次第だそうだ」
「え、えええっ!」
まさか、外堀から埋められるとは思っていませんでした。
本当に旦那様も奥様も、この方とわたくしが結婚することをお許しになられたのでしょうか。
そんな馬鹿な、と頭を抱えたくなります。
「もっといろいろと貴女のことを聞かせてほしい。そしてできたら、私のことも……知っていってほしい、イザベラ殿」
「れ、レオナール様……」
吸い込まれそうな深い青の瞳が、じっとこちらを見つめています。
わたくしはその間ずっと、胸をときめかさないように必死で自制しておりました。
「そ、そろそろ、戻られた方がよろしいのではないですか?」
「ははは。そうだな。イザベラ殿、ではまた」
レオナール様はそうおっしゃると、意外にもすぐに城の方へと戻っていかれました。
あの方は、いったいどのようなおつもりなのでしょう。
わたくしは己の心を律さねばと思いながらも、だんだんとレオナール様のことが気になってきたのでした。