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屍兵-109  作者: アラスカに墜ちたエビ
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部屋と棺桶

「人を殺した私たちに課せられた永遠の十字架なのよ。」




唐突に冷たい声音で語る少女の、その言葉にタケルは言葉を失いただ呆然としていた。直前まであった混乱、妹の死への絶望。それら全てが一気に吹き飛び、彼は今、ただ少女の言葉の意味をゆっくりと吟味し、この状況下を冷静に判断しようと努力していた。




「何…を…僕が人を殺し…そうだ父さんを…いやそれより、自殺したはずなのに…」




辿々しく、しかし気持ちを落ち着けながら直前の記憶をゆっくりと思い返す中、ずっと疑問に思っていた違和感が頭の中に湧き上がってくる。その違和感があまりにも常識から離れていたからであろうか、半ば八つ当たり気味に思考を放棄し違和感の正体を知るため、タケルは少女に問いただした。




「僕はどうして生きてるんですか?!」



タケルの叫びに、少女は目の奥に若干の驚きを見せながらも…いやその驚きすら一瞬でかき消え、淡々と答える。



「いいえ、貴方はすでに死んでいるわ………私は〈屍兵−067〉貴方は私たちと同じ存在よ」



予想外の返答にタケルは拳を開き、目元をワナワナと震わせる。



意味がわからない……



〈屍兵〉という単語。明らかに生きているのに、死んでいると言われたことへの疑心。それらが入り混じった頭の中、タケルは必死に言葉を探す。




「同じ存在……死んでる……?…な、何を言ってるんですか……? …僕たちはこうして話をして…」



混乱する頭を必死に抑え、〈屍兵−067〉……そう名乗る少女の意味深な言葉に動揺しながら、タケルはその真意を問い質そうとする。



「貴方はすでに『タケル』では無いということよ。貴方は〈屍兵–109〉。ここで罪を背負って消えていくだけの存在よ…」



しかし、再びの意味深な言葉に混乱は深まり、タケルは思考を中断した。


中断した思考の中で決めた行動は一つ。


ただひたすら質問をする。それだけが最善だとタケルは頭の中で判断した。



「一体……それはどういう意味……」



しかし、タケルのその言葉が言い終わる前に、状況が変わった。


ビィィィーーーー!!ビィィィーーーー!!


部屋中を雷が走ったかのような警報があたりを駆け巡り、場の緊張感が高まっていく




「一体何が…」




とタケルが言いいかけた言葉は、スピーカーから発せられる新しい音にかき消されて消えた。




「今回の標的ターゲットはモロス軍兵士30名。現在タナトス国家に向かって進行中。全滅させてください。」




無機質なスピーカーからの機械音声と共に、砂嵐だったモニターにモロス軍のものと思われる兵士の詳細な情報と、地図が映し出される。見慣れない地図情報を見ながらタケルは今この場がどこなのかを必死に探ろうとしていた。だが、無駄なことに自分の身に起こったことへの答えはここでは見つかる由もなかった。


落胆するタケルを尻目に今まで無言を貫いていた壁際の二人が会話をし始める。




「え〜たったの30人かよ〜これじゃ全然ランク上がんないぜ、全部〈004〉に手柄取られちまう。」




そう言って口を開いたのは、金髪で細身な男だ。男は軽い口調で皮肉げな笑みを浮かべながら、隣にいる黒い肌で筋肉質な男に話しかける。




「黙れ〈089〉。お前の評価ランクがC+から上がらないのは、戦場でろくに敵を殺さず自衛しかしないからだろう。勝手に俺のせいにするな。」




〈004〉と呼ばれた筋肉質な男は、吐き捨てるように〈089〉と呼ばれた細身な男に言い返した。




「はぁ!?自衛だけじゃねーし!!あんたが毎回無双するから、俺の手柄が減るんだろうが!!そんなにS帯に上がりたいのかよ!!〈004〉!!」




「……………」




「ほぅら!!またダンマリだ!!あんたいっつも自分のことについて話さないよなぁ!!あ〜いいよなぁ俺だってS帯に上り詰められりゃ、特典で人間らしく生きられるのによぉ!!」





無言で応答する〈004〉の態度が気に食わないのか〈089〉は怒りのボルテージを上げ、駄々をこねる子供のように地団駄を踏み鳴らしながら、〈004〉に詰め寄った。


しかし、詰め寄る〈089〉のことなど眼中にないかのように、ただ嗜めるように冷たく〈004〉は言い放った。




「〈089〉。俺たちはただの死骸だ。そんなくだらない事のために戦ってるわけじゃない。自分の罪を認識するために戦ってるんだよ。」



〈004〉のその言葉によって、表情に若干の苛立ちを残しながらも〈089〉は皮肉げに聞く。




「へぇ〜随分なご高説だな。で、あんたのその罪って何さ」



「……………」



「ちっ、俺あんたの事嫌いだわ」



だが再び口を閉じた〈004〉を見て、〈089〉は舌打ちをするのみでついに二人が会話することはなかった。





だが、この険悪な空気に怯えながらも口を開いたモノがいた。




「えっえっとすいません!!」




剣呑な雰囲気が漂う中に踏み込んだのはタケルだ。タケルは先の話し合いを見て大柄で筋肉質な〈004〉より、割りかしフレンドリーな方…と表現していいのか分からないが、話しやすそうな〈089〉と呼ばれる男にできるだけ失礼の内容に話しかける。




「はぁ〜?なんだぁ?新人ニュービー




面倒さそうに、軽く敵意のこもった目で〈089〉はタケルのことを見ながら答えた。その目を見た瞬間タケルは自分が話しかけるべきではなかったと軽く後悔しながらも、勇気を出して現状への疑問を聞いてみることにした。




「あの、そのここって……いや、これから何が起こるんですか?」




怖気付きながらも、相手の雰囲気に飲まれないよう必死に目を逸らさずにゆっくりと話すタケル。少女に聞いた時と同じように冷たい目で見られるかと身構えていたが、帰ってきたのは意外な答えだった。




「はっ笑っちゃうね!さすが新人ニュービーだ!!何にも知らねぇでやんの!その質問なら俺よりここに長くいる、そこのリーダー面した黒人のオッサンに聞きゃあ分かるよ!」




心底馬鹿にするように、口を大きく開けながら笑う〈089〉。笑いを堪えきれないように口を右手で塞ぎながら、左手で筋肉質な男の方、〈004〉を指差す。なおも笑いが止まらないのか肩を震わせながら〈089〉はタケルを〈004〉の方へ突き飛ばした。




「う…わっ」




前のめりに体制を崩しながら、タケルは目の前の〈004〉にぶつかった。



まずい…とタケルは判断した。今まで喧嘩の一つもしたことがなく、そんなタケルが虐待をする父親より大きい男にぶつかるということは……死ぬ。瞬時にそう思った。かつての生活の記憶がフラッシュバックする。不機嫌な父親にぶつかった時、いつも骨が折れるまで殴られていた。嫌だ。こんな状況に置かれた時の対処はタケルにとっては一つしか知らない。




「あっその、ごめんなさい!!許してください。ぶつかったのは偶然で…だからぶたないで下さい……お願いします…ごめんなさいごめんなさい」





ギロリと〈004〉がこちらをみる。人を殺している目だ。時間が遅くなったように感じる…。瞬きすら出来ない。まさにタケルは今、蛇に睨まれたカエルとなっていた。




「……………」




頭の中で何かが警鐘を鳴らしている。殺気を感じたからだろうか、今まで父親に殴られるときにも感じなかった感覚が瞳にあった。相手の動作一つ一つが、鮮明に見える…。



謝罪の言葉も意に介さず、無言のままでいる〈004〉。その他者を突き放す態度にタケルは背筋が凍り付く感覚を覚えながらも、勇気を振り絞って乾いた口を開く…




「あ、あの……ここはどこなんですか?僕はこれからどうすれば...」




一瞬、〈004〉のに痛烈な表情が浮かんだ気がした。



しかし、本当に表情が変わったのか…頭の中が真っ白になっていくタケルが恐怖のあまりみた幻覚かもしれない。



無表情で尚も無言のままでいる〈004〉



「……………」



タケルは狼狽しながらも、少なくともすぐに攻撃されることはないと思い、少しでもここの情報を聞くために勇気を絞り出す。




「そ、それじゃせめて貴方の名前を教えてください!あ、えと、僕の名前はタケ」




「ここで名前は必要ない」




それは、剣呑な空気すら断ち切るほどの、冷たい声だった。



そのあまりの圧にタケルは言葉を失う




「…えっ……」




唐突に、無言のままだった〈004〉が発した言葉。そのあたりの空気を支配するように冷ややかで、しかし力強いその言葉にはタケルの主導権を奪うには十分すぎるほどだった。


ここに立っていることすら危うい…


タケルは自分の立つ地面が崩壊するような気を覚えながら混乱する頭を必死に冷静に戻そうと努力しながら、〈004〉の言葉を待った。




「俺は〈屍兵-004〉。そしてお前は〈屍兵-109〉だ。いいか〈109〉。ここじゃ識別番号だけで十分なんだよ。死体(俺たち)にはな。」




それは過去に区切りをつけるように、自分に戒めるように、辛さを秘めていながらも冷たい言葉だった




「お前ら、行くぞ」




そう言って〈004〉は、黒いハッチに入っていく…そんな彼の後に続いて少女や〈089〉は同じくハッチに入っていく。



残されたタケルは呆然としながらも、

ここに置いていかれるのはもっとまずいことになるのではないか…と

ある種本能のような物で危機を感じ取っていた。




「と、とにかくこれの中に入ればいいのか…?」




無機質な黒いハッチ……それは死んだはずの自分がいるというこの状況と相まって棺桶のように見えた。




「さながら僕は自分の棺桶に舞い戻る…ゾンビか…?」




笑えない冗談を言いながらタケルはハッチの中へと乗り込む。


しかし、必ずしもこの表現は間違っていないのではないのか…という不安と共に拳は静かに震えてた。


タケルは自分の手を見る。拳を握る。




「大丈夫さ、僕はゾンビではなく生きた人間じゃないか……」




その言葉は先の〈067〉と〈004〉から言われた言葉を信じたくないという思いからでた、無意識的に自分を安心させようという一種の自己暗示だったかもしれない。



バシュッ



途端ハッチの扉が勢いよくしまった。真っ暗な空間に閉じ込められる。本当に棺桶だ…まさか僕は死んだことにも気づかず、意識のあるまま体を焼くのではないか……?そんな暗い考えが頭によぎる。




「何考えてるんだ僕は…きっと大丈夫だ……」




そんな独り言が呟き終わった瞬間、重い射出音と共に重力が消えた。

ちっぽけな身体がハッチごと物理法則……物が落ちるという法則に従い宙へ舞う。

空に放たれた棺桶に推進力は無い。燃料もエンジンも存在せずただただ自由落下をする。


スマート爆弾のように…


炸薬ではなく人が詰められた爆弾、死を運ぶ棺桶はその先端を勢いよく大地に突き刺す。かなりの衝撃が走り、内臓がめちゃめちゃにされたかに思われたが不思議と痛みはなかった。


勢いよくハッチの扉は開く。


そこは荒野だった。荒れ果て火薬の匂いがする広い空間。先ほどまでいた世界が狭く暗い物だったからであろうか、あるいはここに来るまでの間の世界が家かバイト先しかなかったからであろうか、タケルにはたとえ何も無いただの荒野であっても不思議な感動が胸の内にあった。


棺桶の外にでながら空を見る。

天候は曇天だった。




「あの、すまない。君も死んだ人間なのかい?」




唐突に後ろから話しかけられる。

話しかけてた男はタケルとそう変わらない年齢の男のようであった。メガネをかけ、あたりをキョロキョロと見渡しながら、その男は名乗る。




「僕はコウジ。死んだはずなのに気がついたら薄暗い部屋にいて、周りの真似をして黒いハッチに入ったらここに落ちてきた。君も同じように落ちてきたみたいだけど……」



いきなり話しかけられたことに驚きながらもタケルは名乗り返す。



「え、ええ僕はタケルって言います。同じように死んだはずなのに…ここにいて……」




「やっぱり、君も同じか……ところで、タケル君、君はさっき部屋で他の人から〈屍兵−109〉と呼ばれていただろう?これはどういう意味なんだい?」



安堵の表情を浮かべながら、コウジと名乗る男は少しでもこの状況を知る手掛かりになれば…とタケルに何か知っていないか聞いてくる。



「さぁ… ?僕にも詳しくはわかりません。ただ一つ言えることは、さっきあそこにいた人たちは皆番号で呼び合っていました。そして自分たちを〈屍兵〉だと名乗っている…」



そう話しながらタケルは、自分と同じ存在と行った少女を思い出し、嫌な予感を感じ取っていた。

〈屍兵〉という単語。屍の兵士ということは、本当に自分は死んでいてゾンビか何か…化物にされているのではないかという不安が心臓に絡みついていた。


だが、その不安は確信へと変わっていく。



「あ、ああ。あともう一つすまない。その…顔…大丈夫なのかい?」



「顔…?」



自分の顔が何かおかしいのだろうか…。何か特段変わったことをした思い出は無いのだが……とタケルは過去の記憶を探る。



「いや、その痛くないのかなぁ…と思ってしまってね。」



痛く無い……?そうだここに来る前に起きたこと……



「そうか…火傷…」



ここに来てからの出来事で、すっかり失念していた。しかし不思議なのはバイト中もずっと痛かった傷が今はなんの感覚も与えていないことだ。


そこでタケルは自分の顔に手を触れる。軽くただれた皮が指についた。


しかし、やはりなぜか痛みは感じなかった。ハルと話している時にも痛みの抜けなかった傷は、今こうして触れているのにも関わらず疼くことすらなかった。


間違いなく、火傷あとは残っている。傷が治されたとかそういうことはない。目立つ傷が放置され完治していないのに、喉をついて死んだはずの自分はなぜここに立っているのだろうか……



「そうだ……喉を突いた傷は……」



火傷が治っていないなら、喉の傷はどうなのか。そう思ったタケルは自分の喉元に手を当てる。しかし手に当たったのは別の硬い感触だった。



「なんだ……これ、首輪…?」



首には首輪のようなものがつけられ、そこからコードのようなものが伸びていた。

手の感触を頼りにコードを辿っていく……



「腕の方に伸びてる……ん?なんだこの機械は…!?」



首輪から伸びるコードが繋がっていた先は自身の左腕についた謎の機械だった。二の腕ぐらいの大きさのトランシーバーのような見た目をしたその機械は〈109〉という数字が書かれており、その上についている発光部分が赤く点滅をしてその存在を静かにアピールしていた。



「ちょっとすいません。腕を見せてもらってもいいですか…?」




そういってタケルは目の前のメガネの青年、コウジの左腕の袖をまくる。

そこにはやはり自分の物と同じ機械がついていた。しかし書かれた番号だけは違い、そこには〈110〉と書かれていた。



「この機械何だと思いますか…?見たところ腕の内部にも嵌っていて取り外すことができないみたいなんですが……」



ピッ…ピッ…と規則的なリズムで点滅する機械を引っ張りながら、タケルはコウジに聞く。



「さぁ…発信器か何かだろうか……しかし、いつの間にこんな機械が腕に…タケル君、僕の直感だがこれは外さないほうがいい気がする。何が起きてるかわからない今は下手なことをしない方が身のためだ。」



真剣な目でコウジはその機械をよく観察しながら、タケルに言った。



「僕も同意見です。でも、部屋にいた人たちなら何か知っているかも……他の人たちは?」



同じく真面目な顔で、タケルは次にどんな対応をすればいいのか冷静に考えながら、状況を聞く。



「それが……僕もタケル君が来る直前にここに来ていてね。他の人がどこにいるかはわからない。あたりを見渡してもハッチのような物はないし、もしかしたら別の場所に降下しているのかも……」



もう一度周りをキョロキョロと確認しながら、落胆した表情でコウジはそう話した。



「それなら、僕たちだけだと不安ですし、他の人たちを探しましょう。何が起きているのかわかるかも……」



その提案とともにタケル達はこの乾いた大地をゆっくりと歩き始めた。

自分たちが何者であるのかも知らずに。

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