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屍兵-109  作者: アラスカに墜ちたエビ
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僕が死んだ理由




2xxx年

世界は大規模災害とそれに伴う紛争により混乱状態に陥った。

国家は崩壊し、地球全体の半数近くの人々が死に至った。

しかし、混乱のさなかひとつの国家が再建を果たし、やがて一つの大陸全土を牛耳る超大国へと成長した。その国の名は【タナトス】

いち早く混乱から立ち直った【タナトス】は、自国の民以外の一切の人々の立ち入りを禁止する鎖国状態となり、海岸線を国境警備軍が常駐する形となった。紛争が収まった現在では3つの国家がお互いの国境警備軍を使い戦争を続けており、世界は一応の均衡を保っていた。





ーーーーーー





『我が【タナト…ザザザッ国境……軍はザザッ…の襲撃者により…甚大な被害をザザ…』



バキッ



「ふざけるな!!全く…何ッ何だよおい!!何で俺がテメェらの世話なンかしなきゃならねえンだァ!?」


「ゴフッ…ぅぅ」





な…んで





「何だよ。何ッ何だよ!!その目はァ!!不幸そうな面しやがッて!!僕たちは悪くありませンってか!ふざけやがッて、テメェらが生まれてこなければッ!!こンなことにもならなかッたンだろうがァ!!」


「ゴぅがっっは!!おぅえ!!」




なんで、僕たちばっかが…





「クソがッ!クソがクソがクソが!!その目ェ見てッとあの女思い出して胸糞悪ッくなンだよ!!」


「ぅがっ!ああ!!」






誰か……助け…て








「はぁはぁ、顔が汚れちまッたなァ!!タケル、父さんが風呂に連れてッてやるよ!!」






嫌だ。嫌だ。助けて助けて助けて助けて助けて助けて






「ほら!!お顔を洗わねェとなッ!!」



「ごボぼボボッぼぼボボぼぼぼっっ!!」




熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱いっっ!!




「謝れよ!!お父さんにごめンなさいッてよォ!!生まれてきてごめんなさいッてッ!!謝れェ!!!」



「ゴブぇごめっぼぼさいっごべっさい!!ぼぼごべんなさい!!ごぼぼぼぼおぉ」













…………………………………もうこんな生活は嫌だな。







「じゃ、俺、酒買ッてくッから大人しく待ッてろよ。」


そう言い残して僕の父さんは家から出て行った。いつも通り、僕を殴った後は酒を買いそのままパチンコに出かけるはずだ。


「お兄ちゃん…?大丈夫なの!?お兄ちゃん…!!」


押入れに隠れていた妹のハルが僕の顔を見た途端、真っ青になって出てくる。僕はそんなに酷い顔になってしまったのだろうか。


「お、お兄ちゃ…はへぃきだ…そ…れより……だいじょ…ぶ…かハル…」


「お兄ちゃん…私は大丈夫だから、もう私の代わりになるのはやめてっ…」


「い…やだ」


「うっうぅぅ…どうして…どうしてこんなことになっちゃったんだろうね……うぅ…」


どうしてか…理由はわかっている。一年前母親がこの家を出て行ったんだ。突然のことだった。いや、今思えば前兆は合った。平和ボケしていた僕らが異変に気づけなかっただけだったんだ…


母さんが出て行く前は、至って平凡な家族だった。ハルも僕も学校に通わせてもらっていたし、少し貧乏なこと以外は何不自由のない。幸せな家庭だったんだ。


その生活が狂い始めたのは、父さんが仕事を失ってからだ。日に日に喧嘩が多くなり、父さんは酒に溺れ始めた。幼かった僕たちは、親なんてそんなものなんだろうと、さして問題にしていなかった。


でもある日、家計が限界を迎えたからだろうか、置き手紙を残して母さんは出て行った。


僕たちを残して。


その日から父さんは完全に変わってしまった。毎日酒とパチンコに興じ、家にいる時は僕たちを殴るようになった。母さんと似ている妹は特によく殴られた。


学校にも行けなくなり、働きもしない父さんを尻目に僕はバイトを始めた。生活することもままならない。僕たちは生きるために必死だった。


父さんも酔い潰れて寝ているときだけは殴らない。その間にハルを隠して僕は一生懸命働いた。


だけど、大半は父親の酒代に消えて行った。それでも僕らは僅かなお金で食事をとり、父さんにバレないよう少しづつお金を貯めて行った。


この生活も、もう限界に近い。それでも僕は妹が無事ならこの生活を我慢して生きていられたんだ。




「ハル…お兄ちゃんは…もう大丈夫…だ。熱湯に漬けられたのも少しだし、冷やせばなんとかなる。」


「嘘!!お兄ちゃん全然平気な顔してない!!」


ハルは目から涙をボロボロと出しながら叫ぶ。


「い…や大丈夫だって、痛いのには慣れてるし、謝ったら、意外とすぐに開放してくれた。今日の父さんは機嫌の良い方だったよ。」


「でもっでも!!お兄ちゃん顔が半分赤く爛れてきてる!!全然大丈夫じゃない!!待ってて今、氷とタオル持ってくるから!!」


ハルは凄い良い子だ。昔から僕を気遣ってくれるし、母さんがいなくなった時も支えになってくれた。少ない食糧で美味しい料理を作ってくれるし、父さんのご機嫌もハルがとってくれる。僕の一番大事な家族だ。


「ほら、これで冷やして!!」


小さなハルの手から差し出された氷をタオルで巻いて幹部につける。


「ぐっぅぁあ!!」


顔が尋常じゃない痛みだ。顔面をコンクリでヤスリがけしたかのような痛みが襲う。


「やっぱり大丈夫じゃない!!お兄ちゃん!もう私のために無茶しないで!!」

ハルは泣きながら、しかし本気で怒った目で僕を見ていた。


「うぅあっ……いや…だね」


疼く顔を押さえながら僕は答える。


「なんで!!どうして!どうしてそんな無理するの…」


そんなこと決まってる。


「うぅぅうっもうこんなの嫌だよぉ」


もうハルの悲しむ顔を見たくない。


だから、



「今日、二人でこの家を…出るんだ。今日で、お金が貯まる。そしたら……二人でこんな家を出て、一緒に暮らそう。」



「お金…なんて、えっ本当に…?」


ハルの涙が驚きで止まった。



「ああ。本当だ、もうこんな思いをしなくていいんだ。」


僕はハルの涙を拭いながらそう答える。




「本当の本当?もうこんな思いしなくていいの?」


「本当だ。」


「もう、お兄ちゃんが痛い思いをしなくて済むの?無理をしなくて済むの?」


「もちろん。ほら、これが証拠だ。」


そう言いながら、僕は床の下に隠してあったお金を見せる。


「やった…やった!!本当!本当なんだよね!!やった!」


ハルは喜びながら僕に抱きついてきた。こんなに喜ぶハルを見るのはいつぶりだろう…


「ねぇお兄ちゃん。私ねずっと夢があったんだ。ご飯をいっぱい食べて、あったかいベッドに寝て、お兄ちゃんと一緒に星を見るの。お父さんに怒られない。幸せな生活をずっと夢見ていたんだ。その夢が叶うの?」


ハルはおずおずとした様子で、しかし期待に満ちた目で僕のことを見た。希望を宿したハルを見た僕はいつの間にか、顔の痛みを忘れていた。


「…っ!ああ!今日働く分で目標額になる。一緒に星の見える家に住もう。ずっとずっと一緒に。お兄ちゃんが絶対に守るから!」


そうだ。ハルは僕が、絶対に守る。ハルの沈んだ顔なんか見ていたくない。


「絶対約束だ。だから、ずっと笑顔でいてくれ。な?」


「っ………うんっ!」


そう言って満面の笑みになったハルを見て、僕は今日も頑張って働ける気がした。


















そんな夢なんて叶うはずもないのに。












ーーーーーー






「ッざけんなッ!!テメェらこンな金隠し持っていやがッたのかッ!!」


「きゃっ!!お父さん!!やめてっ!そのお金は!!」


バイトからの帰り、僕の家から父さんの怒号とハルの声。そして嫌な物音が聞こえた。


まさか、もう帰ってきたのか!?いつもはこの時間帯まだパチンコをやってるはずじゃぁ……。


「ハルっ!!」


急いで家に向かう。よりによって今日、妹が虐待に遭うなんて!!


「クソッ無事でいてくれ!」


やっとなんだ。今日でやっと目標額になる。こんな生活とおさらば出来る。家に帰ってハルを連れて逃げ出そう。家を買って、父さんからの呪縛を逃れるんだ。一緒に、約束したじゃないか。絶対に一緒に………!


「ハルっ!!大丈………!?」


勢いよく、扉を開ける。絶対に一緒に逃げる。そう決めた僕の視界に飛び込んできたのは…


地獄だった。


「え……」


扉を開けた先は真っ赤に染まった父親と……









頭の割れたハルがいた。







「えっ……あ?」



親父は酒瓶で妹の頭を叩き割っていた。


部屋中に血がこびりつき、辺りは死の匂いで充満していた。



「あァ?、おい帰ッてきたのか。ッたくこンな大金持ってンなら言えよなァ!おい!」


父親は笑っていた。ハルの返り血を浴びていながら。



「は....?」



何が起きたのかわかっていなかった。

ただ、同時に訳の分からない感情が胸の中を渦巻いていた。




「はぁァ、ッたく手間かけさせやがッて、お前『お兄ちゃん』なンだろ?妹の躾ぐらいちゃんとしとけッてェの全くよォ、あまりに抵抗するもンだッから思わず瓶で殴ッちまったぜ。ハッでもこれで余計なお荷物いなくなッて、ちッたぁ暮らしも楽になるかもなァ!!」



『お兄ちゃん』…?そうだ。僕はお兄ちゃんだ。目の前の男が笑っている。僕は妹を、ハルを守るお兄ちゃ…あれ?守る?誰から?父さんから。どうやって?バイトでお金を稼いでそして、一緒に…え?あれ?ハルは頭が割られて、あれ?守る。僕、は?なんのために?目の前の男が笑っている。






「はぁっはぁっ…」






死んだ、ハルが。今日でこの生活も終わるはず……なのに。誰が殺した?目の前の男が殺した。父…さん?。どうして?母さんが出て行って、それから………………








『私ずっと夢があったんだ。』


あ。


『もうこんな思いしなくていいの?』


あああ。


『本当!本当なんだよね!やった!』


ああああああああああああああああああああ!!


『っ………うんっ!』


そう言って満面の笑みになったハルを見て、僕は……僕は僕はあああああああああああ!!






「じゃ、俺は酒を買いに…おッ!?!?」




気づいた時には、胸を渦巻いていた感情が僕の身体を突き動かしていた。




「うわあああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」










ドスッ








一瞬だった。



「ごぉッ!?フッ…ッう」




玄関から走り出した俺は酒瓶の破片を手に取り、父さんの喉元を突き刺していた。



「うッが……あッ…」



倒れる父親。


僕はソレを…



何度も突き刺した。


「うわあああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」



ドスッ




ドスッ




ドスッ




ドスッ




「はぁ…はぁ…はぁ…」



落ち着いた時には、父さん……であったモノは顔の部分が原型を留めていない、汚らわしい肉塊となっていた。






僕は父さんを殺してしまった。





僕は生まれて初めて人を殺してしまった。





どうしてなのだろう。どうしてこうなってしまったのだろう。あと少しで、あと少しで貯金を元にハルとこのクソみたいなところから抜け出せたのに....。


「なんでだよ、クソ.....」


そう呟きながら僕は、冷たくなったハルを優しく撫でた。



「クソ....」



僕の涙が妹の頬に落ちた。





ゆらゆらと、おぼつかない足取りで洗面台に向かう。父親を殺したのに、心は妙に落ち着いていた。どうしようもないクソ親父だったからであろうか、不思議と罪悪感はなかった。


「血を…洗わないと…」


汚らわしい肉塊から出た体液を洗いながら、自分の顔を見た。


「やっぱり、目元、母さんに似てるな……ハルもよく母さんに似て…っ」



笑顔で夢を語るハルがフラッシュバックする。



「おぅおえええええぇぇえ」


思わず吐いた。




ハルは、笑顔で、夢を、


違う。


ハルは


頭が割れていた。頭が割れていた。頭が割れていた。頭が割れていた。頭が割れていた。頭が割れていた。頭が割れていた。頭が割れていた。頭が割れていた。頭が割れていた。頭が割れていた。頭が割れていた。頭が割れていた。頭が割れていた。頭が割れていた。頭が割れていた。頭が割れていた。頭が割れていた。頭が割れていた。



「おぅうぇえええっおえええええ」




僕は約束を守れなかった。唯一の家族の妹を、ハルを守ることができなかったんだ……
















「死のう。」



ハルのいない世界になんて意味がない。



「死のう。」



ハルを守れない自分になんて意味がない。




「死のう。」



人殺しの自分の未来に意味なんて…………














ない。
















タケルはその日、自殺した。









ーーーーーー





ピッ……ピッ……ピッ……ピッ……ピッ……



「……………。」



聴き慣れない電子音が聞こえる……。



ピッ……ピッ……ピッ……ピッ……ピッ……



ここは、病院?なんで?



ピッ……ピッ……ピッ……ピッ……ピッ……



そうだ。僕は父さんを殺して、それから………


「っっっ!!!」




ガバッと身体を起こす。



目覚めた先は見知らぬ部屋だった。部屋は狭く灯は最小限で薄暗い。ぼんやりとした目を擦りながら、陰鬱とした雰囲気で薄汚れた部屋を見る。右の壁にはひとつの巨大なモニターが立てかけられていた。モニターは砂嵐で不気味な空気を醸し出している。そして、左の壁にはたくさんの人々が座っていた。



「ど……こだ?ここ……」


いや、それより。


それより僕は


「.....ぼ、僕は死んだはずじゃあ....?」


未だ状況が飲み込めない。


よく見ると座った人々は首輪をはめられ、腕に謎の装置をつけていた。


「なんだ……これ」


異様な光景を目の前にして僕は混乱していた。


死んだはずなのに、生きてる…この人たちは…?何者…?一体何が…?


「これは罰よ。」


不意に浴びせられた言葉に僕の思考は止まった。


「人を殺した私たちに課せられた……」


壁際から立ち上がり僕の方に歩いてくる少女の目は……


「永遠の十字架なのよ。」


少女の目は、死んでいた。











彼らは屍兵しかばねへい。人を殺して死んだ罪人を人為的に蘇生して作られた兵士。彼らは既に人ではない。本来の生態活動は止まり、人工血液で腐敗を止めた肉体を電気信号で動かしているだけのただの屍に過ぎない。彼らはもう成長しない。感覚もない。彼らは自身が戦いのためだけに生かされた奴隷に成り下がったことを自覚し、生前の罪を悔いながら終わりなき戦いに身を投じなくてはならない。

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