第95話 マキナvsフィオナ
ソーマ達は大海竜を職人に預けた後、街を出て広い草原に来ていた。
もちろんマキナとフィオナの模擬戦をする為だ。
ちなみに職人のところに大海竜を持って行った時は非常に驚かれ、また喜ばれた。獣人族の職人にとって大海竜の仕事に携われることは誇りらしい。
「そんじゃあ早速やろうぜ、どこまで強くなったか見てやるからよ」
「あら、まるでご自身の方が絶対に強いって確信してるみたいですわね」
「へっ、強気にはなったみてぇだな。強くなったかどうかは知らねぇがよ」
マキナは強い相手と戦いたいというシンプルな動機で臨んでいるようだが、フィオナからすれば重要な一戦である。
厳しい訓練に耐えられたのはソーマと背中を預け合える仲間になりたいという気持ちが本物だったからだ。
しかし、それは即ちソーマ“達”と背中を預け合える仲間になるということであり、ソーマは当然だがマキナや丸眼鏡にも仲間として認めてもらいたいという事でもある。
自分自身では生まれ変わったといっても過言ではないほど強くなった自覚はある。しかしソーマ達から見てどれほど変わったかは見てもらわねば分からない。
だからこの模擬戦はこの一か月弱の自身の全てを見てもらうという、重要な意味を持っていた。
そして、その相手が恋敵のマキナであれば、力が入らないわけがない。
「ううむ、マキナ殿はどこに行ってもいつもと変わらんが、フィオナ殿は相当力が入っておるのぅ」
「まあ気持ちは分からなくないけどね。さすがにマキナが負けることはないと思うけど、フィオナがどこまで戦えるのかは俺も楽しみだよ」
「うむ、是非マキナ殿にはこてんぱんにしてもらわねばのぅ!」
丸眼鏡の物騒な欲望にソーマは苦笑いをしつつ二人を見守る。
マキナはドワーフ製の双剣を抜いてジャグリングのように剣を回している。
「いつでも良いぜ」
「すぐに紅竜刀を抜かせて差し上げますわ」
そう言うとフィオナは疾風を用いてマキナに一直線に向かう。
速くなったとは言え、さすがにマキナにとっては遅すぎるその特攻に、マキナは少々ガッカリしたのも束の間。
途中から翠色のオーラを纏い、さらに局所突風を用いて一気に超速の域に達したフィオナは体重と速度を乗せた肘鉄で見事マキナの顎を打ち抜いた。
吹っ飛ぶマキナは立ち上がろうとするも、脳を揺らされて軽い脳震盪を起こしており、すぐには立ち上がれない。
「うわぁ……今のは痛そうだ」
「ゼロからの加速ではなく速度を乗せたところからの再加速じゃからのう、如何にマキナ殿でも油断しておって避け切れんかったの」
頭を何度も振りながらようやく立ち上がるマキナに対し、フィオナは油断せずに構えながらも追撃は控えていた。
「……てめぇやってくれんじゃねぇか」
「ようやく目が覚めました? グリーブの蹴りは控えて武具の付けていない肘鉄にしてあげたのですから、次からは油断なさらぬよう」
そう言うとフィオナは歌によるバフを自身に重ね掛けしていく。
いくらフィオナがレベルを上げたとは言えステータスでは圧倒的にマキナが勝る。しかし各種バフに加え、フィオナの英雄神の歌は一時的にステータス全てを大きく上昇させることもあり、そのステータス差を一時的にでも肉薄する程までとなった。
「行きますわよ」
二度目の奇襲は成功しないと踏んだフィオナは初めから身体強化と局所突風を用いながらマキナに突っ込んでいく。マキナもしっかりと双剣を構えて迎えうつ。
ソーマはステータス差と戦闘経験の多さから、油断しなければマキナの方が圧倒的に勝っていると踏んでいた。
特にすばやさが高いのは対人戦において非常に強い。
しかしすぐにその認識を改めざるを得なかった。
物凄い速度で金属がぶつかり合う連続音が鳴り響くなか、フィオナはマキナに対しほぼ互角の戦いを見せていた。
フィオナ以外の誰もが目を疑うその戦いを可能にしていたのは武具による特徴の差が大きい。
マキナのカットラス双剣は、剣の中では短く取り回しが早い。そして二本の剣による手数が売りである。
こういうスタイルは動きの遅い両手剣や大斧などと非常に相性が良い。
しかしフィオナの格闘スタイルは、取り回しの早さで剣を凌ぎ、両手足の四本で即座に攻撃と防御を切り替えることを可能とする。
戦闘スタイルのみを比較しても早さ、手数ともフィオナが優位であった。
剣撃をガントレットで防がれたと思えば直後反対の拳が飛んでくる。それを反対の剣で防げば即座に蹴りを繰り出す。
結局マキナは間合いを取らざるを得ない。近付き過ぎれば間合いを制するのは格闘家のフィオナであった。
そして間合いを取ったマキナに対し、フィオナは追撃の風刃を飛ばす。
三人はその行為に驚きを隠せなかった。
近距離の間合いを制しているのであれば徹底的に近距離戦に持ち込むべきである。しかしわざわざ中遠距離で魔法を使うということは、暗にマキナにも魔法を使って良いとの許可を与えるようなものであった。
現にマキナは、圧勝するはずであったフィオナに苦戦を強いられたことで、どこまで本気を出してよいのか戸惑っていた。
あまりに本気で叩き過ぎるのは自身のプライドが傷つくような気がした上に、この短期間で自身に本気を出させるほど成長して自分に追いついてきたフィオナを認めたくはなかったのだ。
そんな心を見透かすかのように放たれたフィオナの魔法。
マキナはその二つの魔法を剣で易々と弾くと、片方のカットラスを納刀し、紅竜刀に持ち替えた。
「あら、少しは本気を出してくれる気になりました?」
「ああ、正直本気出さずに圧勝する予定だったけどよ、ちっと見直したぜ。わりいが本気を出して圧勝させてもらう」
そう言うと、マキナの身体から赤い光が立ち上る。
身体強化と身構えるフィオナ。その直後、フィオナの眉間に紅竜刀の柄が打ち込まれていた。
大きく仰け反りながら薄れゆく意識の中でハイヒールを掛けたフィオナは二回のバク転をして着地するも、すでに背後に回り込んでいたマキナの峰打ちを体側に受けてその場にうずくまった。
食い込むような容赦ない峰打ちであばらを粉砕したマキナは「これで分かっただろ?」とフィオナを見下ろす。
しかしハイヒールで回復していたフィオナは見下ろすマキナの顎を思いきりつま先で蹴り上げた。
骨が砕ける鈍い音と共にマキナの身体が宙を舞った。そのまま後方に吹っ飛び、マキナは意識を失う。
「おいおい……油断してたとは言えマキナに勝ったぞ?」
「ああぁぁ……やはりマキナ殿には正ヒロインの自覚が足りないのじゃ……あんな分かりやすい油断をするなどモブキャラのすることなのじゃぁぁ……」
二人の驚きを他所にフィオナはマキナに対しハイヒールを三度掛けると、顔面に向かって冷たい水球をぶつけた。
マキナはよろめきながら起き上がりフィオナを睨む。
「何度言わせますの? 本気で相手してもらえないのでしたら次は殺しますわよ?」
「……てめぇ。なんつったか、フィオナか? 上等だ、今更泣いたって許さねぇかんな」
「ふふ、やっと名前を呼んで頂けましたね。では、行きますわ!」
こうして二人の模擬戦の第二ラウンドが幕を開けた。
日はすっかり傾いていた。
あれからの展開は予想通り、一方的なマキナの踏襲劇となった。
油断無く本気を出すマキナの前に、フィオナはただの一撃も当てること叶わず、何度も地に伏しては回復をして立ち上がって向かっていった。
「何度やっても同じだろうが。いい加減やめようぜ?」
「……私にとっては、同じじゃないんですッ!」
幾度も身を斬られ、幾度も骨を砕かれたフィオナの眼には未だ衰えぬ闘志が宿っていた。
そしてここに来てさらに速度を上げたフィオナに対し、マキナは全速力で迎え、思いきり峰打ちをフィオナの顎に叩き込んだ。
顎が砕ける音と共にフィオナは意識を失い崩れ落ちる。すぐにソーマはハイヒールを掛けて回復させたが、意識を戻させることまではしなかった。
起こせばまた立ち上がるだろうフィオナに対する優しさか、それとももう見ていられないという自分のわがままか。
いずれにせよ、三人は皆一様にフィオナの戦い様を見てある種の畏怖のような感情を抱いていた。
「……いや、見事じゃった。強さも勿論じゃが、何度倒されようとも一向に闘志衰えぬ精神力は敵ながらあっぱれじゃった」
「おまえ、今サラっと敵認定してたけど大丈夫か? まあでもそうだね、俺も見ていて尊敬を通り越して末恐ろしさすら感じたよ」
「おいソーマ、おまえ背負って宿まで運んでやれよ。丸眼鏡ッちも世話してやってくれ。あたしはもうちょい稽古してから帰るからよ」
そういうマキナの表情は、圧勝したのにどこか悔しそうであった。
一人になりたい時もあるだろうと、ソーマはフィオナを背負うと丸眼鏡と共に宿へ向かった。
回復魔法は傷やケガを直すことは出来ても、当然汚れなどを取るものではない。
宿に戻った丸眼鏡は、フィオナの装備を外すと濡れたタオルで全身を拭いてやった。汗をかいた身体中についた泥や埃や血を見て、何度も何度も吹っ飛ばされ、倒れては立ち上がるフィオナの姿を思い起こす丸眼鏡。
探知を使ってみると、今も街の外ではソーマとマキナが激しく打ち合いの稽古をしているらしかった。
「ふむ……皆感じたことは同じということかの」
フィオナの姿勢は三人の心を大きく動かした。
あの弱々しいフィオナが短期間でここまで成長した理由は、王の育て方が良かったのもあるだろうが、七転八起の精神力に依るものも大きいだろう。
たかが仲間との模擬戦であそこまで不屈の闘志を見せ、その戦いの中でも成長していっているのが見えた。
その精神力があれば今後も爆発的に伸びていくのは、三人の眼には明らかであった。
こいつに負けてられるか、フィオナには何故か三人にそう思わせるモノがあった。
丸眼鏡も上空に霧や突風を作りながら、沸々と込み上げる感情を発散していた。
日もどっぷりと暮れ、濃紺の闇夜が空を覆う頃にマキナはフィオナを看ている丸眼鏡の部屋にやってきた。
「あ? まだ目覚まさねぇのか。まあいいや」
マキナは入るなり、椅子に座って本を読んでいた丸眼鏡に挨拶すると、丸眼鏡が使うであろうベッドに腰掛ける。
「あれだけ戦った後の顎への強烈な峰打ちじゃからのう。今晩は寝かせておいた方が良いかもしれんの」
「まあな、正直驚いたし……なんつーかビビったな。うかうかしてたらマジで追い抜かれるって思っちまったぜ」
珍しく神妙な面持ちで語るマキナに、丸眼鏡も真剣な表情でその言葉を聞いていた。
「あたしは正直こいつは好かねぇ。パーティ内で男だ女だっつー色呆けした奴は大嫌いなんだ。だけどこいつの強くなりてぇって気持ちは伝わってきたし、下手するとその気持ちはあたしより強いんじゃねぇかって思った」
「う……うむぅ……わたくしとしてはソーマ殿とマキナ殿の色恋沙汰は大歓迎なのじゃが……。まあそれは置いといてもマキナ殿が言ってることは良く分かるのう。わたくしは元々強くなりたいという気持ちはさほど強くないと思っていたのじゃが、フィオナ殿の戦いを見てると不思議と負けたくないと思わせるものがあったの」
「お! 丸眼鏡ッちもか! っつーわけでよ、あたしはフィオナを仲間に迎え入れるのは賛成だ。こいつが隣にいると、なんかこっちも強くなれそうだからな。そんだけ!」
そこまで言うとマキナは帰る途中で買ってきたであろう丸眼鏡とフィオナの夕飯を置いていくと、照れ臭いのかそそくさと出て行ってしまった。
一時間後、フィオナがゆっくりと目を覚ました。
マキナが買ってきてくれたと伝え、丸眼鏡は冷えた夕飯を一緒にフィオナと食べる。
野菜たっぷりの肉団子スープであったが、フィオナはマキナが買ってきてくれたと聞いて嬉しそうに頬張っていた。
「やっぱりマキナさん、強いですね。本気を出したマキナさんには全然敵いませんでした」
「うむ、じゃがフィオナ殿の戦いには皆心を動かされたようじゃ。あの後ソーマ殿とマキナ殿は日が暮れてからも相当激しい稽古をしておったからの」
「そうですか……あ、もしかしてココネさんが身体拭いて着替えさせてくれたんですか?」
丸眼鏡は勝手に脱がせて悪かったの、と肯定する。
「三人ともいつも何かしら稽古してますもんね、私も追いつくために負けてられません。寝るまで少し時間がありますから、私もちょっと稽古に出てきますね」
「うむ、じゃあわたくしも付き合おうかの。いくらモブキャラと言えど足手まといはごめんじゃ」
「ふふ、じゃあモブキャラコンビで稽古、頑張りましょう!」
笑顔でそういうフィオナに、こんな美人で努力家なモブキャラがおるかいと突っ込みたくなった丸眼鏡だが、キャラクターも能力ともとっくにモブキャラの域を越えている丸眼鏡がそう思ったところで説得力は皆無である。
それから丸眼鏡とフィオナの稽古は深夜まで続いた。
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