第93話 卒業試験
王とフィオナ、そして騎士団所属の二人騎士と回復術士の五人は第20層へと転移した。
まるで外と見まごう明るさの草原の中、視界に大きな浅黒い肌のギガントオークを捉えるとフィオナは各種歌のバフを掛け、その身にライムグリーンの光と疾風を纏って迷わずギガントオークへと向かっていった。
緑の光はフィオナの身体強化である。
ライル王は人材育成に非常に長けていた。
一国単位で見れば五種族の中で最強と名高い獣人国を仕切る国王は、こと軍事力の育成に関しては非常に秀でており、またその優れた人柄と人材を見抜く能力もあって外交や経済などを適材適所に配置し、現在まで連合国に加入せず独立を貫く国家を築き上げた。
その国王が生涯を掛けて編み出したと言われる通称地獄の訓練。この訓練を修了した者は現在の騎士団長ただ一人とされ、伝説とされてきた。
しかし目の前でギガントオークに向かって駆けて行くフィオナは、今まさにその訓練の過程を終えんと一人奮闘する。
歌によるバフに加え、身体強化と疾風を使いこなすフィオナの速度は丸眼鏡を凌ぐほどに成長していた。
超速でギガントオークに接近するフィオナ。敵はフィオナの存在を確認するとその大きな巨体から腹に響くような咆哮を上げた。
フィオナも不敵な笑みを浮かべ、負けじと覇王の豪威圧を叩き込む。威圧による牽制は互角。
ギガントオークは一人向かってくる矮小なエルフに向かって大きな棍棒を振りかぶると、躊躇なく水平に薙ぎ払った。
「そんな大きな予備動作、見え見えですわね」
易々と跳躍にて躱したフィオナは上空で局所突風を用いて加速し、ギガントオークの顔面に右足で回し蹴りを叩き込む。
「氷結蹴り! からの風刃蹴り!」
右足のグリーブに付与された属性蹴りにより瞬間的に凍結した顔面に、即座に左足から風属性付与の蹴りを見舞う。
二属性付与の二連回し蹴りを顔面に入れたフィオナはそのままギガントオークの背後に着地をすると、バックステップで距離を取りながらさらに敵の背に風刃を左右のガントレットから放ちつつ間合いを取り直した。
ギガントオークは素早いフィオナの動きに翻弄されるも、さほどダメージが入っていないのかすぐに振り向き、棍棒を上から振り下ろす。怪力に物を言わせて振り下ろされた棍棒をサイドステップで外側に躱したフィオナは、地面を叩きつけた敵の右腕の肘の外側に、再度二連回し蹴りを見舞った。
今度はどちらも氷付与にしており、冷えて可動域がさらに狭まった肘の関節を可動域と反対側に蹴りつけることで大きなダメージを与えた。いわゆるクリティカルヒットである。
悲痛な叫びをあげたギガントオークは目の前の矮小なエルフを強敵と見做して怒り狂い、縦横無尽に棍棒を振るう。
フィオナはその攻撃を間合いを開けつつ避けながら、執拗に先ほど蹴りを入れた右肘に向かって風刃を当てていく。
ちょこまかと動き回りチクチクと攻撃を繰り出すフィオナに対し焦れたギガントオークは、至近距離で再び怒りの咆哮をあげる。
そのおぞましい威圧にも全く物怖じせず、フィオナは咆哮の隙を突いて敵が大きく開けた口の下顎目掛けてサマーソルトキックをヒットさせた。
「あんまり吠えると弱く見えますわよ?」
ギガントオークを挑発したフィオナは、脳を揺らされてよろめき低くなったオークの顎を、身体を捻った渾身のハイキックで打ち抜いた。
ミスリルグリーブの爪先は見事にギガントオークの顎に入り、ついにギガントオークは気絶してダウンする。
「見事だフィオナ! しかしそなたが強過ぎて訓練にならなかったな。今度はオークにもバフを掛けて再戦だ」
「分かりました! あまりにも弱過ぎて拍子抜けしてたのでありがたいですわ!」
王の語り掛けに一切の文句を言わず、フィオナは気絶しているギガントオークに各種バフを掛けるとハイヒールで回復させ、気絶の目覚ましに頭を蹴飛ばした。
「さて、第二ラウンドと行きましょう? 少しは愉しませて下さいね?」
フィオナは手を前に出して指で挑発すると、ギガントオークは屈辱の雄叫びを上げてフィオナに対して右腕の棍棒を振り下ろした。
バフによって強化されたその振り下ろしは速度、威力とも数段上がっており、フィオナが局所突風を用いてギリギリ外側に躱すも地面がえぐれて大きく土が巻き上がる。
その土に視界を遮られたフィオナに対し、見下ろす形となったギガントオークはすかさず左足でフィオナを蹴り飛ばした。
とてつもない重みのローキックを全身に受けたフィオナは一瞬で吹っ飛ぶも、最中にハイヒールを掛けると突風のクッションを使って減速し、身体を捻って側転とバク転を駆使して着地する。
すぐさまフィオナはギガントオークと向き合う。ギガントオークが全速力でフィオナに向かってきているのを確認すると、疾風と身体強化を用いて即座にギガントオークに向かって駆け出した。
ギガントオークは一瞬で態勢を立て直し向かってくるフィオナに、走りながら棍棒を水平に薙いだ。しかしその寸前、フィオナはギガントオークの顔面に向かって跳躍し、その棍棒を躱すと局所突風を用いて加速してギガントオークの顎に向かってドロップキックを見舞った。
見事に顎を蹴り抜いたドロップキックだった。互いに速度が乗った状態でのすれ違いざまに蹴り抜いたそれは如何にフィオナの体重が軽いと言えど決して威力の低いものではなかった。
しかしオークの意地かバフの影響か、蹴り抜かれた両脚を即座に掴んだオークはそのまま力のままにフィオナを地面に叩き付けようと振りかぶった。
万事休すか。
王も即座に回復術士に指示を出し、ハイヒールを手配する。
そして王と二人の騎士は腰の剣に手を掛け走り出そうしたその時。
フィオナは振り下ろされる慣性と局所突風を利用して地面に対し前方宙返りするように身体を屈めて勢いよく回った。
まるで棍棒を地面に叩きつけるようにフィオナを振ったギガントオークは、フィオナが振り下ろしを加速させた上に屈んだので、打ち付けること叶わずそのまま腕は関節可動域の逆方向へと回り込む。
フィオナは直後、無理やり片脚を引き抜くとそのままオークの腕に自身の足を4の字に絡め、身体を精一杯オークの背中側へと捻る。
その瞬間、ギガントオークの肩から筋肉が切れる音と共に極太の関節が外れるイヤな音が響いた。
自身でも制御しきれぬほどのバフが掛かったギガントオークが全力で振りかぶった力と、フィオナが身体強化と局所突風を用いて加速させた腕が全て関節可動域と逆方向に働き、その後の全身を用いた関節技。
それは敵の極太の腕の筋肉を引き千切り、関節を外すには十分過ぎた。
余りの痛さに悶え苦しむギガントオークに対し、フィオナはうつむくギガントオークの鼻っ柱をミスリルグリーブの爪先で思い切り蹴り上げる。
空を見上げる形となったギガントオークに、さらにフィオナはその下顎をかかとで全力で打ち抜いた。
そのまま倒れていくギガントオーク、その肩を踏み台にしてフィオナは高く跳躍する。
狙いを定めたフィオナは腰のミスリルの短刀を抜くと、局所突風を用いて急降下して横たわるギガントオークの心臓に両手で握った短刀を思い切り突き立てた。
深々と刺さる短刀にギガントオークは紫色の血を口から吐き、絶命して青い粒子となって消えていった。
その美しい青の粒子が消えていく様を見届けたフィオナは、王達に向き直るとニコニコと笑顔を向ける。
「ちょっとヒヤッとしましたけど、無事勝てました!」
「うむ、良くやったフィオナ。最後まで諦めぬその姿勢、誠に見事だ。感慨深いものはあるが、一度王宮へ戻ろう」
「はい! ありがとうございます!」
王こそフィオナに感服していたが、あのようなギリギリの死闘の後に見せるフィオナの笑顔に、後ろの三人は何故か背筋が凍るような恐ろしさを感じていた。
フィオナと王、騎士団は王宮に戻ると、まずは沐浴を済ませた。
王が話があると言うのでフィオナが王の間へ行くと、王は数人の謁見を済ませたのち、フィオナを連れて稽古場に向かった。
稽古場では騎士団がすでに整列しており、王はその前へと進み、フィオナも促され後に続いた。
「おほん。皆の者、よく聞くのだ! ここ1ヶ月弱の間で私の特別な訓練を受けていたフィオナが今日、王国管理ダンジョンにてギガントオークのソロ討伐を完遂した。それも1度目は相手にならなかったゆえ、フィオナのバフを用いて強化したギガントオークを討伐した。これよりフィオナをライル王国騎士団の名誉騎士とする!」
一ヶ月弱の間、フィオナの様子を影ながら見守っていた兵達はその精神力と忍耐力に惜しみない拍手でフィオナを讃えた。
突然のことにフィオナは驚いている。
「フィオナ、よくぞここまで耐え抜き頑張った。以前の自分では考えられないような力を手に入れたことだろう。その力、存分にそなたの想いのために振るうが良い。そしてこれは私の訓練を修了した者に私から与える特別な武具だ」
王はそういうと、黒銀に輝くガントレットとグリーブをフィオナに渡した。
「アダマンタイト製だ。我が国の職人に作らせているから、いずれソーマ達御用達の鍛冶屋でさらに調整してもらうと良い。何はともあれ、よくぞ己の意志を完遂させたな。見事だ」
再び兵達から賞賛の拍手が送られるフィオナ。
「……王様……わ、私……本当に……ありがとうございました……っ!」
フィオナは数週間ぶりに涙を流していた。
王と兵士たちの労いに、これまでの一ヶ月弱を思い出し、弱かった自分を諦めずに見離さずにずっと鼓舞して見守ってくれた王に対して、感謝が溢れてきた。
そして本当に辛かった訓練を意地と根性と強い想いで耐え抜いた自分を、心から褒めてあげたかった。
今まで生きてきてここまで自分自身で自分を褒めたことはなかった。
そのことが何よりも嬉しく、誇らしかった。
「よいよい、私は最初に言った通り、強くなる手助けをしただけであって強くなることを望み、得たのはフィオナ、そなた自身だ。今後もライル騎士団の名誉騎士として、そしてそなたがそなたである為に努力を怠らぬようにな」
「はい……ッ! ありがとうございました!!」
かくしてフィオナは無事ライル国王の訓練を終え、ソーマ達が帰ってくる日を心待ちにするのであった。
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