第92話 フィオナの訓練
ライル王国の王宮内稽古場、汗だくのフィオナは息も絶え絶えに仰向けで倒れていた。
「ふむ、もう終わりか。あと752周残っておるぞ。走り込みだけで心が折れるほどの気持ちなのか?」
「はぁっはぁっ……か、身体が限界です……足も痛くてもう……」
「なるほどな、これからソーマ達と死線を潜り抜けていくと言うのに、足が痛くて立てないと申すのだな」
余りの苦しさと痛さ、それに王の言う正論にフィオナは返事が出来なかった。
しかし、無性に腹が立った。
何故ここまでしなければいけないのか。もっとゆっくり強くなれば良いのではないか。なぜ自分だけがこんなにツラい思いをして鍛えられなければいけないのかと、フィオナは腹が立った。
「……ソーマ様やマキナさん、ココネさんはこの訓練をこなすことが出来るんですか?」
「よいかフィオナ、そなたに足りぬのは精神力だ。強さというものは精神力が備わらなければただの数値でしかない。四六時中、稽古を稽古と思わぬほど自然にこなすソーマを見ているのだろう。私との模擬戦の最中、明らかな劣勢の中で絶対に勝つという気持ちだけでスキルを覚醒させて勝ちをもぎ取ったマキナを見ているのだろう。あやつらに追いつき追い越そうと思っているなら、彼らがこの訓練を出来るか出来ないかなど関係ないのではないか?」
その言葉を聞いたフィオナは、立ち上がることも反論することも出来ずに、ただただ静かに涙を流した。
本当に腹が立っているのは弱い自分に対してだった。それも自分自身で気付いているのだ。
足は痛い。苦しい。ツラい。
そんな当たり前のことを乗り越えられずに言い訳をして、他人を責めてる自分に、どうしようもなく腹が立っているのだ。
そして、今なお立ち上がらずに泣いている自分が許せなかった。
フィオナは、声を漏らさぬよう必死に口を結び、堪えようとしても止めどなく流れ出る涙を見せまいと手で顔を覆った。
「フィオナ。強くなるというのは大変なことだ。弱い自分を根本から変えなければならない。涙を流しても良い。自分に腹が立っても構わぬ。だが、また立ち上がって一歩を踏み出さなければ変わらぬままだ。その一歩一歩がそなたを確実に強くするのだ。強くなりたいのならば、立ち上がるしかないのだ」
フィオナは涙を拭って、静かに立ち上がる。
足には痛みが走り、膝はガクガクと震えている。
痛みに耐えかねて何度も回復魔法を使っていたので、MPはとうに尽きていた。
王はそのフィオナに向かって何十回と繰り返している問いを投げかける。
「フィオナ、そなたは何故強さを欲する」
「……私は、ソーマ様と共にパーティの一員として歩んで行きたいからです」
「その想いが真なら、行動で示してみよ」
そしてフィオナはその瞳に再度闘志を宿し、力強く一歩を踏み出した。
「私はッ……強くなる……! 私はッ……ソーマ様と背中を預け合える……仲間になるッ! 私はッ……強くなるッ!!」
自身に暗示を掛けるよう、繰り返し繰り返し想いを口にしながら稽古場を走るフィオナ。
もはやフィオナの顔は涙と汗でぐしゃぐしゃであった。
それでもフィオナは何度も倒れては王に励まされ、その都度立ち上がる。
兵たちは、未だかつて完遂した者はいないと言われている、王による地獄の訓練を受けているフィオナを神妙な眼差しで眺めていた。
地獄の訓練は連日早朝から深夜まで続く。
食事は一日五回、栄養バランスを考えられた訓練用特別メニューを摂る。
かなりの量を食べなければエネルギーが持たないので訓練後は休みと思いきや、ほとんど身体を使わぬ魔法の訓練に充てられている。
そして、尋常じゃない量の基礎鍛錬による身体の負担を軽減するため専属の回復術士と施術士が付けられ、随時回復と共に身体のマッサージを施されていた。
特別に調合された薬草の類なども使用し、身体の調子は常に最善の状態が維持されるよう工夫されている。
訓練初日は稽古場を2000周し、翌日からは各種筋トレを700回ずつ、最後に稽古場を500周、それを一週間続けた。
筋肉の超回復による増大も研究されているのか、こちらに関してはすぐに回復を使わずに就寝中にじっくり徐々に回復を早めるような魔石や薬草が寝室に使われていた。
現在は基礎訓練の一週間を終え、早朝の稽古場に王と二人で来ている。
「よくぞ一週間の基礎訓練を耐え抜いたな。見事だ。今日からは基礎訓練に加えて戦闘訓練を開始する。フィオナは近接戦闘で何か得意なものはあるか?」
「ありがとうございます! 私は近接戦闘で得意なものはありません!」
「うむ。では一通り武器を使ってみて、最も才が伸びそうなものを見極めよう」
「よろしくお願いします!!」
フィオナは一週間の訓練で見違えるほどメンタルが鍛えられていた。
始めは泣き言、愚痴、文句ばかり出ており、しょっちゅう泣いていたが、ある時からそう言ったものがピタリと止み、ただただひたすら懸命に訓練をこなすようになっていった。
王はそのフィオナの眼を見て、ついに覚悟が決まったかと喜びの声を漏らしていた。
迷いは人を弱くする。迷うから前に進めず、そんな中で進もうとするから文句や愚痴が出てしまう。そして自身の弱さを受け入れることが出来ずに他人に責任転嫁をするか、もしくは自分を否定し責めることで向き合うことから逃れようとする。
しかし本当の覚悟が決まり、決断をすれば、ただただ前を向いて歩み続けることが出来る。それは自身の弱さを認め、強くなるための苦痛を受け入れることが出来るからだ。
強くなるための下地に精神力が必要なのは、こういった所に依るものが大きいと、王は知っていた。
王はフィオナに稽古場にて片手剣や両手剣、槍や杖、斧などを一通り使わせた。しかしどれも不器用でイマイチと判断し、王は武術による訓練を推奨した。
武術とはいわゆる格闘であり、自らの拳や蹴りで攻撃をする戦闘スタイルである。
「よいか、一流の格闘家は拳で剣を砕き、蹴りで竜を打ち上げる。そなたのパーティでの役割はなんだ?」
「はい! バフによる補助でパーティ全体の火力を底上げし、回復による守りでパーティが攻撃に集中出来るようサポートすることです!」
「うむ。しかしフィオナが自身の身を守れなければ結局前衛がそなたを守ることを頭に入れて戦わなければならん。それではサポートとしては二流以下だ。分かるな?」
「はい! 近接職を鍛え上げ、ソーマ様達が全力で攻撃に意識を集中出来るよう自衛力を高めます!」
「よし、では早速模擬戦じゃ」
「はい!」
王は拳でフィオナと対峙する。
まずは手本として軽く攻めを見せ、それを手本にフィオナが王に対し拳を振るう。
武術スキルを取得するまでは非常にたどたどしい身体使いだが、フィオナは恥ずかしがることなく一所懸命に王の武術を見様見真似で試していく。
以前のフィオナであれば必ずどこかに戸惑いがあった。
何故なら出来ない自分を認めることが出来ず、そんな自分を人前に晒すことを恥じていたからだ。
しかし今は一刻も早く強くなるために、迷いなく慣れない弱々しい拳を振るい、蹴りを外しては何度もその場で転んでいた。
今のフィオナはそんな自分の姿に誇りすら持っていた。誰に笑われても良い。しかし帰ってきたソーマ達に失望されるのだけはイヤだった。
その意識こそがスキル取得を早め、習熟度を素早く上げるコツである。
数十分で武術スキルを取得したフィオナの身体使いは一気に武術のそれらしくなった。それに合わせて王も徐々に身のこなしの練度を上げていく。時にカウンターで王に殴り飛ばされ、蹴り飛ばされながら、フィオナは王の武術を吸収していった。
フィオナの精神はとうに肉体を凌駕していた。
何度王の拳や蹴りで骨を砕かれようと、すぐに回復しては向かっていった。
以前ソーマがダンから“殺し合い”の訓練を受けていた時にダンが言っていた「痛くても動かなければならない時もあり、身を犠牲にした方が良い場面もある。騎士にとって痛みとはその程度のものだ」という騎士道の精神を、フィオナは短期間で会得していた。
痛くても苦しくても結局立ち上がらなければ強くなれない。それならばすぐに回復して立ち上がり、少しでも訓練に時間を割いた方が良い。
フィオナは決断したのだ。強くなると。
戦闘訓練と基礎訓練を並行して行っていた一週間はあっという間に過ぎ、ソーマ達が海人族の島で足止めを食っているとの報告を受けた王は王国管理のダンジョンにてフィオナのレベル上げを行いながらダンジョン内でさらに戦闘訓練をこなすことにした。
ライル王国騎士団でもレベリングは重要視されており、精神を鍛えた後は上官立ち合いの元一気にレベルを上げて戦力増加を図っている。
武術スキル上げに魔法の習熟度上げ、新たな魔法の取得とレベル上げの地獄の特訓を、強靭な精神力を手にしたフィオナは一切文句を言わずただただひたすらにこなす日々が続いたのであった。
10日間のレベリングと戦闘訓練をこなしていた王とフィオナの元に、ソーマ達の船が改修されて帰路に着いているとの報告が舞い込んだ。
王直々の訓練と熟成されたレベリングシステムにより、フィオナは見違えるほど強くなっていた。
じきにソーマ達が戻るとあって、今日はダンジョン最下層のボスにソロで挑むこととなっている。
ライル王都管理のダンジョンは20階層で、最下層ボスは獣人族大陸らしくギガントオークと呼ばれるオークの上位種である。
オークは二足歩行のイノシシのような鼻と牙を持つ獣の魔物で、強靭な肉体を持つ。その最上位種に位置するギガントオークは身長3メートル弱と大きく、膨れ上がる筋力に知性もある程度備わっているのか棍棒のような武器を振り回して戦う非常に強力な魔物である。
前衛職を以てしてもソロ討伐はかなり難しいとされるそのギガントオークに、今回は後衛職のフィオナがソロで挑む。
「フィオナ、そなたは強い。自信をもって存分に実力を発揮するが良い」
「分かりました! ライル王、私何があっても絶対勝つって決めてますのでご安心を!」
フィオナは王から借りた両手のガントレットを胸の前でガツガツと打ち鳴らしながら、瞳の奥に並々ならぬ闘志を宿してニコニコとほほ笑んだ。
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