第9話 探知魔法とワイルドディア
一人暮らしを始めてから、昼はギルド依頼や討伐、夕方はダンと剣の稽古、夜は魔法の習熟度上げという日々が続いていた。
前世から趣味と言えばゲームくらいのもので、そのゲームも運悪くブラック企業に就職してしまってからはほとんど出来なくなっていた。
仕事が好きかと言われれば間違いなく嫌いだったし、自分の人生には疑問だらけだったが、それでもソーマは「何もしていない」というのはどうにも苦手だった。
そういう意味でこちらの世界は生活や仕事そのものがゲームのようだし、早朝から深夜まで大嫌いな仕事をしてきたソーマにとって、睡眠時間をしっかり確保しながらゆっくり三食食べれて朝から晩まで鍛錬するなんてことはヌルいくらいであった。
どうやらこちらの世界の人達は大体一日5、6時間働き、週に2、3回休む、というのが普通らしい。
ダンとエルも例にもれず週に2,3回休むので、ソーマはその際には街の近辺で行ったことのない場所を散策しながらレベル上げを行っていた。
そして今日は、ついに大跳竜のソロ討伐の日である。
「にしても成長速度がはえぇよなおまえは、一体どんなスキル持ってんのやら」
ダンが草原を歩きながらボヤいている。
「たしか大跳竜ソロ討伐って騎士団の昇級試験にもあるんでしたよね」
「ああ、でも早いやつでも入団から半年、1年目で倒せれば上等な方だぜ。それを5か月そこそこで挑むなんて滅多に出てこねぇよ」
「そういうものなんですか。ちなみにダンさんはどれくらいで倒したんですか?」
ソーマの問いにダンはどこか誇らしげに笑っている。
「ダンは三か月で倒してるわよ。彼、結構努力家で負けず嫌いだったから。まあソーマくんと違って入団前から剣の鍛錬は積んでたけど」
そう補足するエルもなんだか嬉しそうだ。
「なるほど、師匠の弟子たるもの、今日は必ず倒します」
「へっ、可愛いこと言うじゃねぇか。まあ心配してねぇよ」
三人は小川の上流へと歩みを進める。
渓谷の奥に行くにつれて木々の密度が徐々に高まり、辺りは森の様相を呈してきた。
死角が増えることもあり、三人は縦一列の隊列を組んで歩いている。
先頭がダン、後衛はソーマが付く。
「早いとこ出てくれねぇと帰りが遅くなっちまうな」
「昇級試験なんかだと探知魔法使いが同行するんだけどねー」
「そういや探知魔法の属性って風だろ? ソーマ使えるんじゃねぇのか?」
「うーん、魔法って自身のレベルと下位魔法の習熟度に加えてイメージとか必要だからまだちょっと早いかしらね」
なるほど、と二人の会話を聞いて得心するソーマ。
通りでレベルを上げても習熟度を上げてもなかなか新しい魔法を取得しないわけだ。
「ちなみにソーマくん、突風の習熟度ってどれくらい?」
「21です」
「え?」
「21です」
(大事なことだから二回言うっていうあれか?)
ソーマは自分にしか分からないネタに心でツッコミを入れる。
「え、冗談でしょ、習熟度が20を越えるのって学園に入学した人で早くても半年……あっ」
「こいつ剣に加えて魔法の才能も跳びぬけてるんだな」
ついさっき聞いたばかりのやり取りだな、と思い、ソーマは“天丼”に乗っかることにする。
「ちなみにエルさんはどれくらいで20まで上げたんですか?」
「くくっ、エルも三か月だよな、さっき俺のこと負けず嫌いって言ったがエルの負けず嫌いも相当なもんだぜ」
昔を懐かしむようにダンは笑っている。もしかしたら二人の馴れ初めもこの辺りにあるのかもしれない。
「そういうことならまあ……教えるのも良いのかもしれないけど、私は風魔法を実演出来ないし、探知魔法のイメージって結構難しい部類らしいから今日使えるかどうかは分からないわよ?」
「それでも良いのでお願いします」
新たな魔法を取得出来るかもしれない、とソーマはワクワクしていた。
「詠唱は『風の精霊よ 我に世の事様を授け給え 風探知』よ。イメージとしては……自分を中心に風が回転して、その風が触れたものの形や感触を自分で感じる……らしいんだけど、私は使ったことないから実際にどういう感じなのかは良く分からないわね。おそらく人によって感じ方も様々なはずよ」
(やっぱり魔法って、詠唱は精霊の加護を引き出す媒体のようなもので、どちらかと言うと具体的なイメージが事象を引き起こしてるのかな。今後はもうちょっと魔法に関してエルさんから学ばせてもらいたいな)
「分かりました、ちなみに探知魔法をやめる時ってどうするんですか? 探知中は常にMP消費するんです?」
「基本的に探知魔法を一回使って、周囲を一度探知して魔物がいなければ移動してもう一度使うって感じだから、常に探知魔法を発動し続けるって使い方は聞いたことないわね。一度探知した場所で発動し続ける意味が無いしMPが勿体ないだろうから」
(なるほど、ソナーのように常に探知し続けるイメージだったけどそういうわけでもないんだな」
「とりあえずやってみますね」
『風の精霊よ 我に世の事様を授け給え 風探知!』
その瞬間、ソーマからつむじ風のように回転した風が吹く。
――――――――――
ティロリロリン♪
低位魔法『風探知』を取得しました。
風探知の習熟度が1になりました。
――――――――――
(うおおおお! 新魔法きたぁぁぁ!! でもなんとなく、半径5メートルくらいしか探知出来てなさそうだぞ……)
「やっぱり発動するんだな……」
「なんかもうソーマくんに対して驚くのが慣れてきた気がする」
二人が驚きを通り越して呆れている中、ソーマはもう一度発動を試みる。
(つむじ風式よりもサーチライト式みたいに直線距離を伸ばして範囲を絞って、自分の周りを一周ぐるっと回した方が距離が伸びる気がするな。木の上や空にいる敵は探知出来ないかもしれないけど大跳竜ならこれで良さそうだ)
『風の精霊よ 我に世の事様を授け給え 風探知!』
今度はソーマから真っ直ぐに伸びた風がぐるっと一周して消える。
(距離は伸びたけどな、まだ実践で使える段階じゃなさそうだ)
そしてソーマがステータスプレートを見ると、MPが10減っていた。1回で5MP消費するらしい。
「大体半径30メートルくらいは探知出来るみたいです。でも視界で捉えられる範囲以内なんで、もう少し習熟度上げないと使い物にならなさそうですね」
「まあ今日の今日で使い物になるとは思ってねぇよ、そもそも初めての魔法でそれだけ使える方が珍しいんだろ」
「一応MPにはまだまだ余裕があるので歩きながら習熟度上げて、どこまで使い物になるか試してみます」
相変わらず向上心があるねぇ、とダンは嬉しそうに歩き始めた。
それから30分ほど探索するも大跳竜は見当たらなかった。
ソーマの風探知の習熟度は3まで上がったが、習熟度が1上がるのに対しておおよそ探知出来る範囲が1割程度しか伸びてないので、未だ半径40メートル弱程度で、無いよりはましという域を出ていない。
「なかなか出ねぇな」
「結構珍しい魔物なんですか?」
討伐初日に出くわしたソーマにすると、そこまで珍しい魔物という印象がなかった。
「地域柄かもな、出る場所にゃ結構いるんだけどよ、この辺りは強い魔物が少ない方だな」
「小さい魔物や動物は結構見るし、探知にも引っかかるんですけどね」
跳竜意外にも森の中には小型のイノシシや、シカやウサギのような動物も見かける。
ちなみにソーマは動物と魔物の違いが良く分からなかった。
「ちっと危ねぇかもしれねぇが、昼食がてら誘い出してみるか」
ダンはそう言うと視界に捉えたウサギを手早く捕まえた。
エルはと言うと、倒木の枝を集めている。
(なるほど、面白そうだ)
ソーマは察してエルと共になるべく乾いてそうな枝や木を集めて回った。
ダンは手際よく解体したウサギの肉を、エルの火球によって焚かれた枯れ木で焼いている。
こういうことも想定内だったのか、エルが革製のリュックから塩を出していた。
「人間と一緒で美味そうな匂いには魔物も寄ってくるってわけだ」
ダンがウサギの肉を丹念に炙っている様子がやけに楽しそうだ。
その音と匂いはまさしくBBQのそれで、ソーマも刺激されたのかお腹が鳴っていた。
「食いすぎるなよ、戦えねぇってんじゃ本末転倒だからよ」
「そんな子供みたいな真似しませんよ……って、早速来たみたいですよ、ダンさんの右後方かな」
ソーマの風探知がひと際大きな生物の反応を補足した。
三人は装備を持って身構えると、40メートルほど先に大きな角を持った鹿のような生物がこちらに歩いて向かっている。
「ワイルドディアか、強さは大跳竜とどっこいってとこだがどうする?」
「せっかくなのでやらせて下さい、気を付けることはありますか?」
「大跳竜と違って剣はそこそこ通るが、結構暴れるのと角があぶねぇ、それに後ろ脚の蹴り上げもまともに食らうとヤバいぞ。常に横に位置取りするんだ」
分かりました、と返事をしたソーマは剣を抜いて一人で前に出る。
(さてさて、初めての大型の魔物討伐、今までの成果を存分に試すぞ)
ゆっくりと近付いてくるワイルドディアと距離を測るようにジリジリと寄るソーマ。
そして間合いに入ったと同時にソーマが小声で魔法を放つ。
『水球』
(とびっきり冷たいやつで!)
ワイルドディアの背の上に現れたサッカーボールほどの大きさの水球はそのまま自重でバシャッと落ちる。
突然の冷たい水を背に受けたワイルドディアは驚きのあまり振り返る、と同時にソーマは全速力で駆け出し詠唱を始めた。
ここまでの話にルビを振りました。
10話は夕方更新します。