第86話 勝つ!!!
小休止の後、急遽マキナ対ライル王国国王の模擬戦が行われることとなった。
場内は国王がソーマに負けたことでざわついていた。さらには次の相手が女の剣士ということもあって騒然としている。
マキナは一旦稽古場の端に寄ってソーマ達と談笑していた。
「それにしてもあのおっさん相当強そうだな、ソーマが対人戦で本気になってるとこ初めて見た気がするぜ!」
「俺も対人戦で本気になったのはリルムの街でダンとやり合って以来だったからね、なんかワクワクしちゃったよ」
「あたしも見てるだけでワクワクしたぜ、早くやりたくてしゃあねぇ!」
思えばソーマもマキナが対人相手に本気になるのは見たことがない。
どういった戦いを見せてくれるのか、ソーマも楽しみであった。
十分ほどの休憩の後、王が稽古場の中央へと歩みを進めた。
「さて皆の者! 先ほどの戦い、見届けてくれたであろうか! 他国の若き冒険者も着実に力をつけておることが分かったであろう! 我々も負けてはおれぬぞ! 次の相手は若き女剣士のマキナだ! 皆拍手で歓迎してくれ!」
歓声と拍手の中、マキナが満足げな顔に手を上げてそれに応えながら稽古場への中央へと進む。
王は左手にバックラーを構えると、今度は片手剣でマキナと対峙した。
「あ? なんだおっさん、大剣じゃねぇのか?」
「見たところかなり速度がありそうだからな。いつでも良いぞ」
「はー、戦わなくても分かるもんかね。んじゃ、遠慮なく行くぜ!」
マキナが構えることなくその場から姿を消すと、直後剣がぶつかる音が響き二人は王の元で鍔迫り合いとなっていた。
力で競り負けると判断したマキナはすぐに引くとそのまま踊るような連撃を王へと見舞う。稽古場の中央で王が一人バックラーや剣を振るう姿だけが見え、とてつもない速さで金属がぶつかり合う連続音だけが響き渡っていた。
王はソーマをも軽く凌駕するマキナの速度を風探知と読み、それに己の速度と疾風をフルに使って最小限の動きでマキナのマシンガンのような剣撃を全て的確にいなしていた。
マキナは面白いとばかりに腰のカットラスも抜き、紅竜刀とカットラスの双剣スタイルで華麗に乱舞しながらさらに王へと斬りかかる。
ただでさえ常軌を逸した剣と剣、盾がぶつかり合う連続音は、双剣になったことで倍近くになり、それが剣撃による物だと信じられぬような音を場内に響かせていた。
ソーマは丸眼鏡とフィオナの横で呆れた顔でそれを眺めている。
「あいつ遊んでるっつーかなんていうか、楽しそうだなぁ」
「さすがにわたくしでも全部が見えなくなってきたのじゃがソーマ殿には見えてるのかの?」
「まあ一応目で追えてはいるけど……あれの相手するならフィオナのバフがないとかなりキツいな俺は」
フィオナはほんのり頬を赤らめながらも、目に追えぬ戦いを真っ直ぐ見つめていた。
とてつもない剣撃の嵐をいなし、防ぎながらも王は時折隙を突いては反撃に出ていた。
その反撃もマキナの死角や、意識の外から繰り出すものを選んで反撃するも、マキナの速度が余りにも速すぎるために当たる前に気付いてしまえば避けられてしまっていた。
しかし王はそれすらも戦いの中で読んでいき、次第に王の剣がマキナをかすめることが増えていく。
マキナは一旦距離を取り直すと、再度王と対峙する。よく見ると腕や頬などに小さな切り傷が付いているのはマキナの方であった。
「クッソ……こっちの方が速えはずなのにあっちの攻撃の方が当たるってどういうこった」
「速さは超一級品だが剣が素直過ぎる故、剣を振る前からどこに来るか分かるな。それにマキナも最初のソーマと一緒で本気になってないだろう?」
王は「殺す気でかかって来い」とマキナに対し指で挑発する。
「へっ、上等だぜ、死んでも知らねぇかんな!」
マキナは持っているカットラスと腰に帯刀しているものをソーマ達の方へ放り投げると、紅竜刀一本で再度王へと飛び込んで行った。
さらに自身の身の回りに炎熱嵐を纏い、紅竜刀にもファイアブレイドを付与して王へ襲い掛かる。
「ほう、お陰で見やすくなったの。そういえばソーマ殿は鋭礫嵐を纏わずに戦っていたのぅ」
「大剣相手にあんなの纏ってもなんの防御にもならないからな。今の王みたいに片手剣ならあの炎熱嵐も効果がありそうだ」
事実、マキナの剣を受けると炎熱嵐に巻き込まれるのを嫌った王は距離を取ろうとしている。
しかし速さで勝るマキナに対してどうしても受けざるを得ない剣撃があるのか、火傷覚悟で剣をバックラーで弾いては引いてを繰り返していた。
だが、何度かの打ち合いで突破口を見出すのはやはり歴戦の武人である王の方であった。
王の横へと回り込んで突進突きを繰り出すマキナに対し、王は敢えて火傷覚悟で体重を掛けたシールドバッシュを叩き込む。それも引いて受けると見せかけてから刹那の切り返しによるフェイント付きで、マキナはモロにそれを受けてしまった。
それでも瞬間的に剣を持ってない左手を差し込み、さらにはバックステップと局所突風を使って、その威力をいなした反応速度はさすがである。
マキナは砕けた左手をダラりと下げて王を睨む。
王はその目を見てニヤリと笑い、マキナに語る。
「初めからその眼をしていれば手負いもなかったかもしれないのにな。その怪我でどれほど戦える?」
直後、ソーマに劣らぬ殺気の籠った覇気をマキナが放つ。
王はカッと眼を見開き、王の威圧をマキナへと打ち返す。
互いの威圧に再び場内にピリピリとした空気が張り詰める中、マキナは二属性複合の大範囲上位魔法『炎獄嵐』を王に向けて放つ。
熟練の魔術師が晩年にようやく取得出来ると言われる高位の範囲魔法。それを躊躇なく放つマキナに、ソーマは驚き半分呆れ半分で、ソーマ達と観客席に結界を張った。
観客席からは一瞬悲鳴のようなものが聞こえたが、ソーマの結界によってどよめきに変わっている。
稽古場を埋め尽くす勢いで放たれた灼熱の炎渦の中、王は自身の周りに密度の濃い突風を回転させることでそれを防いでいた。
「すまぬの、ソーマ殿。ちと驚いてしまって障壁が遅れてしまったのぅ」
「いや、誰もここであんな魔法放つと思わないでしょ。あの勢いで灼熱天柱とか直撃させなきゃ良いんだけど……」
さすがの王と言えどマキナの本気の灼熱天柱をまともに食らったら灰になりかねないぞ、とソーマは少し不安になっていた。
遊ぶ余裕の消えたマキナは、ソーマと同じく心眼斬空剣・フレイムブレイドを超神速で王へと放った。
速さ、数共にソーマを凌駕する斬空剣だが、王は逆に少々余裕の見える動きでそれらを躱していく。
一度ソーマとの戦いで見ているのもあるが、やはりマキナの剣は素直で真っ直ぐなのが王にとっては非常に分かりやすかった。
逆に言えば手数が少なくとも相手の思考や動きの裏を付くようなソーマの攻撃は、王にとって一瞬足りとも油断出来ないものである。
マキナもそれは王との戦いを通して強く感じ取っていた。
しかしソーマのような小細工を身に付ける事など簡単ではない上、何より自身の性格に合わないのはマキナが一番理解していた。
結局のところ自分が自分らしく勝つには真っ向勝負で相手を大幅に速度やパワーで上回るより他に無い。
そしてその速度やパワーが今の自分には無いとマキナは悟ってしまった。
マキナは斬空剣を放つのをやめ、その場で大きくそして長い雄叫びを上げた。
それは若き女剣士の叫びのような可愛いものではなかった。それはマキナの魂の咆哮であった。
まるで大地が揺れ動くかのような魂の咆哮であった。
マキナはソーマが勝った相手に自分が本気を出して負けるなど、絶対に許せなかった。
自分の弱さは認める。ソーマの強さも認める。しかしそれでも自分が負ける事だけは、何が何でも絶対に許せなかった。
どれだけ本気で強くなろうとしたことか。どれだけ心の奥底から強さを渇望したことか。
そしてどれだけ真剣に、本気で、心の底から望む、その強さを得るために努力したことか。
今ここ、この瞬間、この戦いを負けてしまったで済ませるわけにはいかなかった。
もっと強くなろうなんて思うことで負けを受け入れるわけにはいかなかった。
今、ここで、勝つ。絶対に勝つ。勝つことが今日までの、これまでの自分への肯定であり、勝つことでこれからの未来を切り拓いていくのだ。
だからマキナは、ここは、絶対に負けられなかった。自分が自分であるために、絶対に勝たなければいけなかった。
直後、マキナの全身が一瞬真紅の光を帯びたかと思った瞬間、そこにマキナの姿はなかった。
強烈に嫌な予感がよぎったソーマは身体強化に疾風、それに局所突風を使って王の元へと駆ける。
王の上半身がズズッと斜めにずり落ちる寸前のところ、ソーマのハイヒールが間に合う。
マキナは王の遥か後方で、どさりと倒れた。
王も何が起こったのか分からず、されど魂に刻み込むほどの強烈な死の感触にその場で尻もちをついてしまった。
そしてソーマも、極度に張り詰めた緊張の糸が切れたように大きく安堵の息を吐くとへなへなとその場にへたり込んでしまった。
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