第77話 三度目のアイツ
静寂に包まれた深夜のシスの宿屋の一室で、ソーマは地属性魔法によって作り出した鉄の棒を一人ミスリルの短刀で何度も斬っていた。言うまでもなく不斬剣の練習である。
この宿は三人でシスを訪れた時に取った宿とは別に追加で取った宿で、ゴールドメイスの屋敷から最も近い宿である。
ソーマはそこで一人、稽古をしながら風探知と地振動探知を使ってゴールドメイスの動きを見張っていた。
その見張りも今日で三日目である。
「にしても鈍ったな……深夜の見張りがこんなに眠くなるなんて」
ソーマは淡々と鉄の棒を輪切りにしながらそう呟いた。
前世では二徹三徹も珍しくなく昼夜関係なく働いたソーマは、厳しい深夜の見張りを自らかって出たのだが、久しく朝まで起きている仕事をしていないせいか襲い来る眠気に抗っていた。
昼間は丸眼鏡が担当している。久々にゆっくり小説でも読むかのぅと喜んでいた。
(まあでも俺が見張りをしてる間もマキナのやつ、めちゃくちゃ稽古してるみたいだしな。丸眼鏡も大魔術師スキルを得てクラスチェンジまでしたし……お? やっぱり地下を使うか)
ソーマは鉄を斬る手を止め、探知に集中する。
地振動探知でゴールドメイスの屋敷の地下から街の外れの小さな家まで、地下道が伸びていることを探り当てたソーマはおそらくそのルートを使うだろうと予想していたが、まさしくその地下道を歩く一人の足音を探知した。
どうやらそこそこの重量物を持っているのか、地を踏む足音がかなり大きい。
丸眼鏡の探知であればそこでの会話や状況の視覚化が出来るが、ソーマの探知ではそこまでは難しかった。
(さて……二人を起こしに行くのもアリだけど相手は一人だからな。とりあえず様子見で追っかけてみるか)
早朝から深夜まで一人稽古に励むマキナと、慣れない諜報活動を12時間交代でやっている丸眼鏡の二人を起こすのも気が進まなかったソーマは、一人追尾の準備に取り掛かった。
探知した相手は街の外れの古びた家屋から、街の周囲に張り巡らされている塀を越えて砂漠に出た。ソーマは気付かれないよう位置取りをしながら、自身が探知されていないかの逆探知も併用しつつ追尾を開始した。
(丸眼鏡が言うには獣人は魔法が得意じゃないって言ってたけど一応は注意しないとな。現に疾風使ってるし)
相手はそこそこの使い手らしく、砂漠に出てからは疾風を用いて南下している。
ソーマは砂漠に出ると身体強化を使って視力を強化して敵を凝視した。
(なんかデカい袋を担いでるな。あれが取引のモノってわけか)
相手を見失わないよう、視力と探知が十分利く距離を維持しつつ追いかける。
そのまま20分ほど南下したその時、突如相手の男が視界と探知から消えた。
(なんだなんだ? 見落としなら分かるけど探知からも消えたってことは……認知阻害か? あの辺りに取引相手がいるってことか)
このまま取引を終えられてはマズいと思ったソーマは、身体強化と疾風の全速力に局所突風を用いて全速力で男の消えた場所に向かって駆けた。
魔族大陸でマキナ風の男のディーノが使っていた、魔族の里を隠す認知阻害結界は中に入ってしまえば認知出来るものであった。ソーマはそれに賭け、結界内に侵入することを優先する。
ソーマの駆け抜けたあとにはとんでもない高さの砂埃が舞っていた。
時間にして数秒、突然視界内に現れた二人の人影と何らかの大きな魔物を捕捉してソーマは急停止する。
その反動で巻き上がった砂埃は取引相手と思われる者が盛大に被ってしまった。
「あ……その、申し訳ない。砂をかけるつもりはなかったんだ」
ゴールドメイスの相手は何が起こったのかと目を見開いて唖然としており、ソーマが盛大に巻き上げた砂の中からは……例のディーノと大きな鳥の魔物が現れた。
「……あれ? ディーノか? いや、ほんと砂をかけるつもりなかったんだ、ごめんな」
ディーノは突如現れたソーマに顔をしかめながら、頭や顔の砂を払っている。
「キ……キサマはリルム然り魔神神殿然り、いつも我らの邪魔をするな……魔族に恨みでもあるのか……」
「いや、たまたまギガントタートルの素材が欲しくて来たら、シスの領主とゴールドメイスがキナ臭くてね。どうせそっちを解決しないと素材も手に入らなそうだから、ゴールドメイスの悪事を追ってたんだ。それに魔神神殿の時は協力したつもりだけど」
「……まあ良い。してそこのおまえ、例のモノは持ってきてるんだな?」
ディーノは構ってられないのか構いたくないのかソーマとの話を切り上げ、ゴールドメイスの獣人に声を掛ける。
「へ、へい。この通りでやす」
獣人が袋を開けると、中には金髪のエルフの女性が入っていた。ディーノが袋を開けようとした瞬間「バ、バカ!」と止めようとしていたが間に合わなかったようだ。
「ま、間違いなく世界樹の巫女と言われるエルフでやす! あんたらに喧嘩売るような真似はしねぇ!」
「お、おまえ……なんでこいつの前でそんなことまで言うのだ……」
「へーなるほど、魔族はこの世界樹の巫女って呼ばれるエルフをゴールドメイスから買った? のかな? でギガントタートルの素材も魔族に横流ししてるってわけか?」
ソーマは丸眼鏡が探知で聞いた内容と現況を照らし合わせて推察する。
獣人はディーノがいるからか、ソーマのことはさほど気にしていないようだ。ディーノの方が圧倒的に強いと思っているのだろう。
「さっきからなんなんだこの兄ちゃん? ディーノさん、放っといて良いんですかい?」
「お、おまえは黙っていろ。おいキサマ、この件はキサマ等には関係ないはずだ」
「いやまあ関係ないっちゃ関係ないけどさ、これ人身売買だよね? さっき言ったけど俺たちとしてはゴールドメイスを潰して領主の悪事も暴いて自由にギガントタートルを狩猟したいし、このエルフの子がその辺り証言してくれるなら話は早いかなって。もし人身売買なら黙って見過ごすのもどうかと思うし」
ディーノはしかめっ面をして歯ぎしりをしている。獣人はついに剣を抜いた。
「ディーノさん、こいつやっちまいますね!」
そういうと獣人はソーマに襲い掛かろうとするも、ソーマが覇気を使って黙らせた。
ディーノには覇気がさほど利いてないところを見ると、威圧耐性を持っているかステータスが高いとそこまで利かないかのどちらだろう。
そして覇気の殺気に当てられたのか、エルフの女の子が目を覚ました。
どうも怯えた様子で辺りを見回しているので、ソーマが状況を説明する。
「えっと……どこまで知ってるか分からないけど、そこで尻もちついてる獣人がキミをさらった? のかな? で、キミを今から魔族に渡そうとしているらしい。そっちの白髪褐色の角生えてる彼がキミを引き取ろうとしてる魔族。で、俺は……たまたま居合わせて事情を聞いてる冒険者。名前はソーマね」
「……ソーマ様、どうかお助けを……」
状況を即座にある程度理解したエルフは早速ソーマに助けを求めた。ソーマはとりあえず彼女の事情を聞きだした。
どうやら世界樹や魔神神殿の復活にあたり、著しく変化する世界情勢の中で連合国の一国であるエルフの国は、獣人国へ友好条約の締結を望んでいるらしく、その親睦を深める一環として世界樹の巫女である彼女が獣人国王都へ訪れた際、道中で襲われてさらわれたとのことであった。
「なるほど。そこの獣人さん、ゴールドメイスがさらったの?」
「いや、俺は何も知らねぇ! 俺はただ――」
ソーマは地属性魔法によって作り上げた刃を伸ばし獣人の首元に当てる。今エルフの彼女から離れるのは得策ではないと判断してのことだ。
「あのさ、いちいち面倒掛けないでくれる? 本当のことが分からないと俺もどう動くべきか判断出来ないだろ?」
獣人は恐怖を浮かべながらディーノに視線を送って助け舟を求めている。
「ん? 魔族がゴールドメイスに依頼したのか?」
「……キサマには関係なかろう。ギガントタートルが欲しければ何体でもくれてやるからそいつを寄越せ」
「なんでこの子がそんなに欲しいの?」
「キサマには関係ないだろ! いいから寄越せ!」
「……イヤだね」
「何故だ!」
「おまえに関係ないじゃん」
「関係あるだろうがぁぁあ!! 我らが引き取りに来たのだぞ!!」
「いや、この子に助け求められちゃったし。助けるにも誰がどういう経緯で何故こうなったのか聞かないと判断出来ないから聞いてるんだけど、そっちが答えないんじゃん?」
その瞬間ディーノが大声を上げて怒りを露わにして地団駄を踏んだ。
「いいから寄越せ!!」
「分かったディーノ、とりあえず落ち着け。魔族が真っ当な理由でこのエルフの子を引き取るなら黙って引き渡すから、なんでエルフの子が欲しいの?」
「そんなこと言えるわけないだろうがぁああ!!」
ソーマは「ああ、そう言えばこいつってこういうやつだったな」と残念なものを見る目でディーノを眺めた。
するとエルフの子がソーマに助け舟を出す。
「あ、あのソーマ様……ご存じかと思いますが連合国領だった魔族大陸は先日魔族の手に落ちました。世界樹の復活の際に人間領のリルムの街が襲われた一件も鑑みると、連合国側は魔族とダークエルフが繋がっており、次は世界樹を持つエルフ国を落とす可能性が高いと見ています。実際に目の前の魔族の方もダークエルフの血が入っていそうですし。その戦争の際に私を使おうとしているとは考えられないでしょうか」
「あ、魔族って魔族大陸取り戻したんだ。なるほどね。で、どうなのディーノ? こうやって説明してもらえると分かりやすいんだけどね。種族間の争いは興味ないけど、このエルフの子からしたらさらわれて人身売買されて利用されるわけだから個人的には助けたくなるけど」
直後、ディーノの金色と深紅の瞳が揺らめき光る。
ソーマは「来る」と直観して対物魔結界をエルフの子も含めて展開。
その瞬間、目の前が黄金色に輝く炎に包まれた。
マキナも使う火属性の対単体高位魔法『灼熱天柱』だが、マキナの威力とは比べるべくもなかった。
闇夜に登る金の柱、その光が止むと獣人の姿は消えていた。
「後ろめたいことするには武力行使も必要だろうけど、それならもう少し強くなるべきだね」
「……キサマは何故そんなに強いのだ?! 特別なスキルでも持ってるのか!? 職業か!?」
ディーノも魔族の中ではかなり強いのだろうが、出会った頃からまるでソーマに歯が立たなかった。あれからも多少強くなってはいるものの、ソーマの方が圧倒的に伸びているため戦力差は広がるばかりであった。
「ディーノ、おまえレベルは?」
「キサマにそんなこと言えるか!!」
「はぁー……おまえは本当に話しが出来ないよな……。まあいいや、俺は冒険者になってレベルを上げ始めてから一年も経ってない。それで今レベルが54だ。最も習熟度を上げてる魔法は90を超えてる。成長を早めるスキルは確かに持ってるけど、おまえ一日“十何時間”強くなるために時間を使ってる? まさかMPが満タンの時間なんてないだろうな?」
ディーノはそのソーマの言葉から全てを察したのか、大きくため息を吐いた後にわなわなと震えていた。
「……なぜそこまでして強くなりたいのだ」
「なぜ? 楽しいからかな」
「……ふっ、気楽なものだ。そのエルフは諦めよう。しかし今回の一件で魔族を敵に回したということは覚えておけ」
敵に回すもなにも、きちんと説明すれば引き渡すとまで言ったのに全く説明しないで勝手に攻撃してきたのはそっちなんだけどな……とソーマが呆れていると、ディーノは後ろの怪鳥のような魔物に乗って去って行ってしまった。
「……さて、なんか色々あったけどキミは助かっ――」
「ありがとうございますソーマ様っ! 私、エルフのフィオナ=グレインローズと言います! フィオナって呼んでください!」
そう言うとフィオナはソーマに思いっきり抱き着いてきた。
ソーマは「またなんかややこしそうなのを助けてしまったぞ」と抱き着くフィオナを引きはがしながら思っていたのであった。
いつもお読み頂きありがとうございます。
昨日日間ランキングで210位を頂きました!
んぬふぅーっ!!
評価、ブクマしてくださった方々、本当にありがとうございました!
そしていつもお読み頂いている方々も本当にありがとうございます!
現在165話まで書き上げており、物語は折り返したような気がします。
必ず完結させますので、是非完結までお付き合い宜しくお願い致します!
あと、現在キャラクターのイメージイラストをイラストレーターの友人に依頼してるので、時間掛かるとは思いますが楽しみにしてもらえたら嬉しいです(^^)




