第7話 強くなりたい
真っ青な青空に小さな白い雲がゆっくり流れている。時折小鳥が視界を横切って行った。
ソーマは草原の上で仰向けに大の字で寝転がって、その景色を眺めている。
(マジで一歩間違えれば死ぬところだったな……前の世界は働き過ぎて死ぬ人はいたけど、こっちの世界だと強くならないと死んでしまう)
ソーマがそんなことを考えていると、ふと視界に二人の男女の姿が映った。
「おい……大丈夫か?」
ダンが真剣な顔で尋ねる横でエルは心配そうな表情だ。
「さっきまでは死ぬほど痛かったけど、だいぶ落ち着きました」
顔を見合わせて心底ほっとした顔をする二人。
ダンが手を差し伸べてきたので、身を起こす。
「本当にどこもなんともないか?」
一応ソーマも心配だったので、身体を捻ったり腕を回したり屈伸したりして確認をする。
「ええ、本当に大丈夫そうです。なによりエルさんが無事で良かった」
「ソーマくん……本当にありがとう。そしてごめんなさい。正直に言って、油断してた。そしてその油断のせいでソーマくんを危険に晒してしまったわ。本当にごめんなさい」
笑顔で答えたソーマに、泣きそうな顔で謝罪するエル。
「俺もすまなかった。最近この辺では大跳竜なんて見てないし弱い魔物ばかりだったから油断してた。今後はどんな依頼や討伐でも装備は見直そうと思ってる。それと、エルを守ってくれてありがとう。心から礼を言う」
今度はダンが真剣な面持ちで頭を下げた。
ソーマは少し居心地が悪かった。
「いや、本当にみんな無事で良かったじゃないですか。それに『弱いと死ぬ、油断したら死ぬ』というこの世界において大切なことを、死なずに心の底から学べる貴重な機会でしたし」
「……エルの命の恩人を目の前にしてこういうのもなんだが、おまえ若いわりに優しいし、器がでけぇな」
初心者の冒険者を死の危険に晒すなど熟練冒険者の恥である上に、ダンからすればソーマは15歳である。
そんなソーマにここまで言われてはダンも面目が立たなかったが、自身の危険を顧みずにエルの命の危機を救ってくれたことに感謝と敬意を感じずにはいられなかった。
「いえいえ、こんな経験したら誰でもそう思いますよ! ってダンさん、その腕の傷どうしたんですか!?」
今更になって血だらけのダンの右腕に気付くソーマ。
「トドメを刺した時の傷だ、これくらいどうってことねぇよ」
「ええっ……よく見たら結構深い切り傷が何本もあるじゃないですか……MP全然残ってないので治るか分かりませんけど……ヒール! ヒール! ヒール!」
(ん? 二回分発動したな……もしかしたらMPは徐々に自動回復するのかな?)
ソーマがヒールを唱えると、傷跡が消えるとまではいかないまでも、ほとんどの傷は塞がったようだ。
「……おい、おまえ回復魔法も使えるのかよ」
「え、言ってませんでしたっけ。なんか最初レベル上がった時に覚えたみたいです」
「ええっと……まあ帰ってからでいいわ、回復魔法が使えるのって場合によっては結構な大ごとなのよ」
((もしかしたら凄い英雄の誕生に立ち会ってるのかもしれない))
ダンとエルは敬意を通り越して半分呆れたような顔でそう思っていた。
その後はダンとソーマの二人で大跳竜を担いで街に戻ってきた。
門番の男は三人の貧相な装備を見て、これで討伐したのかと驚きながら、久しく見ていない大物に目を輝かせていた。
ギルドでの反応も概ね似たような反応で、最近住み着いた冒険者夫婦は結構強いらしいという評判が立ち始めている。
「まあ油断してソーマに助けてもらった手前でこういうこと言っても説得力ないかもしれねぇが、大跳竜で評価されてもなぁ」
ギルドの買取窓口で大跳竜と薬草類を換金したダンはそう言うものの、エルは今後良さそうな依頼を回してもらえるかもしれないんだから良いじゃないと気にしてない様子だった。
「で、今日の買取分の報酬についてだが……基本的にパーティーは後腐れ無いように貢献度はどうあれ報酬は折半が基本だ。ソーマも今後どんな奴らとパーティーを組むか分からないが、基本は折半、これは覚えておいてくれ。だが……今日の分は折半じゃ俺とエルの気が済まねぇ。全額受け取ってくれ」
そういうとダンは金貨の入った袋を渡してきた。
「いえでも……トドメを刺したのはダンさんですし、魔法で敵の体力を削ったのはエルさんですよ」
「良いんだ、取っておいてくれ、頼む」
「私からもお願いするわ、貰ってくれないかしら」
これ以上拒否すると、また頭を下げかねないなと観念したソーマは、快く受け取ることにした。
「分かりました、その代わり装備代は払わせてくださいね」
「ったく律儀な野郎だな、嫌いじゃねぇけどよ。帰ったら精算だ。で、どうする?」
ダンがエルの方を見る。
「じゃあ皆の無事とソーマくんの加入祝いを兼ねて、飲みにいく?」
エルは嬉しそうな顔をしてソーマに提案する。
「あの、すみません、まだ夕食まで時間あると思うんで……ダンさんに剣の稽古をつけてもらいたいんですが……もう二人ともお疲れですか?」
二人が目配せして、嬉しそうに微笑む。
「ったく若いくせに律儀で真面目で、その上才能に溢れていて器もでけぇ。こんなやつ騎士団でも見たことねぇよ」
「ふふ、昔は骨のある若い奴がいないって嘆いてたのに、引退したあとに見つかるなんてね」
エルが悪戯そうな笑顔でダンを小突く。
きっとダンが心から喜んでいるのが分かっているのだろう。
「よし、じゃあこっからもうひと働きしようじゃねぇか。その方が酒も美味くなるってもんだ」
「ありがとうございます!」
「おう、あとずっと言おうと思ってたんだが今日助けてもらって尚更思った、敬語は今後やめてくれ。おまえは仲間だからよ」
ダンが笑顔でそう言い、エルがほほ笑む。
ソーマは、自分を認めてくれたようで嬉しかった。が。
「……年上で先輩で凄く良くして頂いている方々に敬語やめるの、結構難しいっすよ……」
ブラック企業にどっぷりつかった日本人の気質がソーマから抜け切るのはまだ先なのかもしれない。
今日から二話更新できる日はしていきます!
大体昼と夕方に更新します!