第68話 魂の防具
「いいか、火山ウサギは毒に弱い。まずこいつを打ち込んでくれ」
頑固オヤジは注射器をソーマに手渡す。
「いくら火山ウサギと言えど口の中は柔らかい。噛み付きもお前の防御力なら問題ないだろう」
ソーマは言われた通り、土の球の一部に穴を開けて二匹の火山ウサギの口内に毒の注射を打ち込んだ。
数分後、動かなくなった火山ウサギを確認してソーマは土魔法を解除する。
「よし、死んだことで物理耐性は下がるが相変わらず毛皮は硬え。本来なら専門業者が解体するんだが……お前出来そうか?」
「やってみます。あと、俺の名前はソーマです」
「ローガンだ。堅っ苦しい言葉遣いをまずやめるんだな」
全くこの世界はどこに行っても敬語はタブーだな、と思いながらソーマは碧竜刀を抜き、仰向けになった火山ウサギの腹を捌いていく。
ローガンはその剣の美しさに心を奪われていた。
「お、おいお前その剣どこで……」
「凄いでしょ、ダンジョン産だよ。これ使ってるとどうしても防具が見劣りしてね」
「そりゃそうだろうよ……もしお前がこの剣を使いこなしてるなら……いや、火山ウサギを罠も使わずに地力で捕まえて来てる時点で、推して知るべしか」
ソーマはローガンの手順通りに火山ウサギを次々に解体していく。
細かい部分はかなり手際を要求されるので、そう言った部分はローガンが打ったナイフを借りて慎重に捌いた。
碧竜刀には到底及ばないものの、そのナイフにもソーマは心惹かれるものを感じていた。
職人気質のローガンがここまでソーマに任せると言うことは、やはり火山ウサギの解体には相応のステータスのようなものが必要なのだろう。
「ま、素人にしちゃ上出来だな」
綺麗に解体された後は毛皮の裏地を鞣していく作業となった。
まずは不思議な色の薬品を裏地に塗り、残った肉や脂肪などを綺麗に除去していった。特殊な魔力の込められた薬品なのか、驚くほど綺麗に除去されていく。
乾燥はドワーフらしく、火属性と風属性の魔法を使ってどんどん進めていった。この魔法の扱いは魔術師などの戦闘向き魔法ではなく、鍛治職人による繊細な温度や湿度、風力のコントロールによって為されるものだな、と見ていてソーマは直感した。
また、解体された肉や骨、内臓はそれぞれ分けられ、上の居住スペースから奥さんと思われる女性が持って行った。
魔法を使っているからか、皮はどんどんと加工され、革へと変化していく。
数々の種類・色の薬品を使いながら都度、浸透や乾燥などの工程を繰り返していく。
ローガンは鞣しの終えた革を綺麗に裁断して裏地を磨き、魔力が込められていると思われる染料を使って美しく染め上げた。
それを今度はこれまた不思議な魔力を感じる糸で縫い合わせ、防具の形にしていく。
裏地、縁などにはそれぞれ別の染料で染め上げた別の素材の革を使用し、デザイン、品質とも高品質であり、何よりローガンの魂が篭っているようにソーマは感じていた。
それはまるでドワーフの職人として生まれたローガンが、作品一つ一つを仕上げるたびに命を削り、その命の破片を込めているもののようであった。
ローガンが防具を作る間、ソーマは側でジッとその工程を見つめていた。
解体を終えてからやる事など一つとして無かった。
しかし帰って良いぞと言わないと言うことは、見ていろということなのだとソーマは感じた。
まるでローガンはその防具作りを通して、俺が防具を作るということはこういうことなのだと伝えてくれているような、そんな気がソーマはしていた。
夜から始まった作業はいつの間にか朝を迎えていた。
ローガンが作ったのは灰色が基調の火山ウサギの毛皮による腰巻で、所々に赤い竜だろうか、その革が補強やアクセントとしてあしらわれている。
冒険者は戦闘中にアイテムを使うことも少なくない。
その種類も回復薬やMP回復薬、解毒薬など様々だ。また、大半の冒険者はセカンドソードや短刀も持ち歩いており、冒険用の背負いバッグを除いても戦闘中に持つべきアイテム、武器は多種多様だ。
この腰巻はそう言った使い勝手や、身に付ける者が普段持ち歩くアイテム、武器などを全て使いやすいように配置出来、さらに圧倒的物理耐性を持つ毛皮によって作られており、色や大きさ、デザインなども全て依頼した者専用となる、まさしく身に付ける者の相棒でありアイコンとなる装備になっていた。
「急ごしらえだった割にはまあまあだな。それよりも納期に間に合ったのが良かった。遠方の古くからの友人でな。どうしても間に合わせたかった。火山ウサギの調達、恩に着る」
ローガンは完成に安堵したのか、穏やかな表情で工房の椅子に深く腰掛けた。
「おいソーマ、どうだ、防具作って欲しいか」
ソーマはそのローガンの作業に打ち込む姿、そして今の瞳を見て、少しの迷いが生じていた。
それはローガンが何十年と積み重ねてきた情熱、時間、労力……いやそんなものじゃない、命を賭して積み重ねてきた魂であった。
たしかに命を預ける防具が欲しい、それでも果たしてこの人の半分も生きていない自分がそんなことを口にして良いのか、ソーマはその重みを計っていた。
「ローガンさん、俺の言うことは絶対に口外しないでくれるか」
「俺が人様の事情をベラベラと喋るように見えるか?」
「……すみません、でも確認したくなるくらい大事だったんで」
ソーマはそう前置きして、自身が記憶喪失で倒れたところからダンとエルとの出会い、世界樹の復活とマキナとの出会い、人を殺すと言うことを学んだこと、王国でのこと、魔神神殿の復活と丸眼鏡との出会い、スキルや属性など、転生してきたこと以外の全てを打ち明けた。
そして今後も聖地の復活をさせていくつもりであることを踏まえ、その冒険を共に出来る防具を探していたことを伝えた。
しかし、ローガンの仕事を見て、未熟な自分が今からやろうとしていることに対してローガンの魂そのものである防具を授かる資格があるのか分からないと言ったことも、全て話した。
ローガンは黙ってそれを聞いていた。
「そうか。で、防具は欲しいのか」
「……欲しい。ただ一つだけ、不安がある」
「なんだ?」
「もしかするとこれからまた、国や神を相手に戦うこともあるかもしれない。実際に魔神と戦ったしな。ローガンさんの防具がそれらの攻撃に耐えられないようであれば、わざわざ作って頂く必要はない。その貴重な時間を頂くわけにはいかないからね」
ソーマの本音であった。
命を込めて作っている物だからこそ、自分の求める品質に届かないのであれば、わざわざ作ってもらう必要はない。
それをソーマは失礼を承知で堂々と伝えた。
「……言うねぇ、このローガンが本気の全身全霊を込めて作りてえって思ったのは、どれくらい前だったかな」
「作ってもらえるのか?」
「その代わり条件だ、生半可な素材じゃ神の攻撃なんか耐えられねぇだろ。そこまで言うなら取ってきてもらおうじゃねぇか。まあだが……とりあえず今日は休ませてくれ。また夕方にでも三人で来い」
ソーマは心からの礼を言って店を後にした。
その後ろ姿を見ていたローガンの表情は、どこか穏やかで嬉しそうであった。
いつもお読み頂きありがとうございます。
楽しんで頂けていたら、嬉しいです。
もしランキング等で当作品を見掛けた方がいたら、一言で良いのでランキングで見たなどのコメント貰えると嬉しいです(^^)




