第6話 異世界のルールとボス
三人は午前中の狩りを終え、小川の畔の岩に腰かけて昼食を取っていた。
昼食はダンとソーマが装備屋にいた間にエルが用意したパンと干し芋、干し肉だ。
水はソーマが生成出来るので、持ち歩かなくて良くて楽だ、とダンとエルに喜ばれている。
「跳竜はもう慣れたみたいだな」
「ええ、初めに襲われたときは怖かったけど装備があって戦い方が分かれば楽です」
「初心者用の魔物みたいなもんだからな、ちなみに今のレベルはどのくらいだ?」
ソーマはステータスプレートを取り出して覗く。仄かに青く発光したプレートに文字が浮かび上がった。
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名前:ソーマ
年齢:15
職業:魔法剣士
レベル:15
ランク:
→
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「15ですね」
「お? 結構早いな。スキルでも持ってるのか?」
その時エルがコラ、とダンを嗜めた。
なにか悪いことをしたのかもしれないがソーマにはそれが分からなかった。
「早いペースなんですね」
どれくらい戦えばどれくらいレベルが上がるという基準が分からない。
にしてもこうして鍛錬の成果が数値で見える、と言うのはなかなか面白いなとソーマはワクワクした。
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・ステータス
HP 122
MP 120
ちから 128
すばやさ 101
ぼうぎょ 119
ちりょく 125
こううん 1346
こうげきりょく 178(鉄の剣+50)
ぼうぎょりょく 184(革の鎧+30、木のバックラー+30、革の靴+5)
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相変わらず突出してこううんが高いが、その他のステータスも順調に上がっているようだ。
装備が増えたのでその分ステータスが上がっている。
ソーマはその他の部分も確認してみる。
「魔法は使っていないので習熟度は上がってなくて、剣術スキルも上がってませんね」
それを聞いてエルはダンに目配せし、ダンはばつが悪いといった顔をする。
「ソーマくん、基本的に自分の持ってるスキルやスキルレベルなんかは、よほどのことが無い限りは人に話さないのが冒険者の間の暗黙のルールよ」
「え、そうなんですか?」
「神様の御配慮もあってか、ステータスプレートは他人が見れないようになってるし、見せても一番最初のページしか見えないようになってるの」
そう言ってエルは自分のステータスプレートをソーマに見せてきた。
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名前:エルメア=プレアデス
年齢:
職業:魔術師
レベル:55
ランク:B
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(お、エルって愛称だったのか。レベルは55でランクはBと。これってどのくらいの水準なんだろうな。にしても……)
「年齢って隠せるんですね」
「見せたいのそこじゃないから」
「あ、はい」
(たしかに→の表示がないな)
試しに本来→の表示があるところをソーマがタッチすると、エルのステータスプレートの表示は瞬時にして消えた。
「あ、消えました」
「そう、他人が触ると表示が消えるようになってるの。難易度の高い討伐パーティなんかを組む際はある程度自分に出来ることは共有するけど、詳細まで伝えることはしないわ。逆に王国騎士団なんかは戦略の都合上、ステータスプレートの詳細は全て把握されることになってるけど、その扱いは機密事項として厳重に保管されてるわ」
なるほど、どこの世界も、とある役職の公務員は多少プライベートまで干渉されるってことかとソーマは納得する。
「俺も大体エルが出来ることは把握してるが、詳細までは知らねぇ」
「それは私も同じね」
「夫婦でも共有しないんですね。以降気を付けます」
「冒険者の過去と能力は詮索しないってのは覚えといた方が良いわね。……ん?」
エルがそう言い終えると共に、遥か遠くから跳竜の咆哮のような声が聞こえてきた。
「ダン、これって……」
「珍しいな……大跳竜か? ちっとばかしタイミングが悪い、今のソーマだと命に関わる。ちょっと早いが今日は切り上げるぞ。ソーマ急げ!」
二人が急いで撤収し始めたのでソーマも手早く荷物をまとめて、ダンに続いて走り出した。
敵の姿を確認出来ていないため、余裕があるのか小走り程度で小川に沿って下流へ走るが、後方からはたまに咆哮が響いてくる。
「随分荒れてるようだが他の魔物に巣でも襲われたか? おいソーマ、先頭代われ! 小川に沿いに全力の8割で走れ!」
「分かりました! そんなにヤバい相手なんですか?!」
ダンもおそらくエルと同じ程度のレベルと考えると、“大”とは言え跳竜に負ける気がしない。
「勝てないわけじゃねぇが今日は戦闘用の装備じゃねぇし、万が一にでもお前が狙われるとエルも強い魔法が打ちにくい、危ない橋は渡るもんじゃねぇよ!」
そう言うとダンは最後尾に付く。
ソーマは速度を上げて小川の脇を駆けながら、自分が笑っていることに気付いた。
(こんなに必死で走るの久しぶりだ! 強い敵から逃げてて、生きてるって感じがする!!)
全力で走りながらそんなことを感じていたソーマだったが、ダンが後ろから叫ぶ。
「大跳竜が見えたぞ! やっぱ相当荒れてるな、隠れる場所もねえしこのまま全力で走るぞ!」
しかし、次第に大跳竜が近づき耳に届く咆哮が大きくなる。
「向こうも気付いてやがるな! エル、詠唱始めろ! 瞬殺するぞ! ソーマはエルの後ろに回れ!」
ダンが指示を出して抜刀し構えると同時に、エルは手を前にかざして小声で詠唱を始めた。
耳障りな高い咆哮を上げながら大跳竜がこっちに向かってきた。大型犬ほどだった跳竜の形そのままに馬ほどの大きさを得たそれは、ダンの身長の高さを優に越える跳躍をしながらどんどん距離を詰めてくる。
爪は地球上の生物のどれよりも大きく、緑色の頑丈そうな鱗は剣で傷をつけることすら叶わぬように見え、まさしくそれは竜と呼ばれるに値する生物のように見えた。
ダンとの接触まで残り20メートルと言ったところで大跳竜は跳躍から疾走に切り替える。
「ちっ、跳んでくれればラクだったのにそうはいかねぇか!」
あっという間に距離を詰めてきた大跳竜の喉元に向かってダンは渾身の突きを見舞う。
切れ味の悪い剣では切断は不可と判断し放った突きだが、剣先の掛かりが悪かったのか丸い首にわずかな切り傷を付けた程度で剣が横に流れた。
ダンはその反動を利用して身体を捻り、今度はバックラーでバックハンドブローのシールドバッシュを大跳竜の顔面に叩きつけた。
鈍い音が響き、大跳竜が一瞬怯む。
『業火球・大槌!』
『ギャァァアアアアアアア!!!』
大跳竜が隙を見せた刹那、エルがかざした手の前が紅く発光した直後に、直径50cmはあろう火球が豪速で大跳竜を――直撃するはずであった。
しかし大跳竜はダンのシールドバッシュの直後、エルが詠唱を唱えるとほぼ同時に怒りの咆哮を上げて身体を仰け反らせた。
豪速の火球は大跳竜の小さな右前足もろとも吹っ飛ばしたものの、それによりエルを危険と判断したのか大きな跳躍と共にエルに跳びかかる。
ダンもエルもイヤな汗が噴き出す。
一般的に大跳竜はレベル30前後のパーティであれば倒せるという、ボスと呼ばれる魔物の中では優しい部類である。
しかしそれはバランスの良いパーティが装備を揃えて対策をして、という前提の話だ。
ダンとエルも装備が悪いとは言え、勝てない相手ではない。
だが、剣士と攻撃的魔術師という偏ったパーティが装備を揃えずに戦うにおいては、決して油断していい相手ではなかった。
レベルが55と言ってもエルは魔術師である。大跳竜の跳びかかりをまともに受ければひとたまりもない。
エルは間に合わない次の詠唱に足が竦んでしまっていた。
『シールドバッシュ!!!』
背後から突風が吹いた瞬間、エルの眼前にソーマが飛び出し空中で大跳竜の大きな後ろ脚と爪をバックラーで受け止めた。
ソーマは反動で盛大に後方に吹っ飛ぶが、前脚を失ってバランスを取れなかった大跳竜も着地を失敗し転倒する。
その隙を逃すダンではなかった。
剥ぎ取り用のナイフに瞬時に持ち替え、後ろから大跳竜に飛びかかり、鋭利な牙のある口の奥深くへとナイフを持った腕ごと差し込み、内臓を思いきり引き裂きながら腕を引き抜いた。
大跳竜は声を上げることも叶わず、ゴボッと口から大量の血を噴き出し、絶命した。
「エル、大丈夫か!」
エルは腰が抜けたのかその場にへたり込んでいる。
「わ、私は大丈夫だけど、ソーマくんが……」
ソーマは数メートル先でうずくまってもがいていた。
(……いっってぇぇぇええええ!!!!! 息がまともに出来ねぇ……!!!)
数百キロに及ぶ体重の大跳竜の跳びかかりを受けた衝撃に加えて、吹っ飛ばされての全身打撲。折れた骨、数十本。
前世なら救急車を呼ばれて、手術からの全治数か月クラスである。
一応防御力が幸いしてか意識を失うほどではないものの、むしろそれが仇となってか全身の激痛に苛まれているソーマだった。
(ヒール! ヒール! ヒール!! ヒール!!)
なんとか痛みから逃れようと脳が選択したのは詠唱も集中力も欠いたヒールだったが、その必死さ(?)が精霊に届いたのか、MPを使い果たす頃にはなんとか自我を保てるほどには回復した。
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ティロリロリン♪
ボス・大跳竜を倒しました。
ソーマのレベルが19にあがりました。
詳細はステータスをご覧ください。
ヒールの習熟度が3に上がりました。
スキル・挑戦を取得しました。
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(……なんか色々上がったぞ……痛みもなんとなく報われる気がする)
少し痛みが引いてくると、空は真っ青で、そよ風が草原を優しく撫でていた。