第4話 魔法習熟度
裏庭では男二人が夢中になって剣と盾を振るっていた。
ダンは手加減こそしているものの、久しぶりに剣を交える相手を得て喜んでいる。
一方ソーマの剣術レベルは3に上がり、動きがより洗練されてきていた。
「あら、結構戦えるんじゃないのソーマくん」
家事を終えたエルが水を持って裏庭に入ってきた。
「おう、ありがとよ。こいつ最初は素人かと思ったんだが打ち合う度に動きが良くなってきやがる。こんな筋の良いヤツは王国でもそうそう見なかったぜ」
ダンは水を一気に飲み干し、嬉しそうに語る。
ソーマも礼を言い、水を一気に飲み干し服の裾で汗を拭った。
「へぇー良かったじゃない。ってことは職業は剣士なの?」
「お、そういやこいつ魔法剣士だってよ。剣の筋は良いがオマケ程度でも魔法を使えて損はねぇ。次はおまえが魔法を見てやってくれ」
ダンは満足そうにそう言って裏庭の木製の椅子に腰かけた。
「だいぶ疲れたようだけど大丈夫かな?」
汗だくのソーマを気遣ってエルが声を掛けるが、どんどん上達していく実感が疲労を上回りソーマは逆に楽しくて仕方がないと言った様子だ。
「大丈夫です、宜しくお願いします!」
「ふふ、楽しそうでなにより」
そう言うとエルは、木製の杖を渡してきた。
「じゃあ早速だけど、使える魔法はある?」
昨日ステータスプレートを見た限りでは、一番最初に覚えるであろう四属性の魔法とヒールを習得したはずである。
「一応あるとは思うんですが、使い方が分かりません」
「あー、全くの初心者くんってわけか」
どうしたもんかなーと考え込むエルに、ダンが後ろから茶々を入れる。
「そいつ、センスがあるからあっという間に火の玉くらいは出すようになるかもしれんぞ!」
そう簡単に言わないでよね、と首を傾げながら、エルはソーマと向き合った。
「えーっとね、魔法っていうのは自身の魔力と、精霊の加護を使って目の前にイメージした現象を引き起こす行為なんだけど、うーーん、本当はイメージ生成法とか術式と詠唱の関係とか色々学んでから実践に移っていくものなんだけどねぇ……」
「イイからイイから、ダメで元々で実践やっちまえよ」
これだから脳筋剣士はと言わんばかりの溜め息をついたエルは諦めたように諭す。
「まあそんな感じで、魔法を現象化させるのって初心者くんがいきなりやって出来るものでもないから、出来なくても落ち込まなくて良いからね」
「分かりました」
「で、どの魔法が使えそうかな?」
ソーマはステータスプレートにあった低位魔法の中で、一番イメージしやすいものを選んだ。
「じゃあ、火球で」
エルは一瞬、「ん?」という顔をしたが、火球の使い方を教えてくれるようだ。
「火球はその名の通り、火の玉を飛ばして敵を攻撃する魔法ね。詠唱は『火の精霊よ、我に力を与え給え、火球』ね。まあ慣れてくれば『火球』だけでも十分だし、火球程度なら中位魔術師なら詠唱しなくても出せるけど、最初はこんな感じ」
他にも何か言いたそうな顔をしているが、おそらく色々難しいことが沢山あるため説明を省いたのだろう。
そしてエルが火球をやってみせてくれる。
小さな火の玉がエルの手のひらの前で出現し、数メートルゆっくりと進んだ後に自然消滅した。
「やってみます」
ソーマは杖を前にかざして詠唱した。
『火の精霊よ……(真面目にこんな言葉を発するの)……我に力を与え給え……(ちょっと恥ずかしいな)……火球』
すると、かざした杖の前にゴルフボールほどの火の玉が一瞬現れ、すぐに消えた。
――――――――――
ティロリロリン♪
火球の習熟度が1になりました。
――――――――――
(お、魔法一つ一つにも習熟度があるのか。これを上げていけば威力も上がるのだろうか)
「え! すごい!! いきなり火の玉が出た!!」
「な! 言っただろ! こいつ凄いんだよ!!」
エルとダンはゴルフボールほどの火の玉が出ただけで騒いでいる。ホントに結構難しいことなのかもしれないなとソーマは二人の反応を見て思う。
「すみません、もう一回やってみて良いですか?」
エルを見ると、既に十分凄いのよと興奮しているが、ダンは「このパターンだと次は飛ばしかねないぞ」といった感じでやってみろと催促してきた。
(さっきは恥ずかしさで集中してなかったからな、今度は真剣に打つぞ)
『火の精霊よ 我に力を与え給え 火球!』
声を張り上げて再度唱えたソーマの右手からは、野球ボールほどの大きさの火の玉が、ゆっくりとした速度で打ち出されて街の外壁の手前で消えた。
それでも先ほどエルが実演してくれた火球よりは、大きく飛距離も出ている。
(あれ……習熟度が上がらないな? 剣術はすぐにレベル2になったんだけど……)
唖然としている二人を後ろに、ソーマはもう一度火球を使う。
『火の精霊よ 我に力を与え給え 火球!』
(……うーん、上がらないな、もう一発か)
『火球!』
急いて詠唱を省略した火球は、ゴルフボールほどの大きさに戻り、飛距離も半分ほどしか飛ばなかったが……。
――――――――――
ティロリロリン♪
火球の習熟度が2になりました。
――――――――――
(よしよし。レベルも習熟度も当然、上がれば上がるほど上がりにくくなるわけだ。習熟度2の火球はどんなもんかな)
『火の精霊よ 我に力を与え給え 火球!』
大きさは変わらないものの、先ほどよりやや速度を上げた火球は外壁の岩に当たって消滅した。
(ちょっと速度と飛距離が上がったな。しばらく習熟度を上げてみて威力が上がるか試し――)
「待て待て待てぇーーい!! キミちょっとかなりだいぶおかしいからね!? なんで初めて魔法唱える人がこんな短時間にこんなに上手くなるわけ!? それに何気に一回詠唱省略したよね!? それもきちんと発現してたよね?! ホントに初心者なの?!?!」
取り乱したエルがソーマの肩を掴んで揺らすたびにソーマの首は取れんばかりにガクガクと揺れている。
「そんなに凄いのか?」
ダンがエルをなだめる。
「もし本当に、初めて魔法を使ったというなら凄いってもんじゃないわよ。学園の入試なら数年に一度の逸材よ。それも魔術師としてなんだから……本当に魔法剣士なのよね?」
ソーマへの問いにはダンが割って入った。
「仮に魔術師だったとしたら、あそこまで剣の筋がある魔術師がいる時点で剣士が泣き崩れるぞ」
「そんなに剣も凄いの……?」
「ああ、数年に一度とまでは言わねぇが、伸び方が半端じゃねぇ。この調子が続くなら一か月もすりゃ見違えるぜ」
二人が物凄いダイヤの原石――異世界だとオリハルコンの原石とでも言うのだろうか、を見つけてしまったというような顔をしている。
ソーマはこれは早々にやってしまったかな、と思う反面、どんどん上達していく剣術や魔法に好奇心が抑えられないのか、ダメ押しの一言を言ってしまった。
「すいません、他の属性の魔法も試して良いですか?」