第35話 ソーマの手紙
ソーマが王都に連れて行かれてからひと月ほど経った頃、リルムの街ではダンとエルはいつものようにギルドに依頼を探しに来ていた。
賢者降誕の噂はリルムにも届いたが、その頃には騎士団の連中は引き上げたあとだった。
防衛戦の後、ソーマが姿を消したのを不審に思った二人がキースに詰め寄るも「世界的な事件の重要参考人として可及的速やかに事情聴取が必要と王国が判断した」と言われ、それ以上の言葉はいくら聞いても出てこなかかった。
ダンとエルは完全に王国に出し抜かれた形となる。
あれだけ騎士団を退団する時に執拗な引き留めがあり、その後もしつこい勧誘が続いた二人を出し抜いたということは、すなわち賢者を手に入れるためであれば二人の復帰が叶わなくとも一向に構わないということより他にない。
初めはダンも荒れ、エルは塞ぎ込んだが、いつまでもそうしていられず、そうしていたところで何も変わらないので冒険者としてギルドの仕事を再開していた。
いつものように依頼掲示板を見ていると、ギルド職員から声が掛かった。
「ダンさん、お二人宛に手紙が届いております」
ダンはギルド職員から手紙を受け取り、誰からだ? と裏を見るとそこにはソーマの名があった。
「おいエル! ソーマから手紙だ!」
二人はギルドの隅に移動し、手紙の封を解いた。
――――――――――
親愛なるダンとエルへ
聞いてるかもしれないけど、俺は王都で賢者として暮らすことになった。
突然いなくなってどういう説明があったか分からないけど、挨拶する間も無くいなくなったこと、心の底から残念に思っている。
二人の顔を見たいけど、それはしばらくの間は叶わない。
それにもう一つ残念なことがある。
誕生日プレゼントを交換することになっていた唯一無二の友達。
プレゼントを贈れないのかもしれないと想像すると心が痛い。
いつだかダンとエルが言ってた、ルトの街のカバン職人の鞄を彼女にあげようと思ってたんだけどね。
彼女、ルトの街が好きだってよく言ってたから。
色々残念なことはあるけど、賢者を必要としている人がいるし、俺は俺の出来ることをやろうと思ってる。
もし、手紙の内容が、読めたら、返事をくれ。
また同じように、手紙を出すから。
ソーマ
――――――――――
「おいこれ……」
「……元気そうでなによりね! さっ、ソーマの無事も分かったことだし私たちは日銭を稼ぎましょっ」
ダンの言葉に被せるようにそう言ったエルは、ダンにしか分からないような含みのある笑顔でそう言い、察したダンは それ以上手紙のことには触れずに街の外へと向かった。
二人は防衛戦の時に布陣を敷いた丘の上辺りを歩いている。
草原が見渡せるそこでエルが先に口を開いた。
「追っ手はいないようね」
「ソーマの探知がどれほど有用かよく分かるな」
二人は周囲を警戒した後にそう愚痴る。
「あれってつまり……ルトの街にいるマキナに現状を報告してくれってことだよな?」
「そうね、ルトの鞄職人の話なんてしたことないし、手紙では終始ソーマは残念って言ってるけど賢者として生きていくなんて一言も書いてない。それに私たちに会うことは叶わないって断定してるのに、プレゼント交換が出来ないと断定していないのは、おそらく脱出したらマキナちゃんに会いに行くし、しばらくは国を離れるってことかもね」
ダンはなるほどそう読めるか、と感心している。
「それに手紙を読んだら返事が欲しいっていうのはマキナちゃんに対してでしょうね。最後の結びの2文だけ、ちょっと文字と文章の雰囲気が違うもの」
「……なるほどな、息子を彼女に取られた親の気分だぜ」
「あら、こんなことを頼まれるくらい信頼されてるってことよ?」
ちげえねぇ、とダンは頷く。
「こりゃ滅多にねぇ重要度Sランクの極秘任務だな」
「ソーマの願い、必ず届けましょ」
こうして二人は秘密裏にマキナへの接触を試みた。
それからさらに半月ほど。
ルトの街のギルドでは毎日不機嫌そうに酒を飲んでいるマキナがいた。
マキナを知る冒険者達は久々にルトで見るマキナに、勧誘を繰り返していたが、日を追うごとに不機嫌になっていくマキナがついにキレてからは、マキナを勧誘することは暗黙のタブーとなっていた。
そんな中、背の小さい獣人の男がマキナに近寄る。
「マキナさんか?」
「……だったらなんだっつぅんだよ」
「ダンとエルという夫婦からことづてを預かってる」
その瞬間、目すら合わせなかったマキナは獣人の男を向き、無意識に胸ぐらを掴んでいた。
「……外で聞く」
二人は街の外れへと消えていった。
港町の外れにある灯台の下、詳細を聞いたマキナは複雑な表情をしていた。
「あっしからの伝言はここまでだ。あとはあんたが話を聞いたって旨を持ち帰りやす」
「おう、あんがとよ。あと、その二人に言っといてくれ、返事はあたしが直接やるってな」
「……依頼人に口出しするのはご法度ですがぁ……そりゃマズイんじゃ……」
「いいんだよ、じゃないとあたしの気が済まねぇ」
そこまで言うと獣人の男は分かりやした、と返事をし、その場からフッと消えた。
「あいつそんなヘマしてやがったか……」
マキナはそう一人呟くと、久々に機嫌良く街に戻っていった。
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