第30話 王国の罠とソーマの決意
翌朝、官女によって起こされたソーマは言われるがままにシャワーに入り、正装へと着替えた。
なんでも王が謁見をするとのことで、着替えたのちに簡単な謁見の作法を学ぶ。
(謁見って……リルムの街の防衛戦ってそんな大層なことだったのか……?)
正装とは言え青のマントまでして随分仰々しいなと怪訝に思うソーマであったが、ここまで来て謁見を断る理由もないので作法を学んだあとは自室で、日課の魔法の詠唱などをこなしながら時を待っていた。
こういうのを待たされるのは前世もこっちも同じなのか、とボヤきたくなってきた頃、宮廷官吏の迎えが来たので謁見に向かう。
石造りの城の中、赤い絨毯の上を歩くも人の姿は見当たらない。
(随分人がいないな……訓練や仕事にでも出てるのか?)
ソーマは静まり返る城内を不審に思いながらも官吏の後に付いていく。
ひと際荘厳な赤と黄金を基調とした扉の前で官吏が止まり、今一度作法の確認をしたのち、その扉は開かれた。
王の間、ソーマは深々と礼をし、その中へと歩みを進めた。
そこは細長く天井の高い石造りの空間で、ソーマが入ったのは王の間の下座に位置する場の横に位置する扉である。
左には外を眺めるバルコニーのような場所があり、右の奥に王の玉座が鎮座する。
ソーマは言われた通り、通路の中ほどまで進んで王の方へ向き、目を合わせぬよう顔を少し俯いたまま礼をして玉座まで歩みを進めた。
左右には沢山の兵や官吏、家臣が整列しているらしく、その仰々しい雰囲気にソーマは気圧されていた。
玉座の前の階段まで数メートルと言ったところで、ソーマは跪く。
「面を上げよ」
その言葉を合図に初めてソーマは王をその眼で捉えた。
還暦を迎えたであろう、長く真っ白な白髪と白髭を備えた王。
顔には厳しさの象徴か深々と皺が刻まれており、瞳を合わせるだけでビリビリと体中が粟立つような威圧感を放っている。
元々は戦士だったのかその御年でも身体は屈強そのもので、ピッタリと張り付いた真っ白な正装の上からでも筋骨隆々な様が見て取れた。
「我はミスタリレ王国の王、ハルトリッヒ・ミスタリレだ。ソーマよ、此度のリルムでの防衛戦、誠に見事であった」
「はっ! 身に余る光栄です」
王は低く張りのある声を王の間に響かせた。
ソーマはあまりの緊張に膝が震え、手足の先が冷たくなっていく感触を覚えた。
(おいおいなんだ……もっとフランクな謁見じゃなかったのか……?! この王って人滅茶苦茶おっかねぇし!)
「うむ、此度の世界樹の復活に際し、我らが創造神エーヴィリーゼ様がミスタリレに遣わせし賢聖よ、今後は我らがミスタリレ、そして人間の繁栄にその力を存分に振るうが良い」
「……は?」
何を言っているかさっぱり分からないと言ったソーマを全く気に留める様子なく、王は階段を降りてバルコニーへと歩みを進める。
ソーマも護衛兵と官吏に連れられ、バルコニー下の階段で待機させられた。
「……創造神エーヴィリーゼの民よ! そして我がミスタリレの民よ! 此度の世界樹の復活、誠に見事である! 王としてエルフ族に最大の祝辞を送ろう! 世界樹の復活によりエルフ族全体が祝福を受け、さらに力を増したとの報告を受けておる! 連合国の一員として、誠に喜ばしいことだ!」
王の演説に、バルコニーの先から大きな歓声が響く。
「しかし残念ながら良いことばかりではない。世界樹復活から全世界で魔物が強力になったと報告を受けている。そして世界樹からほど近い我らの街、リルムには魔物の大群が押し寄せた。これから世界はこれらの苦難と戦っていかねばならぬ。だが諸君、喜ばしいことに創造神エーヴィリーゼ様は我々人間にこの苦難の中で再度賢者をお与えになった!! ともに祝おう、賢者ソーマだ!!!」
段下からは見えないがバルコニーの先から地を振るわせるほどのとてつもない歓声が響き渡ると同時に、どこからか吹奏楽のようなマーチが流れる。
ソーマは思考が追い付かず、頭が真っ白になっていた。
王が促すも全く動けなくなっているソーマを護衛兵と官吏が無理矢理壇上へ上げ、王の隣へと並ばせた。
城の上から眺める広場には、王都中の民と思われるほどの人が大きな広場を埋め尽くさんとばかりに集まっており、喝采と歓声、歓喜の渦が巻いている。
ソーマはその様子を呆然と眺めながら、「あ、なんか色々終わった……」と察したのだった。
その後も言われるがまま、なされるがままに国を挙げた『エーヴィリーゼ賢者降誕祭』というイベントに引き摺り回されたソーマは、ただただ心を無にして時が過ぎるのを眺めていた。
ソーマは理解した、これは“絶対に抗えないよう仕組まれた圧力”であると。
前世のブラック企業でもあの手この手で様々な“圧力”を受けたが、あれが法的に黒であったとは言え法治国家である日本の人権意識の中での手加減された黒であり、こちらの世界の“本気の圧力”にソーマは呆れや諦めや絶望を通り越して感服し始めていた。
さらに、夜一人になった時間にじっくり考えようと思っていたソーマだったが、そういう時間を与えないためか夕食に睡眠薬のようなものを混ぜられており、気付けば朝、ソーマが寝泊まりした部屋で官女によって起こされ、そこからは休む暇も一人になる暇も与えられず王都や王宮の案内、説明、高官や王都の権力者との挨拶、他国の外交官との交流など分刻みのスケジュールが怒涛のように押し寄せた。
ソーマは決意した。必ずこの邪知暴虐の王、国から逃れなければならぬと決意した。ソーマには政治も国の情勢も分からぬがそんなことは関係ない、ソーマは心の奥底で冷たく激怒していた。
夜、一切の食事と飲み物を拒み、ようやく一人になったソーマは何度も深い深呼吸をして心と思考を落ち着ける。
新たに与えられたソーマ専用の部屋は特別な位に就く者専用の豪奢な造りだが、その部屋や建物の位置からかなり内外からの守りに特化しており、また逃亡も容易ではなさそうであった。
部屋の外には見張りが常に立っている。
ソーマはようやく一人で落ち着いて考えられると安堵し、水球の魔法を使ってまずは喉を潤した。
――さて……。おそらくリルム防衛線での活躍を見て何かを感じた騎士団が早急に王都に報告し、それを受けてすぐに来たのがブライアンとロンだ。
想像だが、ロンは何かしらの鑑定スキルを持っていて、俺が四属性持ちだってのが露見。
そうだった場合、俺を王都へ連れていく旨を伝える。あの時、ブライアンとキースが一瞬驚いた顔をしたあと笑顔になったのは、そういうサインを共有しあっていて俺が四属性持ちだって分かったからだろうな。
あの手この手で最もらしい理由を付けて王都に連れてきて、あとは出来るだけ大々的に賢者として発表してしまい、なし崩し的に王国に仕えさせると。
この調子だとダンとエルもすぐに送ると言ったのも嘘かもしれない。
王宮内聴取の時に来たライムグリーンの瞳、あいつも鑑定スキル持ちかもしれないな。
……絶対許さねぇ。
人権も何もあったもんじゃない王国の理不尽極まりない態度にソーマは静かに怒りの業火を胸に灯していた。
その翌日、逃亡を謀ること計8回。
王宮側も織り込み済みだったのか特に諫めることも無く、淡々と捕縛して都度ソーマをなだめる。
少々強引な武力行使も試みたが、多少怪我を負わせたところで王宮側の対応は一切変わらない上に動揺も見られなかった。
護衛兵が何人犠牲になろうとも賢者を逃さぬという王宮の覚悟が見え、ソーマはその護衛兵に対する命の軽んじ方にまた静かに怒っていた。
――逃亡は容易じゃない、と。
これは腰を据えて戦わなければならないな。
俺は絶対に自分の人生を生きてやる。もうあんな惨めな想いはしたくないんだ。
ソーマの魂に刻まれた怒りの業火は日々、その熱を帯びていくのであった。
いつもお読み頂きありがとうございます!
この後、マキナとの再会までちょっと話があいてヤキモキするかもしれません。
僕も書いててそうだったんですが、話の都合上必要と判断して書きました。
なので、マキナと再会するまでは一日三話更新でお送りしたいと思います!
更新時間は12時、17時、21時を予定しております。
楽しんで頂けたら嬉しいです!




