第3話 剣術スキル取得
鳥のさえずりと、なにやら美味しそうな匂い、人の気配でソーマは目覚めた。
「あ、起きたんだね。ダンも寝てるみたいだから起こしてきてくれる? 上で寝てるからー」
重い目蓋を開けると、美しい金髪のエプロン姿の女性が後ろ姿のまま声を掛けてきた。
――あれ、ここどこだっけ。
一瞬困惑するも、ああ、そう言えば異世界転生したんだったな、と思い出す。
異世界転生したんだったな、と真面目に思う日がまさか来るとは思わず、ソーマはふふっと笑みをこぼす。
と同時に頭がズキンと痛んだ。どうやら二日酔いらしい。
そうこうしているうちにダンが二階から降りてきた。
「わりぃ、寝坊しちまった」
「ふふ、その口癖そろそろやめたら? ごはんもうすぐ出来るよ」
そう言うとダンは食卓テーブルに腰かけ、ソーマに向かって「おう」と声を掛けた。
二人は同い年の夫婦で、剣士の男はダンといい、魔術師の女性はエルということを昨夜知った。
ダンは180cmを越える大きな身長にがっしりとした筋肉質な体格で、如何にも剣士と言った風格を持つ金色の短髪と髭が良く似合う男だ。
エルも170cmはあろう高身長だが華奢でスタイルが良く、長いストレートの金髪の美人である。
元々二人は王国の騎士団勤めだったが、なかなか子宝に恵まれず、この先二人で生きて行くならもっと自由気ままな暮らしをということで、30歳になった年に二人で騎士団を退職し、数年旅をしたあとにこの辺境の街に根を下ろした。
まるで脱サラして田舎暮らしをする夫婦みたいだな、とソーマは思っていた。
今はエルが作ってくれた朝食を三人で食べている。
ハーブか薬草のようなものを使っているのか二日酔いが一気に落ち着いてきた。
「で、おまえこれからどうするんだ? 昨日言ってた様子だと行く当ても何もないって感じだろう?」
ダンの問いに、ソーマは真剣に考える。
「そうですねえ……漠然とですけど、とりあえず日銭が必要ですからギルドで簡単な依頼をこなしながら生活基盤を作ろうかなとは思ってます」
「でもソーマ君、装備も無いし泊まるところもないんでしょ?」
エルは昨夜の酒場での自己紹介後に“キミ”から“ソーマ君”に呼び名を変えてくれた。
「ええまあ、でも幸いこの街は暖かいですから外で寝ても死にはしないでしょうし、依頼もどんなものがあるかまだ確認出来てませんが、僕でもこなせそうな簡単なものでお金を貯めて、安い装備揃えたら少し活動の範囲を広げて日銭が安定してきてから宿を取ろうかな、と考えてました」
実際にはそう甘くない気もするが、少なくとも連日家に帰れず食事を取る時間もままならず、会社に缶詰めで上司にいびられながらデスクで睡眠とも言えないような寝落ちだけでぶっ続けで働いていたデスマーチ期間に比べれば、幾分心も体も楽そうである。
「おいおい……その若さで随分たくましいな……。エルと寝る前に話していたんだが、おまえさえ良ければ装備と宿が整うくらいまでなら面倒見ても良いかなって思ってたんだけどよ」
「え、そんな、そこまでしてもらっちゃうと申し訳ありませんよ」
たしかにソーマからすれば非常に助かるが、何から何まで世話になってしまうのも気が引ける。
「いやいやソーマ君、今から浮浪者同然の生活送ろうって宣言してる子に対して『そうなの頑張ってね』って追い出せるわけないでしょ、ふつー」
「そりゃそうだ、遠慮ならいらないぞ、どのみち自由と暇を持て余す辺境暮らしの冒険者だ。筋が良けりゃ期間限定で弟子を育てるのも娯楽の一つだよ」
(……たしかにこの夫婦からしたら、こんな年の子が毎晩外で寝泊まりしつつ日銭を稼いで回る姿を見るのも目に毒かもしれないな)
「……お言葉に甘えさせてもらって良いですか?」
「よし、そう来なくっちゃな! そうと決まれば早速だが裏庭行こうぜ」
ダンはそう言って手をパチンと叩くと、裏庭とやらにソーマを促した。
裏庭はおおよそ30畳くらいの広さで、奥には街の外壁が見えた。
「で、おまえの職業は?」
「魔法剣士です」
ダンは悪くねぇな、と頷く。
女神は中途半端と言っていた気がするが、この世界ではそこまで評価は低くないのかもしれない。
「一応これからパーティ組むからな、どれくらい剣が使えるか見せてくれ」
そう言うとダンは使い込まれた木製の剣とバックラーのようなものを渡してきた。バックラーは意外と重たい。
剣と盾を受け取り、裏庭でダンと対峙する。
(さて、どうしたものか。こんなもの扱ったこともないぞ)
ダンは、どうしたいつでも良いぞと急かす。
(考えたところで仕方がない、とりあえず思うままにやってみるか)
ソーマはトタトタと突っ込みながら力任せに剣を右上段から振り下ろした。
ダンは特に構えもせず、その剣を腕のバックラーを上げるだけで受け、その衝撃でソーマは剣を落としてしまった。
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ティロリロリン♪
スキル・剣術を覚えました。
スキル・剣術のレベルが1になりました。
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(お? なんかスキルを覚えたぞ。なるほど、こうして何か鍛錬することでスキルを覚えていくことが出来るのか)
「剣は全くの素人だな、筋が良けりゃと思ったが、ちょっと期待出来そうもねぇ」
ダンが少し残念そうに苦笑している。
「すみません、もう一回良いですか?」
数秒の沈黙のあと、まあ何度やっても同じだと思うけどよ、と言いながらも一応ダンは向き合ってはくれた。
さっきより気合を入れ、何となくの構えから同じように突っ込み右上段から剣を振り下ろす。
ダンは「おっ」と咄嗟に腰を入れ、今度はきちんと剣をバックラーで受けた。
弾かれるのは最初ので分かっていたので、弾かれた反動を利用してそのまま回転し、今度は左から水平切り。ダンは予想していなかったのか即座にバックステップで引いて水平切りを躱した。
さっきより身体の動きがスムーズで、動き方、攻め方のイメージが湧いてきている。
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ティロリロリン♪
スキル・剣術のレベルが2になりました。
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(えっ、こんなにスキルレベルって簡単に上がるものなのか?)
レベル1になっただけでも動きが見違えたんだから、早くレベル2を試したくなるのは人間の性である。
「なんだよ随分動きが良くなったな、ちょっとは身体が温まってきたってか?」
「もう一回良いですか?」
「へっ、笑ってやがる。今はちょっと油断したからな、かかってこい」
対峙、からの踏み込み。右上段に剣を振りかぶる、と見せかけて空いた胸元にソーマはバックラーを突進で叩きつける。
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ティロリロリン♪
スキル・シールドバッシュを覚えました。
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(なるほど、面白くなってきたぞ)
ダンは自らバックステップを踏むことでシールドバッシュをいなしていた。
その間合いを詰めて左から水平切り、と思ったが、ダンの左手のバックラーがピクリと動くのが目に入る。
水平切りを剣で受けてバックラーで反撃と判断し、水平切りをキャンセルして、剣を受けようとしていたダンの右手にシールドバッシュを打ち込む。
ダンは半身を捻ってそれを躱し、そのままバックラーで殴りつけてくるのをソーマは全力でしゃがんで避け、一気に飛び退いて間合いを取り仕切り直した。
「へっ、こいつはおもしれぇ。素人っぽい独特な動きだがどんどん良くなってきやがる。今度は俺から行くぜ」
かくして元王国騎士との練習と言うには激しい打ち合いが始まったのである。
※誤字報告ありがとうございます!