第251話 城下町にて
ソーマ達は王宮の門からミスタリレの城下町へと下った。
どこを見ても懐かしい景色に、ソーマはある種の感動を覚えていた。
「うわぁ懐かしいって感覚が懐かしいな。この世界で初めてこんなに懐かしいって思った!」
「だいたい一年ぶりくらいか? あたしは逆にここには来たことねぇからな、新鮮だぜ」
転生してからここまで期間が空いて訪れた街はなく感傷に浸るソーマとは逆に、海賊として世界を回ったマキナは数少ない訪れたことが無い街並みに別の意味で感動しているようだ。
建築物は石造りがほとんどであるのは他国と変わらないが、それ以外にこれと言って特徴がないのが人間国の特徴だろうか。
崖を背にした坂の上の王宮から下るように街並みが配置されているのはライル王都と似ているが、あちらはカラフルな尖った三角屋根が目を惹く。
代わりに人間国ではそこから見下ろす大きな平原と、ゆったりと流れていく大河ユーレリア、左右に広がる険しい山脈の景色が非常に美しかった。
五人はとりあえず休もうということで、広場の席を確保すると各々好きな食べ物と飲み物を買ってテーブルに着いた。
尚、どれだけストレスを感じていても疲れていても、昼から酒を飲むのことはよっぽどじゃ無い限りしないというのはパセドの誓いの暗黙のルールとなっている。
「いやー、それにしても相変わらず全っ然話にならなかったね」
「話にゃ聞いていたけどよ、ありゃぶっ飛んでひでえぜ」
「私もソーマさんから聞かされてましたけど、あそこまでとは思いませんでした」
マキナとフィオナは甘酸っぱいドリンクを一気に飲み干すと、二杯目に口を付けている。
二人はストレスの捌け口にと塩っ気の強い揚げ物と甘いものを大量に買い込んでいた。
「うむ、わたくしも争い事はあまり好む方ではないのじゃが、マキナ殿が机を蹴って凄んだ時は少しスッキリしたのじゃ」
「ソーマのとーちゃんとかーちゃんもよくこんな所で働いてるよなぁ……」
丸眼鏡とリュージも心底疲れたようで、ドリンクは飲むもののこちらは買ってきた食事に手を付けていなかった。
ソーマは申し訳ないと思いつつも、自分が悪いわけではないのでとりあえず気晴らしにとカットフルーツをつまみ始めた。
人間国の住人は当然人間である。
ソーマは久し振りに、ソーマから見る普通の人達を見て、えも言われぬ安心感を感じていた。
転生して一年以上経ったとは言え、やはり多種族の外見への違和感は拭えていないのだろう。
時折街の人々が怪訝な目を向けているのは、マキナや丸眼鏡、リュージが珍しいのだろう。ドワーフ国は武具が有名なだけに獣人もちらほら見掛けたが、エルフ国や人間国の王都では連合国外の種族はほとんど見ない。
ダークエルフや魔族、獣人や竜人の事を街の人がどう捉えているか分からないが、国があの調子なので良いイメージを持っていない人も少なくないだろうとソーマは思っていた。
尚、ソーマを賢者だと気付く者は未だ現れていない。髪が黒いのは周知の事実だったが多種族混合パーティの中では魔族に見られている可能性もある。
その後ソーマはピアスを通して、先ほどの出来事を王とエルに伝えた。
ちなみに王宮を出てからずっと探知をされているので、全ての会話は盗聴防止の風壁を使って行われている。
ライル王は豪快に笑いながら、仕方ないと言ってくれた。王の器の大きさには改めて頭が上がらないなとソーマ達は感じた。
エルは「そうなるような気がした」と漏らしていたが、夜には家に戻るので普通に会えるとのことだ。
ソーマはてっきり王城に住み込みで働いているのかと思っていたが、リルムの街の家を売った金で郊外に小さな家を買ったらしい。
王宮勤務の者は住み込みも少なくないが、大半は王都に家を持って通っているとのことだ。
ようやくゆっくりと親に会えることに、ソーマは心の底から嬉しく思い、今夜が待ち遠しいと何度もエルに伝えた。
そして、いつか落ち着いたらソーマはリルムの家を買い戻そうと、心の内に誓った。
その後ソーマ達はまず宿を取ることにした。
多種族混合というだけで断る宿も多く難儀したが、街の外れにある冒険者用の小さな下宿が空いていた。
どのみち数日滞在することになるので、今回は下宿で良いかと妥協する。
意外とマキナは文句を言わなかったが、フィオナは残念がっていた。
マキナが文句を言わないのは海賊時代やソロトレジャーハンター時代に、寝泊まり出来る場所があることそのものが有難いと染み付いているからかもしれない。
下宿はお婆さんが一人で経営しているようで、ソーマが空きを訪ねて了承を得てから自身の名を伝えると「賢者様かい!?」と驚いていた。
掻い摘んで事情を説明したソーマに、おばあさんは何度も頷きながら「大変だったねぇ」と共感してくれた。
まだ日は高いので街を出たソーマ達は、左手にそびえ立つ崖の中でも登りやすそうな所を跳躍しながら登り、崖を越えると反対側の崖の斜面の一部を穿通礫錐で穿って穴を開け、そこにかまくら式住居を構えて秘密基地での稽古に励むことにした。
どうやら王国からは常に探知で監視されているらしいので、平原の中に堂々とかまくら式住居を構えるのを控えたというわけだ。
ソーマと丸眼鏡だけはしばらく残り、王国からの探知が届くかどうかを探っていた。
「うむ……どうやらさすがにここまでは探知が届かないようじゃの」
「距離取ると風探知しか届いて来なかったよね? ここは斜面の反対側だから地振動探知じゃないと厳しいかもね」
「そうじゃの。おそらくじゃが、その風探知使いがあのユーリという子じゃと思うのう」
「うわ、マジか。あいつ、俺が王宮出てからも結構頑張ってたんだなぁ。たしかあいつ風と水の二属性だから地振動探知は使えないはずだよ」
ソーマは泣きながら教えを乞うてきたユーリを思い出しながら、この一年でソーマの言った通りに努力を積み重ねてきたことを心底感心していた。
「うむ……まあわたくしはどちらかと言うとソーマ殿とあの子の関係の方が気になるがのう」
「え、関係も何も魔法コントロール教えてやっただけだよ。一家が魔術師のエリートらしくて、学園卒業間近なのに落ちこぼれの自分がイヤだとか言って泣いて教えて欲しいって言われたから、魔法なんて努力でどこまでも伸ばせるって教えただけ」
「ううむ、先ほどの街門での一件を見てもそれだけじゃなかったと思うがのう……少なくとも向こうはじゃが」
丸眼鏡はユーリがソーマに気があると言いたいようであったが、ソーマは「それは絶対にない」と否定する。
「多分師匠に認めてもらいたいみたいな感情じゃないかな。ていうか何でそんなに恋のライバルを出現させたがるの? フィオナが引いたから物足りなくなった?」
「ち、違うのじゃ! わたくしはただ何となく乙女心のようなものを見た気がしたのじゃ! そ、そうじゃの、ソーマ殿とマキナ殿はけ、け、今朝も風呂で……んぬふぅううううう!!!!」
やっぱり全部見聞きしていたのかと呆れたソーマは、暴走した丸眼鏡を置いて秘密基地へと入り、皆と合流した。
中ではマキナとフィオナが壮絶な模擬戦を繰り広げており、その常軌を逸した戦いぶりにソーマは「やっぱりこうじゃないとなぁ」と基準値がとてつもなく低い人間国に毒された感覚が復活していくことに安堵したのだった。
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