第23話 ソーマは考える
ソーマ曰く『体育会系VS社畜』の“殺し合い”訓練二日目が始まった。
向き合うことに決めたソーマは普段の稽古に近い動きを見せ、さらに魔法解禁とあって最初からダンを攻め立てるも、ここぞという一手では「傷つけてしまうかもしれない」あるいは「殺してしまうかもしれない」という恐怖によって精彩を欠いていた。
それを見抜けぬダンではない。
いざという所で動きが固くなるのを見切ってからは少々強引な攻めに転じるようになり、ソーマの魔法によるアドバンテージを白紙に戻してさらに追い込んでいった。
「そらそらどうした! 結局人は斬れねぇ甘ちゃんか?! 魔物しか相手に出来ない子供かよ!」
防御や回避の必要性がなくなったダンは鬼神のごとく剣を畳み掛ける。
「……くっ……そぉおおおおお!!!!」
半ばやけになったソーマは「知らないからな!」とダンの横腹目掛けて突きを見舞う。
この二日間で初めて、明確に相手を傷つけようとした一撃だ。
ダンはそれを半身捻って避けるも躱しきれず、刃1cm分ほど受けてしまう。
ソーマは自身の持つ剣から人を斬った感触を感じ、またダンの横腹から滲む血に瞬時怯んでしまった。
その隙にダンはソーマの顔面にシールドバッシュを叩き込み、ソーマは吹っ飛ばされる。
「……人を傷つけたくないって優しさは持つべきだがよ、やるべき時にやれねぇのは優しさじゃなく臆病だぜ」
ダンは傷口を押さえも拭いもせず、血を流しながらそう放つ。
ソーマは頭痛と眩暈を堪えてヒールし立ち上がるも、未だこの稽古の本質を掴めずにいた。
(なんでダンさんじゃなきゃダメなんだ……王国だって例えば死刑の重罪人の首を飛ばすとか色々やり方はあるだろ……)
親しき間柄を相手するのと赤の他人の極悪人を相手にするのは全然違うはずだ。
なのに何故親しき間柄の相手とこんなことをしなければならないのか、ソーマはそれがずっと分からずにいる。
「まだ迷ってる眼をしてるな。ハッキリ言っておまえ、戦闘力は高いが精神はまるでガキだ。昨日俺の顔面に礫弾ぶっぱなした時『ついカッとなって』って言ってたろ。カッとなりゃ人を見境なく傷付けるのに素面じゃビビって剣もまともに振れねぇ。甘いんだよ」
「……ダンさんだって蹴り入れたじゃないですか」
「まあおまえがどう捉えようと自由だが、あれは身体が勝手に反応しちまったからな。悪いとは思ってるけどよ」
ソーマは全てが理不尽に思えて仕方がなかった。
稽古とは言え痛いものは痛い。
わけのわからない難癖をつけられて一方的に罵られる言われはない。
「……この稽古に何の意味があるんですか」
ソーマは怒りを押し殺して再度問う。
「不貞腐れてんじゃねぇよ、子供じゃねぇんだろ。意味はおまえが見つけるんだ。分かってるものを教えてもしょうがねぇし、知識じゃなく心に刻まなきゃいけない類のものもあるだろ。ただ、少なくとも俺はこの稽古の意味は分かるぜ」
「……エルさんは分かるんですか」
ソーマはどうしても納得出来ず、エルを見る。
エルは悲しそうな、辛そうな目でソーマを見つめていた。
「エルが分かってりゃおまえは分かろうとするのか? エルが分かってなけりゃおまえは諦めるのか?」
「なっ……なんなんだよあんた! さっきから分かったような口で!! ガキだ甘えだって!! そんなにあんたは偉いのかよ!!」
そこまで言ってソーマはハッと我に返り、黙り込んでしまった。
ダンはその様子を見て「午前は終わりだ、続きがやりてぇなら昼から来い」と家へ戻って行ってしまった。
ソーマはやり切れない溜め息を零して俯いたまま立ち尽くしていた。
「ソーマくん……」
「……エルさん……俺が間違ってるんですかね。俺分かんないっすよ……」
項垂れるソーマを見て、エルは心を痛めていた。
しかし、ダンのことを一番理解しているエルは、ダンの気持ちも分からなくはなかった。
「……ダンには言うなって口留めされたけど……ダンはずっとね、自分の全てを伝え教えられる相手を探してたのよ。騎士団の頃も、引退してからも」
「……それって、ダンさんの自己満足じゃないんですか?」
「たしかにそうかもしれない。でも……ダンが今まで探し続けてきた相手を、ソーマくんにしたってことは分かってあげて欲しい」
ソーマは複雑な心境だった。
相変わらず稽古の趣旨が良く分からない。
ただ、ダンのことは人として尊敬しているし、エルも同様に尊敬している。
エルがこうまで言い、ダンがそこまでの想いを以てして臨んでくれていることは、やはりどこか自分が間違っていたり足りていないということだろう。
「……分かりました。ちょっと頭冷やしてもっかい考えます」
そう言うとソーマは一人、宿に戻った。
ソーマは簡易シャワーで汗を流したあと、ベッドに寝そべり天井を見つめていた。
開け放たれた窓からは遠くの街の喧噪や小鳥の鳴き声が届き、時折優しく吹き込む涼しい風が気持ち良かった。
(……ただ人を殺せるかどうかって問題じゃないんだろうな。)
ソーマはもう一度、訓練の真意について考えていた。
人を殺すだけなら、やはり死刑の執行役などを任せれば良い話である。
そうしないには訳があるはずだった。
初めは日本人としての常識が邪魔をしているかと思っていたが、そういうものよりもっと根本的な、人が人を殺めるという心理的な問題、とソーマは認識を改めた。
(やっぱり怖いんだよな。恐怖心がある。何故怖いんだ……?)
その後ソーマは、午後からの稽古を休んで人を殺すことについて考え続けた。
その日の深夜、静まり返る街の暗い路地裏の一角で、深々と帽子を被り顔にスカーフを巻いて変装したソーマは浮浪者に大金貨5枚を渡していた。
「あ……ありがてぇ。指二本なら安いくらいだ。感謝するぜ」
「いえ、こっちこそ無理言ってすみませんでした。あと、このことは他言無用で。もし変な噂が俺の耳に届いた時、次はあんたの――」
「分かってる! 誰にも言わねぇよ、言ったって信じてもらえねぇだろうしな! じゃあ俺は行くぜ、ありがとよ」
そう言うと浮浪者は大事そうに金貨を抱えて走り去った。左腕の服の袖は不自然に肩の先から無くなっており、まるで服だけ斬られたかのようであった。
そしてソーマの足元には、その浮浪者の指と思しきものが二本落ちている。
(覚悟を決めたと思ったけど、最初の一線はめちゃくちゃ手が震えたな。まあでもどこまでの欠損なら治せて、どれくらい時間が経つと治せないのかも分かったし、これなら万が一もないだろう)
ソーマは血塗れた碧竜刀を水球で入念に洗い流すと、風と火を用いて即座に乾かし、音が出ぬよう静かに納刀して宿へと戻っていった。
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