第221話 フィオナの心
時遡ること約2ヶ月。
フィオナはソーマ達と王が島を出て5日間、ずっとタケルの家にこもっていた。
寝ては起きを繰り返し、タケルが戻ってくれば一緒に食事をして、タケルの会話を上の空で聞き、また一人になってしばらくしたら寝ていた。
起きている間、フィオナが考えていたことは怒りと憎しみと、哀しみであった。
恋愛をしないと言い続けていたのにマキナと男女の仲になったソーマ。
人のことを恋愛脳だクソエルフだと見下して、いつも自分のことばかり考えて、品性も女性らしさも無いマキナ。そして、そんな女を選ぶソーマ。
そんなクズのような二人の恋愛を応援し、倫理観のカケラも無い覗きや盗聴を繰り返し、自分を邪魔者のように扱う丸眼鏡。
そして、そんなヤツのことを好きになるリュージ。
あんなに好きだったパーティメンバーが全員敵に思え、そしてそんな彼等を信頼し応援する人達も敵に思えた。
そして、フィオナの怒りは自分自身にも向く。
島を出る際にタケルに頼んで残した伝言。本当は、あんな良い人ぶった言葉を残したくはなかった。
王の言葉は響いた。しかし、返した言葉と裏腹に本音はあんな綺麗な言葉では無かったと思う。
もっと、もっと自分の中にぐるぐると渦巻く、このドス黒い感情をぶちまけたかった。
(結局私は、昔から何一つ変わってないんだ……)
心を閉ざし、国の為に自分の役割を果たそうと貼り付けた笑顔を浮かべ、自分の本音なんて知れば知るほど辛くなるからと心の奥底に押しやって、だんだん何がしたいかなんて考えなくなり、心が何を求めているかなんて分からなくなっていた、そんな時から自分は変わっていない。
自分の本音は、昔からずっと抱いているこのどうしようもない嫌悪感や怒りや憎しみ、破壊衝動なのかもしれない。
壊したい。
自分を裏切った人達を。
そんな人達を味方して、自分に見向きもしない全ての人達を。
フィオナは何度も何度も想像でソーマ達を殴り殺した。
泣いて謝る姿を想像すると、気持ちがほんの少しだけすっきりするような気がした。
そして疲れ果てて眠り、また起きると何も変わらぬ現実に絶望し、時折溢れ出るソーマへの想いと温かい仲間の絆に触れ、ひたすら泣いた。
タケルはその間、いつもと変わらずフィオナと接してくれた。
なるべく一人にしてくれようとしているのか、忙しいのかは分からないが、タケルはほとんどの時間家にはいなかった。
放っておいてくれるのは、寂しくもあり嬉しくもあった。
引きこもって五日目、フィオナはタケルに初めて自分から声を掛けた。
「……いつまでこうしてるのって思わないんですか?」
「え? うーん、どうだろう。思ったことはないかな」
「……そうですか」
口を閉ざしたフィオナに、タケルは相変わらずいつものように、今日あった出来事などを話していた。
ニコニコ話すタケルに対し、フィオナは内心何が楽しんだと思ったりもしたが、説教をされるよりはマシだと思うことにした。
翌日もフィオナはタケルに話しかける。
「タケルさん、私が悪いんですかね」
「フィオナくんは悪くないさ」
「……じゃあなんで私がこんな想いをしなきゃいけないんですか」
「うーん、そうだね。ソーマは悪いと思うよ」
予想外の返しにフィオナは面食らった。
ソーマを悪いと言う人がいるとは思わなかったからだ。
「あの人が悪いのに、タケルさんはあの人の味方ですよね?」
「どうかな、その件に関してはソーマは悪いと思うけど、それ以外の件に関しては支持することも多いね」
「……じゃあ私はどうすれば良いと思いますか」
「それを決めるのはフィオナくんだよ。キミがやりたいようにやれば良いさ」
タケルの言葉にフィオナは黙ってしまったので、その後は何も話さず、食事を終えるとタケルはいってきますとだけ言って家を出ていった。
それから、フィオナの思考は変化していった。
何故腹が立っているのか。
何が悲しいのか。
考えても考えても同じような気持ちになるが、絡まっていた糸は少しずつ確実に解けていった。
恋愛をしないと言ったのに、男女の仲に発展させたソーマは悪い。
だが、マキナは悪いだろうか。丸眼鏡は悪いだろうか。リュージは悪いだろうか。
考えてみれば、皆自分の好きなことを口にし、そこに嘘偽りは無かった。
そう、自分がソーマへの想いを口にし、結ばれようとしていたように他の3人も自分の欲求をきちんと表に出していた。
そして、それは決して悪いことではなく、むしろ良いことのように思えた。
自分を晒け出し合える仲間だったからこそ、自分も居心地の良さを感じていたのだ。
特にマキナや丸眼鏡には、自分が今まで誰にも出さなかった黒い部分を出せていた気がする。
マキナと罵り合ったり、丸眼鏡がいつものように自分を蔑ろにした時にクソメガネと呼んだ時は、気分が良かった。
そう、仲間は好きなのだ。
じゃあ何故ソーマを好きになったんだろうか。
フィオナは自身を振り返って、冷静に当時の自分を客観的に眺めることにした。
ゴールドメイスに誘拐され、死ぬか、生きていたとしても利用され続ける人生になるだろうと悟った。
あの時の絶望と言ったら無かった。
そこに助けに来てくれた一人の若き冒険者。
あの時、何故か自分はこの人について行きたいと思った。
新たな自分の人生の始まりを予感させる出会い。
(私の人生を変えてくれると思った……? 結局それって……また自分の人生を別の誰かに委ねただけでは?)
それから獣人国でのライル王の特訓。
ソーマの仲間としてやっていける力を付けたい一心で、乗り越えた試練。
(また、誰かのために頑張った? いや、でもあの時私は、本気で私を変えたいと思った。事実、それで私は変わった。あの王様の特訓を乗り越えたのは、私自身が私に誇れること。あの人の為じゃない……としたら、私は何を求めていた……?)
その日、フィオナは朝から一睡もせずにずっと考えていた。
ソーマ達と一緒にいたのは、ソーマへの想いだけではないはずだ。仲間が好きだからだけではないはずだ。
自身がそこに望んでいたものはなんなのか、フィオナは改めて考えた。
(そう、私はずっと私らしく生きたかった。私らしく生きられる場所があそこだった。じゃああの恋はなんだったんだろう)
そしてフィオナはソーマのことについて考えた。
考えるたびにふつふつと怒りの感情が湧いたりもしたが、そうなってしまったら一度落ち着いて、もう一度考え直した。
特に見た目は好みなわけではない。
ただ、振る舞いや話し方は好感が持てる。
普段は物腰穏やかで優しく飄々としているが、理不尽に対しては毅然として対応し一歩も引かない所など、憧れすら抱く。
頭が良く戦闘になれば皆に指示を出し、自分はパーティに足りないところを補うように立ち回る。
前に出ようと思えば出れる実力を持っているのに、皆の希望を優先して自分は一歩引いた場所で戦う辺りも素敵だ。
でも、それは果たして自分を持っていると言うことになるのだろうか。主体性があるのだろうか。
いや、自信があるからなのだろう。
フィオナは、自身が前衛をやりたがるのは自分の実力を認めて欲しいからなのだろうなと感じた。
後ろでバフや回復ばかりやっていると、どうにも自分がパーティの中で役に立てているのか不安になる。
しかし、ソーマは自分に自信を持っているから後衛に回って自身より活躍するパーティメンバーを見ていても不安にならないのだろう。
そこでフィオナは気付いた。
ソーマのことは好きだった。たしかにそれは事実だ。
では何故好きだったのか。それは、ソーマが自分に持っていないものを沢山持っているからだと。
自信を持っていて、それをひけらかさず、仲間を優先して考える優しさと余裕があり、何より自分らしく生きている。
それは自身に無いものばかりだと感じた。
ようやくこんがらがってしまった感情の整理が付いてきたと思った矢先、タケルが家に帰ってきた。
「あれ、もうお昼ですか?」
「うん、今日は卵と肉を貰ったから、それで料理を作るよ。……あれ、なんだか表情が明るくなったかな?」
「え、ええ。今日は少しスッキリしてきました。料理でしたら私に作らせてください」
フィオナはタケルから食材を受け取ると、手際良く肉を切って下味をつけた後に炒め、卵でとじてから味付けをしてご飯の上に乗せた。
タケルはフィオナの料理を美味しそうに頬張り、午前中の出来事を話してくれた。
「タケルさん、ちょっと聞いても良いですか」
「なんだい?」
「私の良い所ってどんなところでしょう」
フィオナの問いに、タケルは嬉しそうな顔で考えながら口にする。
「そうだね、最初は美しいし物腰穏やかで話し方も上品で料理も上手で、素敵な女性だと思ったよ。今もそう思う。でも、本当は弱さも持っていて、それでも前を向いて歩んでいこうとする強さも持っていて、寂しがりやで、そんな人らしい部分も沢山持っている。そういうところも素敵だね」
「それって素敵なんでしょうか」
「ああ、素敵だよ。人は誰しも弱いものだ。その弱さを自身で認めて受け入れられるというのが強さだと思う。弱さを否定する人は、弱い自分を受け入れていない。だから優しく出来ないこともあると思うね」
フィオナはタケルの言葉を聞いて、この人がここまで優しいのは自分の弱さを認めているからなのだろうかと思った。
「タケルさんは弱いところあるんですか?」
「ふふ、僕なんて本当はひどい寂しがりやだよ。今はこうして街……というか国の皆に必要とされてるから良いけどね。昔はちょっとしたことですぐ落ち込んだり塞ぎ込んだりしたものさ」
「え、全然想像出来ません」
その後フィオナは、タケルにこれまで考えたことを全て話した。
何故かタケルは、自分の言うことを全て受け入れてくれるような、そんな気がしたからだ。
タケルは終始穏やかな表情でその話を聞いてくれた。
「私、本当は性格悪いと思います。表には出しませんけど怒りっぽいし内心では結構人の悪口言ってますし」
「良いじゃないか。今後はそう言うフィオナくんも見てみたいな。やはりキミは素敵だよ、そんなに怒りや憎しみや哀しみに暮れていても、自分と向き合ってきちんと答えを出したのは素晴らしい」
「……ありがとうございます。なんかちょっとスッキリしたら身体を動かしたくなってきました。手伝えるお仕事があれば手伝っても良いですか?」
「もちろんだよ! 建国して間もないからやるべきことは沢山あるんだ。他国のことに詳しいフィオナくんなら引く手数多さ」
こうして久しぶりに笑顔を取り戻したフィオナは、タケルと共に竜人国の基盤を固めていく。
さらにフィオナは兵の育成と光魔法の指南、それに加えてダンジョンを用いての国全体のレベルの底上げとスキル取得に貢献する。
ダンジョン慣れしていない元ゲイブロス派の竜人達にとってダンジョンは非常に危険な場所であった。
バフと回復持ちのフィオナはダンジョン潜りの際の必須要員となりつつあり、この二か月で最もダンジョンに潜った人となった。
その際に宝箱から出たMP回復薬は全てフィオナの元に集められ、ダンジョンに潜っていない間フィオナは自身の習熟度上げをこなしていった。
元々パーティ随一の努力家の面が光り、フィオナは寝る間も惜しんで竜人族を強化し、自身の研鑽も行っていたのだった。
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