第22話 人を殺すということ
今まで稽古では見せたことのないダンの真剣な眼差しと、身体中が粟立つような覇気を受け、もはや心が萎縮し始めているソーマに向かって、ダンはほんの少し青みを帯びた白銀の剣とバックラーを持ち出し、ソーマに渡す。
「ミスリルの剣とバックラーだ。本気でやり合うならそれに相応しい装備をってな」
ダンはさらに、同じミスリル製と思われる胸当てと兜を身に付けた。
真剣そのもののダンにソーマは息を飲む。
「ビビってんのか? おまえ観光デート気分で世界を巡るって言ってたわけじゃないんだろ。マキナって子と背中を任せて戦うんだろ。お互いの命を預け合うんだろ」
ダンはさらに続ける。
「強い魔物もそりゃ恐ろしいがよ、一番怖いのは人間だぜ。昼間笑顔で話したやつが夜寝首を掻きに来るのが人の怖さだ。分かったら構えろ。……エル! 見届け人頼むぞ!」
こうして二人の“殺し合いの稽古”が始まった。
かくして“殺し合い”と称される稽古はソーマの防戦一方で一日目を終えた。
刃引きのしていないミスリル製の真剣に持ち替えてもダンの剣線が揺らぐことは一度も無かった。
対してソーマは身のこなしから剣の振りから全てがぎこちなく、それを魔法で埋め合わせることでなんとか防戦としての体を成していた。
身体中に受けた傷は、ダンに手を休めてもらって都度ヒールで治癒する始末である。
ソーマは宿に戻るとベッドに腰掛け、両手で顔を覆い大きなため息を吐いた後に今日の稽古を思い出していた。
「……なんで木刀でも真剣でも同じように動けるんだ? いざとなれば殺さないって自信があるのか? じゃああの殺気はなんだ?」
ダンの戦い方は、まるで「死んだらおまえはそこまでの男だ」と言わんばかりの攻めである。
それは裏を返せば、自分が殺されてしまっても仕方がないということで、何故ここまで懇意の関係である者に対して覚悟を決められるのかがソーマには分からなかった。
「……いざとなればエルさんが回復魔法や蘇生魔法の類を使えるのか? そうでもないと……俺は赤の他人や極悪人ならまだしもダンさんを斬るなんてことは出来ないし、そんなことをするくらいならダンさんに“人を斬れない男”と言われても構わないぞ」
ソーマは考えをまとめ、明日そのことを打ち明けてからまた考えようと決めて眠りについた。
翌朝、三人で朝食を取った後にソーマは自分の考えを二人に打ち明けた。
「一晩でその考えに辿り着くのはさすがだな。これは騎士団の高位上官の昇進にも使われる試験でその詳細は極秘扱いになっている。命を賭す機会ってのはそうそう訪れねぇし、戦場ぶっつけ本番の場合に上官の心が折れちまったら多くの命が犠牲になり兼ねん」
言っていることが矛盾しているようで訓練内容に未だ納得のいかないソーマは続きを黙って待っている。
ダンはエルが淹れてくれたお茶を一口飲むと続ける。
「おまえが騎士団の試験を受けなければいけないという義務はないが、この試練を乗り越えたヤツは、こと対人戦においては他のヤツより大きなアドバンテージを持つ。だから世界を仲間と旅すると決めたおまえには、俺は乗り越えて欲しいと思っている」
「お気持ちは分かりますし、そこまで想って頂けること自体は嬉しく思ってます。でも僕はダンさんを殺してまで世界を旅したいと思いませんし、ダンさんに殺されるのも納得出来ません」
ソーマはここまで聞いても自分の考えを改める気はなかった。
「そこまで考えられるなら半分はクリアみたいなもんだ。あと騎士団の内情を知らないおまえにとっちゃ極秘訓練とは言え情報が少な過ぎるからな、ヒントをやる。この試験で実際にどちらかが死ぬ確率は相当低いし、部位欠損や後遺症を負ったやつは一人もいねぇ。安心して殺しに来い」
それだけ言うとダンは席を立ち、裏庭へと消えていった。
ソーマはダンの言葉の真意を読み解くために、俯いたまま考え込む。
「……ソーマくん……あの、ダンは……」
15歳の、それも騎士団でもない青年にとっては随分と酷だろうと、エルは気を揉んでいた。
騎士団の高位上官とは騎士道を歩み王国に忠誠を誓い続けてきた猛者達ばかりである。
その本当の強さの源は戦闘力のみに非ず、専ら精神力からくるものだ。
圧倒的に人生経験の足りないこの青年に試練を授けんとするのはダンの期待であると同時に、ソーマにとっては重圧ではないかとエルは心配していた。
「いえ、エルさん、良いんです。きっとこれは僕が考えて僕が答えを出さなきゃいけないんです。まだ意味は分かりませんけど、ダンさんの気持ちを自分なりに受け取りたいとは思ってるんです」
ところがソーマはそのダンの気持ちを真っ向から受け止めようとしていた。
エルはそのひたむきさと素直さが、嬉しくもあったが、やはり酷だなと心も痛むのであった。
まあ、ソーマの実年齢はエルやダンが思っているよりずっと上なのだが……。
その後もソーマは一時間ほど考え込んでいる。
(部位欠損や後遺症は無くて、死ぬ確率の方が低いってどういうことなんだ……? 命は軽くないって言ってたから訓練とは言え死人は出したくないはずだ。死はあってはならず、運悪く部位欠損などがあるってことなら分かるけど、その逆……ってことは、即死以外は何かしらの形でリカバリー出来る可能性が高いよな……)
その時何かが引っかかり、記憶を辿る。
(……世界樹の粉塵? それなら納得が出来る。あらゆるものを治癒する奇跡の粉塵があれば、即死以外は完全復活出来るはずだし辻褄が合う。でも日本円で1億円ほど価値のある激レアアイテムを訓練でバンバン使うものか? ……こんな憶測でしかない考えでどこまで本気でダンさんを殺しに行けるか……)
これ以上考えても埒が明かないなと思い、覚悟を決めた眼でソーマはエルに声を掛け、裏庭へと歩みを進めた。
「遅くなってすみませんでした。今日も訓練お願いします」
「良い目つきになってきたな、今日は昨日ほど楽させてはもらえなさそうだ」
装備を身に付け終わっていたダンは裏庭の所定の位置でずっと構えて待っていたらしい。
その気を抜かない緊張感に、ソーマはひそかに「体育会系だなぁ……」とボヤきながら、元社畜だって負けてないぞと意気込んだ。
ソーマとダンの“殺し合い”は2日目を迎える。
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本日も12時と17時に二話更新の予定です!