第215話 恋の行方は
リュージと丸眼鏡は二人でタタガーナダで開かれた建国祭を楽しんでいた。
丸眼鏡がまずタケルの元に行くと言うので、リュージは丸眼鏡の前を人混みを掻き分けるように歩いている。
タケルはタタガーナダの各代表者達との顔合わせや挨拶で忙しいらしく、数分程待っていたところ幸い向こうが気付いてくれ、会話を切り上げてくれた。
「やあ、二人でデートかい? それとも僕に何か用?」
「うむ、ちとタケル殿にお願いがあるのじゃが、今屋台のある並びでソーマ殿とマキナ殿、フィオナ殿が3人で飲んでおる。もし時間が空いたら、フィオナ殿をデートに誘って欲しいのじゃ」
丸眼鏡の提案にリュージはそういうことかと納得し、タケルも嬉しそうに微笑んだ。
仲間から丸眼鏡の性癖に関しては散々聞かされていたリュージだが、夢中になれるものがあるのは良いことだと尊重しているようだった。
「勿論だよ。僕にとっても嬉しい提案だね。まだちょっと落ち着きそうにないけど、手が空いたらそうさせて貰おうかな」
「すまぬの、最近あまりあの二人が二人きりになれるチャンスが無いからのぅ」
「そういうことなら俺も手を貸してやるぜ」
二人の会話に割って入ったのはオニマルである。
若い者の恋の行方を楽しむ二児の父は、タケルのデートの誘いとソーマとマキナが上手くいくよう、一芝居打ってくれるとのことだ。
3人は結託するように握手を交わすと、タケルとオニマルは持ち場に戻り、丸眼鏡とリュージも屋台が並ぶ通りへと足を運んだ。
街は喜びと活気に満ちていた。
一応はゲイブロス派やアマテラ派など分かれていたようだが、敬虔に神への信仰や信念を貫く者よりは平和を求める民の方が圧倒的に多いのは、どこの国、どこの世界でも共通だろう。
同じ竜人族として手を取り合い、これから共に歩めること、そして戦いが終わったことを皆喜んでいるようであった。
相変わらずリュージは人混みを掻き分けるように進み、丸眼鏡はその足元をぴょこぴょことくっ付いて歩く。
ドワーフの血を引く丸眼鏡と、竜人族の中でもガタイが良く背の高いリュージでは、まるでお父さんと娘程の身長差があるように見えた。
二人はリュージの勧めで一つの屋台に入ると、適当に料理と酒を頼んで向かい合う。
「今日は付き合ってくれてありがとな。まあ、ココネちゃんにもどうやら思う所はあるんだろうけどよ」
「うむ、むしろわたくしがリュージ殿を利用する形になってしまっているかもしれぬ。申し訳ないのじゃ。じゃが、最近ソーマ殿とマキナ殿の仲にまるで進展が無くてのぅ。たまには二人きりになる時間を作りたいのじゃ」
二人の元に食事が運ばれてきたので、二人は乾杯して料理をつつく。
塩とダシで煮込まれた野菜や肉がゴロゴロと入ったスープで、日本で言うおでんのようなものを、二人は米で作られた酒を飲みながら口にする。
「まだあいつらは3人なのかい?」
「うむ、タケル殿がまだ竜人達と話しておるからの」
「そうか。で、ココネちゃんの言う異種族ハーフカップル? のプラトニックラブってぇのは、どこが良いんだ?」
「ぬ、まさか興味があるのかの? ソーマ殿とマキナ殿が二人きりになった後はちと集中するゆえ、なるべく簡単な説明で良いかの?」
丸眼鏡の丸眼鏡がキラリと光ると、リュージは情熱的な丸眼鏡も素敵だな等と思いながら、真剣に丸眼鏡が語る異種族ハーフカップルのプラトニックラブについて聞き入った。
自身の性癖を熱く語る丸眼鏡は、突然素面に戻ったかのように黙りこくる。
「ん? それで、異種族と異種族ハーフの大きな違いはどうなんだ?」
「……いや、別にこんな話、興味無いんじゃろ? わたくしに興味を持って頂けるのはありがたいのじゃが、別にわたくしの性癖にまで興味を持ってもらわなくても良いのじゃ」
俯く丸眼鏡に、リュージはたじろぎもせずに声を掛ける。
「良いじゃねぇか、好きなものを熱く語るってこたぁ男だろうが女だろうが関係なくカッコいいと思うぜ。それに自分が好きなことを『こんな話』なんて卑下するのは良くねぇ。たしかにココネちゃんじゃなきゃ俺が異種族ハーフカップルに興味を自分から持つことなんて無かったと思うがよ、ココネちゃんがそこまで情熱的になれるものを知りてぇってのはマジだゼ。続き聞かせてくれよ」
「……そんなことを言われたのは初めてなのじゃ。ソーマ殿も前に聞いてくれたのじゃが、イマイチピンと来てなかったようじゃしのぅ。ありがとなのじゃ。……では異種族カップルと異種族ハーフカップルの違いなのじゃが――ん? すまぬの、タケル殿がフィオナ殿のところに着いたようじゃ。ちとそちらに集中したいのじゃが……」
「構わねぇゼ。ココネちゃんの一番好きな時間を奪うことはしたくネェ」
リュージはそう言うと葉巻に火を着けながら、次の料理と丸眼鏡の酒、自分の水を注文しに屋台へと歩いて行った。
一方、無事フィオナを誘い出したタケルは料理と酒を買うと、それを持って街の外れにある小さなベンチに腰掛けた。
「ごめんねこんなところで。フィオナくんは街で見たいものとか、あるかな?」
「いえ、特に興味ありません」
そう言うとフィオナはタケルの隣に腰を下ろし、頬杖をついて街の喧騒をぼーっと眺めていた。
「ソーマのことを考えてるのかい?」
「え? ええまあ……」
「ふふ、お互い恋が実らぬ者同士だ、良かったら聞かせてくれないか? 彼を振り向かせるのは大変だろう?」
タケルが優しい笑顔で微笑み掛けるので、フィオナは「この人は私のことが好きなのに、私の恋の話を聞いて辛く無いのだろうか」と不思議に思いつつも、溜まった不満を漏らしてしまうのであった。
「結局パーティ内に私の恋を応援してくれる人なんていないんです。ココネさんはソーマ様がマキナさんとくっ付くことを望んでますし、マキナさんだってソーマ様のことが好きですから。リュージさんは特にどちらに肩入れするって感じではないですけど、私を応援してくれるって感じでもありませんし」
「それは辛いね。そんな片思いを半年以上も貫いてるなんて凄いな。僕もフィオナくんを見習わないと」
「タケルさんは見習わないで下さいっ! それにソーマ様、パーティ内で恋愛はしないなんて言ってますし、マキナさんは特別じゃないなんて言ってますけど、絶対マキナさんは特別ですよ。なんて言うかあの二人、独特の空気感がありますもの。深い所で繋がってると言うか、お互いを信頼してるし理解してる気がします」
フィオナの愚痴は止まらなかった。
今まで誰も聞いてくれず、どこにも出せなかった想いを聞いてくれる人が現れ、はしたないとは思いつつも溢れ出る感情に歯止めが利かなかった。
フィオナの話を親身に聞いてくれるのは、タケルがフィオナに好意を抱いているからかもしれない。
その好意に甘んじて自分の愚痴の吐け口にしている自分がどうにもイヤだった。
それでも、ソーマに出会ってから今までの不満や悲しさ、孤独感、辛さを誰かに聞いてもらいたかった。分かって欲しかったのだ。
「キミ達パセドの誓いは強い絆で結ばれているし、互いを信頼しているよね。それが僕は羨ましくもあり、尊敬もしていた。でも、恋に関してフィオナくんはずっと孤独で、一人で戦っていたんだね」
タケルの言葉に、フィオナは必死に堪えていた涙が一気に溢れてしまった。
せめてもと声を押し殺し、うずくまってただただ涙を流すしかなかった。
フィオナは、戦っていたのだ。孤独だったのだ。
それが例え自分が選んだ道とは言え、そうするしか無かったのだ。
だからこそ、強くあろうと決めた。
気丈に振舞い、嫉妬を押し殺し、本当はきちんと順序を踏んで純愛をしたかったのに、順番など考えずに抱いてもらえば何かが変わるのではないかと思ったりもした。
そうでもしなければ、ソーマとマキナの間には入っていけないと思っていた。
そうまでしてソーマを想い続けたのは、フィオナにとってソーマは自分の新たな人生の象徴であり、ソーマへの想いが新たな人生の始まりだからだったのかもしれない。
フィオナが静かに泣き続ける中、タケルは何も言わずに待ってくれていた。
ようやく落ち着いた頃、タケルが小さな布を渡してくれたので、フィオナはそれを水球で濡らすと固く絞り、顔を拭って返した。
「すみません、みっともないところをお見せしてしまって」
「良いさ、それほど想い、耐えてきたんだろう。その想いは素晴らしいよ」
「やめてください、また泣いちゃいますから」
フィオナがしかめっ面をすると、タケルは笑顔で返す。
全くこの人には敵わないなと、フィオナも自然と笑みを浮かべた。
「まあ、こういうタイミングで言うのはちょっとズルいかもしれないけど、僕はフィオナくんの全てを受け入れたいと思っているし、フィオナくんの意志を尊重したいとも思っているよ。キミがソーマくんに想いを募らせるのであれば思う存分にそうすると良い。でも、自分を大事にすることは忘れて欲しくない。キミは素晴らしい女性だし、大切にされるべきだ。愛人でも良いみたいな気持ちは否定するよ。キミは一人の男性に心から愛され、大切にされるべき素敵な女性だからね。その男性に僕を選んでくれるなら、僕は全力で応えるよ」
「あー、タケルさん、今のはちょっとグッと来ましたよ? このタイミングで言うのはズルいです!」
「はは、やっぱりズルかったかな? 今度改めて言うことにするよ」
二人は笑い合うと、これまでのパーティの話や竜人族の話などをし合った。
楽しい時間というのはあっという間だ。とうに約束の30分が過ぎていたので、二人はそろそろ戻ろうかと街の中に足を進めた。
ソーマとマキナがいた屋台を目指す途中、リュージと丸眼鏡の姿が見えたのでフィオナはせっかくだからと二人に駆け寄った。
しかし、丸眼鏡がそれどころじゃなかった。
涙と鼻血で顔をグシャグシャにしているのをリュージがオロオロとなだめていたのだ。
「ど、どうしたんですかココネさん」
「おお、フィオナちゃんにタケルか。わりぃ、顔を拭く布持ってねぇか?」
リュージの言葉にタケルが先ほどフィオナに渡した布を出し、フィオナが水球を使って濡らして固く絞ると丸眼鏡にそれを渡す。
「突然鼻血を出したと思ったら今度は泣き出しちまってよ……」
「ココネさんのそういう反応、嫌な予感しかしないんですけど……」
「わ、わ、わたくしが間違っておったのじゃ……! ラブにプラトニックなど関係なかったのじゃ!! ラブ・イズ・ベスト!!!! わたくしは感動したのじゃ!!!!! のぉぉぉおおおおおおお!! 神よ! アデン殿よ!! 覗き見してしまったことをお許し願うのじゃぁぁあああああああ!!!!!」
自らの世界に入り切ってしまった丸眼鏡の叫びのような懺悔を聞いたフィオナは、黒い感情が心の中に渦巻き始めるのを感じ、その場から逃げるように去った。
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