第214話 魂の交わり
ソーマとマキナはかまくら式住居から少し離れた海岸で一旦酒を抜くためにウォーミングアップを兼ねて汗を流した後、静かに向かい合っていた。
「っだーもう血がたぎるような熱さだ。掛け値無しの本気で行くぜ」
「俺もゾクゾクしっぱなしだよ。遠慮はいらない」
ソーマが頭上に灯籠を打ち上げると、二人は瞬時に身体強化系のオーラと疾風を纏い、浜の砂を大きく巻き上げて文字通り消えた。
マキナはすばやさが700を超え、疾風の習熟度も130を迎えた。
これに覇王の豪闘気のバフと賢王のスキル効果である魔法の効果上昇特大、風属性の大精霊の宝玉が加わると、超神速の域に達する。
対してソーマはすばやさこそ525だが、軍神の覇闘気に加えて疾風の習熟度が200を越えている。
さらに賢王スキルと大精霊の宝玉がその200の習熟度の疾風の効果を上げ、各スキルや魔法の効果の上昇率を大精霊の恩寵スキルがさらに上げているので、マキナには及ばないが超神速を手に入れている。
直後轟音の鍔迫り合いからマキナは紅竜刀をすぐに引くとカットラス・ジュリアも抜刀し連撃を見舞う。
ソーマはそれをバックラーと碧竜刀で受けながら間合いを取り直した。
もはや連続音などと言う生易しいものではない。それはまるで甲高い嘶きであった。
間合いを取るソーマに超神速の斬空剣を放ったマキナは一瞬の縮地を用いてソーマとの間合いを詰めて剣撃を見舞うも、ソーマは高く跳躍してそれを躱す。
「うらぁぁああ!!」
マキナは頭上のソーマに三属性複合の超位魔法黒炎嵐を放つ。
賢王を取得し、ちりょくが1000を越えたマキナの黒炎嵐はまさしく漆黒の灼熱の炎渦であり、触れたモノを即座に蒸発させるほどの熱量を持つ。
ソーマはそれをヘルドが使っていた光魔結界で防ぐと、即座に結界を解いて今度は超位三属性複合魔法、光炎嵐を放った。
こちらは眩ゆい白銀輝煌の灼熱の炎渦だ。
マキナはそれを神速後退からの縮地で躱す。
ソーマはマキナが再度現れる地点目掛けて風破剣を付与した非剣技非非剣技の斬撃波を放った。
斬撃波は周囲の空気を大きく掻き乱しながら轟音を響かせて神速で飛んでいく。
マキナは姿を表すと即座に黒炎竜王砲を撃つ。
漆黒灼熱の波動砲は斬撃波と衝突すると爆発するように弾け飛んで相殺された。
その間にソーマは砂浜に着地する。
「へっ、ウォーミングアップは済んだかよ!」
「喋ってる余裕あるのか?」
ソーマが魔法を使おうとした刹那の間、マキナは神速の踏み込みから縮地を用いて一瞬で間合いを詰める。
既に突き出した紅竜刀はマキナが現れた瞬間にはソーマの首元であった。
ソーマは局所突風を用いて無理矢理半身を捻るも首は深々と斬り裂かれる。
ハイヒールを重ねがけしながら即座に治癒したソーマは、瞬時に全力で鋭礫嵐を纏った。
無数の鋭い鋼鉄の刃がマキナに襲い掛かるも、マキナもすぐに炎獄嵐を纏ってその刃を溶解させながらほんの少し開いた間合いから炎獄嵐の範囲を一気に広げた。
鋭礫嵐を結界に切り替えていたソーマは即座に踏み込み。
マキナの灼熱の炎を結界で掻き分け突進するが、マキナはくるりと背を向けるとソーマに向かってバックステップした直後、消えた。
マキナは縮地の弱点を克服する工夫として、敵に背を向けてバックステップすることで相手の背後に回った時、相手の背を取る方法を編み出していた。
さらにマキナはソーマの背を取った際に、自分がいた場所にドッペルゲンガーを作り出す。
ソーマは一瞬の間にマキナに背を取られ、さらにドッペルゲンガーと挟撃されることになった。
探知で状況を即座に把握したソーマは再度跳躍。
マキナは跳躍するソーマに置くように灼熱覇王砲の構えを見せるも、すぐに光魔結界を使われたのでキャンセルした。
光魔結界が解かれる瞬間を狙うマキナだったが、結界が解かれた時にソーマの姿は無かった。
「光魔結界の中で認知阻害結界か、その本気さがたまんねぇ」
マキナは先ほど鋭礫嵐に斬り裂かれて血が流れる頬を拭うと、極限の集中力を以てソーマの次の一手を待った。
すばやさに勝り縮地を持つマキナは例え後手に回ったとしても躱せる自信があった。
さらに認知阻害結界は近付けば姿どころか、音も存在感も認知出来るようになる。ならば、躱せないわけがない。
マキナは考えた。
ソーマなら、何を狙ってくるか。
結界範囲にマキナが入らないギリギリまで寄せて、斬撃波か、魔法。
ソーマの攻撃を認知した時には当たっている。
そう感じた直後、マキナは背筋にゾクゾクとした興奮と悪寒を感じて跳躍していた。
刹那、マキナがいた場所には斬撃波が現れていた。
「チッ、跳んじまった!」
結界も地属性魔法による足場も使えないマキナにとって上空は隙以外の何物でもない。
しかし、ソーマもその隙を狙っていたが何で攻めるかを一瞬戸惑った。
丸眼鏡の監獄もどきは風破剣付与の心眼斬空剣で斬られる。特大水球からの永久凍土はマキナの炎獄嵐であれば溶かされる可能性が高い。斬撃波は灼熱覇王砲で相殺される。
そしてソーマは瞬時に様々なケースを考え、炎獄嵐を放った。
超威力範囲魔法であれば逃れる術もなく、炎系の魔法であれば相殺されることもない。光炎嵐にしなかったのは、黒炎嵐によって光属性を闇属性で相殺されることを嫌ったためだ。
だが、マキナはソーマの一瞬の思考の隙に灼熱覇王砲を上空に向けて撃ち、その反動で逆に地面へと着地をしたのだった。
マキナの上空では輝く炎が渦を巻く。
再度縮地を用いて間合いを詰めたマキナに、ソーマは縮地の直線上から逃れるも、マキナは回転するように双剣から斬空剣を放ち、予期せぬソーマは腹部を斬り裂かれるも、即座に治癒。
回復する間を読んでいたマキナは再度縮地を用いて即座に間合いを詰め直すと、ソーマは光炎嵐を纏い、マキナはそれに対し黒炎嵐を纏いながら互いの身を斬り合った。
その戦いは模擬戦などではなく、正真正銘の命を賭した戦いだった。
互いの剣撃をギリギリの所で躱しながらも、避け損ねた切り傷がいくつも身に刻まれていく。
いつしかソーマは回復もせずに、ひたすら極限の集中の中で命の、魂のやり取りをマキナと交わしていた。
お互いの攻撃には手加減等なく、まともに当たれば死が待っているような必殺のモノばかりだ。
しかし、そこに殺意は感じられなかった。
むしろ、ソーマとマキナはそこに慈しみや愛のような、温かい想いを感じ取っていた。
二人は相手の攻撃に身を斬られる度に、ゾクゾクと背筋を上る興奮を必死に抑えながら戦った。
そして、相手もまた自身と同じものを感じていることを直観していた。
二人きりの、二人だけの世界。
自身の生き方を全て肯定してくれ、相手の生き方を全て肯定出来る。
一振りの剣に人生や魂や命のようなものが全て詰まっていて、それをどうしても相手に当てたくなる。
そして、それが身体をかすめていった時に感じる喜び。
自分の全てを感じて欲しい、そして、感じてくれている。その感覚を二人は共有しきっていた。
もう、こんな戦いは今後二度とないだろう。
剣を交えるうちに二人はそう直観し、この二度と訪れないであろう二人だけの魂の交わりの時間を、慈しみ愛でるように、戦っていた。
どれくらいの時間、戦っていたのだろうか。
マキナの覇王の豪闘気が切れると同時、ソーマの斬空剣がマキナの胸を大きく斬り裂いた。
二人は戦いの終わりを悟った。
ソーマはすぐにマキナに駆け寄り、回復を試みるも、マキナがそれを静止した。
「はぁ……はぁ……やめろ、やめてくれ……この痛みをもう少し感じさせろ……」
今も尚、胸から大量の血を流すマキナの表情は幸福に満たされていた。
痛みはいつしか快感に変わり、ドクドクと流れ出る血と心臓の鼓動があまりにも心地よかった。
身体中の手先から足先までビリビリと痺れるほどの超絶な快感に、マキナは艶めかしい吐息を上げながら身を捩った。
「……やべぇ、超気持ち良いぜ……あたしおかしくなっちまったのかな……」
頬が紅潮し、目をとろんとさせて時折身を捩るマキナの横に、ソーマは得も言われぬ妖艶さを感じつつも隣に腰を下ろした。
「いい加減回復しないと死ぬぞ。めちゃくちゃ血出てるからな」
「ああ、なんか熱かった身体が冷たくなりはじめやがった。意識も朦朧としてきたぜ」
ソーマは「勘弁してくれよ」とぼやきながら、ハイヒールを何度も重ね掛けしてマキナを治癒した。
「灯篭消せよ」
寝転がるマキナがそう言うと、ソーマは頭上の灯篭を消してマキナの横に一緒に横たわる。
空を埋め尽くすほどの星空を眺めながら、二人は冷えた砂浜で火照った身体を冷やしていた。
夜風と波の音が、間歇的に流れてくる。
「ソーマ」
「なに?」
「……いや、なんでもねぇ」
二人は視線を合わすと、ソーマは言えよと催促する。
「言わなくても分かんだろ。最高だったぜ」
ほほ笑むマキナの気持ちが全て理解出来たような気がしたソーマは、そのままマキナを抱きしめて唇を重ねた。
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