第210話 アマテラの悩み
ソーマ達は早朝からアマテラのダンジョンに来ていた。
まずは一層の小部屋へと転移し、装備や戦略の再確認を済ませる。
「よし、準備は良いね。作戦通りにやれば上手くいくと思うんだけど」
「おうよ、それならあっという間にボスまで行けそうだぜ」
「うむ、あとはMP管理じゃな。まあそれは周回しながら塩梅を調整すれば良いかの」
意気込む三人に対し、フィオナとリュージはやることが少ないせいか不満気だ。
「まあ今回の目標はレベル上げだからね。敵が強くなってくればみんな役割が出てくるだろうから、それまで辛抱してくれ」
ソーマのフォローにフィオナとリュージが肩を竦めて頷くと、五人は第二層へと転移した。
五人は身体強化系スキルと疾風を纏って全速力で次の階層への転移レリーフを目指す。
今回のバフは英雄神の歌のみで、全てのステータスを一時的に大幅に上げている。
すぐに前方に敵が現れると、丸眼鏡は準備していた全知の神眼を揺らめかせて鑑定を済ませた。
「物理攻撃特化じゃ!」
「了解、じゃあ俺から行こうかな。丸眼鏡、手筈通りで!」
ソーマの言葉に、丸眼鏡は前方の敵を覆いつくす大津波を巻き起こした。ソーマ達はその大津波の後ろを続くように走り続ける。
ある程度進むと新たな敵が沸くが、その敵も全て飲み込み押し流し、あっという間に第二層の終着点まで辿り着くと、丸眼鏡は魔力を切った。
壁際には押しやられた虎や狼の魔物が横たわっていた。
そこにソーマが非剣技非非剣技による斬撃波を次々と放ち、一気に殲滅する。
越理の剣スキルにより剣のこうげきりょくを引き出したソーマの非剣技非非剣技は、今やコテツやタケルの攻撃の威力を遥かに上回っていた。
あっという間に全滅させたソーマが、丸眼鏡のMPを確認する。
「うむ、今ので80ほど減ったかのぅ」
「さすがにこの距離をずっと大津波で押し流すとなると消費が激しいね。次から敵を選んで考えようか」
「にしても一気にソーマの攻撃が強くなったよな。あれでMP使わねぇってんだから剣王はすげぇぜ。まあいいや、宝箱開けっか」
今回は宝箱もサクサク開けようと言うことで、マキナは早速祈りの言葉を唱えて宝箱を開ける。
中にはMP回復薬が5個入っていた。
「ハズレだけどよ、やっぱソーマいると宝箱の中身の質が良くなるよな」
「そうですね、前回はたしかMP回復薬すら出ませんでしたし」
「周回するのにこれはありがたいよね。じゃあどんどん行こうか」
ソーマは丸眼鏡がムフフの袋にMP回復薬を仕舞うのを見届けると、すぐに第三層へと転移する。
その後も基本的にはソーマの斬撃波を主体に、物理攻撃耐性の高い敵にはマキナが範囲魔法で対応、すばやさ特化の相手には丸眼鏡とソーマが大津波で押し流した後に永久凍土でサクサクと攻略し、あっという間に第9層へとたどり着く。
「こりゃ早えぜ! これなら5周も余裕かもな!」
「ですね、やっぱりソーマ様が指揮を取ってくれると攻略が楽です!」
おおよそ前回の半分の一時間半ほどで第9層まで来たことに、マキナとフィオナは驚きを口にしていた。
「さて、マキナと丸眼鏡のMPはどれくらい?」
「あたしはまだ600はあるぜ」
「わたくしも700ほど残っておるの」
ソーマは自身のステータスプレートを見ながら確認を済ませる。
「二人は大体3割くらい消費するみたいだね。俺は9割くらい残ってるから、二週目からは身体強化系スキル使うの止めて疾風だけで行こうかな。とりあえず次のボスは作戦通り、俺とフィオナとリュージ主体で行こう」
「分かりました! ようやく出番ですね!」
「動かな過ぎて身体が鈍りそうだゼ。一頭くらいは残せよ?」
ヤマタノオロチ攻略の三人が戦略を確認しているうちに、丸眼鏡が宝箱を開け、そこから出たHP回復薬を収納すると、五人は最下層へと転移する。
第10層へ転移するとフィオナは全バフを紡ぎ、ソーマを先頭にフィオナとリュージが一歩下がって立つ。
「よし行こうか!」
「はい!」
「っし暴れるゼ!」
三人は身体強化系スキルのオーラを纏い、広間の中央へと進んだ。
光が渦を巻き、白銀のヤマタノオロチが現れる。
ソーマは敵の咆哮を待たずに、敵の首の根本が密集する場所に向けて斬撃波を放った。
越理の剣で神剣・碧竜刀のこうげきりょくを最大限引き出した非剣技非非剣技による斬撃波は、あっという間にヤマタノオロチの首を三つはね飛ばす。
「前出ますね!」
「オレぁ左行くゼ!」
このままではソーマに全て倒されてしまいかねないと、後ろの二人は即座に残りの頭に向かって行った。
突然の大打撃に怯むヤマタノオロチに対し、フィオナは残った頭の一つに向かって跳躍すると、その眉間にカカト落としを入れる。
グリーブが食い込むほどの威力のそれによって頭は地面に叩きつけられた。
直後、フィオナの頭上に丸眼鏡製の鉄の足場が現れ、フィオナはそれを蹴って地面に向かって跳躍すると、両手を組んで思い切り振り下ろし一頭の頭を粉砕した。
リュージは左の頭に向かって飛翔すると、鈍器のように槍を振るう。
残りの頭がリュージにブレスを放つも、器用に空を飛び回りながら躱し、槍を振り回して敵の頭をぶん殴っていた。
ソーマはその様子を見ながら適宜残った頭に心眼斬空剣を飛ばし、あっという間にヤマタノオロチを倒してしまった。
「チッ、結局オレが殺ったのは一頭かよ」
「ふふ、私は二頭倒しました」
フィオナがリュージに勝ち誇ると、リュージも「次はオレも殴って戦うかぁ」と肩を竦めてボヤいていた。
マキナと丸眼鏡が歩み寄ってきた辺りで、五人の目の前に光の粒子が渦巻き、純白の着物と漆黒の長髪が特徴的なアマテラが現れた。
『ようやくお会い出来ましたね、ソーマさん』
アマテラは、以前とは違いフランクな笑みを浮かべて語り掛ける。
その様子に前回ダンジョンに潜った女子三人は「ソーマは神と友達なのか」と内心突っ込んでいた。
「アマテラさん初めまして。元日本人としてはアマテラさんにお会い出来て光栄ですし、感慨深いですよ」
『うう……その話はやめて下さい……あっちの世界では私、全然成果を出せてないんですから……いやそれを言ってしまえばこっちの世界だって……所詮私は落ちこぼれですから……』
あまりにもアマテラが一気に落ち込むので、焦る五人。
(そう言えば日本神話でもアマテラスは、弟のスサノオが暴れまわってたのがイヤで洞窟に隠れて全然出てこなかったって話があるくらいだし、アマテラってこういう性格なのかもな……)
ソーマは天岩戸神話をおぼろげながら思い出していた。
(たしか太陽神のアマテラスが天岩戸って洞窟に隠れたことで世界が暗闇に包まれたのを八百万の神とかアメノウズメノミコトが色々やってようやくアマテラスを外に出して、反省したスサノオがその後ヤマタノオロチを討伐に行くって流れだったな)
長老のウズメや白銀のヤマタノオロチなど、日本神話に所縁のあるようなこの地にソーマは感慨深さを感じていた。
『まあ良いです……とりあえずスキルを授けますね。はぁ……エーヴィリーゼがお願いしますって言うからソーマさんの転生を許可したのに、今やアデンまでもソーマさん達を使徒候補にしちゃってるし……元日本人ってことで私も評価されると良いんですけど……』
「はは……ちなみにアマテラさんってエーヴィリーゼさんより立場は上で、アデンさんとは同じ立場なんですか?」
ソーマはエーヴィリーゼが「お願いします」と敬語を使ったと思われること、それにアデンに様を付けなかったことで神々の上下関係を聞き出す。
『エーヴィとゴルムは期待の新人なんですよ。アデンとはほとんど同期みたいなものなのに、彼だけどんどん出世して行って……』
「なるほど、それは御辛いですね、心中お察し致します。でもアマテラさんだって高天原を統治するほどの御方じゃないですか」
『ありがとうございます……あら、私なんだか泣いちゃいそうです。そうなんですよ、責任と期待だけは重くのしかかるのに全然結果は出せてなくて、高天原の神々にも陰でなんて言われてることか……ごめんなさいねこんな話……』
アマテラはそう言うと、瞳から零れる涙を拭っていた。
その様子を見た五人は「神の世界にも色々あるんだなぁ……」と同情せざるを得なかった。
「アマテラさん、元日本人のよしみですし、使徒化した際はアデンさんに転生を許可したアマテラさんも評価しておくように伝えておきますから」
「そうだぜ、あたしらが全員そっちの世界に行くことになりゃ、あんたの功績でもあんだからよ」
「うむ、エーヴィリーゼ殿だけが評価されるというのはちとアマテラ殿が可哀想じゃのぅ」
「私もアデンさんに言っておきます!」
「アマテラちゃんよ、あんた頑張ってると思うゼ? ココネちゃん、布貸してやれよ、せっかくの美神の顔がぐしゃぐしゃだゼ」
リュージの言葉に丸眼鏡は、小さめのハンカチのようなものをアマテラに渡してあげた。
アマテラは皆の優しい労いと励ましに、ついにはボロボロと涙を流し、丸眼鏡から受け取ったハンカチで顔を覆い隠すと、最後に盛大に鼻をかんでありがとうございますと返していた。
『本当にすみません、皆様の優しさに甘えてしまいました。今スキルを授けたので今後私は出てきませんが、聖地を復活した際は呼んでもらえればすぐに出てきますので……。あと……あまり言えませんがヘルド以外にも不穏な動きが見られます、今のままでは皆様力不足でしょうから、ここでしっかり力を付けて下さいね。では、光の神を信仰する者に繁栄と加護を……』
アマテラはそう言うと光となって消え、目の前には宝箱と転移レリーフが残されていた。
「……色々苦労してるんだね、アマテラさん」
「あんな気弱な神、初めて見たよな。あたしもさすがにちょっと同情したぜ」
「うむ……して、次の宝箱はフィオナ殿かの?」
しんみりした空気の中、フィオナが祈りの言葉を唱えて宝箱を開ける。
そこには雫のような形の透明な石が入っていた。
「ココネさん、これって……女神の涙ですか?」
「……うむ、たしかにそうじゃの。あれだけ泣いておったからということかのぅ」
「でもこれは大きな収穫だね。万が一の保険はあればあるほど良い。俺もあの力は使わないつもりだしマキナも魔眼は禁止してるけど、いつ何が起こるか分からないからここで女神の涙を手に入れられるのは大きいよ」
それを聞いたマキナは、さっき泣いてたから足元にも落ちてんじゃねぇかと探すも、濡れた後すら見つからなかった。
丸眼鏡もアマテラに渡したハンカチを確認するも、どうやら光となって消えた際にそれらも消えたようで、涙も鼻水も無くなっていた。
「さて、一週目はまずまずだったね。ヘルド以外の不穏な動きってのも気になるけど、とりあえず今は強くなるのが最優先だし、二週目に入ろうか」
ソーマの言葉に全員が頷き、転移レリーフに触れる。
こうして第一周目は二時間弱でクリアし、ソーマ達は再度ダンジョンへと潜るのだった。
いつもお読み頂きありがとうございます
楽しんで頂けたら嬉しいです。