第201話 ディナーのお誘い
ライル王国の会議を明日に控え、ソーマ達は今日も稽古を終えると宿でシャワーに入り、夕食の為に広場に出ていた。
そして今日は、リュージが丸眼鏡をディナーデートに誘う日である。
ソーマは先にシャワーを浴びて外に出て、湯上りの夜の涼しい空気を楽しんでいた。
街は仕事を終えた人達で活気に満ちており、そこら中で楽しそうな話し声が聞こえる。
やがてマキナがシャワーを終えて外に出てきた。
彼女は大体一番乗りで出てくる。
ソーマを見つけたマキナは歩み寄ると、隣に腰を下ろした。
「今日は何食う?」
「そうだねー、今日はなんか味の濃い肉が食べたいかな」
ソーマの提案にマキナも目を輝かせて賛同した。
その時、二人の元に若い獣人の冒険者と思しき3人がやってきた。
いずれも女性で、一人は剣士、一人は弓使い、一人は魔術師だろうか。
全員がマキナと同じポニーテールにしている。
「あ、あの、パセドの誓いのソーマさんとマキナさんですよね?」
剣士の獣人はもじもじしながら二人にそう声を掛ける。
「あ? そうだけどなんか用か?」
「ほ、ほら言ったでしょ! あの、私マキナさんのファンなんです! 良かったら私のバックラーの裏にサイン書いてもらえますか?!」
剣士の女の子は後ろの二人に声を掛けた後、目を輝かせてペンをマキナに差し出した。
後ろの二人も黄色い声を上げて騒いでいる。
ソーマはその様子を見て、これはマキナが好きそうな展開だぞと顔を見ると、予想通りマキナも剣士の女の子に負けないほどに目を輝かせていた。
「へっ、あたしのサインを欲しがるったぁ見る目があるじゃねぇか。バックラーとペン寄越しな。後ろの二人も遠慮しなくて良いぜ」
「あ、ありがとうございます! ほらキール、ミナ! サインしてくれるって!」
三人の女の子は嬉しそうにマキナを囲み、それぞれ自身の装備にサインを入れてもらっていた。
その様子をソーマは微笑ましく眺めていたが、マキナがスラスラとカッコいいサインを書くのを見て、きっと来たる日に備えてサインを考えて練習していたんだろうなと感じたのだった。
「マキナさん、剣も魔法も一流と聞きました! 私もマキナさんのようなカッコいい剣士になりたいと思います!」
「弓も使えるんですよね!? 全部超一流なんて神です!」
「私、たまたまラスタでマキナ様とお父様の勝負見てたんです! あの時の魔法、カッコ良かったです! 剣は出来ませんけどあんな魔法使えるようになりたいって思ってます!」
三人はアイドルを囲うファンさながらに時折叫び声を上げてはサイン入りの装備を抱きしめ、それぞれマキナへの愛を告げると何度も礼を言って満面の笑みでその場を去っていった。
ちなみにマキナも当然、満面の笑みである。
「凄いね、あんなファンが出来るなんて」
「いずれ世界最強になるマキナ様に今から目を付けるったぁなかなかやるぜあいつら。まー普通はファンがつくってのは大体Aランクパーティからだ。Bランクパーティはそう言うことは少ねぇらしいがパセドの誓いって名前があるし、あたしらが若いってのもあるかもな」
Aランクになるとファンがついたりするのか、とソーマは興味深そうに頷いた。
ソーマは街行く冒険者たちを眺めていたが、特にサインを貰っている者もいなければ声を掛けられてる人もいないのですぐに興味を失った。
「そういえば、今日は俺とマキナとフィオナの三人で飯食いに行こう。リュージが丸眼鏡と二人でご飯食べに行きたいんだって」
「うぉい! マジかよ! っひゃー、あの男も隅におけねぇな! っくぅー宿に戻ったらぜってー丸眼鏡ッちに根掘り葉掘り聞いてやるぜ!」
マキナが悪戯な笑みを浮かべて手をワキワキとさせている所に、俯きがちに丸眼鏡がやってきた。
次いでリュージが急くように駆け足でやってくる。
どうやらデート用の服を見繕ったらしく、珍しくシャツを着ていた。
丸眼鏡は誘われるのが分かっているのか、リュージと目を合わさぬように俯いているが、リュージも覚悟を決めていいるようで丸眼鏡の正面に回って声を掛ける。
「コ、ココネちゃん、今夜はオレと二人で飯食いにい、行こうゼ」
ストレートな誘いにマキナは丸眼鏡がどう答えるのかと期待に目を輝かせ、ソーマも丸眼鏡の反応に注目する。
「わ、わ、わたくしは……別、に、リュージ殿と二人で食事に行く理由など、ないのじゃ」
「……ココネちゃん、ココネちゃんには無くても、オレが行きてぇんだ」
懇願するようなリュージだが、丸眼鏡は俯き黙ってしまった。
そこにシャワーを終えたフィオナもやってくる。
「あら? どうしたんですの?」
「リュージの奴がよ、丸眼鏡ッちと二人で飯食いに行きてぇんだとよ! あたしらは三人で行こうぜ!」
「え! あら! そう言うことでしたらお気遣いなく! 私達は構いませんから、お二人も素敵な夜を過ごして下さいね!」
フィオナは本当に嬉しそうな満面の笑みを浮かべると、マキナと共に二人で夜の街へと歩みを進め、その場を動けずにいたソーマに早く来いと告げる。
「そう言うことみたいだから、丸眼鏡も今日はリュージと食事を楽しんで来なよ。別に良いだろ、俺だって丸眼鏡やフィオナと一緒に二人で飯食いに行ったんだし」
ソーマはそう言うと、リュージの肩をポンと叩いて姉妹のようなエルフの二人の後を追った。
結局なし崩し的に二人になってしまったリュージと丸眼鏡。
一旦断られてバツの悪そうなリュージは、再度丸眼鏡に向き直る。
「ココネちゃん、ムリにとは言わねぇが、今夜は付き合ってくれねぇか?」
「う、うむ……まあそういうことなら別に構わぬのじゃ……」
リュージはホッと胸を撫で下ろすと、既に予約してある店へと丸眼鏡をエスコートするのであった。
ソーマ達は屋台が並ぶ雑多な通りの中で、ドワーフ国料理店へと入った。
甘辛いソースとジューシーで豪快な肉料理が売りのその店で、三人は乾杯すると一日の疲れを癒すように酒を煽り、料理に舌鼓を打った。
「にしてもよ、リュージのヤロウ、展開が早えよな!」
「あれって今夜告白するんですかね? ソーマ様聞いてますか?」
「んー、なんか丸眼鏡が好きなものを聞かれたから、アクセサリーとかそういう可愛いものが好きそうだよとは伝えたんだけどね。多分プレゼントはするんじゃないかな?」
ソーマの言葉にフィオナは「アクセサリー!」と両手を頬に当てて驚き、マキナも「マジかよ!」と目を丸くしている。
「それはもしかすると告白もあり得ますわね!」
「おいおい、丸眼鏡ッちとリュージが付き合うってなったらどーなんだよ! 全然想像つかねぇぜ!」
「それは俺も想像付かないんだよね。逆に丸眼鏡はリュージのことどう思ってるかとか、二人は知らないの?」
ソーマが疑問を投げ掛けるも、どうやら一度二人が突っ込んで聞いたことはあるものの丸眼鏡が本気でだんまりを決め込んでしまったようで、それからリュージに関する話題は御法度となっていたようだ。
「へー、黙るってのは脈アリなの? それともその逆?」
「さーな、どうなんだよ恋愛脳」
「そうですねぇ……普通に考えれば脈アリだとは思うんですが、ココネさんの恋愛観ってちょっと特殊なような気がしますし、男性から好意を向けられることにあまり慣れてないような感じも見受けられますから、正直なところ分かりません」
フィオナの考察にはソーマとマキナも「はぁーなるほどなー」と感心していた。
「でも丸眼鏡、彼氏いたことはあるって言ってたよ」
いきなりのソーマの発言にマキナとフィオナが驚きの声を上げる。
あまりに大きな声なので周囲の人たちが何事かと視線を向けるほどであった。
「マジかよ……全っ然そんな感じには見えねぇけどな」
「まあでもココネさんも今28歳ですし、そういうことがあってもおかしくないですよね。その方とは何で別れたんですかねぇ」
「なんか前の彼氏のこと聞こうと思ったら苦虫を嚙み潰したような渋い顔で『思い出したくもないのじゃ』って言ってたから、彼氏がいたってこと以外のことは分からないんだよね」
ソーマの言葉に二人はそれぞれ何かを察したのか「ああ……」と声を漏らしていた。
リュージと丸眼鏡の恋愛に関しては結局のところ、リュージが好意を持っているのは間違いないので、丸眼鏡がそれをどう思って、リュージのことをどう考えているのか次第ということになった。
「まあ、今夜どうだったか聞きゃ分かるだろ。今から楽しみだぜ」
「さすがに今日はどうでしたか? くらいは聞いても良いでしょうしね。ちなみにソーマ様とマキナさんはあの二人がお付き合いするのはどうですか?」
「俺は別に構わないかな。俺自身はパーティ内で恋愛しないって言ってるけど、別にパーティ内恋愛禁止を謳ってるわけじゃないし。付き合うにしろ上手くいかないにしろ、パーティそのものに悪影響が無ければ構わないよ」
ソーマの考えにマキナとフィオナは、たしかにそれは理想だけどなかなか上手くはいかないだろうと告げる。
「あたしは別に二人が付き合うのは良いぜ。丸眼鏡ッちには幸せになって欲しいからよ。ただたしかにソーマの言う通り、ケンカしてパーティ内でもギクシャクしたり、挙句の果てに別れたってなってどっちか抜けたりってーのはイヤだな」
どうやら海賊ではそう言ったことがままあるらしく、仕方がないとは言え周りからしてみれば気分の良いものでは無かったようだ。
「ちなみに私は賛成です。これを機にソーマ様も触発されたらな、なんて思ってます!」
期待に胸を膨らませ笑みを浮かべるフィオナに、ソーマはいつも通りの苦笑いで誤魔化していた。
三人の話題は次第にタケルの事へと移るも、フィオナが結婚は絶対にあり得ないと否定するので、その後はコテツとヒルコの関係や、オニマルの良き夫であり良き父親っぷりの話などで盛り上がった。
さらにマキナは今日サインを求められたことも自慢げにフィオナに話していた。
さすがに今夜は宿でリュージと丸眼鏡の進展を聞くという最後のお楽しみが待っているので、三人は酔い潰れぬよう酒はほどほどに、料理と会話を楽しんだのであった。
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