第2話 冒険者登録とステータスプレート
暖かい陽射し……砂の感覚……流れる水の音……。
蒼真はまどろみの中で、なんだか懐かしくすらあるそれらを感じていた。
目を覚ますとそこは渓谷の中ほどにある小川の小さな畔で、蒼真は白の袈裟のような布を纏って倒れていた。
てっきり胎生して乳児から始まると思っていた蒼真は少し驚き、小川を覗き込んでみる。
自身の容姿はかなり若返っており、大体雰囲気は15歳くらいといった所だった。
「ホントに異世界転生しちゃったのかな……」
辺りを見回すと小川の上流には見たことも無い険しい山脈。平野部には針葉樹がまばらに立ち並び、それ以外は見渡す限りの美しい草原が広がっていた。
間歇的な風が青々と茂る草を撫で、蒼真を横切って行く。
「きれいだ……」
まるで映画の世界のような美しい光景に目を奪われていると、そう遠くない場所からなにやら動物のようなものが1頭、こちらに駆け寄ってきた。
鳥……? それともドラゴンか……?
緑色の身体に黄色のトサカを持つ、かなりの大きな大型犬くらいの不思議な生物はピョンピョンと跳ねながら物凄いスピードでこちらに向かってきた。
ものの数十秒で目の前に現れたそれは蒼真の前に立つと、黄色のトサカを真っ赤に変色させて甲高い声で威嚇する。
「えっ……!? えっ……、これって怒ってる!?」
途端、鳥ドラゴンは大きな跳躍で飛びかかってきた。
「う、うぁぁおおおおおおお」
間一髪のところで蒼真は身を翻してそれを避け、鳥ドラゴンは躱されると思っていなかったのか着地に手間取り小川の中に転がった。
――ブシュッ!
少し遅れて肩に痛みが走る。そこまで傷は深くないものの、爪で引き裂かれたらしい。
(なな、なんて鋭い爪だ……直撃したらさすがにヤバいぞ……)
鳥ドラゴンによって塞がれていた逃げ道を見出した蒼真は全力で駆け出すも、すぐに起き上がった鳥ドラゴンに追いかけられる。
飛びかかる鳥ドラゴンの攻撃をなんとかジグザグに躱しながら、道を全力疾走していると前方に3人の人影を発見。
「た、た、たすけてぇぇえええええ」
人影の中の剣士のような出で立ちの男が蒼真に向かって走り出し、すれ違いざまに「任せろ!」という声をかけてくれ、命からがら残った2人の元へと駆けつけて振り返ると、地に伏した鳥ドラゴンの首に向かって剣士の男が剣を突き立て、鳥ドラゴンは絶命した。
――――――――――
ティロリロリン♪
ソーマのレベルが5に上がりました。
詳細はステータスプレートをご覧ください。
火属性・水属性・風属性・土属性の魔法を取得しました。
属性融合により中位魔法を解放しました。
――――――――――
脳内に機械的且つ事務的な声が流れる。
どうやらレベルが上がって魔法を覚えたらしい。
上がっていた息も心なしか楽になっている。
そんなことよりも――。
「おいおい大丈夫かよ、跳竜とは言え裸一貫じゃ危ないだろ」
トドメを刺した剣士が絶命した跳竜とやらを背中に担いで戻ってくる。
「キミ冒険者? 盗賊にでも遭ったの?」
隣の魔術師らしき帽子とローブに身を包んだ女性が問いかけた。
(うーん、どうしたものか……とりあえず彼女がそう言うってことは、今の自分の状態だと一番そうなる確率が高いってことか?)
「え、ええそうなんです気付いたら小川にこの格好で倒れていて……」
「それは災難でしたね、でも無事でなによりです、傷も浅いようですし街で一旦治療しましょう」
声を掛けたのはメガネの赤毛の女性で、手持ちのバスケットには沢山の草花が入っていた。
「薬草類の調達は十分なのか?」
「そうですね、一応必要な分は確保出来ましたので」
「よーしじゃあ今日は切り上げて、跳竜売った金で飲みに行こー!」
魔術師らしき女性は嬉々として、帰路へと蒼真を促した。
ニ十分ほど歩いたのち、蒼真達は街に着いた。
二メートルはあろう高さの石造りの街壁が左右に張り巡らされており、街の背には切り立った崖と山脈がある。
どの街も守りを固めているものなのかな、と異文化に触れたような気持ちだ。
門の上には木で大きくリルムと書いてある。
どうやら街の名前はリルムらしく、文字が読めることに蒼真は少し安心した。
その門を潜る前に各々、何やら板のようなものを門番に見せて入って行く。当然蒼真にはそんなものがない。
「おい、ステータスプレートはどうした」
「あ……えっと……」
「キミもしかしてステータスプレートも盗賊に取られちゃった?」
蒼真が困惑していると魔術師の女性が手を差し伸べてくれる。
「ああん? 盗賊に襲われたってのか……ってたしかに身ぐるみ剥がされたような格好だもんな。まあ生きてて何よりだ。肩の傷の手当てもしたいだろうがそういうことなら真っ先にギルドで再発行してもらってくれ。身分証不携帯の輩を街に入れたってなると問題だからな」
どうやらステータスプレートは身分証の代わりでもあるらしい。
「全くあんなの盗っても本人以外の人には使えないのにねー、とりあえず私たちも薬草の納品依頼でギルドに行くからこの子も連れてくよ」
門番の男は魔術師の女性に「頼むぞ」と言い、職務に戻った。
門を潜ると大きな噴水のある中央広場のような場所があり、そこから何本かの通りが街の奥に向かって伸びている。
ギルドとやらはその広場の目立つところにあるようだ。剣と盾の大きな看板が目を惹く如何にもギルドっぽい建物。
蒼真は三人に着いていくようにギルドに入る。
剣士とメガネの女性は右のテーブルでそれぞれ納品依頼をしにいったらしい。
蒼真は入り口で突っ立っていると、魔術師の女性が早くステータスプレート再発行してもらってきなよと促した。
「え、えっとそれってどこでしょう?」
「えっ、キミもしかしてこの街初めて? てっきりこの街出て盗賊に襲われたとばっかり思ってたけど」
「そ、そうです初めてなんです」
魔術師の女性は「はぁー」とか言いながら顎に手を当てて目を細め、蒼真の顔を覗き込む。
さらさらとした長めの金髪に真っ青な瞳、端正な顔立ちとほのかに良い匂いに、蒼真は顔を真っ赤にして後退った。
「ふふ、よく見たら可愛い顔してるねキミ。まあいいや、登録は一番左だよ、ちょうど空いてるしちゃっちゃとすませちゃって」
は、はいぃと、蒼真は力ない返事をして言われたとおりに登録の席に着いた。
「えーっと、冒険者登録ですか?」
受付の娘は茶髪で15歳くらいの若い女の子だった。若いと言っても蒼真もこの世界では15歳くらいなので、見た目はほぼ同い年である。
「あの、冒険者登録とステータスプレートの発行をお願いしたいんですが」
「あ、はい、一応冒険者登録するとステータスプレートは付いてくるので、それで問題ありませんか?」
なるほど、そういうものなのかと納得する蒼真。
「問題ありません、それでお願いします」
「はい、ではこちらに記入をお願いします」
蒼真は言われるがままに冒険者申請書という書類を受け取った。
書類の欄には名前、年齢、職業、主な実績、得意なスキル……。
(……困ったぞ。名前は漢字で書いて良いのか? 年齢は実年齢? というか前世の実年齢? 職業ってサラリーマン……じゃないよな。実績もないし、得意なスキルって……平謝りと徹夜仕事とか?)
蒼真がペンを握ったまま固まっていると、受付嬢が察してプレートを渡してきた。
「分からないことはステータスプレートを見ながらでも結構です。利き手をプレートに乗せてもらえれば完了ですから」
どうやら何を書けばよいのか分からない、という人も一定数いるらしい。
目の前に出された大き目のスマートフォンほどの金属板に蒼真が手を当てると、青く発光した後に何やら文字が浮かび上がった。
―――――――――――
名前:ソーマ
年齢:15
職業:魔法剣士
レベル:5
ランク:
→
―――――――――――
――なるほど、名前はカタカナ表記になって年齢まで分かるのか。
というか、年齢も名前も何故分かるんだろうか。まあ実年齢ではないけど。
そして思い出した、そういえば職業は魔法剣士だった。
……ってあれ? たしか女神は転生後に記憶を無くすって言ってたけど、無くなってないぞ?
まあいいか、なにはともあれ、早くこっちの世界の環境に慣れて前世とは違う悠々自適な異世界ライフを満喫するのだ。
最後のランクという項目は冒険者登録後のランク付けだろう。
その下に→という表記があるのでタッチしてみた。
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・ステータス
HP 40
MP 43
ちから 42
すばやさ 32
ぼうぎょ 39
ちりょく 41
こううん 456
・属性
[火][水][風][地]
・魔法
低位魔法一覧
中位魔法一覧
→
―――――――――――
――こううんたけぇぇぇぇぇ。
これだけのこううんが前世であれば……ってまあ、むしろあの悪運が幸運に変わっただけでも恩の字か。
そしてレベルアップの時になんか声が聞こえたけど、たしかに四属性使えるぞ。レベルアップで中位魔法を覚えたおかげか、その欄もある。
低位魔法には火球、水球、突風、礫弾というのが表示された。
中位魔法にはヒールという魔法だけが表示されていた。
光と闇も持っていると女神は言っていた気がしたが、それはまだ取得していないようである。
さらに下の→表記をタッチ。
――――――――――
・スキル
S:限界突破、才能開花、大精霊の恩寵
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――これが女神の言ってた三つのSランクスキルか。
スキルをタップするとそのスキルの詳細の説明画面が出た。
・限界突破…成長限界がなくなる。
・才能開花…レベルやスキルレベル、習熟度が上がりやすい。新しいスキルや魔法を取得しやすくなる(効果特大)。
・大精霊の恩寵…ステータスの上がり幅や魔法・スキルの効果に上昇補正。魔法やスキルによる消費MPを抑える。MPの自動回復が早い。全属性攻撃耐性・状態異常耐性。(全効果大)
(なるほど、汎用性が高く伸び代、伸び幅に関して抜群の相性ってことか。今すぐ強いってより戦えば戦うほど強くなっていくタイプだな)
ステータスプレートを確認したソーマは、書き写すように冒険者申請書の項目を埋めていった。
“得意なスキル”の項目に関しては、ステータスプレートのスキル欄のものではないような気がしたので、シンプルに“魔法”とだけ記し、まだ使ったことのない魔法を書くのに不安になったのでその後ろに(しいて言うなら)と付け足し、受付の娘に渡した。
「ふむふむ、ではこれで登録致します。少々お待ちください」
受付の娘が何やら手続きしに行ったのでギルド内を見渡すと、その視線に気づいた剣士と魔術師の女性がこちらに向かってきた。
「随分時間掛かってるな、ステータスプレートの再発行は済んだのか?」
「あ、はい、一応冒険者登録もしてステータスプレートももらいました」
「え、キミ冒険者じゃなかったの?」
あ、しまった、と思ったが苦笑いをしてごまかすと、魔術師の方は興味がないのか気にした様子は無かった。
ちなみにメガネの女性は今回の依頼者で、依頼内容は薬草の採取の護衛依頼とのことだ。
完了報告は済ませたようで、すでに彼女はギルドを後にしている。
「お待たせしました、登録完了です」
「よーし、じゃあ今日はせっかくだから三人で飲みに行くぞ!」
「早くいこー」
こうしてソーマの異世界転生初日の最後は、酒豪の二人に連れまわされることになった。
傷口の手当ては忘れられていたようだが、いつのまにかかさぶたになっていた。