第19話 新たなスキルと仲間
ソーマとマキナは空高くそびえ立つ大樹の中ほどの枝の上で、呆気に取られていた。
「……なんだこれ、まるで世界樹じゃねぇか……」
「……あの、とりあえず一旦離れないか?」
驚きと恐怖のあまりソーマに抱き着いたままだったマキナは、そのソーマの言葉に我を取り戻すと即座に身を離す。
「お、おお、おまえが……! おまえがっ! だ、だだだき……っ!!」
顔を真っ赤にしてソーマを指さしながら何か言おうとするマキナを見て、恋愛耐性の無いソーマもさすがにこいつほどではないなと呆れ、興味を逸らして立ち上がった。
「……それにしても結構深い山脈の中まで来てたんだな。見渡す限り山だぞ」
眼下には360°見渡す限りの山脈が続いていた。
山合いには所により霧が立ちこめ、地平線へ行くに連れて青々とした山影が薄くなり滑らかなグラデーションを作り上げている。
空は突き抜けるように青く、太陽はちょうど大樹の真上に位置していた。
時折風が吹き抜けると枝葉がざわめき、地上付近から鳥が大樹の周りを舞うように飛び交い、その歌声を届ける。
「……すげえ、こんな景色見たことねぇぞ」
「俺もだよ……ダンジョンってみんなこんな感じなのか?」
「まさかよ」
その荘厳で神秘的な景色を前にして呆けた顔の二人の眼前に、柔らかく淡い翠色の光が現れ、そこに羽を持つ小さな妖精のような女性が現れた。
『世界樹の封印を解く選ばれし者たちよ……そなたたちに加護を……』
妖精はその言葉を残すと静かに消えていった。
「え、みじかっ!」
「……おまえ、あたしでもそれはさすがに罰当たりな反応だと思うぜ」
神秘的な現象の前ではマキナの反応が一般的かもしれないが、少し前に随分な軽いノリで喋り散らしていた女神と話したソーマからすると、世界樹の妖精の言葉は非常に真面目で簡潔に思えた。
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ティロリロリン♪
ボス・神樹喰いを倒しました。
ソーマのレベルが36に上がりました。
詳細はステータスプレートをご覧ください。
スキル『挑戦』は『逆境』にランクアップしました。
スキルに『世界樹の救い手』『世界樹の加護』が追加されました。
魔法『エリアヒール』と『ハイヒール』を覚えました。
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「すげぇ……なんか力が湧いてくるぞ……」
マキナの言葉にそうか? と反応したソーマだが、ステータスプレートを見たマキナ曰く、ステータスが全て一割ほど上がっているらしい。
「なんでマキナだけなんだ……エルフだからか?」
「かもしんねぇな。もしかするとエルフ族全体がそうかもしんねぇ。あと面白そうなスキルが発現してるぞ」
二人は各々のステータスプレートを確認する。
SS:世界樹の救い手…???
S:世界樹の加護…HPが自動回復する。風属性と回復系の魔法・スキルを取得しやすくなる。風属性と回復系の魔法・スキルの効果が上がり、習熟度が上昇しやすくなる。風属性と回復系の魔法・スキルの消費MPを抑える。風属性攻撃耐性。(全効果大)
B:逆境…自分より強い敵に立ち向かう時、全てのステータスが上昇する(効果小)。
「SSランクスキルだけど効果が書いてないな」
「んだよ期待しちまったじゃねぇか……」
「きっとなんかの解放条件とかがあるんじゃないか? いずれにせよ他のSランクスキルも強力なスキルだから発現すればとんでもない効果なはずだし、楽しみが増えたよ。それに手に入ったSランクスキルの加護の方もめちゃくちゃ有能だし」
ソーマはSランクスキルがどれほど強力であるかを、この数か月で身をもって体感していた。
それに転生時に運良く発現したものの転生後にもSランクスキルが増えるとは思っていなかったため、例えSSランクスキルの効果が明かされていなくとも満足している。
「たしかにちげぇねぇな。っていうかおまえ“も”Sランク持ちなのか?」
「やけに強調するあたり、マキナ“も”持ってるんだな」
お互いある程度手の内を明かしたとはいえ、習熟度やスキルの詳細などは明かしていない。
ソーマはそう教えられていたし、冒険者歴の長いマキナもスキルを他人に話すことによる弊害を身をもって熟知していた。
しかし、それでも他人のスキルが気にならないわけがないのが人の常である。
「あたしなんてAランクも持ってるぞ」
勝ち誇った顔でマキナが言う。
その表情はまるで「おまえもまあまあ強いがあたし程じゃないな」と言っているようで、ソーマは満面の悪戯な笑みを浮かべた。
「なんだぁ? まさかおまえもか?!」
「いやあ、マキナの勝ち誇った顔が面白くてな。ちなみに俺は『世界樹の加護』を除いても持ってるSランクスキルは一つじゃない」
マキナは信じられないと言った顔で目を丸くした。
「お、おまえっ!! Sランクスキル二つ以上持ってて四属性使いって何者だ?! おかしいだろ!!」
「あーーはいはい、ダークエルフと魔族の珍しいハーフで魔眼を持っててSランクスキル持ちで三属性使いで、さぞ自分が世界最強に成り得る才能に溢れた冒険者だと思ってたんでしょうねぇ」
「……ってめえマジでぶっ殺す!!!」
その後二人はポカスカ殴り合っていたが、これを一般的には“イチャイチャ”というのである。
本人たちの認識はさておき。
ちなみにソーマからすれば先に高ランクスキルマウントを持ちかけたマキナに、ただやり返しただけの正当防衛だ。
「はぁ……はぁ……まあスキルや属性の多さだけが強さじゃねぇからな、勘弁してやる」
負け惜しみを言うマキナに、何をいまさらと首を傾げたソーマはヒールを掛けてやる。
「んでよ」
改まってソーマに向き合うマキナ。
「おまえはこれからどうすんだよ」
「……そうだな、とりあえず街に戻るかな。懇意にしてくれている夫婦もいることだし」
そう言いつつ、ソーマ自身もこれから自分がどうするかなど真剣に考えたことがなかったことに気付く。
「……そのあとどうすんだよ」
「うーん、そう言えば全然考えてなかったな。一応冒険者としてやっていこうかなとは考えてたけど。……思えば強くなることばっかり考えてたからな」
異世界に来てまでわざわざ就職をしようと思えなかったソーマは、冒険しながら日銭を稼ぐ未来をとてつもなく漠然と描いていた。
マキナはそれを聞いてしどろもどろとソワソワしている。
「なんだよ、言いたいことでもあるのか?」
「……いや、なんつーか、おまえといると探索が楽だしよ……それにお宝だって二度も出た上に……剣はお揃いだしよ、それにほら、あれだろ、お互い出自には苦労してたり見た目も珍しいし、高ランクスキル持ってたり複数属性使えると色々害虫も寄ってくるだろ? な、分かるだろ?」
異世界での経験の浅いソーマはその辺りの実情は予想でしかないが、それでも想像は出来た。
高ランクスキルと複数属性持ちは才能だけで言えば突出しているが、結局のところ実戦経験とレベルが無ければ使えない素人である。
勝てない相手が打算で近付いてくることほどややこしいものもないだろう。良い人に恵まれれば良いが、その良い人を見つけようにも稀有な見た目によって警戒されることも少なくないはずだ。
となるとパーティを組むこと自体のハードルが上がり、組んだとしても見せられるものと見せられないものの線引きをしなければならず、実力を十分に発揮出来ないまま戦闘することになる。
さらに常に相手に利用されるのではないか、打算で近付いているのではないかと疑心暗鬼にならざるを得なく、結局のところソロが一番気持ち的に楽となるのであろう。
つまり、マキナの言わんとしてることも理解出来た。
「ようはあれか、仲間になれってことか?」
「お、おう! いや、なれって言うかおまえには二回も命助けられてるからそんな上からじゃねぇよ! ただおまえがこの先何するか決まってないならパーティ組もうぜって話よ!」
ソーマはなるほど、と顎に手を当てて考える。
ダンとエルは騎士団を引退して辺境の街に根を下ろす、スローライフを送る冒険者だ。
いつまでも二人の世話になるわけにはいかないし、ソーマも、そしておそらくダンとエルもそれを望んでない。
となるといずれは一人立ちすることになり、そうなれば他の街を巡りながらこの世界を見て回るだろう。
結局、それが一人になるか二人になるかの話で、どうせなら連れがいた方が楽しい。
そして何より、ソーマはマキナと一緒にいる時間が好きだった。
「な、なんだよ、別にイヤならいいぜ、どうせあたしはソロでやってきたしな」
「いや、せっかくだから一緒に行くよ。マキナといると楽しそうだし」
ソーマがそう言うと、マキナは必死に顔に出すまいと抑えようにも、喜びと嬉しさが溢れ滲み出てしまっているヘンテコな顔で答えた。
「ぉ、おぅ! じゃあぁらためてよろしくな!!」
ヘンテコな顔に加えて所々声が裏返っているマキナを見て、ソーマは目を細めて悪戯な笑みを見せつけた。
「……やっぱぶっ殺す!!!」
湯気が出んとばかりに顔を紅潮させたマキナが背の弓を引き絞ったので、ソーマは風を身に纏いながら枝から枝へと器用に飛んで逃げ回り、その後を冗談と思えぬ威力の矢が追いかける。
そんな二人の表情はどこか晴れやかだった。
今回も読んで頂きありがとうございます!
まだまだ一日二話更新続けます!
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