第158話 嫉妬
ローガンの工房で熱気球の最終チェックを終える前、ソーマはピアスを通してフィオナに、もうすぐドワーフ国を発つ旨を伝えたが、返事は返ってこなかった。
心配したのだが、マキナも丸眼鏡も特に何も言わないので、ソーマはもう少し待つことにした。
「よし……! 熱気球は問題ねぇ。一応籠には眼鏡ちゃんが外を見れるように台を付けておいたぜ」
「おお、すまぬのう。長い時間抱き抱えてもらうのも申し訳なかったゆえ、助かるのじゃ」
この身長問題はドワーフ特有のものなのか、ローガンもその辺りの気配りには慣れているようであった。
「問題は耐久性だが、正直なところ使ってみなきゃ分からねぇ。数年は大丈夫だと思うが、一応防具を取りに来る時にもう一度点検させてくれ。あと、ライル王に会ったらよろしく言っておいてくれ」
「分かった。防具楽しみにしてるよ」
「カッコ良くて強ぇやつ頼むぜ!」
「わたくしのも可愛く頼むのじゃ」
笑いながら任せておけと言うローガンと三人は握手すると、マグマライト結晶を預けて店を出た。
ソーマ達は街を出る前にMP回復薬や軽食などを買い足すと、再度フィオナに連絡をして広場で待つことにした。
「なあ、そろそろ何があったか教えてくれよ」
ソーマの問いに丸眼鏡はマキナの様子を伺うも、知らねぇと言った素振りを崩さないので丸眼鏡も困惑していた。
ソーマは小さく溜め息を吐くと、視線を広場へと移した。
多くのドワーフが行き来する中、遠目にこちらにやってくるフィオナの姿が見えた。
フィオナに見えるように手を振ったソーマだったが、よく見ると鬼気迫ると言った深刻な表情である。
(うわぁ……二人も何にも言わないしあのフィオナの様子だと絶対また一波乱あるぞこれ……)
今までも多少関係がこじれたり喧嘩に近いことは起こっていたが、今回ばかりは様子が違うぞとソーマが身構えていると、三人の元にフィオナがやってきた。
「ソーマ様、お聞きしたいことがあります」
「え、な、なにかな?」
まるで詰問されているような気分のソーマはたじろぎながらフィオナの言葉を待つ。
「マキナさんのネックレス、ローガンさんに頼んだのもデザインの案を出したのもソーマ様なんですか?」
ああその事か、とようやくソーマは事態の原因を理解した。
「そ、そうだよ。魔族戦で壊れちゃったからね」
「……そうですか。ソーマ様はマキナさんのことが好きなんですか」
悲しみか怒りか惨めさか、強い感情を必死に表に出さないようにフィオナは淡々と質問をする。
「それって、異性として好きかって意味で聞いてるんだよね?」
「そうです」
うーん、と考え込むソーマを、フィオナに加えて丸眼鏡とマキナもどう答えるのか耳を傾けて答えを待っている。
しかしソーマもどうやら本気で考えているらしく、時に顔をしかめたり、時に頬杖をついたりしながらあれこれ思索し、なかなか答えは帰ってこなかった。
三人はしばらくの間、真剣に考え込むソーマを見守るより他になかった。
「んーーそうだなぁ……俺、前の世界でも女性と付き合ったことって一回しか無かったんだ。すぐに別れちゃったけど。でもたしかにその時は相手を女性として好きだった。マキナはそう言う感じでもないし、かと言ってただの仲間かって言われるとそうでもない。友達って言うにもなんかちょっと違う気がするし難しいね」
如何にもソーマらしい本音であろう言葉に、はっきりとした答えを期待していたフィオナは逆に顔を手で覆って考え込む形となった。
「えっと……じゃあソーマ様は、マキナさんのことを異性として好きだと明言しないわけですね」
「そうだね。でも好きだよ。それは丸眼鏡のこともフィオナのことも同じくね。まあそう言うことを聞いてるわけじゃないと思うけど、俺はみんなのことが大好きだよ」
これまたソーマらしい言葉だなと三人は思いつつも、丸眼鏡だけは心の中で「女心が分かっておらんのぅ」と一人呟くのであった。
事実、フィオナは小さく溜め息を漏らしている。
「ちなみにソーマ様、マキナさんはパーティの中でも特別ですか?」
「んーどうだろうな。まあ初めてこの世界で出来た仲間って意味では特別かもしれないし……それにマキナの性格的に本音で貶したり言い合ったり出来るから、それは仲間の中ではマキナだけかな。まあでもそれってフィオナを見てても同じだと思うけどな。マキナには結構食ってかかってるしさ」
「そう言うことではなく、特別好きかどうかと言うことです」
全く引かないフィオナに対し、マキナは「アホくせぇな」と漏らすと街の外で待ってるぜと言い残してその場を去って行った。
残された三人の間には重い空気が流れている。
「いや、ごめん分からないよ。そもそも人それぞれ個性があってそれぞれの関係性があるのに、誰が一番好きで誰が二番目でって言うのはおかしいだろ。俺とマキナの関係は俺とマキナだけのものだし、俺とフィオナの関係だって俺とフィオナだけのものでしょ?」
「……そうですね。でもソーマ様とマキナさんの間には、強い絆があるように感じます」
「絆ってどれだけの時間を一緒に過ごして、本音で語り合って来たかってのが大きいと思うんだけど、そういう意味でマキナは裏表なくいつも本音で語るタイプだし、最も長く一緒にいるから、それは当然じゃないかな。例えば俺とフィオナが二人で半年でも旅をすれば絆はもっと深まるでしょ」
ソーマがそこまで言うとフィオナは俯き、今までの言葉を反芻するように目を閉じて自身の考えを整理した。
そして気持ちを定めたように目を開くと、悲しげな笑顔で言う。
「そうですね、朝からすみませんでした。正直ソーマ様がお揃いの剣のデザインのネックレスをマキナさんに贈ったことに、嫉妬しました。でももう大丈夫です。いえ、大丈夫じゃないですけど、これ以上聞いても仕方がないので大丈夫です。ご迷惑掛けてすみませんでした」
「いやいいよ、むしろ話してくれてありがとう。何も言わずにモヤモヤされるよりは言いにくいことでも共有出来たらいいなと思ってるよ。それが絆を育むと思うしね。それに、一番最初に言ったけど俺はパーティ内で恋愛云々をするつもりは無いからね」
フィオナはありがとうございます、と頭を下げた。
よし、と手を大きく叩いたソーマは、空気を変えるように丸眼鏡とフィオナに声を掛ける。
「さあ、そろそろ獣人国に行こう。空の旅、眼下の絶景を見ながら飲み食いしたいものを買うなら今だよ。俺たちは買ったからフィオナも急いで!」
「……はい! 分かりました! ココネさんは何にしたんですか?」
フィオナは丸眼鏡の手を取ると、自分の食事の買い物に連れ回し、丸眼鏡も笑顔を取り戻してオススメの料理を買っていた。
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