第156話 究極魔法の完成
「んぬふぅっ!! つ、ついに完成したのじゃ……究極の魔法っ!! 賢王になれば必ず完成すると信じておった甲斐があるのぅ!!!!」
まだ夜が明けぬ頃、一人真っ暗な路地裏で声を押し殺し切れずに興奮する一人の小さな獣人の姿があった。
その獣人は木箱や樽の影に隠れるように身を潜め、アイコンのような丸い大きな眼鏡を光らせている。
「さ、さて……まずはどのシーンから行くかのぅ……やはり初期の頃の神回『ツノに触れて嬌声を上げてしまうダークエルフと魔族の美少女』かのぅうう!!」
獣人は一層身を屈めると、そっと目を瞑り、集中し始めたと思うと途端に鼻から血を噴いた。
「ブフゥッ!! や、やはり神回じゃ……! マキナ殿の初めて感じる心地良さと思わず口から出てしまう艶かしい声がたまらぬぅっ!! で、では次は……さ、先ほどの抱擁しながら見つめ合うシーンをもう一度っ…………ブフゥッッッ!!!!」
丸眼鏡は再度鼻から血を噴き出しながらも興奮に頭と手と尻尾をブンブンと振っているのであった。
ちなみに彼女が開発した究極魔法の名前は『ムフフの記憶』である。
効果は言わずもがな『過去に記憶したシーンを鮮明に映像化する』で、当然音声も再生され、丸眼鏡はさらに自由に『ムフフエフェクト』を付けて楽しんでいたのであった。
翌朝。
シーツとベッドと枕を血だらけにした丸眼鏡の代わりにソーマ達は宿主に平身低頭謝罪をして弁償のためのお金を払うと、朝食を取るために広場に向かった。
昨夜フィオナが叫び声を上げてからすぐに駆けつけたソーマとマキナだったが、丸眼鏡が泣きながら何でもないから戻ってくれと言うので、ソーマとマキナは心の中で「部屋に戻っても続きなんてないからな」と思いつつ、部屋に戻ってそのまま眠りに就いた。
その後朝起きると丸眼鏡の姿はなく、稽古に行く前にきちんと宿主に謝罪すべきだよなと思った三人は久々にゆっくりと寝てから謝罪しに行った次第だ。
三人はサンドイッチやカットフルーツ、飲み物を買うと広場の空いている席に着いて朝食を取り始めた。
そこにすぐに、フラフラとした足取りで目の下にクマを作り、げっそりとした顔の丸眼鏡が現れた。
「きゃっ!! ココネさん大丈夫ですか?! どこ行ってたんですか?!」
「……血が……血が足りぬのじゃ……」
ボロボロの丸眼鏡が席に着くと、ソーマは自身が買ってきた鶏肉のサンドイッチと牛乳を丸眼鏡に渡す。
「とりあえず鉄分と水分とたんぱく質取っといた方が良いぞ。レバーのスープもあったはずだから買ってきてやる」
ソーマは、普段は冷静で頭も切れるキャラのクセに自分の欲望のこととなるとまるで目の前が見えなくなるんだから困ったやつだとボヤきながら買い出しに出て行った。
丸眼鏡はすまぬのぅと謝りながら、もぐもぐとソーマから貰った朝食を食べ始める。
マキナは丸眼鏡のことに関しては慣れているので、特に咎める気もないのか黙々と朝食を食べていた。
その時、ふとフィオナはマキナの首元に着けられたネックレスに気付く。
「あれ……? それって……え、あ、ああ。ココネさんが血を噴いたのってそのせいですか」
フィオナは全てを察したかのように一気に目の光が失せ、冷たい目付きでマキナを眺めた。
「ち、ちがうのじゃ……魔族戦でマキナ殿にあげたネックレスが壊れてしまったものじゃから、ローガン殿に頼んで作り直してもらったのじゃ……」
「え、私の思った通りで全然違わないんですけど」
「ち、ちがうのじゃ……ドワーフ国入りして飲み明かした日の夜にわたくしがローガン殿に頼んだのじゃ……それでわたくしが……その、ソーマ殿からマキナ殿に渡す所を見たかっただけなのじゃ……」
フィオナは丸眼鏡を見ながら「ああ、たしかにあなたならしそうですわね」と吐き捨てるように言った。
「でも碧竜刀と紅竜刀のデザインに変わってますよね?」
「そ、そりゃそうじゃろう……わたくしがそうするように――」
「んだよ、別に良いじゃねぇか。ソーマがこのデザインでってリクエストしたんだとよ、あたしのために」
マキナがうだうだうるせえなあと言った具合で興味もなさそうにそう言うと、フィオナは目を見開いて怒りか憎しみか、ありったけの負の感情をマキナにぶつけた。
「そうですねぇ、別に私には関係ありませんもんねぇ」
「ああ、関係ねぇな」
フィオナはテーブルを粉砕するかのような力で叩くと、そのまま立ち上がって無言で立ち去って行った。
少し経って丸眼鏡と自分の朝食を買ってきたソーマは、明らかに不穏な空気と消えたフィオナについて尋ねた。
「あれ……フィオナは?」
「知らねぇ。クソでもしに行ったんじゃねぇのか?」
(いやいや……明らかに空気悪いだろ……)
再びソーマが尋ねるも、丸眼鏡は先ほどから怯えるように一人で俯きがちに黙々と朝食を食べており、マキナも知らないと貫き通すので、ソーマは小さく溜め息を吐いて朝食を食べるのであった。
フィオナが戻ってこないので三人はそのまま鉱石の専門店に足を運んだ。
前回大量のマグマライト結晶を持って行ったことで顔を覚えてくれていたのか、店主は笑顔で三人を迎えた。
「やあ、今回も買い取りかい?」
「ええ、前回よりも沢山マグマライト結晶が手に入ったのと、ちょっと変わった結晶も見つけまして。ローガンに見せても分からないって言うから、ここで見て貰えってことで持ってきました。結構な量ありますけどここに出して良いですか?」
ソーマの問いに店主はちょっと待ってくれと言うと、奥さんらしき女性に店番を任せて裏の倉庫へと案内してくれた。
小さな店に比べるとかなり大きな倉庫で、沢山の棚に大量の木箱が並び、色とりどりの結晶や魔石の類が在庫されていた。鉄鉱石やマグタイト鉱石、ミスリル等の類は平置きされた大きなコンテナに大量に入れられている。
「いやあ運がいいね君たち。ちょうど前回買い取ったマグマライト結晶が全て売れてまた注文が殺到してたんだ。あれは出る時はミスリル鉱山なんかでも結構出るんだが、出ない時はさっぱりだからね」
「へっ、運がいいってセリフはソーマの為にあるようなもんだからな」
マキナは金の匂いを嗅ぎつけたのか上機嫌にソーマを小突く。
店主が場所を指定したので、丸眼鏡はまず大量のマグマライト結晶を指定された木箱に出した。
かなり大きな木箱だったが、あっという間に溢れんばかりの特盛状態に積み重なる。おそらく前回買い取ってもらった量がこれくらいだろう。
「うむ、これで五分の一程度かのぅ」
「えっ!? これの五倍あるってのか?! ちょ、ちょっと待ってくれ、さすがにうちみたいな規模の店じゃ今全部は買い取れないよ!」
店主はあまりの量に驚いた。
それもそのはずで、前回で大金貨150枚分、つまり日本円換算で1500万円分だ。
それの五倍となれば7500万円相当の買取金額である。いくら王都の有名な鉱物専門店とは言え、個人で経営している店がそのような大金を常備しているわけがない。
「んーどうしようかな。ローガンの所に預けておいて、店主さんに余裕が出来たら都度ローガンから買い取ってもらう形でも良いですか?」
「そ、そりゃあうちとしては他の店に持ち込まれるよりはそっちの方がありがたいけど……」
「じゃあそうしてもらおうかな。買い取り代金はローガンに渡しておいて下さい。防具代とか諸々払わなきゃならないものもあるから」
店主は前回もかなり儲けが出たようで、全て買い取らせてもらえることに両手で握手するほどに喜んでいる。
「いやあ本当にありがとう! こんな量をうちに任せてくれるなんてね。また採ってきたら是非うちに任せてくれ」
「んー、今回の採掘場所ではもうほとんど採りつくしたから、次回は無いと思いますねー」
「あ? おまえ大金貨で1000枚分くらいだぞ? 暇が出来りゃまた行こうぜ。あと丸眼鏡ッち、あっちの結晶はどうだ?」
一体そんなに稼いで何に使うんだと突っ込みたくなるソーマだが、目玉の結晶のこともあるので丸眼鏡を促すと、丸眼鏡は特に大きな青と紫の結晶を取り出して店主に見せた。
店主は見たこともないぞと声を漏らしながらも、ルーペのようなもので観察したり、何か特殊な機械のようなもので魔力を流したりし始めた。
どうやら鉱石や結晶専門の鑑定機のようなものが三種類ほどあるようで、やはり餅は餅屋だなとソーマは感心していた。
「……基本的な組成はマグマライト結晶と酷似してるけど含有魔力が非じゃないね。この大きさと魔力密度を考えると、この手のひらサイズのマグマライト結晶の魔力と比べても、青い方はこれ一つで100倍、紫の方は1万倍ほどの魔力を秘めている可能性がある」
「ってこたぁ買取金額もとんでもない金額になるのかっ!?」
恐ろしいほどの魔力含有量を聞き、もはやマキナの目は金貨になっているようだ。
「そう単純な話でもない……かな。マグマライト結晶の用途は知ってるかい?」
そう尋ねる店主は深刻な表情でソーマ達に問う。
ソーマ達は当然知らないので、首を振って否定した。
店主曰く、マグマライト結晶は鍛治で火を使用する際に用いられるとのことだ。
普通は燃石という高温度に燃える石を使って鉱石を鍛造していくのだが、ミスリルやアダマンタイトのような特殊鉱石を鍛造する際には温度が足りなくなり、燃石と砕いたマグマライト結晶を混ぜて温度を上げる。
こう聞くとマグマライト結晶そのものが高温度を作り出すかと思われるが、燃石のエネルギーをブーストさせるのが本来の役割である。
「ミスリルは各国の騎士団でも標準装備になるほど需要のある装備だけど、その割にマグマライト結晶は常に足りてなくてね。今は鍛治の燃料にされてるけど、兵器にも転用出来ないかって話が出ているんだ」
店主の話にソーマは何が言いたいのかピンと来たようだ。
「なるほど、つまりこの青や紫の結晶が兵器に使用される可能性があるんですね」
「そうだね。例えば広範囲の魔法をこの紫の結晶でブーストさせたとしたら……もしかすると一国の王都を吹き飛ばす可能性だってあり得るよ。僕のお客さんはドワーフが大半だけど、他の国にも沢山いるからね。買い取って良いものかどうか迷うのが正直な感想だし、値段も付けようがないね」
なるほどな、とソーマは俯きながら考える。
(これ、もしかしたら魔法やスキルをブースト出来るかもしれないな。今度秘密基地で試してみるか)
「分かりました。危険なものかもしれませんし、来るべき時に備えて保管しておきます。マグマライト結晶の件は先ほどの手筈で」
「うん、分かったよ。この木箱分は今買い取らせてくれ。これが売れて仕入れの目途が立ったら、ローガンさんの所から買い取るよ」
店主と三人は一度店まで戻ると、店主から大金貨150枚を受け取り、ソーマ達は店を後にしてローガンの元へと向かった。
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