第148話 意地悪なダンジョン
もはや天井はソーマの腰ほどの高さまで降りてきており、マキナは今にも転ぶのではないかというほどの前傾姿勢で必死に横穴を目指す。
しかし、どうにも間に合わない。
マキナを待つ三人は横穴から必死に身を屈めて手を伸ばすも、こんなところでマキナが……とソーマと丸眼鏡は絶望を顔に滲ませた。
「マキナさん!! ここで終わるような女じゃないでしょう!! 早く本気出して!!!!」
「うぉぉぉおああああああ!!!!」
力と魔力の限りを尽くして超神速で走るマキナ、その瞬間、マキナの姿が消えた。
三人は一瞬の出来事に何が起こったのか理解が追い付かなかったが、刹那横穴の目の前に頭から滑り込むような形でマキナがその姿を現した。
ソーマとフィオナはすぐに手を伸ばすとマキナの手を握り、猛烈な勢いでその身体を通路から引っ張り出した。
肩で息をするマキナは顔を上げると狐に包まれたような三人に向かって鬼気迫る形相で口を開いた。
「はぁっ……はぁっ…………な、間に合っただろ」
死は免れぬと言った状況の中、超常現象の如く生還を果たしたマキナは、さも初めから助かると思っていたと言った口ぶりだ。
ソーマは緊張の糸が切れたように大きく深呼吸をすると、マキナの胸ぐらを掴んで凄んだ。
「バ、バカ野郎! マジで死ぬところだっただろ!! 何が間に合っただよふざけるな!!」
「……あ? 初めから間に合うっつってただろーが。実際に間に合ったしよ……」
滅多に見ぬソーマの激昂に、マキナもたじろぎながらそう答える。
「ま、まあソーマ殿、マキナ殿が生きてて何よりじゃ。にしても……新たなスキルが発現したようじゃな」
「あ? そうなのか? どれどれ」
マキナは胸ぐらを掴むソーマの腕を静かに払うと、もう責めるのはやめてくれと言わんばかりにステータスプレートを覗き込んだ。
「おい……そのスキルとやらが発現しなかったら死んでたんだぞ……こんなところで。勘弁してくれよ……」
こんなくだらない罠で大切な仲間を、マキナを亡くすところだったんだぞとソーマは顔をしかめて俯いた。
さすがのマキナも申し訳なく思ったのか、渋々と言った声で言葉を掛ける。
「……いや、悪かったよ」
「まあでもマキナさんの気持ちも分かりますわ。私もあの場面でソーマ様に助けられるのはイヤですもの。それで万が一にでもソーマ様を亡くすようなことがあれば、マキナさんやココネさんに顔向け出来ませんし私も私を許せませんもの」
「じゃあ死んでも良かったのか?!」
フィオナの言葉にソーマが食って掛かるも、フィオナは動じずにきっぱりと言い放つ。
「私は間に合うと信じてましたから。マキナさんはこんなくだらない罠で死ぬような人じゃありません」
いつもはソーマを尊重し、マキナに食って掛かるフィオナが今回ばかりはマキナの肩を持ったことに、ソーマと丸眼鏡は驚く。
「……ソーマがそこまで心配してくれたのはありがてぇし嬉しいけどよ、フィオナの言う通りあたしはこんなところじゃ死なねぇよ。信じてくれよな。そんなにあたしが弱く見えるか?」
マキナとフィオナの言葉と視線に、ソーマは胸のモヤモヤを吐き出すかのように大きく息を二度吐くと、目を瞑って自身の気持ちと二人の気持ちを反芻し、気持ちを落ち着けた。
「……いや、二人の言う通りだ。ヘルドの件で少しナイーブになってたのと、このままじゃ間に合わないって思ったら怖くなったんだ。すまなかった。でもあんまり無茶はしないでくれよ」
「ああ、良いってことよ。まあ腹は立つがおまえを安心させれるほど強くなりゃ良い話だ」
「で、マキナさんはどんなスキルを取得して強くなったんですか?」
早く教えてくれと言わんばかりにフィオナはマキナのステータスプレートを覗く。マキナ以外には見れないのだが、早く見てくれということだろう。
マキナは改めてステータスプレートを覗くと、スキル欄を確認する。
――――――――――
・スキル
A:縮地…地を縮めるかの如く瞬間的に移動する。風属性。
――――――――――
スキル説明を聞いて、なるほどと四人は得心した。
起きた現象を思い出せば、まさしく瞬間的な移動というのに相応しい。
「これって凄く強力じゃありません? すばやさとか関係なくなりますよね?」
「うむ、色々検証は必要じゃがの」
「……そうだね。魔法みたく習熟度が無いからどれほどの距離を移動出来るのか分からないのと、移動っていうのが常識外の速度で走っているとか、空間をすっ飛ばしてるとか、まあ原理によって上空でも使えるかとか、足場が悪くても安定して発動出来るのかとか、そういう検証は必要だと思うけど、間違いなく強力なスキルだね」
丸眼鏡は話をしながらムフフの本を取り出し、マキナのスキル欄に新たに縮地を加えていた。
「ま、使いながら慣れてくぜ。そういう検証はソーマと丸眼鏡ッちに任せるけどよ」
マキナはそう言うと立ち上がり、身体や防具に付いた砂埃をはらうと辺りを見回した。
横穴はそのまま真っ直ぐ続いており、その先には転移レリーフと宝箱があるようだ。
三人も立ち上がり、マキナに続いて転移レリーフ前へと進む。
「さって、今回はどういう順番で宝箱を開ける?」
マキナは手をわきわきさせながら、三人を見つめる。
当然そんな姿を見せられればお先にどうぞと言いたくなってしまう。スキル取得祝いも兼ねてと言うと、マキナは海龍神ダンジョン以来の宝箱に腕をぶんぶんと回しながら近付く。
「む、ちょっと良いかの」
「あ? やっぱ自分が開けてぇってか?」
マキナは水を差すんじゃねぇよと言った口ぶりだが、丸眼鏡はマキナの横に並ぶと、宝箱の前に人ほどの大きさの石の立方体を作り出した。
すると、足元が両開きの扉のようにパカっと開き、その立方体は音もなく落ち、すぐに足元の穴は閉じた。
「……このダンジョン作ったやつ、絶対性格悪いだろ」
「はぁー……あたしは魔神ダンジョンみてぇにひたすら魔物と戦う方が好きだぜ。こういう所は苦手だな」
「ううむ、今のわたくし達のコンセプトとちとズレておるかのぅ」
「これじゃ命の危険はあるのにレベルも習熟度も上がりませんもんね……」
危険な罠ばかりで魔物がいないダンジョンなど、修行期間であるソーマ達には百害あって一利なしである。
やれやれ、と溜め息を吐きながらいつもの女神への祈りを唱えたマキナは、宝箱を開けた。
そこには、小さなパンがひとつだけ入っていたのだった。
言葉を失う四人。
ソーマはその小さなパンを拾い上げると、小さなパンを小さくちぎって頬張った。
「……ただのパンだね。どうする? 引き返す?」
「そう……ですね、私は攻略もしないのにこのダンジョンを進むのは気持ちが進みませんね」
「うむ、さすがに割りに合わないのぅ」
「でも引き返すったって入り口はもう塞がれてるぜ?」
あ、と全員が塞がれた横穴を見る。
「とりあえず、次の層に転移して様子見てすぐ戻ってみるか? この層に戻ってきたらまた罠が発動する前の状態になってるかもしれないし」
ソーマの言葉に全員は頷くと、転移レリーフに手を触れて次の層へと転移した。
次の層は広大な空間だった。
ゴツゴツした岩の壁が左右に長く続いており、一見すると海龍神ダンジョンの時のような印象だ。
ソーマ達はその巨大な長方形の間の短辺真ん中に転移しており、小さな足場の先は底無しの穴になっていた。遥か向こうの反対側に小さな足場があるのでそちらを目指すようだ。
「……え、空でも飛ばないと攻略出来なくないか?」
海龍神ダンジョンのように何かギミックがあるわけでもなく、ただこちら側とあちら側に小さな足場があるだけで、あとは底の見えない穴の空間。
丸眼鏡は試しにと礫弾を放つ。
すると悍ましい風の音と共にその礫弾は急激に穴へと吸い込まれていった。
再び、言葉を失う四人。
「……ドワーフの神って、ここ攻略させる気ないのかな?」
「う、うむ……そうかもしれんのぅ」
「と、とりあえず戻ってみようぜ」
「……そうですわね」
四人は入ってきた転移レリーフに手を触れた。
すると第一層ではなく泉の底にいきなり戻され、水の中に転移すると思っていなかったソーマ達はまた罠かと焦る。
ソーマと丸眼鏡は落ち着いて探知をすると、どうやらダンジョン入り口に戻されたらしいと気づき、すぐにマキナとフィオナを先導して泳いで泉の外へと出た。
「はぁ……はぁ……変な罠の層に転移させられたかと思って焦ったぜ」
「俺もまさか入り口に戻されると思ってなかったから変な汗掻いたよ」
「私、このダンジョン嫌いですっ」
「うむ、ちょっと修行に程度の気持ちで足を踏み入れると痛い目にあうのぅ……」
四人はびしょ濡れのまま、あまりの意地悪さに嫌悪感を露わにした。
ソーマは火と風属性で全員をある程度乾燥させると、森の中に二つのかまくら式住居を作り、ソーマと女性三人が分かれて入ると、一度全て服を脱いでから着替えを済ませ、濡れた服を魔法で乾かしながら四人は土魔法テーブルを囲む。
「ちょっとこのダンジョン、本気で攻略する気持ちが無いと心が折れるね。修行期間を終えてからまた来よう」
「賛成だぜ、こんなとこ半端な気持ちで入るもんじゃねぇ」
ソーマとマキナの言葉に他の二人も心底同意と言わんばかりに頷く。
実際ダンジョンは発見し、コンセプトも理解し、その上棚ぼたでマキナのスキルも取得出来たので無駄足ではなかったと言える。
その後、マキナの提案で以前大量のマグマライト結晶を採掘した場所でもう一度結晶を採掘してから戻ろうということになった。
位置的にはさほど遠く無いので、今日一日採掘に当てて明日の朝にマグラードに戻れば、明日の夕方には着く。
皆マキナの提案を了承すると、早速以前採掘したポイントに向けて移動した。
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